学位論文要旨



No 122339
著者(漢字) 村瀬,隆史
著者(英字)
著者(カナ) ムラセ,タカシ
標題(和) 自己集合を活用した官能基濃縮空間の創出
標題(洋) Construction of Functional Group-Concentrated Space by Self-Assembly
報告番号 122339
報告番号 甲22339
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6544号
研究科 工学系研究科
専攻 応用化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤田,誠
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 瀬川,浩司
 東京大学 助教授 河野,正規
 東京大学 講師 山口,和也
内容要旨 要旨を表示する

 制限された孤立空間内に官能基を濃縮することができれば、溶液中で分散した状態とは異なる新たな機能を発現させることが可能となる。自己集合を活用して制限された孤立空間を構築する手法は、(1)両親媒性ブロックコポリマーからなるポリマーミセル形成と、(2)生体高分子(タンパク・ウイルス)が形成する球骨格の利用の二つに大別される。(1)の場合、疎水性ブロックに官能基を付与すれば、水中での自己集合により、ミセルの中心に官能基を濃縮することが可能である。しかし、この手法では、濃縮される官能基の数・空間的配置を厳密に制御することはできない。一方、(2)の場合、制限された孤立空間内に導入される官能基の数・空間的配置を制御することが可能になる。しかし今度は、内部空間が広すぎために、官能基が濃縮されることはなく、内表面の修飾のみに留まってしまう。

 本研究では、パラジウム12個と配位子24個から自己集合により構築される、M(12)L(24)球状錯体に着目した。錯体の内面を、24個の官能基で100%修飾することにより、制限された孤立空間内への官能基の濃縮と数・空間配置の制御を同時に成し遂げた。さらに、反応性の官能基(光応答性、重合性)を濃縮することにより、孤立空間内の特性を動的に変化させ、新たな機能を発現させることに成功した。

 本論文は以下の6章から構成されている。

 第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

 第2章では、M(12)L(24)球状錯体が、ピレンのような比較的大きくて平板状である官能基でも、24個を内包し、かつ濃縮することができる大きな空間を提供していることを分光学的に証明した。錯形成前後での1H NMRスペクトルの比較により、ピレン部位に由来するピークは錯形成により大きく高磁場シフトしており、分子モデリング計算の結果と併せて、ピレンが球状錯体内で密集していることが示された。ピレンが錯体内で濃縮されていることは、光加水分解反応による、球状錯体からのピレンの放出実験からも明らかになった。蛍光スペクトルの経時変化を追跡した結果、光照射時間が長くなるにつれ、短波長側のモノマー由来の蛍光強度が長波長側のエキシマー由来の蛍光強度よりも大きくなった。このことは、光照射前は、錯体内に濃縮されていたピレンが、錯体の外部へ放出されて拡散するために、モノマー由来の蛍光しか発しないことを示唆している。光照射により、内包されていた官能基が放出され、錯体内部が空になることから、制限された孤立空間内の特性を光により不可逆的に変化させられることを証明した。

 第3章では、制限された孤立空間内の特性を、光により可逆的に変化させるために、可逆的な異性化反応が可能であるアゾベンゼン24分子をM(12)L(24)球状錯体内に濃縮させた。表面にカチオンを付与した錯体内にアゾベンゼンが濃縮されることにより、錯体内部に疎水的な環境が構築され、この疎水性の強度がアゾベンゼンの異性化により可逆的に変化することを証明した。

 紫外光照射下におけるアゾベンゼンのtrans体からcis体への異性化反応を、配位子単独の場合と比較した結果、錯体内では、cis体が20%程度の状態で反応が停止した。この状態は可視光を照射しても変化せず、紫外光・可視光照射どちらにおいても光定常状態であったが、50℃で加熱することにより初期状態のtrans体へと戻った。このことは、錯体内の環境が紫外光と熱を組み合わせることによって可逆的に変化することを意味している。アゾベンゼンの異性化に伴う疎水性の強度変化は、疎水性分子である1-pyrenecarboxaldehydeをゲスト分子として、その蛍光スペクトルの変化から見積もった。アゾベンゼンのcis体はtrans体よりも親水性が高いために、紫外光照射により錯体内部の疎水性の強度が減少し、それに伴い蛍光スペクトルも変化した。この変化は1H NMRスペクトルにも現れ、ゲスト分子に由来するピークの低磁場シフトが観測された。50℃で加熱し、アゾベンゼンを全てtrans体に戻すと、錯体内部の疎水性の強度は初期状態に戻った。錯体内部のon/offの二状態間を外部刺激により可逆に変化させることに成功した。

 第4章では、制限された孤立空間内のon/offの変化を、より顕著にするために、24個の重合性官能基メタクリル酸メチル(MMA)を錯体内に濃縮させ、制限された孤立空間内での内面ラジカル重合を実現した。MMAユニットと球骨格を繋ぐエチレングリコールリンカーの長さを変えることにより、錯体内でのMMAユニットの密集度を調節した。錯体の1H NMRスペクトルは、リンカーが長くなるにつれ、MMAユニットに由来するピークが低磁場側にシフトした。また、溶液中での錯体の大きさはリンカーの長さに依存せず一定であることがDOSYスペクトルにより明らかになった。このことは、全てのMMAユニットが錯体の外に飛びだすことなく、内部に密集していることを意味する。

 錯体内でのラジカル重合は、AIBNを開始剤として、DMSO中70℃で行った。重合後も球骨格は維持され、錯体一分子内でのみ重合反応が進行したことが、1H NMR,DOSYスペクトルにより証明された。リンカーの長さが異なる錯体について、重合条件を統一して比較した結果、リンカーがトリエチレングリコールの時が最も高い重合効率を与えた。球状錯体内でのMMAユニットの密集度が高いほど高い重合効率を与えることが、分子モデリング計算の結果からも明示された。さらに、球状錯体内部にモノマーが濃縮されたことにより、通常のバルクの重合では反応がほとんど進行しないような低濃度条件下でも、錯体内部では重合が進行することが分かった。

 第5章では、リンカーを介することなく錯体内にモノマーを濃縮させ、内面ラジカル重合を行った。錯体内表面をカチオンで修飾することにより、カチオン性ナノ空間を構築し、アニオン性モノマー(スチレンスルホン酸ナトリウム)の重合反応におけるカチオン性空間の影響を検証した。錯体内に構築されたカチオン性空間はアニオン性ゲストを内部に取り込み、ゲスト分子の価数が大きくなるにつれ、ゲストが内部に強く包接させることが、1H NMR,DOSYスペクトルより明らかになった。スチレンスルホン酸ナトリウムのラジカル重合におけるカチオン性空間の影響は、重合の初期速度と重合転化率に現れた。モノマーが静電相互作用により、錯体内に取り込まれ濃縮されながら重合が進行するため、重合初期速度が大きくなった。一方、最終的な重合転化率(モノマー消費率)は、カチオン性空間内では抑えられ、ある時間を境に一定値に達した。このことは、重合の進行とともに価数が大きくなるアニオン性ポリマーが、カチオン性の制限された孤立空間内に包接されているために、重合反応が空間の大きさによって制御されたことを示唆している。

 第6章では、視点を変えて、M(12)L(24)球状錯体がとる対称性が高い立方八面体構造を、金属を用いることなく有機分子のみで構築することを目指した。芳香族ジニトリルの濃縮、三量化によるトリアジン環形成を活用して、一段階で構築することを試みたが、所望の化合物を得ることはできなかった。しかし、合成過程で生成するトリアジン環含有オリゴマーは、非常に強い青色発光を示すことを発見した。電子供与性のアミンから電子受容性のトリアジン環への分子内電荷移動が蛍光に大きな影響を与えていることを分光学的に示し、蛍光量子収率が、オリゴマーに含まれるトリアジン環の数に依存することを明らかにした。

 以上、本論文では、ポリマーミセルや生体高分子を用いても実現できなかった、制限された孤立空間内への官能基の精密濃縮を、M(12)L(24)球状錯体を用いることによって初めて成功した。配位子設計の段階で機能性官能基を配位子に付与するため、24個の官能基を錯体内部に精密に濃縮されることを明らかにした。錯体内での官能基の濃縮度合は、官能基と球骨格を繋ぐリンカーの長さを調節することで変化するため、官能基の大きさに応じて、任意の位置に官能基を配置することが可能となる。制限された孤立空間内に官能基を精密に濃縮させることは、新規な機能や材料へと応用展開できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 制限された孤立空間内に官能基を濃縮することができれば、溶液中で分散した状態とは異なる新たな機能を発現させることが可能となる。自己集合を活用して制限された孤立空間を構築する手法は、(1)両親媒性ブロックコポリマーからなるポリマーミセル形成と、(2)生体高分子(タンパク・ウイルス)が形成する球骨格の利用の二つに大別される。しかし、両者の場合においても、孤立空間内への官能基の濃縮と数・空間配置の制御を同時に成し遂げることはできない。

 本研究では、パラジウム12個と配位子24個から自己集合により構築される、M(12)L(24)球状錯体に着目した。錯体の内面を、24個の官能基で100%修飾することにより、官能基の精密濃縮を行った。さらに、反応性の官能基(光応答性、重合性)を用いることにより、孤立空間内の特性を動的に変化させ、新たな機能を発現させることに成功した。

 本論文は以下の7章から構成されている。

 第1章では、本研究の背景、目的および概要を論じた。

 第2章では、M(12)L(24)球状錯体が、ピレンのような比較的大きくて平板状である官能基でも、24個を内包し、かつ濃縮することができる大きな空間を提供していることを分光学的に証明した。光加水分解により、錯体内に濃縮されていたピレンが放出され、錯体内部が空になることから、制限された孤立空間内の特性を光により不可逆的に変化させられることを証明した。

 第3章では、制限された孤立空間内の特性を、光により可逆的に変化させるために、可逆的な異性化反応が可能であるアゾベンゼン24分子をM(12)L(24)球状錯体内に濃縮させた。表面にカチオンを付与した錯体内にアゾベンゼンが濃縮されることにより、錯体内部に疎水的な環境が構築され、この疎水性の強度がアゾベンゼンの異性化により可逆的に変化することを証明した。

 アゾベンゼンのcis体はtrans体よりも親水性が高いために、紫外光照射により錯体内部の疎水性の強度が減少した。この変化は疎水性ゲスト分子の1H NMRスペクトルに現れ、ゲスト分子に由来するピークの低磁場シフトとして観測された。50℃で加熱し、アゾベンゼンを全てtrans体に戻すと、錯体内部の疎水性の強度は初期状態に戻った。錯体内部のon/offの二状態間を外部刺激により可逆に変化させることに成功した。

 第4章では、制限された孤立空間内のon/offの変化をより顕著にするために、24個の重合性官能基メタクリル酸メチル(MMA)を錯体内に濃縮させ、内面ラジカル重合を実現した。MMAユニットと球骨格を繋ぐエチレングリコールリンカーの長さを変えることにより、錯体内でのMMAユニットの密集度を調節した。

 錯体内でのラジカル重合は、重合後も球骨格を維持し、リンカーがトリエチレングリコールの時が最も高い重合効率を与えた。球状錯体内でのMMAユニットの密集度が高いほど高い重合効率を与えることが、分子モデリングからも明示された。さらに、球状錯体内部にモノマーが濃縮されたことにより、通常のバルク重合では反応がほとんど進行しないような低濃度条件下でも、錯体内部では重合が進行することが分かった。

 第5章では、錯体内表面をカチオンで修飾することにより、アニオン性モノマー(スチレンスルホン酸ナトリウム)を、リンカーを介することなく錯体内に濃縮させ、内面ラジカル重合を行った。モノマーが静電相互作用により、錯体内に取り込まれ濃縮されながら重合が進行するため、重合初期速度が大きくなった。一方、最終的な重合転化率(モノマー消費率)は、カチオン性空間内では抑えられた。このことは、重合の進行とともに価数が大きくなるアニオン性ポリマーが、カチオン性の制限された孤立空間内に包接されているために、重合反応が空間の大きさによって制御されたことを示唆している。

 第6章では、M(12)L(24)球状錯体がとる対称性が高い立方八面体構造を、金属を用いることなく有機分子のみで構築することを目指した。芳香族ジニトリルの濃縮、三量化によるトリアジン環形成を活用して、一段階で構築することを試みたが、所望の化合物を得ることはできなかった。しかし、合成過程で生成するトリアジン環含有オリゴマーが、非常に強い青色発光を示すことを発見した。

 第7章では、本研究の総括と今後の展望を論じた。

 以上、本論文では、ポリマーミセルや生体高分子を用いても実現できなかった、制限された孤立空間内への官能基の精密濃縮を、M(12)L(24)球状錯体を用いることによって初めて成功した。配位子設計の段階で機能性官能基を配位子に付与するため、24個の官能基が錯体内部に精密に濃縮されることを明らかにした。錯体内での官能基の濃縮度合は、官能基と球骨格を繋ぐリンカーの長さを調節することで変化するため、官能基の大きさに応じて、任意の位置に官能基を配置することが可能となる。制限された孤立空間内に官能基を精密に濃縮させることは、新規な機能や材料へと応用展開できると考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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