学位論文要旨



No 122327
著者(漢字) 山田,宏之
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ヒロユキ
標題(和) 循環型社会における素材の環境負荷適正評価手法と素材リサイクル最適化モデルの構築
標題(洋)
報告番号 122327
報告番号 甲22327
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6532号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 客員教授 足立,芳寛
 東京大学 教授 鈴木,俊夫
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 松野,泰也
 東京大学 教授 酒井,信介
内容要旨 要旨を表示する

1. 緒言

 我が国では、循環型社会形成推進基本法および各種製品に対するリサイクル法の施行により、使用済み素材のリサイクルが促進されてきている。本研究は、循環型社会において適切な環境負荷評価を実現する手法と素材リサイクル最適化モデルの構築を行うことを目的とする。具体的には,以下の解析手法,モデルを構築するとともに,それぞれにおいてケーススタディを行った。

(1) 循環型社会の複雑なマテリアルフローであっても評価可能な,素材の環境負荷評価指標の開発。

木材パルプを対象としたケーススタディを行う。

(2) 素材のマテリアルフローを動的に拡張した素材の社会蓄積量評価,将来における使用済み素材の排出量解析モデルの構築。とくに,外的要因による製品の寿命分布の変化を考慮するモデルの構築。

アナログ放送停波により製品寿命が大きく変化することが予測されるカラーテレビを対象としたケーススタディを行う。

(3) トランプエレメントを複数考慮した素材リサイクルの最適化モデルの構築。

アルミニウムを対象としたケーススタディを行う。

2. 素材のライフサイクル機能量解析

 素材がそのライフサイクルの間に使用される(機能する)量を「ライフサイクル機能量」と定義し,マルコフ連鎖モデルを適用した素材のライフサイクル機能量の解析モデルを開発した。

 素材の状態推移のプロセスが一定であれば,ある状態から次の状態になる確率は,その状態により一意に決定される。このような構造はマルコフ性と呼ばれ,マルコフ連鎖モデルにより解析できる。本解析モデルは,社会における素材の状態とマテリアルフローをモデル化し,その素材がたどる経路を確率論で解析することにより,素材の社会におけるライフサイクル機能量を求めるものである。

 ケーススタディとして,紙製品の原料である木材パルプにマルコフ連鎖モデルを適用し,木材パルプのライフサイクル機能量解析を行った。また,紙製品における古紙使用量に対する木材パルプのライフサイクル機能量の感度解析と,各製品における原料の木材パルプの使用回数別構成割合を解析した。

 2003年における木材パルプの日本国内における平均使用回数は、3.01回となった。

 ここで、印刷・情報用紙の古紙使用量を22.3%から40.0%に増加すると、平均使用回数は3.61回に向上した。

 また,各製品の使用するパルプの使用回数別構成割合を解析した結果,ダンボール原紙では、使用5回目以上のパルプが60%を超えるのに対し、晒系印刷用紙等では5%に満たないこと,衛生用紙では、再生パルプの使用量が減少する傾向にあることが示された。

3. 素材の動的マテリアルフロー解析(外的要因による製品の寿命分布の変化を考慮した使用済み素材の排出量解析モデルの構築)

 素材リサイクルを評価するにあたり,素材が社会に蓄積されている量を把握し,将来にリサイクル材として社会に再投入される量を把握するため,マテリアルフローを動的に評価することが重要となる。

 使用済み素材の排出量は,使用済み製品の排出量と当該製品における素材の使用比率により求めることができる。本研究では,出荷量と寿命分布から使用済み製品の排出量を推測するが,ある期間に製品代替を進める施策により寿命分布が変化することを想定し,「施策により影響を受けない寿命分布」と「施策の影響を受ける複数の寿命分布」からなる混合分布で寿命分布を表現するモデルを構築した。

 ある期間に製品代替を進める施策がとられた場合の使用年数分布の変化を考える。施策の開始時と,施策の目標とする製品代替期限をT2とすると,寿命分布は,T1以前,T1からT2の間,T2以降で異なる分布をとると考えられる。

 地上アナログ放送停波を考慮せずに,過去の平均使用年数で排出が進む場合,地上波アナログ放送停波を予定している2011年7月末時点のアナログチューナテレビ社会存在量は47.6百万台となったが,これらのアナログチューナテレビは,地上アナログ放送停波の影響により通常とは異なる寿命分布によって廃棄されるものと考えられる。本研究では,以下の2つの分布で排出されると想定して解析を行った。

(1) 2006年1月からアナログ放送停波までの間に,デジタルチューナテレビに買い替える寿命分布,P1。(ワイブル分布)

(2) アナログ停波時に一斉集中廃棄(買い替え)する寿命分布,P2。(正規分布)

なお,消費動向調査のカラーテレビの買い替え理由に関する調査結果から,「試聴できなくなるまで使用される(地上アナログ放送停波まで使用する)」が70%,残りの30%が地上アナログ放送停波より十分前に行われるものと考え,47.6百万台のアナログチューナテレビのうちP1の分布(事前に買い替えする分布)で廃棄される割合rを0.3として解析を行った。また,rやP2の分布計上を変化させる感度分析も行った。

 その結果,r=0.3で事前の買い替えが行われ,停波時前後の7ヶ月間に残りのアナログチューナテレビが一斉に廃棄される場合,最大で一月に10百万台以上の廃棄が発生する可能性が示された。

4. トランプエレメントを複数考慮した素材リサイクルの最適化モデルの構築

 素材のリサイクル促進の制約として,リサイクル過程を経ても除去されない元素(トランプエレメント)の存在に焦点をあて,複数のトランプエレメントを考慮した素材リサイクルの最適化モデルを開発した。これは,国内における素材のリサイクルフローの最適化に線形計画法を適用するものである。線形計画法の制約条件としては,以下の条件を設定した。

(1) 「供給量」≧「需要側での材料使用量」

(2) 「生産量」≧「需要量」

(3) 「生産材のトランプエレメント濃度」≦「需要側のトランプエレメント許容濃度」

 また,ケーススタディとして,当該モデルを日本国内におけるアルミニウムのリサイクルフローに適用した。

 アルミニウムは,広くリサイクルが行われている金属材料の一つであるが,除去困難な元素が(トランプエレメント)も複数存在することが知られている。本研究では、我が国のアルミニウムのリサイクルフローに線形計画法を適用し,バージン材(新地金)投入量の削減可能性を検討した。

 アルミニウムのマテリアルフローは,供給材を23種,需要を16種に分類し,トランプエレメントは,Si,Fe,Cu,Mnの4元素として解析した。新地金は,トランプエレメント濃度を0とし,他の供給材の供給量,トランプエレメント濃度については,既報の値を用いた。需要側のトランプエレメント許容量は,JISに規格される化学成分の上限値とし,需要量は2003年度の統計値を用いた。目的関数は,新地金使用量の最小化とした。

 また,日本国内における現在のアルミニウムの需給構造は,需要が再生地金の供給量を大きく上回っているため,再生地金の余剰は生じていない。そこで,シナリオ解析を行い,国内のリサイクルフローの許容し得る将来の需給構造の変化の範囲を考察した。また,感度解析も行った。

(1) 再生地金による新地金代替可能性の検討

 廃自動車や建築廃材からのアルミニウム回収量の増加等を想定したシナリオ解析を行った。

 廃自動車鋳物の回収量を増やす,あるいは同等の成分を有する再生材の輸入を増やした場合,2003年度の新地金使用量は,約68%まで削減可能という結果を得た。また,廃建材のみで代替した場合は,新地金使用量を35%まで削減可能であるという結果を得た。

供給を増やす再生材のトランプエレメント濃度に関する感度解析を行ったところ,廃自動車鋳物で代替した場合は,廃自動車鋳物における銅の感度が高く,廃建材で代替する場合は,廃建材におけるMnの感度が高いことがわかった。

(2) 鋳物,ダイカストの国内需要縮小

 現在のアルミニウムの需給構造では,トランプエレメントは,鋳物,ダイカスト製品に含有され海外に輸出されている。そこで,生産拠点の海外移転等による鋳物,ダイカストの国内需要縮小があった場合の新地金必要量を考察した。

 具体的には,鋳物,ダイカストの需要を縮小(総需要も縮小)させ,利用できないスクラップが発生する限界点を求めた。

 その結果,鋳物ダイカストの国内需要が50%まで縮小しても,リサイクル不可能なスクラップ材は発生せず,鋳物,ダイカストの許容するトランプエレメント濃度には,十分余裕があることが確認できた。

5. 統合モデルの構築

 製品の環境負荷誘発量算出にあたり、次式を提案した。ライフサイクル機能量Nを用い、バージン材、リサイクル材に係る環境負荷を配分している。この手法によれば,異なる製品間で行われるリサイクルであっても,素材の環境負荷誘発量を製品間で公平に配分することが可能である。

LCI:素材の環境負荷原単位

LCIV:バージン材製造プロセスで誘発される環境負荷原単位

LCIR:リサイクル材製造プロセスで誘発される環境負荷原単位

N:素材のライフサイクル機能量

6. まとめ

 本研究では,循環型社会構築における素材の環境負荷適正評価手法の開発と素材リサイクルの最適化モデルの構築を目的として,素材のライフサイクル機能量を用いた素材の環境負荷適正評価手法,外的要因による製品の寿命分布の変化を考慮した使用済み素材の排出量解析モデル,複数のトランプエレメントを考慮した素材リサイクルの最適化モデルを開発した。また,これらを統合して,最適な素材利用に向けた,製品設計あるいは循環型社会の設計に資する指標を提案した。循環型社会における素材の適正な環境負荷評価指標として,意義あるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、我が国では、循環型社会形成推進基本法および個別製品に対するリサイクル法の施行により、使用済み素材のリサイクルが促進されている。素材や製品の環境負荷を評価する技法として、ライフサイクルアセスメント(Life Cycle Assessment)が用いられてきている。しかしながら循環型社会においては、素材のライフサイクルは複数の製品を横断するものとなり、マテリアルフローが複雑になるため、既存の評価手法に限界が生じている。また、素材のリサイクルには、スクラップの需給ギャップやトランプエレメントの存在などの制約要因があり、循環型社会の構築を促進するには、それらの制約要因を考慮した上での素材リサイクルの最適化が必要になる。本論文は、循環型社会において素材の環境負荷を適切に評価する手法と素材リサイクルの最適化モデルの構築を行うことを目的としたものであり、以下の五章からなる。

 第一章は序論であり、近年の循環型社会の形成に伴う、既存のLCA手法での評価の限界を指摘している。その上で、マテリアルフローが複雑になる状況での素材の環境負荷評価の必要性、素材のリサイクル制約要因を考慮した上でのリサイクル最適化を検討する必要性など、課題を整理し、本研究の目的を明確にしている。

 第二章では、素材がそのライフサイクル(資源の採掘から廃棄まで)の間に機能する(使用される)量を「ライフサイクル機能量」と定義し、マルコフ連鎖モデルを適用した素材のライフサイクル機能量の解析モデルを開発している。そして、事例研究として,紙製品の原料である木材パルプにマルコフ連鎖モデルを適用し、木材パルプのライフサイクル機能量解析を行い、2003年における木材パルプの日本国内における平均使用回数は、3.01回となることを示している。また、各製品における原料の木材パルプの使用回数別構成割合を解析し、ダンボール原紙では、使用5回目以上のパルプが60%を超えるのに対し、晒系印刷用紙等では5%に満たないこと、衛生用紙では、再生パルプの使用量が減少する傾向にあることを示している。本章において示したライフサイクル機能量を用いることで、循環型社会における素材の環境負荷誘発量の算出を行うことができ、それは後章(第五章)にて説明される。

 第三章では、素材のマテリアルフローを動的に拡張する方法、特に外的要因による製品の寿命分布の変化を考慮した使用済み素材の排出量解析モデルの構築を検討している。将来の各年における使用済み素材の排出量は、使用済み製品の排出量と当該製品における素材の使用比率により求めることができる。従って、将来のマテリアルフローを予測するためには、使用済み製品の排出量を予測する必要がある。本論文では、使用済み製品の排出量を推測するにあたり、ある期間に製品代替を進める施策により寿命分布が変化することを想定し、「施策により影響を受けない寿命分布」と「施策の影響を受ける複数の寿命分布」からなる混合分布で寿命分布を表現するモデルを構築している。その事例研究として、地上アナログ放送停波による使用済みテレビの排出量の解析を行っている。地上アナログ放送停波が行われず、過去の平均使用年数に基づき廃棄が進む場合2011年7月末時点でのアナログチューナテレビ社会存在量は47.6百万台となる。これらのアナログチューナテレビが、地上アナログ放送停波の影響により通常とは異なる寿命分布によって廃棄されるものと考えられ、停波時前後の7ヶ月間に残りのアナログチューナテレビが一斉に廃棄される場合、最大で一月に10百万台以上の廃棄が発生する可能性を示している。

 第四章では、トランプエレメントを複数考慮した素材リサイクルの最適化モデルの構築を行っている。素材のリサイクル促進の制約として、リサイクル過程を経ても除去されない元素(トランプエレメント)の存在に焦点をあて、複数のトランプエレメントを考慮した素材リサイクルの最適化モデルを開発している。その事例研究として、アルミニウムのリサイクルを検討し、Si,Fe,Cu,Mnの4元素をトランプエレメントとしたマルチコンタミ制約条件でのリサイクルフロー最適化を行っている。廃自動車や建築廃材からのアルミニウム回収量の増加等を想定したシナリオ解析を行い、廃自動車鋳物の回収量を増大させる場合、2003年度の新地金使用量は、約68%まで削減可能であることを示している。さらに、廃建材のみで代替した場合は,新地金使用量を35%まで削減可能であることを示している。廃自動車鋳物で代替した場合は、廃自動車鋳物における銅の感度が高く、廃建材で代替する場合は、廃建材におけるMnの感度が高いことを示している。

 第五章は、本論文の総括であり、前章(第二章)で示した素材のライフサイクル機能量を用い、バージン材とリサイクル材に係る環境負荷を配分する、循環型社会における素材の環境負荷誘発量の算出方法を提案している。

 本研究は、循環型社会構築における素材の環境負荷適正評価手法の開発と素材リサイクルの最適化モデルの構築を行うものである。今後の我が国の循環型社会促進と環境負荷低減に向けた施策に有益なる知見をもたらし、マテリアル環境システム工学の発展に大いに資するものである。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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