学位論文要旨



No 122343
著者(漢字) 中村,誠吾
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,セイゴ
標題(和) シリコンCVDプロセスにおける製膜前駆体に関する研究
標題(洋)
報告番号 122343
報告番号 甲22343
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6548号
研究科 工学系研究科
専攻 化学システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 越,光男
 東京大学 教授 山口,由岐夫
 東京大学 教授 船津,公人
 東京大学 助教授 戸野倉,賢一
 東京大学 助教授 杉山,正和
内容要旨 要旨を表示する

1章 研究背景及び目的

 現在、シリコン化合物の物性および反応性は、有機シリコン化合物やシリコン薄膜形成のための基礎という工学的な観点と、反応論の一部という理学的な観点の二つの観点から研究されている。しかし、水素化シリコンに限定してもその反応性については不明な点が多いなど、シリコン系の反応機構の確立は不十分である。シリコンCVDのモデリングには化学反応機構の構築が必要であり、気相化学種の検出が望まれている。HW-CVDを対象として気相化学種の研究を行うことで、シリコン化合物の反応機構に関する知見を得られる。

 実験として、シリコンCVD気相化学種の検出には1. レーザーイオン化質量分析法、2. キャビティーリングダウン吸収分光法(CRDS)を用いた。2つの検出法の大きな違いは異性体の区別である。吸収分光法は異性体を区別できるが、シリコン化合物に分光データは不十分であり、検出方法が確立している化学種は少ない。反応シミュレーションを用いて考察を行い、HW-CVDにおける製膜前駆体の検討を行った。

2章 HW-CVD気相化学種の検出

 レーザーイオン化質量分析法を用いた気相化学種検出に関して述べる。HW-CVDを行うReaction chamber内に設置した基板中央にピンホールを設置し、サンプリングしたガスをVUVレーザー光(118 nm: 10.5 eV)によりイオン化し質量分析を行った。VUV光源にはYAGレーザーの第3高調波(355 nm)を用いXeセル中に集光することでVUVを発生させる。LiFプリズムを用いて355 nm光を分離しVUVのみをイオン化部に導入することで355 nmとの多光子イオン化によるフラグメントを抑えられる。VUV(10.5 eV)光によりSiH4を除くシリコン化合物のイオン化が可能である。Si2H6, Si3H8分子の他にSi2H2に対応する信号が確認された。製膜前駆体となり得ると言われているHSiSiH3, H2SiSiH2は検出されなかった。

3章 シリコンCVD気相化学種の分光検出

 CRDSを用いた気相化学種の検出について述べる。水素化シリコン化合物中で分光学的検出方法が確立しているのはSiの1原子分子(SiHx)に関してのみである。Siが2つ以上の化学種になると異性体が存在するため、分光による検出の必要性が出てくる。Ar matrixを用いた低温固体中での分光はいくつか報告されている。本章ではCVD中でのシリコン化合物の検出を目的としており、室温気相での吸収の探索を行った。レーザーイオン化質量分析で検出されたSi2H2の最安定異性体であるSi(H2)Siは409 nm付近に吸収を持つと予想されるため、394-434 nmの範囲で測定を行った。Si(H2)SiはSi2H6の光分解(ArF 193 nm)で生成した。この光分解による主生成物はSi2H2であることがわかっており,Si2H2異性体中で最安定構造であるSi(H2)Siが主生成物となることが予想される。また、光分解を用いることで分解光と検出光の発振タイミングを制御し、時間変化の測定が可能となる。全測定領域でArF入射直後に吸収が立ち上がっていることが確認された。また、Si2H6分圧に対して立ち上がりの吸収強度は1次であり、これは吸収物質がSi2H6の直接の光分解生成物であることを意味する。立ち上がりにおいて、吸収スペクトルは連続かつブロードであった。またH2の添加効果はなくNOを添加した場合に吸収の減少が見られた。この結果から吸収物質がSi(H2)Siであると言える。ArF入射後の吸収の時間変化はzeroまで落ちない。また条件によっては、再び増加が見られる場合もあった。しかし、ArF入射後10 msにおいても吸収スペクトルは連続かつブロードであった。これはSi(H2)Siが平衡状態として残留している可能性を意味し、Si(H2)Si自己反応の平衡を仮定して解析を行った。

4章 HW-CVD反応シミュレーション

 先の実験を反応シミュレーション(CHEMKIN 4.0)を用いて考察を行った、反応機構はa)フィラメント上での分解反応、b)気相反応、c)基板または反応器壁での表面反応にわけて構築した。特にb)気相反応においてSiとSiH4の反応生成物を、

 Si(3P)+SiH4=>Si2H2+H2 (R1)

とした。これは先の気相化学種の検出でSi2H2が観測されたこと、Si(3P)+SiH4の生成物を一重項のH3SiSiH(1A') H2SiSiH2(1Ag)とした場合よりも実験結果を再現したことからも妥当であると考えられる。また、c)基板または反応器壁での表面反応に関しては、Silene類(H2SiSiH2) 及びSi2H2の付着確率がわかっておらず、既往の研究で報告された量子化学計算をもとに、活性表面のみと反応するモデルとした。反応器には簡略化のためPSR(perfectly stirred reactor)を連結したモデルを用いた。これは流体計算を行わずにフィラメント-基板間の気相化学種の濃度分布を考慮するためである。重要と考えられる化学種を予測するという観点から問題のない簡略化である。シミュレーション条件は2章で実際に気相化学種の検出及び製膜を行った反応器に近い条件としている。表面反応を含めていないシミュレーション結果では、閉殻分子を除く基板表面付近で濃度の高い化学種として順にH, Si2H2, SiH3, H2SiSiH2となった。製膜前駆体としての重要性は気相濃度と付着確率で決定される。SiH3が重要な製膜前駆体であることは広く知られている。Si2H2及びH2SiSiH2の付着確率はわかっていないが、その気相濃度から製膜に関わる重要な化学種の候補であると考えられる。Si2H2及びH2SiSiH2の付着確率を仮定し関し、表面反応を含んだシミュレーションを行った。2章で製膜を行った際、H2を添加することで結晶化が進んでいることが確認できた条件に対応してシミュレーションを行った結果、ら製膜に関わるSiH3/Si2H2の割合やその成長速度が膜質に影響を与えると推定できた。

5章 総括

 シリコンCVD反応機構構築のために、実験としてレーザーイオン化質量分析法によるシリコンHW-CVD中での気相化学種の検出、CRDSによる室温気相でのシリコン化合物の分光検出を行った。HW-CVD中ではSi2H6, Si3H8, Si2H2を検出した。Si2H2がHW-CVD気相中に多量に存在する不飽和シリコンであり、製膜前駆体として重要である。Si2H6の光分解生成物の吸収を気相室温において394-435 nmで観測した。少なくとも光分解直後における吸収は、既往の研究との比較、H2,NOとの反応製からSi(H2)Siによるものであると言える。

 反応機構を改良し、反応シミュレーションを行った。反応機構の最大の改良点はSi+SiH4反応生成物でありSi(H2)Siである。またシミュレーション結果はこの反応の正当性を裏づけるものであった。シミュレーションの結果、Si(H2)Si, H2SiSiH2が新たな製膜前駆体候補となった。この検証には表面反応確率の測定が必要である。また、シリコンの膜質には、SiH3とSi(H2)Siの割合および製膜速度が重要であると結論した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「シリコンCVDプロセスにおける製膜前駆体に関する研究」と題し、シリコンの気相化学堆積法(chemical vapor deposition,CVD)プロセスでの気相化学種の検出及び検出法の確立を目的とし、5章よりなっている。

 第1章は緒論であり、特に高温表面における触媒分解により製膜前駆体を生成するホット・ワイヤーCVD(HW-CVD)プロセスを中心として、既往の研究で判明しているCVDプロセスの製膜機構を記述している。製膜機構に未解明な点が多いことの理由として、シリコンを2原子以上含む化学種の実験的検出法、特に分光学的検出方法が確立されていない点を指摘している。経験的に膜質の制御が行われていることが述べられ、膜質制御のための反応機構の構築、そして反応モデリングが必要であることが記されている。後半では、本論文の目的を提示しており、シリコンHW-CVD反応機構構築のために、気相化学種の検出、及びそれらの化学種に関しての分光学的知見を得ることを目的とすると述べている。

 第2章はHW-CVD気相化学種の検出と題し、1光子真空紫外レーザーイオン化質量分析法を用いて、シランを用いたHW-CVDにおける化学種の気相診断を行っている。Si2H2をHW-CVDの系で実験的に検出したことを述べているが、この化学種はSi+SiH4の反応生成物として量子化学計算によって予想されていた化学種であり、量子化学計算によって重要な製膜前駆体となることが示唆されていた。また、気相診断と同時に製膜を行っており、気相化学種と膜質の関係を観測する試みが成されている。

 第3章はシリコンCVD製膜前駆体の分光学的検出と題して、特に2章で検出したSi2H2を対象とした吸収の探索を行っている。Siを2つ以上含む化学種には異性体が存在すること、CVD中の濃度の測定には分光的検出法が適していることが探索を行う理由であると記している。Si2H6のレーザー光分解を用いてSi2H2を生成しており、Si2H2の異性体中で最安定構造であるSi(H2)Siに起因すると考えられる吸収を測定している。ここで観測された吸収はブロードな連続吸収であり、吸収構造からの同定は困難であったが、その反応性、生成経路、量子化学計算、既往の研究との比較から、Si(H2)Siの吸収であると結論している。室温、気相でSiを2つ以上含む水素化シリコン分子SinHmのうち、製膜前駆体となりうる化学種(Si2H6を除く)の検出例はほとんどなく、ここで得られた成果はシリコン化合物の検出法の発展の側面においても大きな進歩であることを指摘している。また、HW-CVDの系でもこの波長領域に吸収が見られ、HW-CVD中でのSi(H2)Siの濃度を見積もっている。

 第4章はHW-CVD反応シミュレーションと題し、第2章においてHW-CVD気相化学種の検出に使用した実験装置に対応する反応シミュレーションの結果を述べている。化学反応機構の再検討を行い、流体計算を考慮して反応器の計算モデルの妥当性を検証した上でシミュレーションを行っており、HW-CVDプロセスにおけるSi(H2)Siの重要性を確認している。HW-CVDのモデリングはシリコンの反応機構が未解明であったためほとんど行われておらず、気相、表面の素反応を考慮した反応機構を構築したことにより製膜機構を理解するための糸口が得られたとしている。また、これまで経験論でしかなかった製膜条件と膜質との関係を、製膜前駆体と膜質との関係という立場から検討している。

 第5章はまとめの章であり、本論文の意義及び今後の発展に関して述べている。Si(H2)Siは、シリコン反応においてごく初期の反応生成物であり、HW-CVDにおける重要な化学種というだけでなく、他のCVDプロセスやシリコンケミストリーにおいて重要な化学種であること、またSi(H2)Siの理解はその後の反応機構を理解する上でも重要であり、2章で観測した分光学的検出法の実際の製膜条件への適用が期待されると述べている。

 以上要するに本論文は、シリコンCVDプロセスにおいて、これまで未知であった製膜前駆体(Si2H2)を実験的に検出し、その分光学的検出を確立したものであり、シリコンCVDプロセス性を理解する上で大きな意義を有し、反応工学および化学システム工学の発展に寄与するところが大きい。

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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