学位論文要旨



No 122333
著者(漢字) 後藤,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,マキコ
標題(和) マイクロ・ナノ空間を利用した細胞機能制御システム構築に関する研究
標題(洋)
報告番号 122333
報告番号 甲22333
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6538号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 尾嶋,正治
 東京大学 助教授 金,幸夫
 東京大学 助教授 志村,清仁
 東京大学 講師 高井,まどか
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は近年著しく進歩している液相微小空間を利用したマイクロ化学実験システムを発展させ、マイクロ・ナノメートルスケールで制御した空間内で細胞の機能を制御・利用する新しい細胞実験システムを構築した研究をまとめたものである。培養細胞は医学・生化学の分野で必要不可欠の実験材料である。近年盛んに研究開発されているマイクロ化学デバイスは、細胞を扱うのに適した空間サイズを持つなどの利点がある。これらの利点を活かし、セルソーターなどの細胞操作デバイスや三次元培養デバイスなど細胞を用いたマイクロデバイスが数多く報告されている。

 これまで報告されたデバイスのほとんどは、細胞を操作する、または細胞自体を測定するものである。それに対して本研究では、当研究室で研究されてきた超微細加工技術や連続流化学プロセスなど独自の方法論を活用することにより、細胞の機能を利用・制御した新しいシステムを実現することを着想した。マイクロ・ナノスケールで空間制御した培養環境はこれまでになく、この中で培養した細胞の挙動を研究することで、細胞生物学的に新しい知見を見出せると期待できる。

 以上をふまえ本研究では、マイクロチップ特有の培養空間や分析系により、細胞の機能を利用・制御したマイクロ・ナノ細胞制御システムを開発することを目的とした。具体的には、薬物に対する細胞応答を測定するマイクロバイオアッセイシステムを開発し、細胞から放出される物質の反応・測定を実現した。また、ナノスケールでパターニングした表面をもつマイクロ培養空間を構築し、接着細胞を制御するデバイスを開発した。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-chipといわれる類似的研究の歴史的背景とその意義をまとめ、マイクロ化学システムの有用性を示した。また微小空間で細胞を操作する有用性や開発されている細胞操作デバイスについてまとめた。そして、マイクロ化学システムに細胞の機能を組み込むことや、微小空間で培養環境を制御する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、細胞を用いたマイクロバイオアッセイシステムを開発した。培養細胞を用いたバイオアッセイは新薬探索などにおける重要な検定手法となっている。しかしバイオアッセイは操作が煩雑で所要時間が長く、効率化と迅速化が求められている。さらに入手が困難な正常初代培養細胞を用いることが望まれるが、従来のシステムでは大量の細胞を消費する点が問題となっている。これらの問題点はシステム全体をマイクロチップへ集積化し、微小空間内にて培養から測定まで連続流で行うことで解決できると考えた。以上をふまえ、集積化マイクロバイオアッセイシステムを実現するための基盤技術を確立した。具体的には、集積化マイクロチップ内で安定に細胞を培養できる培養法や培養部構造を確立した。また、細胞培養や複数の反応温度を同時に制御可能な局所温度制御装置を開発した。さらに当研究室で開発したマイクロ流体技術や熱レンズ顕微鏡を活用してマイクロバイオアッセイシステムを開発した。

 バイオアッセイの一例として、免疫系の活性化物質の探索を行うための標準的な系である、マクロファージ活性化物質のスクリーニングシステムを開発した。マイクロチップ中で培養、活性化したマクロファージから放出される一酸化窒素(NO)を熱レンズ顕微鏡で定量するシステムを設計した。マクロファージ様細胞株に活性化物質のリポ多糖を導入し、導入開始からのNO量の測定に成功した。従来法のマイクロプレートで行うバッチ式の培養・測定と比較して、検出反応時間が短縮でき検出下限・感度ともに向上した。またプレート培養より2桁少ない細胞の応答を測定できた。すなわち、従来の細胞数での検定数を大幅に増やし、高効率化を実現した。本バイオアッセイシステムは、操作の簡便化やアッセイ時間の短縮といった効果だけでなく、バッチ方式困難であった薬物などに対する細胞応答の経時変化の測定が可能とした。細胞培養から応答測定まで連続流で行う本システムは、マイクロチップでのみ実現できる新しいシステムであり、本研究を参考にしたマイクロデバイスが次々に報告されている。

 第3章では、ナノ加工法やマイクロ流体制御を用いた新規細胞培養空間を構築した。接着細胞の接着面でのシグナル伝達は細胞の生存や様々な機能に関わっているため、接着表面と細胞との関係は非常に重要である。細胞−表面接着を制御した生体材料や細胞マイクロアレイ・パターニングなどが研究されている。近年細胞−表面接着機構を解明しようとするために、ナノメートルスケールでパターニングした表面を作製する研究が進められている。これまで研究されてきたパターン表面は、ナノスケールで形状を制御するものがほとんどであったが、本研究では形状だけではなく化学修飾により細胞接着/非接着のコントラストをつけた新規ナノパターン表面を開発した。ナノパターン表面は電子線描画や金属スパッタリングプロセスといったトップダウン的な加工法に、石英や金属上での自己組織化膜形成といったボトムアップ的な化学修飾法を組み合わせることで実現した。ストライプパターンを作成し、繊維芽細胞を培養した結果、細胞の配向性を制御することに成功した。またパターンのサイズや間隔を制御することで、様々な接着状態を作り出せることを見出した。

 さらにマイクロチャネルの中へナノパターンを作製し、マイクロ空間内での細胞培養に成功した。マイクロチャネル内に新しい培地を供給し続けて、マイクロ空間内のナノパターン表面上での長期間培養へ発展させた。マイクロ空間により細胞数や液相の流体を制御し、さらにナノ加工及び自己組織化により接着面から個々の細胞へ局所的に刺激を加える、これまでにない新しい培養空間を構築した。

 本パターン表面はパターンの形やサイズを自由に設計でき、化学修飾により様々な表面状態を作り出すことが可能である。これまで経験的に捉えることしかできなかった接着細胞の状態を、接着表面から研究していく有効な手段になるといえる。さらにこの表面の金属ナノパターンは電極としても機能し、個々の細胞に局所的に電気刺激を与えることも可能であり、将来的に様々な細胞実験へと応用可能である。さらにマイクロ流体制御、薬物による化学的刺激などを加えることができる培養環境を構築した。新しい培養環境での細胞の挙動を研究できる実験デバイスとして、細胞研究の発展に寄与すると期待できる。

 第4章では、第2章、3章で開発したマイクロ・ナノ細胞実験システムの意義についてまとめ、展望をまとめた。

 以上要約したように、本研究では当研究室で研究されてきた独自のマイクロ化学チップの技術・方法論を利用、発展させることで、マイクロチップ内で細胞の機能を制御・利用したマイクロチップ特有の新しいシステムを構築した。マイクロ・ナノ空間を利用した新しい細胞研究を拓くものとして位置づけることができる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、液相微小空間を利用したマイクロ化学実験システムを発展させ、マイクロ空間で細胞機能を制御・利用する新しい細胞実験システムの開発に関する結果をまとめたものである。

 第1章では、近年急速に進歩しているマイクロ化学システムの世界的動向をまとめ、マイクロ化学システムで細胞を扱う有用性を示した。そして、細胞の様々な機能を制御・利用可能な細胞実験システムを開発する意義を明確にし、本研究の目的を明らかにした。

 第2章では、細胞を用いたマイクロバイオアッセイシステムを開発した。新薬探索などにおける重要な検定手法であるバイオアッセイは、高価な試薬や細胞の消費量が多く、また操作が煩雑で所要時間が長いなどの問題がある。これらの問題点はシステム全体をマイクロチップへ集積化し、培養から測定まで連続流で行うことで解決できると考え、マイクロバイオアッセイシステムを実現するための基盤技術を確立した。具体的には、集積化マイクロチップ内で安定に細胞を培養できる細胞培養法を確立した。また、細胞培養や複数の反応温度を個別に制御可能な局所温度制御装置を開発した。バイオアッセイの一例として、免疫系活性化物質を探索する標準的な系である、マクロファージ活性化物質のスクリーニングシステムを開発した。マイクロチップ中で培養、活性化したマクロファージから放出される一酸化窒素のモニタリングに成功した。従来のマイクロプレートで行うバッチ方式の培養・測定と比較して、検出反応時間の短縮、検出下限・感度の向上、細胞数の大幅な削減に成功した。バッチ方式困難であった細胞応答の経時変化測定を実現した本システムは、マイクロチップでのみ実現できる極めて有効なマイクロ化学システムであり、本研究を参考にしたマイクロシステムが次々に報告されている。

 第3章では、接着性細胞を制御する新規ナノパターン表面を開発した。第2章で開発したマイクロシステムをさらに精密かつ高機能にするために、細胞が接着した表面を利用して細胞の数や形態を制御することを考えた。接着表面と細胞との関係は非常に重要で、細胞接着を制御した生体材料や細胞マイクロアレイやパターニングが報告されている。これらの制御は経験的な結果が多く、近年細胞−表面接着をより精密に制御するために、ナノメートルスケールでパターニングした表面の開発が進められている。これまで研究されてきたパターン表面は、ナノスケールで形状を制御するものがほとんどであったが、本研究では形状だけではなく化学修飾により細胞接着/非接着のコントラストをつけた新規ナノパターン表面を開発した。微細加工プロセスと化学修飾により、細胞接着時に足場となるタンパク質の吸着/非吸着の高コントラスト化に成功した。接着や生存、機能発現で重要な役割を果たしている細胞接着斑のスケールで精密なパターニングを実現した。

 第4章では、第3章で開発したナノパターン表面で繊維芽細胞を培養した。細胞が表面と接触して接着斑を形成して接着、伸展する挙動に注目し、ストライプパターンにより細胞接着の制御に成功した。またマイクロチャネル内にナノパターン表面を構築し、流れの中でもパターン表面による配向制御に成功した。また長時間培養して増殖の制御にも成功した。表面より制御した脂肪前駆細胞は脂肪細胞への分化能を保持していることを確認できた。バイオアッセイやバイオリアクターなどの応用だけでなく、単一細胞レベルでの細胞解析など生命科学の基礎研究のツールとなると期待できる。

 第5章では、第2章から4章で開発したマイクロ・ナノ細胞実験システムの意義についてまとめ、展望をまとめた。

 以上要約したように、本論文の成果は、細胞機能を制御・利用したマイクロチップ特有の新しいシステムを開発し、マイクロ化学システムに大きな進展をもたらした。さらに新しい細胞研究のツールを与え、今後生命科学や医学分野に貢献すると期待できる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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