学位論文要旨



No 122331
著者(漢字) 青田,新
著者(英字)
著者(カナ) アオタ,アラタ
標題(和) マイクロ向流の流動解析と化学プロセスへの応用
標題(洋) Fluid Analysis and Applications to Chemical Processes of Micro Counter-Current Flows
報告番号 122331
報告番号 甲22331
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6536号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 平尾,公彦
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 講師 火原,彰秀
 工学院大学 助教授 杉井,康彦
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年注目されているマイクロスケールの空間中に形成した油水平行流の基礎物理特性の解明と新規化学プロセスの開発に関する研究結果をまとめたものである。数cm角の基板上に作製したマイクロスケールの流路(マイクロチャネル)を利用して化学システムを集積化する技術が急速に発展している。この技術はμ-TAS(micro total analysis systems)やLab-on-a-chipと呼ばれ、新たな基礎科学実験ツールへの活用や産業的実用化の期待が高まっている。この分野の研究は1990年代に電気泳動によるDNA解析を目指した研究が注目された。しかし、駆動する溶液が単一溶媒に限定されるため、応用が分離プロセスに限定される欠点がある。そこで当研究室では圧力による流体制御技術とガラス製マイクロチップを用いることで、複数溶媒を利用した汎用的化学システムの集積化を目指している。これまで、油水が同方向に平行に流れる順流の低レイノルズ数マイクロ多相流を形成する技術を開発し、それを利用したミクロ単位操作を実現した。さらに、油水の相分離・相合流を繰り返すマイクロ多相流ネットワークを利用し、複数のミクロ単位操作を1枚のマイクロチップに集積化する連続流化学プロセスを実現した。しかし、従来のマイクロ化学システムでは、困難な流体制御や、順流マイクロ多相流に限定される化学プロセス、マイクロ空間に特異的な流動特性の顕在化などの問題がある。さらに高効率なマイクロ化学システムを実現するためには、マイクロ多相流の基礎物理特性を理解することが必要不可欠である。本研究では、マイクロ多相流の基礎物理特性の解明と新規応用を目指す。具体的には、マイクロ向流を実現し、マイクロ向流形成の物理的メカニズムを解明した。さらにマイクロ向流の流動解析から特異現象を見出し、マイクロ向流を利用した新規化学プロセスを開発した。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-Chipと呼ばれる類似研究の歴史的背景とその意義をまとめ、マイクロ多相流を用いたマイクロ化学システムの有用性を示した。また、従来のマイクロ化学プロセスの問題として、困難な流体制御、マイクロ溶媒抽出の低回収率、マイクロ空間における流動特性の顕在化を挙げ、これらを解決することの重要性を明らかにした。さらにマイクロ化学システムという研究分野を展開し、新たな応用を開発するためには、マイクロ多相流の基礎物理特性の解明が重要であることを明示した。以上をふまえ、本研究の目的をマイクロ多相流の基礎物理特性の解明と新規応用の開発とした。具体的な目的が、マイクロ向流の実現、マイクロ向流の流動解析、マイクロ向流の化学プロセスの応用であることを示した。

 第2章では、安定平行マイクロ向流を実現し、マイクロ向流形成の物理的メカニズムを解明した。マクロスケールでは重力が支配的因子であるため、連続流の安定平行向流形成は非常に困難である。そこで、マイクロ空間の支配的因子が粘性力、界面張力、濡れ性であることに着目し、これらの物理特性を利用することで連続流の安定平行向流を実現できると着想した。通常のマイクロチャネル中で油水を対向に送液すると、油水の衝突や剪断応力による液滴形成により、向流を形成することができない。そこで、水相が流れる表面を親水表面に、油相が流れる表面を疎水表面にすることで平行向流が実現できると考えた。マイクロ空間の表面を化学修飾により親水/疎水部分にパターニングしたマイクロチップを作製し、安定平行マイクロ向流を実現した。これまで連続流安定平行向流を実現した例はない。パターニング修飾マイクロチップは、従来のマイクロチップよりも広流量条件でマイクロ順流・向流が実現できることを示し、マイクロ化学システムの有効な基盤技術として適用であることを示した。さらに、マイクロ向流形成を支配する力が、粘性流由来の油水の動圧差と界面張力由来のラプラス圧であることを見出した。この二つの圧力の釣り合いを考慮することで、マイクロ二相流形成を設計できることを示した。本章で開発した基盤技術と得られた基礎科学的知見は、新規マイクロ化学システム開発や設計指針となる点で大きな役割を果たすといえる。

 第3章では、マイクロ向流中液液界面近傍の特異流れを見出し、液液界面のすべりを示唆した。マイクロ向流では油水が反対に流れ、液液界面に大きな剪断応力が生じることに着目し、マクロでは観察できない液液界面特性がマイクロ向流中で顕在化すると着想した。通常の流体力学から考えると、マイクロ向流の流線はチャネルに沿って平行になり、液液界面では速度が一致するはずである。しかし流れを可視化したところ、水相中液液界面近傍で断続的に形成する渦流やループ流などの特異流れを見出した。また、液液界面形状を測定により、液液界面におけるすべりを示唆する結果や液液界面振動現象を見出した。これらはマイクロ向流中液液界面では従来の流体力学では説明できない現象が起きていることを示している。本章の研究は液液界面の物理研究に新な展開をもたらすと期待できる。また、パターニング修飾マイクロチップは液液界面で起こる特異現象を解明する基礎科学研究ツールとしても有効であるといえる。

 第4章では、第2章で実現したマイクロ向流を利用し、高回収率マイクロ向流抽出を実現した。従来のマイクロ溶媒抽出は、油水が同方向に流れるマイクロ順流を利用したマイクロ順流抽出である。マイクロ順流抽出は、マクロスケールの溶媒抽出よりも100倍高速であるが、原理的に理論段数が1段であるため高回収率な溶媒抽出を実現できない。一方、マクロスケールでは油水を向流接触させることで高回収率溶媒抽出を実現している。そこで、マイクロ向流を溶媒抽出に適用することで、高回収率マイクロ溶媒抽出が実現できると着想した。原理検証のため、コバルト錯体の抽出効率の流量依存を検討した。従来のマイクロ順流抽出では原理的に回収率が60.6%、理論段数が1段であるのに対し、マイクロ向流抽出では最大で98.6%の回収率、4.6段の理論段数を実現した。これは1回のマイクロ向流抽出で従来のマイクロ順流抽出4.6回分の効果があることを示しており、マイクロ向流抽出の有用性を示した。本章で開発したマイクロ向流抽出は低分配係数の分子を高回収率で抽出でき、新規ミクロ単位操作に適用できる。マイクロ向流を他のミクロ単位操作と組み合わせた連続流化学プロセスにより、多段合成システムなどの高効率マイクロ化学システムが期待できる点で意義がある。

 第5章では、第2章から第4章までで開発したマイクロ化学プロセスの基盤技術と基礎科学的知見、液液界面特性の発見、新規化学プロセスの意義についてまとめ、展望を示した。

 以上要約したように、本研究ではマイクロ多相流の基礎物理特性の解明と新規化学プロセスへの応用として、マイクロ向流の実現、マイクロ向流形成の物理的メカニズムの解明、マイクロ向流中流動解析、高回収率マイクロ向流抽出の実現について研究した。本研究の成果は、化学工学的観点から高効率分析システムや多段合成システムなどのマイクロ化学システムを構築に有用であるだけでなく、基礎科学的観点から液液界面特性の物理・化学的研究に重要な知見とツールを与え、今後幅広く貢献すると期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「Fluid Analysis and Applications to Chemical Processes of Micro Counter-Current Flows (マイクロ向流の流動解析と化学プロセスへの応用)」と題し、近年注目されているマイクロスケールの空間中に形成した油水平行流の基礎物理特性の解明と新規化学プロセスの開発に関する研究結果をまとめたものである。基板上に作製したマイクロスケールの流路(マイクロチャネル)を利用して化学システムを集積化する技術が急速に発展している。この分野の研究は、1990年代以降急速に発展し、micro total analysis systems (μ-TAS)やLab-on-a-chipと呼ばれる。これまで、油水が同方向に平行に流れる順流のマイクロ多相流を利用し、複数の化学プロセスを1枚のマイクロチップに集積化する連続流化学プロセスが実現された。しかし、困難な流体制御や、順流マイクロ多相流に限定される化学プロセスなどの問題がある。さらに高効率なマイクロ化学システムを実現するためには、マイクロ多相流の基礎物理特性を理解することが必須である。本研究では、マイクロ多相流の基礎物理特性を利用することで、油水が平行に反対方向に流れるマイクロ向流を実現し、物理的形成メカニズムを解明した。次にマイクロ向流中の流動解析から特異現象を見出した。さらに、マイクロ向流が化学プロセスに有効であることを示した。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-Chipの歴史的背景と意義をまとめ、本研究のマイクロ多相流を用いたマイクロ化学システムの有用性を示した。さらに高効率なマイクロ化学プロセスを実現する課題として、マイクロ空間の物理特性を利用した流体制御法の開発とメカニズムの解明、マイクロ空間における流動特性の解明、新規マイクロ化学プロセスの開発を挙げ、研究に対する重要性を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、マイクロ空間の物理特性を利用した流体制御法により連続流安定平行マイクロ向流を実現し、マイクロ向流形成の物理的メカニズムを解明した。まずマイクロ空間中の支配的な力が界面張力と粘性力であることを理論的に考察し、それらを利用することでマクロスケールでは非常に困難な連続流安定平行向流形成を着想した。化学修飾によりマイクロチャネル壁面を親水/疎水部分にパターニングすることでマイクロ向流を実現した。この技術は、従来のマイクロチップよりもマイクロ順流・向流を広流量条件で形成可能にすることを示し、マイクロ化学システムの有効な基盤技術であることを示した。さらに、マイクロ向流形成を支配する力が、粘性流由来の油水の動圧差と界面張力由来のラプラス圧の釣り合いであることを見出した。従来のマイクロ多相流形成条件は経験的に決定していたのに対し、圧力の釣り合いを考慮することでマイクロ二相流形成を設計できることを示した。本章で開発した基盤技術と得られた基礎科学的知見は、新規マイクロ化学システムの設計指針となる点で大きな役割を果たすといえる。

 第3章では、初めて実現したマイクロ向流の流線解析と液液界面形状解析をした。まず流速分布を、定常層流と通常の境界条件を基にして理論的に考察した。流線解析により、理論的流速分布と異なる三次元流れや、断続的に形成する渦流発生などの特異流れを見出した。次に三次元流れと液液界面形状が関係していると着目し、形状を測定した。通常の境界条件では説明できない液液界面形状を見出し、三次元流れと関係がある可能性を示した。さらに液液形状から通常の境界条件と異なる二流体のすべりを示唆した。これらは新規科学的知見である。本章の研究で得られた基礎科学的知見は、液液界面の物理研究の新分野への展開が期待できる。また、パターニング修飾マイクロチップは液液界面研究の基礎科学研究ツールとしても有効であるといえる。

 第4章では、マイクロ向流を利用した高回収率マイクロ向流抽出を実現した。従来の順流マイクロ多相流を利用した溶媒抽出は、マクロスケールの溶媒抽出よりも10倍高速である。しかし、原理的に理論段数が1段である。そこで、マイクロ向流を溶媒抽出に適用することで、多段的な高回収率マイクロ溶媒抽出を着想した。原理検証のため、金属錯体抽出効率の流量依存を検討した。従来のマイクロ順流抽出では原理的に60.6%の回収率、1段の理論段数が限界であるのに対し、マイクロ向流抽出では98.6%の回収率、4.6段の理論段数を実現し、マイクロ化学プロセスとしての有用性を示した。本章で開発したマイクロ向流抽出は新規単位操作に適用でき、他の単位操作と組み合わせた連続流化学プロセスにより、多段合成システムなどの高効率マイクロ化学システムが期待できる点で重要である。

 第5章では、第2章から第4章までで開発したマイクロ化学プロセスの基盤技術と基礎科学的知見、液液界面特性の発見、新規化学プロセスの意義についてまとめ、展望を示した。

 以上要約したように、本研究ではマイクロ多相流の基礎物理特性の解明と新規化学プロセスへの応用として、マイクロ向流の実現、マイクロ向流形成の物理的メカニズムの解明、マイクロ向流中流動解析、高回収率マイクロ向流抽出の実現について研究した。本研究の成果は、化学工学的観点からマイクロ化学システムの設計指針となる点で有用であるだけでなく、基礎科学的観点から液液界面特性の物理・化学的研究に重要な知見とツールを与え、今後幅広く貢献すると期待できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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