学位論文要旨



No 122341
著者(漢字) 高本,篤史
著者(英字)
著者(カナ) コウモト,アツシ
標題(和) 半導体ナノ粒子分散液の光照射による不安定化と蛍光振動現象
標題(洋)
報告番号 122341
報告番号 甲22341
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6546号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 中尾,真一
 東京大学 助教授 山口,猛夫
 東京工業大学 教授 原,正彦
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

 自己組織化現象とは、時空間にパターンやリズムが形成されることである。近年、盛んに研究されているナノテクノロジーにおいて、ナノ粒子などのナノ単位構造をボトムアップ手法で構造化する際に、自己組織化現象を用いることが期待されている。一方で、自己組織化はレーザー発振のように協同現象を示し、高機能を発現するため、その機能を応用することも期待されている。本研究では、ボトムアップナノテクノロジーの材料として有用で、かつ、集団としての協同現象を示すことが報告されている半導体ナノ粒子に着目する。

第2章 半導体ナノ粒子の合成

 半導体ナノ粒子は、Murrayらによって有効なCdSeナノ粒子の合成方法(ホットソープ法)が確立された。この手法によってCdSeナノ粒子を合成したところ、既往の研究と成長ダイナミクスが一致していた。また、ZnSによってシェル化することでナノ粒子の量子効率を増大させた。ナノ粒子およびシェルの成長ダイナミクスから、合成の最適条件を探索し、本研究で使用するCdSe/ZnSコアシェルナノ粒子を合成した。

第3章 半導体ナノ粒子の光凝集

 コロイドナノ粒子の表面状態および分散性の制御は、その物性と同様に最重要課題のひとつである。比表面積が大きいために、その物性が周辺環境や集合状態に依存するためである。

 CdSe/ZnSコアシェルナノ粒子(粒径:4.3 nm)をオクタンに分散させた(濃度:0.030 mg/mL)。サスペンションを攪拌しながら光を照射し(波長:488 nm,16 mW/cm2)、動的光散乱(DLS)によってその凝集状態の経時変化を測定した。また、凝集状態を共焦点レーザー顕微鏡で観察した。

 光照射したサスペンションでは、〜100 nmおよび1 μmm以上の凝集体が形成されることが、DLSと共焦点レーザー顕微鏡によって確認された。しかしながら、大部分の粒子は分散状地帯を維持したマルチモーダルな粒径分布であった。そのため、DLSによって凝集体の割合を定量化することはできなかった。凝集体が形成されることによって、ナノ粒子の光学特性に変化が見られた。ナノ粒子が近接することによって起きるForster resonance energy transfer(FRET)による蛍光スペクトルのレッドシフトが起き、また、散乱光強度が増大する。これらは、ナノ粒子の凝集状態の指標となりうると考えられる。

 表面修飾剤であるトリオクチルホスフィンオキシド(TOPO)を過剰に加えたサスペンションではナノ粒子の光凝集は抑制されるため、光凝集はTOPOの光脱離による立体反発力低下に由来すると考えられる。既往の研究から、光によるTOPOの変化は報告されており、ナノ粒子からの電子トラップによる影響が示唆されている。また、金ナノ粒子では励起電子のエネルギーが直接的に表面修飾剤の解離に使われるというelectron-phonon couplingモデルが提案されている。これらを参考にすると、ナノ粒子表面準位への電子トラップによるTOPOの脱離過程が考えられる。TOPOの吸着安定性はナノ粒子表面の電子密度に依存し、表面準位のエネルギーはTOPOの吸着エネルギーよりも大きくelectron-phonon couplingモデルが起きる可能性も考えられるからである。TOPOの脱離は、ナノ粒子のイオン化率、つまりはTOPOの被覆率に依存することになる。このような場合、自己触媒過程となって被覆率に多重安定性が生じることがわかっており、これが、マルチモーダルな粒径分布が形成される原因であると考えられる。

第4章半導体ナノ粒子の光集積

 コロイドナノ粒子は、記憶素子や太陽電池など何らかの基板上にデバイスとして構築される。そのため、ナノ粒子の集合化技術は重要となっている。基板近傍でナノ粒子の光凝集が起こすことで、光照射部のみにナノ粒子をパターニングすることができると考えられる。

 ナノ粒子の光集積を、共焦点レーザー顕微鏡を用いた実験によって確認した(照射強度:135.7 kW/cm2,波長488 nm)。レーザーを集光することで、光の回折限界程度の精度でナノ粒子をパターニングすることに成功した。既存のリソグラフィ技術を応用することで更なるパターンの微細化も期待される。しかしながら、光集積速度がインクジェット法に比べてずっと遅く、均一な集積膜を得られにくいなど、改善点が残っている。

第5章 半導体ナノ粒子分散液における蛍光振動現象

 非線型振動現象はBelousov-Zhabotinsky反応などで盛んに研究されている。生物の神経伝達法も非線型振動に基づいており、非線型振動は多くの情報を有する高機能を発現すると考えられている。凝集体を形成しているCdSe/ZnSコアシェルナノ粒子水溶液に励起光を連続的に照射すると、その蛍光強度が時間振動する現象が見出された。この現象は、単一ナノ粒子で観察される蛍光強度の明滅現象とは異なることが非線型時系列解析から示唆されている。この実験では、実験の再現性が乏しく、蛍光振動の定量化を行っていない。本研究では、TOPOキャップのナノ粒子を用いて塩濃度などの影響を排除して実験の再現性の向上を狙い、また、時系列解析によって蛍光振動を定量化する。得られた実験結果から、そのメカニズムに迫ることを目的とする。

 TOPOキャップナノ粒子の有機溶媒の分散液においても、水溶液系と同様に蛍光振動現象が観察された。また、蛍光振動は時間とともに徐々に減衰し、閉鎖系における非線型振動の特徴を示す。蛍光振動が発現するのは、ナノ粒子の光凝集が進行している間だけであり、蛍光振動はナノ粒子が光照射下で分散しているという非平衡状態によって発現している現象であると考えられる。また、サスペンションを全体的に励起した場合には蛍光振動が消滅し、蛍光振動には励起光照射部と非照射部間の物質移動過程が寄与していることが示唆される。実際に、光凝集速度を決定する励起光強度と物質移動速度を決定する溶媒の粘度が、蛍光振動のコントロールパラメータとなっていることがわかった。つまり、光照射部と非照射部の状態(特に凝集状態)がアンバランスになっていることで蛍光振動が発現していると考えられる。また、蛍光振動の周波数が粘度にのみ依存することから、蛍光振動は物質移動が律速過程である現象であることがわかった。物質移動過程には、簡単な計算から時定数を見積もったところ、凝集体の沈降が関与していることが示唆された。

 蛍光振動はナノ粒子集合体の蛍光強度が振動している現象であり、ナノ粒子同士が相互作用して協調する必要がある。多チャンネル型分光器を用いて、蛍光強度とともに励起光の散乱光強度の時間変化も測定したところ、励起光強度と蛍光強度のダイナミクスがほぼ完全に相関していた。この結果から、ナノ粒子同士が協調する原因として、励起光の散乱強度の変動が考えられる。励起光の散乱確率は凝集体形成によって増大していることが考えられ、この場合には実効的な励起光の光路長が増加して光照射部の全てのナノ粒子の励起効率が増大するはずである。よって、ナノ粒子の励起光の散乱確率が、蛍光振動の非線型現象の支配的なパラメータとなっていることが考えられる。光凝集と励起光の散乱確率の相互作用によって全体的かつ加速度的に光凝集が進行し、蛍光強度も増大する。その後、物質移動などのフィードバック機構が支配的となり、凝集体が励起光非照射部に排除されて光凝集速度と蛍光強度が減少する。このサイクルを繰り返すことによって、蛍光振動が発現していると考えられる。

第6章 総括

 ボトムアップナノテクノロジーが実現でき、協同現象を示す材料として半導体ナノ粒子に関する研究を行った。

 光照射場においてCdSe/ZnSコアシェルナノ粒子が分散不安定化することを見出した。この自己組織的な構造形成をナノ粒子の光集積方法へと応用した。この手法はレーザーの集光というトップダウン手法とナノ粒子の自己組織的な集合化というボトムアップ手法をうまく組み合わせたプロセスであるといえる。また、ナノ粒子分散液が光によって不安定化することで、蛍光振動現象という蛍光特性が発現することを確認した。

 ナノ粒子に限らず、コロイド粒子は食品や化粧品などで用いられ、その分散安定性の制御が重要課題である。しかしながら、本研究では、逆に分散不安定化する現象に着目しているのが特徴である。不安定物性は制御が難しく、本来避けられるべきものであるが、自己組織化という高機能を発現し、その応用可能性は広い。そのためにも、不安定物性を理解し、それをうまく制御することが求められる。

審査要旨 要旨を表示する

 「半導体ナノ粒子分散液の光照射による不安定化と蛍光振動現象」と題した本論文は、CdSe/ZnSコアシェルナノ粒子分散液に励起光を照射した場合にその分散性が不安定化する現象(光凝集)に着目し、さらに光凝集によるナノ粒子構造体の基板上への作製方法(光集積)および動的な光学特性である蛍光強度の時間振動(蛍光振動現象)を扱った研究であり、6章から構成されている。

 第1章は序論であり、研究背景および研究目的を述べている。冒頭では、自己組織化現象(協同現象)、特に非平衡領域で発現するself-organizationを紹介している。本来困難なself-organizationの発現点の予測を可能にすることで安定な高機能デバイスを実現できると述べている。本研究は、self-organizationを用いたボトムアップナノテクノロジーを実現でき、協同的光学特性を示す半導体ナノ粒子に着目している。半導体ナノ粒子の特徴的物性や応用研究例を紹介するとともに、その表面化学が重要課題となっていると述べている。半導体ナノ粒子の表面化学でも最重要課題の1つである分散性に着目し、光凝集と光集積と蛍光振動現象の解明および制御を本論文の具体的な目的としている。

 第2章では、CdSe/ZnSコアシェルナノ粒子の合成に関して述べている。既往の研究で開発された合成法を用いており、粒子の成長ダイナミクスが既往の研究と一致していることを確認している。成長ダイナミクスから最適合成条件を探索して本研究で用いる粒子を合成し、その基本物性をまとめている。

 第3章では、CdSe/ZnSコアシェルナノ粒子分散液へ励起光照射した際のナノ粒子の凝集を扱っている。この光凝集は、一部の粒子のみが凝集してマルチモーダルな粒径分布を示す学問的に重要な現象と位置づけている。また、ナノ粒子の凝集による蛍光スペクトルのレッドシフトや散乱光強度増大といった光学特性の変化を確認している。表面修飾剤であるTOPOの過剰存在下では光凝集が抑制されるため、TOPOの光脱離が光凝集の原因であるとしている。既往の研究からその脱離過程が粒子表面の欠陥に寄与すると考えられ、それによりTOPOの被覆率の双安定性ならびにマルチモーダルな粒径分布が発現するというメカニズムを提示している。

 第4章では、ナノ粒子分散液が接した基板近傍に励起光を照射して基板上にナノ粒子構造体を形成させる光集積法を提案ならびに実現している。光源を集光することで、サブミクロン程度のパターニングを行っている。集積膜の安定性、励起波長依存性、励起強度依存性を検討し、光集積の有用性と問題点を論じている。光集積の最大の問題点は、集積速度がインクジェット法より遅いことであるが、実験結果から分散液の濃度増加や粒子の拡散律速の解消などの改善方法を提案している。また、成長した集積膜での光吸収による温度増加を確認し、効率的な光集積の指針を提示している。

 第5章では、CdSe/ZnSコアシェルナノ粒子分散液における励起光連続照射下の蛍光強度の時間振動に関して論じている。本論文では、TOPOキャップ粒子の有機溶媒分散液を用いて水溶液系よりも再現性を向上させるとともに、定量的な評価を行っている。蛍光振動は光凝集進行時のみ発現する過渡現象であることを示している。また、分散液の不均一励起が必要条件であり、励起光照射部と非照射部間の物質移動の寄与を示している。励起光照射部での分散不安定化と非照射部との物質移動のバランス欠如が蛍光振動の起源と考えられ、実際に励起光強度と溶媒粘度による相図を示している。蛍光振動の周波数が粘度のみの減少関数であることから、物質移動が律速過程であることを示している。また、散乱強度の時間変化と蛍光振動の同期から、蛍光振動は凝集体割合の時間変動に起因することを明らかにしている。以上から、最も有力なメカニズムとして、「凝集体の励起光散乱を介した自己触媒的かつ協調的凝集」と「成長した凝集体の励起光非照射部への沈降」の競合過程を提案している。凝集体割合の低下として再分散過程も考えられるが、凝集体の沈降の抑制により蛍光振動が著しく弱くなることは、前述の仮説の傍証になるとしている。

 以上要するに、本論文は化学工学および物理化学の考え方に基づき、ナノ粒子の光による分散不安定化に着目し、粒子パターニング法の開発と動的な光学特性の解明を行ったものである。現象や系の不安定要素を排除する従来の研究アプローチから脱し、その制御により得られる時空間構造という情報量の多い高機能現象の応用を狙ったものである。このように、材料の化学的特性のみならず、物質移動などの多様なプロセスを総合的に捉えており、化学システム工学への貢献は大きいと考えられる。また、一般に学術的研究対象である自己組織化現象の応用展開を狙っている点は、工学への貢献が大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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