学位論文要旨



No 122335
著者(漢字) 佐々木,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,ナオキ
標題(和) 電極を集積化したマイクロ流体化学システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 122335
報告番号 甲22335
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6540号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北森,武彦
 東京大学 教授 宮山,勝
 東京大学 助教授 立間,徹
 東京大学 助教授 金,幸夫
 理化学研究所 主任研究員 前田,瑞夫
内容要旨 要旨を表示する

 本論文は近年目覚しい発展を見せているミクロ空間を利用した化学実験システムに対し、電極を集積化することで更なる高機能化を図る研究の成果をまとめたものである。近年、半導体加工技術を用いて作製したマイクロチップ上に様々な化学システムを集積化する研究が世界的に盛んに取り組まれている。当研究室ではマイクロチップ上に作製したマイクロチャネルを化学反応場として用い、流れのあるミクロ空間の特長を生かした連続流マイクロ化学プロセスを実現してきた。従来の連続流マイクロ化学プロセスでは、混合・反応をチャネルの空間サイズによって制御し、これをチップ外部からの溶液流れ中で連続的に行うことでプロセスを構築してきた。しかし複雑・高度な化学プロセスを実現していくには、これらを全てオンチップで自在かつ容易に制御する手法が必須である。そこで本研究ではマイクロチャネル内に電極を集積化し、これを利用して様々な機能を実現する事を着想した。これまでもマイクロチャネル内で電極を用いる例は報告されているものの、それらは作製が容易なポリマー基板を用い単なる検出器としての利用にとどまっている。対して本研究では、耐久性や耐有機溶媒性が高く汎用的な化学プロセスを実現可能なガラス基板を用いることで、電気化学検出のみならず合成や流体制御など様々な機能を集積化できると考えた。以上の構想に基づき、電極を利用したマイクロ流体化学システムの機能化を本研究の目標とし、具体的にガラス基板マイクロチップへの電極集積化法の開発、電解合成への応用、交流電気浸透流・交流熱動電流を用いた溶液混合法の開発に取り組んだ。

 第1章では、近年のμ-TASやLab-on-a-Chipと呼ばれる先行研究の歴史的背景とその意義をまとめ、本研究の基礎となる連続流マイクロ化学プロセスという概念の有用性を示した。またマイクロ流体化学システムの高機能化を図る上での課題としてチャネル内部での積極的な反応・プロセス制御とシステム全体のオンチップ集積化を挙げ、電極を集積化した場合に期待できる機能とその有用性を明らかにした。さらにこれらを実現するために解決すべき課題としてガラス基板マイクロチップへの電極集積化法の開発を挙げ、本研究の意義と目的を明らかにした。

 第2章では、本研究の基盤技術となるガラス基板マイクロチップへの電極集積化法を開発した。ガラス等の硬い基板を用いてマイクロチャネル内に電極を作製する事は技術的に非常に困難である。本研究では電極材料・作製法や基板接合法について条件検討と最適化を行い、電極集積化を実現した。作製した電極を用いてサイクリックボルタンメトリー、及び溶液フロー下での定電位電解を行い、溶液漏れなく作製した電極が正常に応答していることを確認した。また基板接合後に電解めっきにより電極を作製する手法をあわせて開発し、ガラス基板マイクロチャネル内に種々の金属材料を集積化する手法を開発した。

 第3章では、作製した電極集積化マイクロチップを電解合成へと応用した。従来の連続流マイクロ化学プロセスでは試薬の混合によって化学反応を制御するのに対し、本研究ではマイクロチャネル内での電極反応を利用して反応を制御することで、マイクロ電極とマイクロチャネルの特長を発展的に組み合わせた効率的な合成プロセスが構築できると考えた。実際にニトロ酢酸エチルを原料とするモデル反応に取り組み、その原理を実証した。

 第4章では、交流電気浸透流を用いた溶液混合法を開発した。混合はマイクロチャネル内の化学反応・プロセスを制御する上で最も基本的かつ重要な操作であり、これを自在に制御できれば高度・高機能なマイクロ化学プロセスの実現が期待できる。これまでにも様々な混合手法が提案・実証されているものの、デバイスの作製法や混合性能、適用範囲などの面でマイクロ流体化学プロセスには適さない。本研究では交流電気浸透流、すなわちマイクロ電極間に低周波(〜kHz)電圧を印加した際に電極上で生じる動電流を利用する手法を開発した。本現象はごく近年発見されたものであり、理論的にも実験的にも未解明の部分が多いものの、低電圧で大きな流れを誘起できる特長を有する。効果的な混合を実現するために形状を工夫した電極を用い、蛍光試料を用いて高速混合を実証し、またDNAの蛍光染色を例として高速混合・反応を実証した。蛍光強度分布から混合性能を定量的に評価し、本ミキサーを用いることで混合長・混合時間を大幅に短縮できることを示した。さらに既存の代表的な手法と比べ、本手法がもっとも混合長が短く、マイクロ流体化学プロセスに適した流速範囲で高速混合が可能であることを示した。交流電気浸透流をマイクロチャネル内での溶液混合に応用したのは本研究が最初の例である。また印加電圧や溶液物性に対する混合性能の依存性を調べ本手法の適用範囲を明らかにするとともに、これらの実験結果を理論予測と比較し、本現象のより正確なモデルを構築するための実験的知見を得た。

 第5章では、交流熱動電流による溶液混合法を開発した。前章で述べた交流電気浸透流による溶液混合は適用範囲がイオン強度10(-3)以下に限定されるため、高塩濃度の溶液の混合には適用できない。そこで交流熱動電流、すなわちマイクロ電極間に高周波(〜MHz)電圧を印加した際に溶液中で生じる動電流を用いた溶液混合法を開発した。はじめに高イオン強度条件下での溶液混合を実証した。また電圧印加時のマイクロチャネル内での温度変化を検討し、混合率と温度の間に密接な関係があることを明らかにした。さらにイオン強度に対する混合能の依存性を調べ、印加周波数を適切に設定することで幅広いイオン強度の溶液に対応できることを示した。また応用例としてタンパクの高速蛍光染色を実現し本手法の有用性を示した。

 第6章では、第2章から第5章までで開発した電極を利用したマイクロ流体化学システムの意義についてまとめ、展望を示した。

 以上要約したように、本研究では電極を利用したマイクロ流体化学システムの機能化を目的として、ガラス基板マイクロチップへの電極集積化法の開発、電解合成への応用、交流電気浸透流・交流熱動電流を用いた溶液混合法の開発について研究した。これらの手法はマイクロ流体化学システムの新たな可能性を切り開き、今後の発展に大きく寄与するものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、近年著しい発展を遂げているミクロスケールの空間を利用した化学実験において、電極を利用して様々な操作を実現し高機能化を図る研究の成果をまとめたものである。半導体微細加工技術を用いて基板上に作製した微小空間を化学実験に利用する研究が近年盛んに取り組まれている。従来の研究は微小空間のサイズに由来する特徴を利用してきたが、ここに種々の機能を付与し利用することでさらに高度な操作、プロセスの実現が期待される。本研究では電極を利用した機能化を着想し、電極のミクロ集積化、及びこれを利用した微小空間中での物質合成、溶液混合に取り組んだ。

 第1章では、μ-TASやLab-on-a-Chipと呼ばれる先行研究の歴史的背景とその意義、及び当研究室で開発されてきた連続流化学プロセスの有用性を示した。さらに連続流化学プロセスの機能化を図る手法として微小空間中への電極集積化、およびこれを利用した物質移動・化学反応の積極的制御を挙げ、本研究の意義と目的を明らかにした。

 第2章では、電極のミクロ集積化法を開発した。連続流化学プロセスではガラス基板上に作製した微小流路を用い汎用的な化学プロセスが実現されているが、ここに電極を集積化した例はない。作製法および作製条件について検討を行い、微小流路内に電極を集積化した。作製した電極を光学像及び電気化学応答から評価し、溶液漏れなく作製した電極が正常に応答していることを確認した。本章で開発した電極集積化法は、連続流化学プロセスに種々の電気化学法を組み込む上で重要な役割を果たすと考えられる。

 第3章では、電解合成に取り組んだ。ニトロ酢酸エチルを出発物質とするモデル反応系において、溶存酸素の電解を利用し、アルキル化及び合成化学的に有用なMichael付加が実現できることを示した。この結果は連続流化学プロセスにおける物質合成法として電解合成を利用可能であることを示している。

 第4章では、交流電気浸透流を用いた溶液混合法を開発した。混合は連続流化学プロセスを制御する上で最も基本的かつ重要な操作であり、これを自在に制御することで高度・高機能なプロセスが期待できる。これまでに様々な混合手法が提案されているものの、連続流化学プロセスに適した手法はなかった。そこでマイクロ電極間に低周波(〜kHz)の交流電圧を印加することで誘起される交流電気浸透流を利用した手法を開発した。電極形状を検討し、蛇行電極を用いて高速混合・反応を実証した。混合性能を定量的に評価し、拡散混合および既存の混合法と比べ、本手法がもっとも混合長が短く、連続流化学プロセスに適した流速範囲で高速混合が可能であることを示した。さらに印加電圧や溶液物性に対する依存性を検討し、本手法の適用範囲を明らかにするとともに、混合性能を交流電気浸透流の理論に基づく予測式から評価できることを示した。本章で開発した溶液混合法は連続流化学プロセスにおける操作時間の短縮を実現し、化学システムの高度集積化に重要な役割を果たすと考えられる。また混合性能の理論に基づく評価は、本手法を実際のプロセスに適用する際の設計指針を与えるものである。

 第5章では、交流熱動電流を用いた溶液混合法を開発した。前章で開発した溶液混合法は、電気分解等の影響から溶液の塩濃度によって適用範囲が制限される。そこでマイクロ電極間に高周波(〜MHz)の交流電圧を印加することで生じる交流熱動電流を利用した手法を開発した。高速混合・反応を実証し、高塩濃度条件ほど本手法に有利であることを示した。また塩濃度に応じて混合時に温度上昇が生じることを示し、本混合の特徴を明らかにした。本手法は温度上昇を伴うものの、第4章で開発した溶液混合法の適用できない塩濃度範囲に適用可能であり、電極を利用する溶液混合法の適用範囲を拡張したという点で意義深い。

 第6章では、第2章から第5章までで開発した、電極をミクロ集積化した化学システムの意義についてまとめ、展望を示した。

 以上のように、本研究では電極を利用した連続流化学プロセスの機能化を目的とし、電極集積化法の開発、電解合成への応用、交流電気浸透流・交流熱動電流を用いた溶液混合法の開発について研究した。これらの手法は微小空間を利用する化学プロセスの新たな可能性を切り開き、今後の発展に大きく寄与するものと期待される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク