学位論文要旨



No 122328
著者(漢字) グェン ソン ホン
著者(英字) NGUYEN XUAN HONG
著者(カナ) グェン ソン ホン
標題(和) 資源枯渇の再評価とそのLCIA及びエコロジカルフットプリントへの応用
標題(洋) Re-evaluation of resource depletion using thermodynamic approach and its application in LCIA and Ecological Footprint
報告番号 122328
報告番号 甲22328
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6533号
研究科 工学系研究科
専攻 マテリアル工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,良一
 東京大学 教授 七尾,進
 東京大学 教授 森田,一樹
 東京大学 助教授 松野,泰也
 東京大学 講師 弓野,健太郎
内容要旨 要旨を表示する

 1970年代の資源不足から1990年代では環境汚染へと関心が移り変わったにも関わらず、近年様々な関係者はマテリアルリスクに大きな注意を払っている。マテリアルリスクにおける問題のひとつは、天然無機資源の市場価格の高騰や、エネルギー供給確保のための「戦争」に起因した資源枯渇である。これまでに経済的、物理的なアプローチによる様々な資源枯渇の評価法が提案されてきたが、価値のある結果や結論は得られていない。そこで本研究では実際に何が枯渇しているのか、資源枯渇が社会にどう影響するのか、将来世代が現在の我々と同様に資源を活用するためには何をすべか等の問いかけによって資源枯渇について再評価することを目的とする。これらの問いかけに対しては熱力学的アプローチを科学的背景として明確に説明できる。質量とエネルギーは生み出したり、なくしたりできないので、資源枯渇は使用によって生じる資源としての機能の損失、潜在的な資源としての機能の損失によって計算することができる。

 本研究は、マテリアルリスクへの関心が高まったことにより、効果的な資源枯渇の再評価へのニーズに応えるために行われた。研究の主目的はライフサイクルインパクトアセスメント、エコロジカルフットプリントの両方に応用できる、熱力学的アプローチを背景とした新しい資源枯渇評価法の提案である。修正を加えたエコロジカルフットプリント分析はミクロあるいはマクロなレベルで適用できる。提案する資源枯渇に関する方法論のエコロジカルフットプリントへの適用によって、よりサステナビリティのための含蓄を増すことができる。

 資源枯渇の評価は新しい研究対象ではない。主要なアプローチとして経済的、物理的と二つのアプローチがある。しかしその両方が資源枯渇に対して意味のある結果を生み出していない。

 資源枯渇への物理的なアプローチを背景として、LCIA(life cycle impact assessment)法はEco-indicator 99,LIME,EPS:2000,EDIP:2000,CML:2000の5つがある。これらはユーズ・トゥ・ストック、資源のエクセルギー容量、エクセルギー余剰、TMR(total material requirements)/土地利用、サステナブルプロセスである。これらの方法は互いに異なっており、互換性がない。仮に、LCIA法が最終結果として単一の値を出すなら、それは単一の資源評価法にのみ使えることになる。これら5つの方法の限界は、埋蔵量予想の不確定性、対象期間の変化に対して考慮していないこと、ライフサイクルステージを完全にカバーできていないこと、資源枯渇以上に人間への影響を考えていること、そして資源消費に関する外部経済コストを含んでいることによる。よって科学的背景に基づいており、他のLCIA法、資源消費に関する環境影響評価に応用でき、様々な対象期間を評価できるような資源枯渇の再評価への必要性がある。

 本研究では「エクセルギーレント」という新しい用語を使う。これは世代間での等式が保存されるとした時に、自然資源を使用する現在世代は未来世代から借用しているという意味である。鉱物の品質は時を経て落ちる、そのため未来世代は必要性を満たすため、再生可能でない質の低い鉱物を採掘することになる。本論文中では13の無機天然鉱物に関するエクセルギーレントは算出した。さらに、25,50,100年の対象期間に対するエクセルギーレントに関しても算出している。

 エクセルギーレントの値は10(-1)から106まで材料間で大きく異なる。金、銀、ニッケルは比較的高いエクセルギーレントである(それぞれ、9.55E+05、5.22E+03、1.07E+03 MJ/kg)。また銅は並程度のエクセルギーレント(452 MJ/kg)、クロム、鉄、マンガンは比較的低い(それぞれ0.87,0.59,0.41 MJ/kg)。エクセルギーレントは時間とともに自然対数的に増加するが、金は例外的に指数関数的に増加している。

 エクセルギーレントを他の鉱物のエクセルギー容量、エネルギー余剰、TMRなどの方法と比較したとき、それらの違いが理解できるように行われている。エクセルギーレントはエクセルギー容量、TMRとは相関関係にあり、一方でエネルギー余剰とは相関が無かった。

 確認分析によると、予測された値は非常に信頼できる。加えて、エクセルギーレントは鉱物の品質の指標、鉱物の組成、生産量の成長性に関する予測の確度に影響を受ける。鉱物の組成は硫化銅の場合、最大で10倍に及ぶ影響が出る。また他の例では、5%以下で無視できる違いしか生まれない。他の物質に比べ硫化化合物は化学的エクセルギーが高いため硫化化合物を含む鉱物に関しては注意を払う必要がある。残りの二つの要因はエクセルギーレントの感度にはかなり影響は低い。

 算出されたエクセルギーレントは再生可能でない資源の特性値として、用いることができ、普遍化、重み付けを決定した後のEco-indicator 99,LIME EPSなどのLCIAに用いることができる。ライフサイクル全体に渡って対象期間を25,50,100年として計算したエクセルギーレントの値は環境効率や、Factor Xなどの指標として用いるのに充分な感度を持っている。しかし、Eco-indicator 99についてはエクセルギーレントの感度は明確でない。

 LCIAへの適用に加えて、エクセルギーレントは資源枯渇を含んだエコロジカル・フットプリント(EF)分析にも組み込むことができる。適用できるレベルはミクロレベル(材料、製品、サービス)とマクロレベル(地域、国家、世界全体)に分かれる。適用に先立ち、エクセルギーレントは等価交換することにより非生物領域に変換できる。これらの交換はエクセルギーレントが完全に太陽光放射のエクセルギーが光合成を経て人間社会における化学的エクセルギーに変換されるという仮定に基づいている。1×10(12)Wの太陽光放射のエクセルギーが吸収され、化学的エクセルギーに変換されると計算されている。

 ミクロレベルでのEF分析のエクセルギーレントの適用はマクロレベルでの適用の場合と異なる。ミクロレベルではEF分析は森林、農作物、海洋生物、陸上生物などの生物領域を除かなければならない。材料、製品、サービスのEF分析に含まれる三つの領域は、エクセルギーレントを補償するのに必要な非生物領域、占有される生物領域、廃棄物吸収に必要な非生物領域である。マクロレベルにおいては、非生物領域に換算されるエクセルギーレントはEF分析に含まれる他の6つの領域と共に付加的な要素として加えられる。

 ノートパソコンに関するケーススタディはミクロレベルにおける新しいEF分析への適用性を示している。ライフサイクル全体で、100年を対象期間とした場合のエクセルギーレントを補償するためにはコンピュータ一台あたり300〜400m2の非生物領域を必要としている。別の対象期間を考慮するとき、評価結果は異なり、それらを除くのに充分な感度がある。このことがエクセルギーレントあるいは非生物領域が環境効率の指標としての使用を可能にしている。

 マクロレベルでのEF分析のエクセルギーレントの適用はより興味深い。修正されたEF分析を世界の45カ国に適用した時、過剰消費はより深刻な問題である。研究対象とした国の85%は世界平均である2.2gha/personよりもEF値が大きい。それらのほとんどがOECD諸国である。一方、インドネシア、フィリピン、ベトナムなどの発展途上国は比較的EF値が低い。天然資源の消費の過剰消費は9〜1400%(スウェーデン、ベトナム、大韓民国の場合はそれぞれ9.0、9.4、1389%)の幅がある。また国土面積の大きいオーストラリア、カナダ、ロシア、ブラジル、ニュージーランド、アルゼンチンなどは生態的運搬許容量の限界に達していない。

 それぞれの国家に対する評価だけでなく、EF分析は世界全体についても実行できる。1961年から2001年までの世界の平均EFは一人当たりのEFが急速に増加しており、1973年以降は過剰消費(従来のEF法よりも14年早い)が起こる。さらに世界消費量は2001年に54%を超える(従来のEF法と比較した場合21%)。2001年の世界の平均EFは一人当たり28ghaである。そして全EFのうち30%は非生物領域が占めている。

 エクセルギーレントは資源枯渇評価として様々な長所がある。第一にエクセルギーレントは熱力学を背景としている。このため経済や政治などの主観的要因の影響を受けない。第二に社会が最も興味を持っている鉱物の低品質化に起因した天然資源採掘に関して反映している。第三に、ユーズ・トゥ・ストック比率、鉱物のエクセルギー容量、エネルギー余剰、TMRなどの他の資源枯渇評価手法と異なり、様々な対象期間を組み込むことができる。第四に、エクセルギーレントは様々なLCIA法(Eco-indicator99,EPS)やEF法などの環境影響評価手法に取り入れることができる。さらに、検査分析の結果により、将来的にエクセルギーレントの信頼性と適用性を向上させられる。最後に、電化製品に関するエクセルギーレント分析と修正したEF分析の結果の感度がこの研究の長所である。この高い感度を持った値は、改良の進捗を監視するための環境効率やFactor Xのための指標として使用できる。エクセルギーレントを環境効率の指標として使うことによって、グローバルヘクタール(gha)をEFの単位として、一般的にマーケティングツールとして使用することができる。

 上記のような長所がある一方で、エクセルギーレントには制限もある。制限は主に向き資源の非生物領域とエクセルギーレントの算出における仮定に起因する。仮定とは、(1) 鉱物の品質は徐々に下落し、突発的な変化や不連続な変化がないこと、(2) 鉱物資源はすべて等しい社会的価値を有していること、(3) エクセルギーレントはクレードル・トゥ・ゲート(cradle to gate)の領域内に限定すること、(4) リサイクル効果はエクセルギーレントに影響しないこと、(5) 1×10(12)Wの太陽光放射のエクセルギーのみが社会で消費される化学的エクセルギーレントに変換されることである。

 本研究は天然資源管理、資源生産性の評価の分野において重要な役割を果たしている。エクセルギーレントを天然資源枯渇の指標として使うことは、有用でありその結果はLCIAやエコロジカルフットプリント法に適用できる。エクセルギー法は熱力学の考え方に基づいており、市場の需給や政治などの主観的要因に影響を受けない。加えて本研究は25,50,100年のそれぞれの対象期間についての環境影響評価結果をモデリングすることを可能にした。さらには、仮に将来世代がより質の低い天然資源を採掘しなければならなくなった場合の環境影響値の増加が全エクセルギー損失を使用することで示せる。

 材料、製品、サービスにおける環境影響評価のためのエコロジカルフットプリントへの適用もまた本研究の功績である。この方法を用いて材料、製品、サービスのサステナビリティに関しての含蓄はバージン材を用いたときの消費面積(エコロジカルフットプリント)によって評価できる。この計算結果は、異なる対象期間(25,50,100年)の場合、異なるモデルの場合も見分けがつくのに充分な感度を持っている。結果として、この指標はfactor Xとして使用することでエコマテリアル、エコプロダクツ、エコサービスの改善策を示せる。

 本研究は将来的に水資源などの資源枯渇フローや、森林などの生態系資源を評価することができる。また他には、四つのシナリオと三つの道筋におけるエコロジカルフットプリントや環境債務(ecological debt)の再考に生かすことができる。さらに、エコデザインにおけるエコマテリアルの選択、エコラベル、持続可能な天然資源の管理のための資源枯渇評価やエコロジカルフットプリントに適用することもできると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 近年、マテリアルセキュリティ(material security)に関して多くの関心が払われている。マテリアルセキュリティにおける問題は、例えば鉱物製品の市場価格の高騰や、エネルギーの安定供給のための"資源争奪戦争" に起因したエネルギー資源の枯渇の問題等である。これまで経済的、物理的なアプローチによる様々な資源枯渇の評価法が提案されてきたが、未だ十分な成果が得られていない。

 本研究では、ライフサイクルインパクトアセスメント(LCIA)手法や、経済の自然環境への依存性の指標であるエコロジカル・フットプリント(EF)の双方に応用できる、熱力学を用いた新たな資源枯渇評価法を提案している。本研究は、実際にどの鉱物資源が枯渇化しているのか、次世代の人々が現在の我々と同様な生活を享受するために資源を利用するためには何をすべか等の問いかけに対し、熱力学的アプローチによる評価手法を用いることで、明確な解答を与えること目的としており、10章よりなる。

 第1章は、緒論であり、研究背景、研究方法についてこれまでの研究と比較しながら概観し、本研究の目的と論文の構成について述べている。

 第2章は、これまでに行われてきた経済的、物理的なアプローチによる様々な資源枯渇の評価法について検証し、その問題点を列挙し考察している。

 第3章は、現在用いられている5つのLCIA法における資源枯渇の評価について記述し、考察を行っている。また、これら5つの方法の問題点を列挙し、より科学的根拠に基づいた評価手法開発の必要性について述べている。

 第4章は、鉱物資源を鉱物の質と累積生産量との関係から悲観的な鉱物群と楽観的な鉱物群に分類し、材料設計、利用における資源選択の指針について述べている。

 第5章は、本研究で用いる熱力学に基づいたエクセルギー(exergy)概念について説明し、エクセルギーを指標として用いた持続可能な発展についての検討を行っている。

 第6章は、エクセルギー解析を用いた資源枯渇の評価手法と計算結果である。ここで著者は新たに資源枯渇度の指標としてエクセルギーレント(exergy rent)を鉱物資源の品位低下に伴うエクセルギーの減少量として定義している。事例として13の天然鉱物に関するエクセルギーレントを計算している。その結果、エクセルギーレントの値は資源によって大きく異なること、金、銀、ニッケルは比較的高いエクセルギーレントであること、クロム、鉄、マンガンは比較的低いことが判明した。計算されたエクセルギーレントは鉱物の品位、鉱物の組成、鉱物生産量の成長速度の予測の正確性に影響を受けると述べている。

 第7章は、資源枯渇の指標としてのエクセルギーレントのLCIA法への応用について述べている。

 第8章は、エクセルギーレントの資源枯渇を含んだEF分析への応用について述べている。再生不可能な資源におけるエクセルギーレントの値から非生物領域因子を決定するため、資源活用に起因するエクセルギーレントが太陽光放射のエクセルギーに吸収され、化学的エクセルギーに変換されるという仮定に基づき、再生不可能な資源の非生物領域因子をEF分析で用いられる[gha](グローバル・ヘクタール)で計算している。算出された再生不可能な資源の非生物領域因子を、EF法に応用し、ミクロレベル(材料、製品、サービス)とマクロレベル(地域、国家、世界全体)のEF分析を行っている。その結果、従来のEF分析よりも過剰消費はより深刻な問題であると指摘している。

 第9章は、本研究の天然資源の管理、並びに持続可能な発展との関連性について考察している。

 第10章は、本研究の総括である。

 以上を要するに、本研究は、資源枯渇度の指標として熱力学に基づいたエクセルギーレントを提案した。この手法は従来のLCIA法やEF法に応用することが可能で、加えて市場の需給や政治などの主観的要因に影響を受けることのない、新たな科学的手法である。本研究は、天然資源の管理や資源生産性の評価において重要な役割を果たすと考えられ、材料工学の発展に寄与している。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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