学位論文要旨



No 122325
著者(漢字) 野瀬,健二
著者(英字)
著者(カナ) ノセ,ケンジ
標題(和) ナノ結晶cBN薄膜の堆積プロセシングと電気物性評価
標題(洋) Deposition processing and electrical characterization of nano-crystalline cubic boron nitride thin films
報告番号 122325
報告番号 甲22325
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6530号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,豊信
 東京大学 教授 鳥海,明
 東京大学 教授 幾原,雄一
 東京大学 教授 光田,好孝
 東京大学 助教授 近藤,高志
内容要旨 要旨を表示する

 立方晶窒化ホウ素(cubic boron nitride:cBN)は閃亜鉛構造を有するBN同素体であり、強い原子間結合力により、高い硬度と高温での化学的安定性を併せ持つ。これらの特性を生かし、切削工具等の耐磨耗・高硬度コーティングとしての応用を狙った薄膜堆積が試みられ、90年台前半までに各種の非平衡気相プロセスによるcBN合成が実現されるに至った。その一方で、高温高圧法と呼ばれる平衡プロセスにより得られる数mm程度の単結晶を用いた基礎物性の測定から、6.3eVにも及ぶ広いバンドギャップや、p-、n-両タイプへの良好なドーパビリティー等が報告され、高品質な薄膜堆積が可能となれば、SiCやGaN、ダイヤモンドをはるかに凌駕するワイドギャップ半導体デバイスが作成可能であることが多くの研究者の共通認識となった。すなわちcBNは基礎的な合成手法探求の段階を終え、発光・受光の短波長化、高出力・高温動作を目指すIII族窒化物と炭素系材料に共通する次世代の技術的照準となると同時に、安定なナノ結晶が示す特異的な性質の解明という学術的な興味の対象へと転化したと言える。このような背景の下、本研究では位相制御二極RFバイアススパッタ法及び誘導結合型プラズマCVD法を用いた薄膜堆積においてin-situのプラズマ診断と堆積薄膜の評価を行い、cBN形成の駆動力であるイオン運動量輸送とB、Nフラックスを制御することで意図した構造と結合状態を形成し、それにより初めてcBN薄膜における電気伝導性の評価を行った。これらの結果に基づき、新規のin-situドーピング手法を開発することで原子状の亜鉛(Zn)をcBN薄膜中に添加し、高い電気伝導性を有するcBN薄膜を得るに至った。これらの手法、物理的背景を論じた本論文は以下のように要約される。

1、電子デバイス級cBN薄膜堆積のためのプロセシング

 cBNは軽元素であるがゆえに、他のIII-V属半導体において相の同定と結晶性の定量化に必須のX線回折法の適用が難しく、長距離の結晶周期性を有する高品質薄膜形成のためのプロセスの最適化が困難であるとされてきた。それゆえ、BN薄膜は主にSi、金属基板上での機械特性や自発的な二層構造の起源が議論されるのみで、電子・光物性を評価可能な高品質薄膜の堆積は一顧だにされていなかった。こうした現状において、本研究ではICP-CVD、スパッタの両手法において、超高清浄雰囲気での薄膜堆積装置を立ち上げ、基板負バイアスの時間変調を行うことでcBN薄膜プロセシングの高度化を計り、意図した構造と結合状態を有する薄膜堆積を試みた。基板バイアスと等電位のRFが印可された質量・エネルギー分析器によるイオンエネルギー分布(Ion Energy Distribution:IED)の計測とダブルプローブ法によるプラズマ密度、電子温度の計測により、cubic相の核生成のための基板負バイアス(s.Vdc)閾値付近において、運動量輸送の総和が大幅に増大することが確かめられた。さらに、quartz基板への運動量輸送がSiと比較して1/5程度であることが見出された。他方、堆積膜を含む基板の最表面の状態が基板面への運動量輸送へ与える影響を評価するため、動的なIED測定が行われた。プラズマ-表面相互作用に関する議論にも影響を与えうるこの実験においては、quartz基板において堆積直後の明確な運動量フラックスの減少が確認され、印可されたs.Vdcとは独立して、表面状態の変化が運動量フラックスに影響を与えることが見出された。以上の結果を基に、動的なバイアス制御を行うことで、絶縁性基板へのcBN薄膜堆積が実現された。これらは、これまで適応例の少なかったXPSにおけるB1s結合エネルギーのピークシフトとπプラズモンピークの有無により評価された。他方、組成と結合状態に関してはB、Nフラックス制御により、7%程度のBリッチから2%程度のNリッチ状態までBN化学量論比が制御可能であることが示された。以上の結果は、不純物密度、化学量論比、堆積相というBNの電子デバイス応用において最も重要となるパラメーターを制御しうることを示すものであり、以下に示す電子物性の測定とプロトタイプデバイスの実現にとって必須のプロセス技術となった、

2、As-deposited薄膜の電気伝導性評価

 上述のように、cBN薄膜の堆積にはイオン衝撃を伴う強い非平衡状態が必要とされ、薄膜での結晶粒径は数十nm程度に限られる。短距離周期のみを有するこうしたナノ結晶においては、弱いながらも原子間結合にイオン性を有するBNはintrinsicな状態で非常に高い電気抵抗値を示し、cBNの電気的特性に関する実験的報告を極めて限定的なものとしていた。本研究では、自発形成される初期tBN層と、上述の薄膜合成プロセシングにより可能となった高純度のcBNが二層構造を形成していると捉え、初期層を制御して厚くするというアプローチにより、膜厚方向の電流-電圧特性からcBN、tBN両相の伝導特性を分離することに成功した。具体的には、cBNはtBNに対して十分に大きな伝導度を有し、二層構造においてはtBN薄膜中の不連続な欠陥準位を介したFrenkel-Poole(FP)emissionによる伝導が発現しうることが見出された。逆に、tBN層の膜厚を20nm程度以下にまで抑制することで、n-Si基板とcBN薄膜からなる異種接合における整流特性が発現し、正負の伝導度の違いは±3Vで4桁以上にもおよぶことが見出された。この特性はcBN中の正孔から見た0.3eV程度のエネルギー障壁が正負のバイアス下で逆の挙動を示すという、既存の半導体異種接合の理論と、tBN層が強い電界強度依存を持つことにより説明可能であった。他方、F.P.を示すtBNの伝導特性を室温から300℃までの温度域で評価することにより、電荷キャリアのトラップサイト深さが0.3から0.8eV程度に存在することが確認された。また、これらがアンチサイトB、格子間BといったB-B結合を形成する格子欠陥と直接の関係を有することが見出された。さらに、過剰な窒素イオンを含む堆積条件において、これらの結合をX-ray photoelectron spectroscopy(XPS)の検出限界以下にまで抑制することで、F.P.伝導が完全に消失し、温度依存、電界強度依存を全く示さない、真にintrinsicと呼びうるtBN薄膜が実現された。これらの結果は次章で議論するドーピングによる伝導性制御においても必須の知見となった。

3、In-situドーピング手法の開発による高伝導性薄膜の実現

上述の電子デバイス級薄膜の堆積とintrinsic薄膜の伝導性評価に基づき、半導体デバイス作成において最も根本的な技術となるドーピングによる伝導性制御を目指した実験を行った。添加不純物元素を原子状に分解し、その濃度を制御するため、細線の形状を有する固体不純物元素(ドーパントロッド)をプラズマ中に挿入し、それに直流負バイアスを印可することでスパッタ効果を促進する手法を開発した。本手法において形成される膜面内の濃度分布は、プラズマ中での不純物原子種の自由散乱をモデルとするMonte-Carlo法により理論予想可能であり、ドーパントロッドの位置制御により膜中の不純物濃度を制御することに成功した。不純物元素として選択されたSiにおいては有効な伝導度変化は見出されなかったものの、添加SiがcBN核生成と成長に与える影響の大きさが異なることが見出された。すなわち、0.1%程度以下の不純物濃度において核生成が抑制されるのに対し、一度cBN層が形成されると数%程度の高い濃度においてもcubic相の成長が継続されることが観察され、核生成後のドーピングの開始によりcBN相のみの伝導性制御と評価が可能であることが示された。他方、p型伝導の実現を目的に行われたZnドーピングにより、顕著な電気伝導度の向上が実現された。膜中のZn濃度を最大2%程度までの領域で制御することにより、薄膜の電気伝導率は10(-8)から10(-2)S/cmまで6桁もの向上が実現された。電気伝導度の温度依存性はドープ濃度に伴って減少し、無ドープ薄膜でおよそ0.3、Zn=2%で0.1eV程度の活性化エネルギーを示した。ホール測定ではキャリアタイプの判別は困難であったが、ゼーベック測定により明確なp型伝導が確認された。これらはcBN薄膜において初めてとなる高電気伝導性半導体薄膜の実現を示す結果である。

 以上の結果をまとめた本論文は、プラズマプロセシングによる電子デバイス級薄膜の堆積という新たな観点からcBNを捉えたものである。これにより実現されたas-deposited状態でのcBN、tBN両相における電気伝導性の評価、それに伴うcBN/Si異種接合ダイオードの動作実証、tBNの欠陥に由来するキャリア輸送の解明はcBN薄膜の電気物性研究を先導するものである。これらを基に最終的に成し遂げられたZnドープによる大幅な電気伝導度の向上は、工学的な意味は元より本分野の一つの大きな到達点を示すものである。

審査要旨 要旨を表示する

 立方晶窒化ホウ素(cubic boron nitride: cBN)はIII-V属半導体で最大のバンドギャップと良好なドーパビリティーを有するといった基礎特性から、高温・高出力電子デバイスとしての応用が期待される物質である。本論文はこうした応用において最も重要となる、電子デバイス級高品位cBN薄膜の堆積とその電気伝導性を議論し、伝導制御の可能性を初めて明確に示した研究報告である。本論文は以下の五章から成る。

 第一章は序論であり、BNの基本的な性質と応用可能性をまとめ、薄膜成長で提唱されているモデルと電気伝導性制御の物理的背景について詳述し、本研究の位置付けと目的を明確化している。

 第二章は二極RFバイアススパッタ、ICP-CVD両手法における基礎的なパラメーターの影響とcBNの形成において本質的なイオンエネルギーのその場測定の結果を詳述している。具体的には、0.6nm/s以上の堆積速度でcBNを堆積する条件下での基板電位とイオンエネルギー分布との関連等を明らかにし、cBN堆積に必要とされるプラズマパラメータとして、プラズマ密度;10(17)m(-3)以上、イオンエネルギー;250〜350eV、およびイオン運動量流束;5×10(-12)kg/ms2以上、を導出した。他方、シリコンおよび石英の基板を用いた衝撃イオンエネルギーの流束分布の比較から、石英のような絶縁性基板上へのイオン流束はシリコンのそれと比較して1/6程度まで低減されることを示し、光電子分光法(XPS)によるπ-プラズモン、B1s、N1sピークシフトの分析結果に基づき堆積条件を再設定し、絶縁性基板においても立方晶BNの堆積を可能とした。本成果は、これまで明確に議論されてこなかった、基板の電気伝導性に依存したcBN堆積に要する最適印可電圧の存在を明示したもので、これにより、第三章以降に記すBN薄膜の電気伝導性の定量的評価を可能とした点で高く評価される。

 第三章は無ドープBN薄膜における伝導特性をまとめている。まず、乱層BN薄膜における強い電界強度下での伝導が、B過剰の組成において顕著となる結果を明示し、その理由としてB-B結合の生成を伴うアンチサイトBによる0.4eV程度以上の深い不連続な準位形成をあげ、この欠陥をプロセスへの過剰な窒素導入により除去することで、上述のリーク電流が完全に消失しうることを示した点が高く評価される。他方、乱層BNを自発的な初期層とする乱層BN/cBNの二層構造をn型シリコン基板上に形成し、初期層の厚さを低減させた場合には、異種接合ダイオード的な整流作用を発現しうることを見出している。このダイオード特性による整流比(正負の電圧における電流値の違い)は初期乱層BN層の厚さに依存し、初期層膜厚が約25nm以下の膜構造においては、室温において4桁以上にも及ぶことを示している。また、二層薄膜の電流-電圧特性に関しては、室温から300℃までの温度依存性とともに、キャリア密度の小さなBN中の正孔に対する0.35eV程度のエネルギー障壁の印可電圧に依存した増減により理論付けられている。以上の成果はcBN薄膜を用いたデバイス動作を初めて実証するものとして興味深い。

 第四章ではスパッタ・ドーピング法と名付けられた、プラズマ中への棒状バルク挿入とDC負バイアス印可に基づいた新規のin-situのドーピング手法が詳述されている。この手法はプラズマプロセスに広く応用可能なものであり、スパッタリング、プラズマ中での自由散乱、表面での付着の三過程に基づくモンテ・カルロ法による計算により、実験で示されたSiとZnの面内濃度分布を定量的に予測可能であることが示され、濃度制御の基本原理を明確にしている。更に、Znドープにより実現された伝導度の向上は6桁にもおよび、ゼーベック測定によるp型伝導の確認と合わせて、cBN薄膜では初めてとなる、添加不純物による伝導度制御を実証している。この伝導度の向上が、組成比がB過剰から化学量論組成比に近づくことにより消失する結果から、ドープ効果をZnによる不純物準位の形成とアンチサイトBを含む点欠陥の生成によるものと結論付けている。

 第五章は総括であり本研究で得られた成果を総括している。

 以上を要するに、本研究は精緻な薄膜堆積プロセスの制御と、それに基づいたBN薄膜の様々な物性評価により、高導電性cBN薄膜の実現という本分野研究の先駆的役割を果すものであり、材料工学に対する貢献は極めて大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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