学位論文要旨



No 122322
著者(漢字) 高江,誓詞
著者(英字)
著者(カナ) タカエ,セイジ
標題(和) 末端にメルカプト基を有するポリエチレングリコールを利用した診断および治療用バイオマテリアルの構築
標題(洋) Development of Diagnostic and Therapeutic Biomaterials Based on Mercapto-Terminated Poly (ethylene glycol)
報告番号 122322
報告番号 甲22322
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6527号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 片岡,一則
 東京大学 教授 宮原,裕二
 東京大学 助教授 吉田,亮
 東京大学 講師 高井,まどか
 東京大学 講師 山崎,裕一
内容要旨 要旨を表示する

 ポリエチレングリコール(PEG)は毒性や免疫原性が低く、医薬品、化粧品、食品などに広く利用されており、生体適合性の高いバイオマテリアルとして幅広く研究されている。特にPEGを利用した表面ブラシ構造は、その立体反発効果からタンパク質などの生体分子の非特異的な吸着を著しく抑制することが可能である。本研究では末端にメルカプト基を有するPEG(PEG-SH)に注目し、新たなバイオマテリアルの構築を試みた。具体的には、(i)金ナノ粒子表面をPEGブラシで修飾したPEG化金ナノ粒子、(ii)ポリプレックスミセル型遺伝子ベクターに大別される。

 SH基は金や銀、そしてカドミウムなどの金属と特異的に結合するため、PEG-SHを用いることでこれらの金属の表面にPEGブラシを構築することが可能となる。本研究室ではこれまでPEG-SHのα末端へのラクトース導入に成功しており、それを基に表層にラクトースを有するPEG化金ナノ粒子を調製し、生理的条件下での高い分散安定性の獲得に成功した。さらにRCA(120)レクチンを介した特異的凝集とそれに伴う色調変化を実現し、簡便かつ高感度な診断材料としての応用が期待されている。

 このような金ナノ粒子の凝集に基づいたセンシングにおいて、表層のリガンド密度は重要なファクターであったにもかかわらず、生理的条件下における非特異的な凝集を抑制できなかったために、これまで系統的な研究はなされていなかった。そこで第2章では、表層ラクトース密度を制御したPEG化金ナノ粒子を調製し、そのラクトース密度がレクチンを介した凝集に与える影響について詳細に解析した。ラクトース密度を制御した金ナノ粒子を得るために、ラクトースを導入したPEGと非導入PEGを種々の割合で混合し、金ナノ粒子への修飾を行った。次に粒子の物性評価として、熱質量分析(TGA)、走査型電子顕微鏡(SEM)から1粒子あたりのPEGの本数とPEG層も含めた粒径を算出することに成功し、ラクトース密度を算出した。レクチンを介した凝集においては、ラクトース導入率が20%の粒子はどのレクチン濃度でも凝集しなかったことから、レクチン認識に対してラクトース密度の臨界値が20〜40%に存在することが確認された。このような非線形的な応答が確認された理由としては、多価結合の効果が考えられる。すなわち、粒子同士が複数のレクチンを介して凝集するに十分なラクトース密度を有して初めて検出可能な凝集が起こるのではないかということである。この結果より、金ナノ粒子の凝集によるセンシングを正確に行うためには、リガンド密度をコントロールすることが極めて重要であることが示された。

 上述のようなPEG化金ナノ粒子を利用して、第3章では表面プラズモン共鳴装置(SPR)での低分子化合物の高感度定量試みた。SPRは生体分子間の相互作用をリアルタイムで計測する技術として注目を浴びているが、低分子化合物を直接計測することは非常に困難である。この欠点を克服するために次のような手法を開発した。すなわち、まずRCA(120)レクチンを固定化したセンサーチップに対してラクトースを有するPEG化金ナノ粒子を結合させた後、すぐにフリーのガラクトース(低分子アナライトのモデル)をインジェクトすることにより、ガラクトース濃度に依存した粒子の溶出が起こるというものである。実際に行った結果、0.1-50ppmの濃度域でガラクトース濃度と線形的な関係で金ナノ粒子が溶出することが確認された。今後適切なリガンド固定化金ナノ粒子とSPRを組み合わせることにより、種々の低分子化合物の定量への応用が期待できる。この方法はColloidal-Au replacement assayと命名した。

 また、SH基は2R-SH〓R-SS-Rの反応により、酸化的環境下ではジスルフィド結合(SS結合)を介した2量体へ変化し、逆に還元的環境下ではSH基に戻るという酸化還元環境に応答して可逆的に変化する性質を有する。細胞内外の酸化還元環境に応答するバイオマテリアルとして、このSS結合の性質を利用する試みがドラッグデリバリーなどの分野で活発になされている。血液中などは低いグルタチオン濃度(約10μM)であり酸化的環境であるため、SS結合は安定であるのに対して、細胞内では高いグルタチオン濃度(約10mM)であり還元的環境のため、SS結合は開裂する。第4章では、PEG-SHとポリカチオンをSS結合で繋ぐことにより、細胞内環境に応答する遺伝子キャリアの創製について報告する。PEG-ポリカチオンからなるブロック共重合体はポリアニオンであるプラスミドDNA(pDNA)と静電相互作用を駆動力として、ポリプレックスミセルを形成し、遺伝子キャリアとしての機能を有することがこれまでの本研究室の研究より報告されている。しかしながらウィルスベクターに比べると安全性の面では勝っているものの遺伝子発現効率に関しては改善の余地がある。そこで新たな遺伝子ベクター用の分子設計として、PEG-polyasparatamideブロック共重合体のPEGとpolyasparatamideセグメントの間にSS結合を導入し、さらにasparatamideの側鎖にはエチレンジアミンユニットを有する(PEG-SS-P[Asp(DET)])とした。SS結合の効果により、細胞外ではPEGがミセルの表層を覆うことにより、pDNAを安定に内包できる一方で、ポリプレックスミセルが細胞内に入った後、細胞内の還元環境によりPEGが開裂することから、細胞内のポリアニオンとpDNAとの置き換わりが促進され、遺伝子発現効率が上昇することが期待される。またエチレンジアミンユニットの構造は2段階のpKaを有していることから、プロトンスポンジ効果によるエンドソームエスケープが促進されるという報告に基づくものである。

 まず目的のSS結合を有するブロック共重合体PEG-SS-P[Asp(DET)]の合成を行った。またコントロールとしてSS結合のないPEG-P[Asp(DET)]、およびPEGのないカチオン性ホモポリマーP[Asp(DET)]を用いた。PEG-SS-P[Asp(DET)]とpDNAのミセル形成を電気泳動とエチジウムブロマイドを用いた蛍光測定により確認したところ、N/P比2以上で明確なコンプレックスの形成が認められた。また、動的光散乱より粒径は80-90nm程度となり、SS結合のないPEG-P[Asp(DET)]から形成されるミセルと同程度のサイズとなった。さらに種々のN/P比(pDNAのリン酸基に対するポリマーのアミノ基の比)におけるポリプレックスのゼータ電位を測定したところ、PEG-SS-P[Asp(DET)]とPEG-P[Asp(DET)]からなるポリプレックスは高いN/P比においても0に近いゼータ電位を示したが、PEG-SS-P[Asp(DET)]の系に還元剤であるジチオスレートール(DTT)を添加したところ、カチオン性ホモポリマーP[Asp(DET)]のポリプレックスのゼータ電位に近づいたことから還元環境に応答してSS結合が切断された結果、PEGが解離したことが示された。最後にこのポリマーを用いてin vitroでの遺伝子発現効率をHeLa細胞を用いて測定した。PEG-P[Asp(DET)]のミセルに比べてPEG-SS-P[Asp(DET)]は1-3桁高い遺伝子発現効率を示し、P[Asp(DET)]の系とほぼ同程度の値を示した。SS結合の効果により還元環境に応答してPEGが解離するインテリジェントミセルは有用な遺伝子キャリアとして期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 近年ヒトゲノムプロジェクトに代表されるようにバイオテクノロジーの発展には目覚ましいものがある。その発展において非常に重要な役割を果たしているのがバイオマテリアルである。申請者は本学位請求論文において、バイオマテリアルとしてのポリエチレングリコール(PEG)の機能性に着目して、研究を展開している。PEGは低毒性および低免疫原性であり、生体適合性の高いバイオマテリアルとして認知されている。PEG末端に官能基を修飾することでその機能化が可能となるが、本論文では末端にメルカプト基を導入したPEG(PEG-SH)を利用して新たなバイオマテリアルの構築を試みている。

 第1章は序論であり、まずバイオマテリアルとしてのPEGの重要性、およびメルカプト基の特性がまとめられている。また、バイオマテリアルの設計において、生体分子と直に接する界面の設計は極めて重要となるが、PEGはその立体反発効果からタンパク質などの非特異的な吸着を著しく抑制することが可能であることに言及している。そのような特性を利用して、表面をPEGで修飾した「金ナノ粒子」、および「ポリプレックスミセル型遺伝子ベクター」への展開を本研究で行ったことが、それぞれの背景や目的と共に的確にまとめられている。

 第2章は金ナノ粒子を診断材料として利用する際に極めて重要となってくる表層のリガンド密度の影響について詳細に明らかにしている。生理的塩濃度下において金ナノ粒子は凝集しやすいという欠点があったため、これまでリガンド密度に関する系統的な研究はなされていなかった。そこで申請者は金ナノ粒子表層をPEGで修飾したPEG化金ナノ粒子が生理的条件下でも安定に分散できることに着目した。表層リガンドとしてラクトースを導入し、様々なラクトース導入率(20〜65%)を有するPEG化金ナノ粒子を調製し、レクチンを介した金ナノ粒子の凝集に基づいて評価している。その結果ラクトース導入率が20%の粒子はどのレクチン濃度でも凝集しなかったことから、レクチン認識に関してラクトース密度の臨界値が20〜40%に存在することが確認されている。このような非線形的な応答が確認された理由としては、多価結合が関与していると結論づけ、金ナノ粒子の凝集によるセンシングを正確に行うためには、リガンド密度をコントロールすることが極めて重要であることを証明している。

 続けて第3章でもPEG化金ナノ粒子を利用して、表面プラズモン共鳴装置(SPR)と組み合わせた低分子アナライトの新規定量法を提案している。その方法としては、まずレクチンを固定化したセンサーチップに対してラクトースを有するPEG化金ナノ粒子を結合させた後、直ちにガラクトースを注入することにより、ガラクトース濃度に依存した粒子の溶出が起こるというものである。実際、0.1-50ppmという濃度域でガラクトース濃度と線形的な関係で金ナノ粒子が溶出することが確認されている。今後適切なリガンド固定化金ナノ粒子とSPRを組み合わせることにより、種々の低分子アナライトの高感度定量への応用が期待できる。この方法はColloidal-Au replacement assayと命名されている。

 第4章ではPEG-SHを利用した、細胞内環境で応答する遺伝子ベクターについての研究がまとめられている。メルカプト基同士は酸化反応によりジスルフィド結合を形成する性質があるが、ジスルフィド結合は細胞内が還元的環境のために切断する。そのような特性を利用した遺伝子ベクターとして、PEG-SHとポリカチオンをジスルフィド結合でつなげたブロック共重合体を合成し、プラスミドDNA (pDNA)との静電相互作用により形成するポリプレックスミセルを設計している。このポリプレックスミセルは細胞外ではPEGがミセルの表層を覆うことにより、pDNAを安定に内包できる一方で、細胞内ではPEGが離脱することから、細胞内のポリアニオンとpDNAとの置き換わりが促進され、遺伝子発現効率が上昇することが期待される。目的のブロック共重合体のポリカチオンセグメントとしてはポリアスパラギン酸の側鎖にエチレンジアミンユニットを導入した分子設計を行っている。ジスルフィド結合を安定に保ちつつ、側鎖にカチオンを導入する合成について詳細な条件検討を行った結果、定量的な合成に至る道筋の確立に成功している。また、ゼータ電位を還元剤が共存する条件で測定するという実験を行い、明確なゼータ電位の上昇の確認を通じて、ジスルフィド結合が切断された結果、PEGが脱離したということを証明している。さらにこのポリマーを用いてin vitroでの遺伝子発現効率を測定し、ジスルフィド結合がないものよりも1-3桁高い遺伝子発現効率を達成することに成功している。このようなジスルフィド結合の効果により還元環境に応答してPEGが脱離するインテリジェントミセルの作成は本研究で初めて達成されたものであり、有用な遺伝子キャリアとしての展開が期待される。

 第5章は総括である。一連の研究のまとめと今後のPEGを主体とするバイオマテリアルの展望についてまとめている。

 以上のように、申請者はPEG-SHを利用して、有用性の高いバイオマテリアルの構築に成功している。ここでの成果は今後、診断用微粒子の設計や遺伝子ベクターの開発において、重要な知見を与えるものと確信される。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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