学位論文要旨



No 122340
著者(漢字) 赤松,憲樹
著者(英字)
著者(カナ) アカマツ,カズキ
標題(和) 環境応答マイクロカプセルリアクタの開発と集積システム
標題(洋)
報告番号 122340
報告番号 甲22340
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6545号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 山口,猛央
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 教授 大久保,達也
 東京大学 助教授 酒井,康行
 東京大学 教授 長棟,輝行
内容要旨 要旨を表示する

 従来の人工材料では一定の機能を定常的に示すにすぎないが、生体は時間や周囲の環境に応じて同じ細胞や器官が異なる機能を示す。この生体の優れた機能を模倣し、人工材料開発に応用しようと、生体模倣材料工学が、高分子化学者・超分子化学者・生物化学者などを中心に、近年非常に盛んになっている。しかしこれらの学問分野においては、生体のもつ優れた「分子認識性」、「物質輸送性」「反応効率」など1つの機能に注目したものが多く、生体のシステムとしての優位性に注目した材料開発の例は少ない。

 生体をシステムとして眺めたときに、細胞という数十μmのユニットから構成されていることがまず特徴として挙げられる。細胞は、周辺の環境変化を認識しこれに応答して最適な反応を行っている。さらにこのユニットが反応によりシグナル交換をしながら有機的に協調して、器官・システムとして多彩な応答を示していることも大きな特徴である。この「(1)周辺環境の自律的認識に伴う反応制御」するユニットと「(2)ユニットの集積/協調による階層性」をもつシステム、という特徴を人工的に構築する手法を開発することで、一定の機能を定常的に示すのみの既存の人工材料に対して全く新しい材料開発のストラテジーを提案することを目的とする。

 本研究では、細胞と同程度のサイズをもつマイクロカプセルを1つのユニットに見立てて、システムの構築を行った。ユニットであるマイクロカプセルリアクタは、上述したように「(1)周辺環境の自律的認識に伴う反応制御」するという特徴を持たせるため、環境変化を認識しそれに伴い基質の拡散性を制御できる部位と、反応変換部位を整える。このようなユニットを2種類以上調製し協調させることで、「(2)ユニットの集積/協調による階層性」が実現できる。

 本論文の第1章では、既存の人工材料と精緻な生体システムの比較を行い、人工材料では実現不可能だと考えられているにも関わらず生体システムでは普通に獲得している高機能を発現する方法論について議論し、「協調」と「階層」という2つのキーワードを導き出した。併せて現状の生体模倣工学の現状についてもまとめた。ここから得られた情報をもとに、人工材料へ展開するための要素として必要な環境応答ポリマーについての既往の研究を概観し、それらを工学的応用に展開している例についても言及した。さらに本研究ではそこから発展させ、具体的に本研究の目的である、「細胞から想起した環境応答マイクロカプセルリアクタ」と「環境応答マイクロカプセルリアクタの集積システム」について説明し、併せて現状のバイオミメティクスなどのストラテジーの違いを明確にした。環境応答マイクロカプセルリアクタは、(1)環境変化を認識する部位、(2)環境変化認識に伴い基質透過性を制御する部位、(3)反応変換部位の3つのデバイスを有するもので、細胞と同程度の大きさを有するマイクロカプセルのシェル多孔膜細孔内に特定の環境変化により状態変化する環境応答ポリマーをグラフト重合された構造を持つ。このマイクロカプセルリアクタを1例として、従来の材料開発では成し遂げることの難しい機能獲得のストラテジーについて、その可能性の高さを説明した。

 第2章では、プラズマグラフト重合を用いて、pH応答マイクロカプセルリアクタの開発を行った。これはマイクロカプセル内部にモデル酵素としてグルコースオキシダーゼを封入し、シェルの多孔膜細孔にはN-isopropylacrylamideとAcrylic acidの共重合ポリマーを固定したものである。酵素封入マイクロカプセルや、さらにこれに環境応答性を付与したものの襲来の調製方法には、酵素失活要因が多く存在し、これを一切排したプラズマグラフト重合法を用いた調製方法を提案し、実際に実験的に調製した。さらにこのリアクタのpH応答性能を検討した。

 第3章では、プラズマグラフト重合を用いて、特定イオン応答マイクロカプセルリアクタの開発を行った。これはマイクロカプセル内部にモデル酵素としてグルコアミラーゼを封入し、シェルの多孔膜細孔にはN-isopropylacrylamideとBenzo-18-crown-6-acrylamideの共重合ポリマーを固定したものである。ただし、プラズマグラフト重合量・及び重合温度の制約を受けるため、第2章で検討した調製方法をそのまま採用することができず、トランスグルタミナーゼを用いた新しい調製方法を提案し、実際に実験的に調製した。さらにこのリアクタの特定イオン応答性能を検討した。

 第4章では、階層を1つ上がり、第2章で調製したpH応答マイクロカプセルリアクタと第3章で調製した特定イオン応答マイクロカプセルリアクタをそれぞれ1つの要素と見なした集積システムの検討を行った。ナノデバイスがマイクロカプセルというミクロン空間で集積する材料よりも、高次な材料開発への展開のストラテジーを示すものであり、その応答と優位性について述べた。

 第5章では、第1章から第4章に記載した内容の総括を行った。本研究では、マイクロカプセルを1つの細胞に見立て、自身が周辺のpHや特定イオンなどの環境を認識し反応性を制御する、一種の人工細胞を構築し、さらに細胞が集積して器官を形成するようにマイクロカプセル集積システムの構築を行い、マクロな応答を検討した。精緻な生体システムと人工材料開発のギャップを埋めるこのような試みは新たな材料開発手法として有効であると考えられる。

 以上要するに、本論文では既存の人工材料開発手法に比べて、素子同士・システム同士の集積・協調を意図した新規な生体システム様材料開発手法を提案し、生体のもつ特徴をより材料へ付加するストラテジーの有効性を示したものである。一定の機能を定常的に示す人工材料開発の限界を打破し、様々な機能を環境の変化に応じて示す生体をシステムとして眺めたときの、捉え方の1つである「(1)周辺環境の自律的認識に伴う反応制御するユニットと、(2)ユニットの集積/協調による階層性をもつシステム」という側面を、人工的に構築することが可能であることを示した。このような手法の優位性の立証が、新たな人工材料開発分野に拓く可能性は大きく、化学システム工学へ大きく貢献するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「環境応答マイクロカプセルリアクタの開発と集積システム」と題し、通常の人工材料とは比較にならないほど精緻で複雑な応答を示す生体システムから発想し、マイクロカプセルを1つの細胞に見立て、周辺の環境を自身で認識して反応性を制御する環境応答マイクロカプセルリアクタの開発と、さらに細胞が集積して上位の階層システムである器官が形成されるように、2種類の環境応答マイクロカプセルリアクタを集積したシステムの応答設計を目的としたものであり、5章から成る。

 第1章は序論であり、本研究の背景・目的を述べている。まず既存の人工材料と精緻な生体システムの比較を行い、人工材料では実現困難であるにも関わらず生体システムでは獲得されている高機能を発現する方法論について議論している。生体システムが細胞という要素からなっていること、その細胞は周辺の環境変化を自身で認識しそれに伴い反応性を制御していること、さらに細胞が集積し情報交換することで上位階層の器官様システムが様々な応答を示すことから、そのエッセンスを抽出し、「集積」と「階層」という2つのキーワードを導き出している。これらのエッセンスを人工材料へ応用するために刺激応答性ポリマー、酵素封入マイクロカプセルの既往の研究をレビューし、本研究の対象である環境応答マイクロカプセルの提案を行っている。(1)環境変化を認識する部位と(2)環境変化認識に伴い基質透過性を制御する部位をシェル多孔膜細孔内にグラフト固定し、(3)反応変換部位をコア空洞部に配した構造をもつマイクロカプセルは、周辺の環境変化を認識して基質取り込みを制御することにより、反応性が制御されるシステムである。さらにこのような細胞様環境応答マイクロカプセルリアクタを集積させることで、高次なマクロシステムを構築することができ、従来の材料開発では成し遂げることの難しい機能獲得の可能性を説明している。

 第2章はpH応答マイクロカプセルリアクタの調製法とその性能について述べている。SPG膜乳化法と界面重合法の2ステップ調製法により多孔構造のシェル膜と空洞のコア部からなるマイクロカプセルを調製し、コア部に酵素グルコースオキシダーゼ (GOD) を封入した後に、プラズマグラフト重合法でpoly-N-isopropylacrylamide-co-acrylic acid (NIPAM-AA) をシェル膜細孔に固定する調製法を提案し、その有効性を示している。またプラズマグラフト重合法の処理過程で、マイクロカプセル内に封入した酵素GODが活性を維持することを見出している。さらに反応性はpHに依存し、そのpH依存性は基質のシェル膜透過性に依存するものであることを実験的に示している。

 第3章は特定イオン応答マイクロカプセルリアクタの調製法とその性能について述べている。第2章と同様の手法でマイクロカプセルを調製し、イオン応答ポリマーであるpoly-N-isopropylacrylamide-co-benzo [18] crown-6-acrylamide (NIPAM-BCAm) をプラズマグラフト重合法によりシェルの細孔内に固定し、その後に酵素グルコアミラーゼ (GLA) を封入し、トランスグルタミナーゼでGLAを架橋し漏出を防ぐ調製法を提案し、その有効性を示している。ゲートポリマー中のクラウンエーテル部位を有するBCAmは、K+, Ba2+と錯体を形成し、これらの特定イオンシグナルを用いてスターチの透過性を5倍、スターチの反応性を2.2倍変化させることができることを示している。

 第4章は第2章と第3章で検討したpH応答マイクロカプセルリアクタと特定イオン応答マイクロカプセルリアクタの2種類を配置・集積したシステムを構築し、上位階層の集積システムについて検討している。化学工学的手法により集積システムをモデル化し、パラメータを第2章及び第3章の実験結果から導いている。モデルにより、2種類のマイクロカプセルリアクタを1次元に集積することで、外部からのイオンシグナル供給によってマクロな応答を制御可能であることを示している。さらに内部での生成物によってリアクタの反応性のon-offを切り替えることが可能である。最後にこれらの性質を利用して、ある集積リアクタにおいて外部イオンシグナルノイズにより生成物濃度が急激に変動しても、別の集積リアクタにおけるシグナル応答により生成物濃度を一定の範囲内で安定に生産し続けるリアクタシステムの開発が可能であることを示している。これらのリアクタシステムは、環境応答マイクロカプセルリアクタが酵素のもつ基質特異性とは別の環境応答性をもつことにより、1次元空間に適切に配置することで引き出すことができることを述べている。

 第5章は第2章から第4章に記載した内容を総括するとともに、今後の展開について述べている。集積システムとしての優位性をさらに発現させるためには、集積システム内での物質移動のプロファイルの制御、マイクロカプセルリアクタ同士が相互に情報交換する協調系の構築が重要であることを示している。

 以上要するに、本論文では既存の人工材料開発手法に比べて、素子同士・システム同士の集積・連携を意図した新規な生体システム様材料開発手法を提案し、生体のもつ特徴を人工材料へ付加するストラテジーの有効性を示したものである。一定の機能を定常的に示す人工材料に対し、様々な機能を環境変化に応じて示す生体をシステムとして捉え、人工的に構築することが可能であることを示した。本論文は個別の技術開発にとどまらず、材料機能が集積・連携したシステムとしての優位性を立証するものであり、化学システム工学への貢献は大きいものと考えられる。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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