学位論文要旨



No 122345
著者(漢字) 天野,清香
著者(英字)
著者(カナ) アマノ,サヤカ
標題(和) カルボン酸-アミン塩に基づくカラムナー液晶の合成および分子認識材料としての応用
標題(洋) Columnar Liquid Crystals based on Carboxylic Acid-Amine Salts and Their Conversion into Solid-State Selective Hosts
報告番号 122345
報告番号 甲22345
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6550号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 教授 加藤,隆史
 東京大学 助教授 金原,数
 東京大学 助教授 吉江,尚子
内容要旨 要旨を表示する

【研究目的】

 分子サイズの空孔を有する構造体は,その内部空間を反応場や認識場として利用することが可能である。中でも,有機化合物を利用した空孔材料の一形態として,カラム状のナノ構造体が挙げられるが,実際に機能性材料として応用した例はまだ限られている。

 そこで本研究では,Scheme1に示したように,

(1)重合官能基を有するカルボン酸とキラルなアミンの塩がカラム状の液晶相を形成、アミンのキラリティーによってカラム全体に超分子キラリティーが誘起される。

(2)液晶状態でカルボン酸を重合(三次元架橋)し,架橋ポリマー中に液晶のカラム状構造を固定する。

(3)カラム状構造体の内部から,テンプレートとして用いたアミンを除いてゲストを包接させる。この時、カラムの内部にはテンプレートの情報が記憶されており,特定のゲストを選択的に取り込む。

という3ステップからなる手法を用いて,テンプレートの情報を刷り込んだナノ空孔ポリマーの合成および分子認識材料としての性能評価を行なった。またこの研究過程で,このカラム状構造体はゲスト分子の有無により構造を変化させる刺激応答性材料であることを見出した。さらに,カラムナー液晶に適したカルボン酸の構造を明らかにし,カルボン酸・アミン分子の構造と相構造の相関について研究を行なった。

【研究結果】

(1)カルボン酸とアミノアルコールの塩の重合によるカラム状構造体の合成

 上記のスキームにおいては,まずカラム状構造体の前駆体となるカラムナー液晶を合成する必要がある。そこで,重合官能基を有するカルボン酸1と各種キラルアミノアルコールとの塩を調製し,偏光顕微鏡観察(POM)・示差走査熱量計(DSC)・X線粉末回折(XRD)により相転移挙動を調べた。その結果,1と(S)-3の塩(1・(S)-3)はカラムナーレクタングラー相を,1と(1R,2S)-4の塩(1・(1R,2S)-4)はカラムナーヘキサゴナル相を示した(Scheme2)。一方,カルボン酸としてケイ皮酸誘導体2を用いた場合,(S)-5との塩(2・(S)-5)および(1R,2S)-6との塩(2・(b)(1R,2S)-6)はラメラカラムナー相を示した。

 そこで,これらの液晶について規則構造の固定化を試みた。1・(1R,2S)-4,1・(S)-3および2・(S)-5について真空封入下でγ線を照射したところ,いずれも溶媒に不溶の固体となった。IRスペクトルでは,アクリロイル基由来のピークが減少し,このことから重合が進行したことを確認した。またXRDでは,重合前後で同じ位置に反射が確認されたことから,重合後も規則構造が保持されていることが分かった(Figure1)。

 以上の結果から,いずれの液晶中においても規則構造を保ったまま三次元架橋が進行し,定量的にナノ構造ポリマーが得られることが分かった。

(2)ゲスト分子の放出・取り込みに伴うカラム状構造体の構造変化

 上記の方法で得たポリマーからアミンを取り除くことで,ナノ空孔を生成できると考えた。そこで,1(1R,2S)-4由来のポリマー(poly-1・(1R,2S)-4)に塩酸(H2O:MeOH=1:1)を加えて超音波を照射したところ,元の量の7割程度の(1R,2S)-4が溶液中に溶出した。溶出後のポリマーのXRDを測定したところ,規則構造を示す反射は消失していた(Figure2,(b)(ii))。続いて,テンプレートを取り除いた後のポリマーに(1R,2S)-4の溶液を加えたところ,ポリマー中に(1R,2s)-4が取り込まれ,XRDには再び反射が現れた。この結果から,poly-1(1R,2S)-4はゲストの除去によって規則構造を失い,再導入によって規則構造が再生するというスイッチング挙動を示すことが判明した。

 また,再導入するゲストとして(1S,2R)-4,(1R,2R)-7,(1S,2S)-7を用いたところ,いずれの場合も(1R,2S)-4を用いた場合に比べてXRDの反射強度が低下したことから,ポリマー中ではゲストの立体が認識され,規則構造の再生に影響していることが分かった。

 次に,poly-1・(S)-3およびpoly-2・(S)-5についても,ゲスト放出・再包接に伴う規則構造の変化を調べた。その結果,poly-2・(S)-5(ラメラ構造)では,テンプレートの溶出に伴って規則的構造は消失し,再導入によって再び回復した(Figure2,(c))。一方で,poly-1・(S)-3(ヘキサゴナル構造)の場合は(S)-3の除去・再導入の一連の操作の間,規則構造は維持されていた(Figure2,(a))。

 以上の結果から,このナノ構造ポリマーは,そのナノ規則構造に応じてゲスト応答性を示すことが分かった。(Scheme3)

(3)テンプレート分子とゲスト分子の交換によるゲスト包接と分子認識

 上記の実験から,ナノ構造ポリマー規則構造を維持したままのほうが,分子認識には望ましいと考え,固液平衡によるテンプレートとゲスト分子との交換反応を用いてゲストの包接を試みた。

・各種活性体アミノアルコールとの交換

 poly-1・(1R,2S)-4中の(1R,2S)-4をゲストのアミノアルコールと交換することで,ゲスト分子に対する選択性を調べた。poly-1(1R,2S)-4に対し,2当量のゲストの溶液を加え,室温で4日間静置した後に,溶液中の(1R,2S)-4およびゲストの量をHPLCを用いて定量した。

 その結果,2位の置換基が比較的かさ高い場合((S)-5,(S)-11)には包接量が低下した。このことから,テンプレート(1R,2S)-4の形状に相補的な空間がカラム内部に形成されており,(1R2S)-4よりも2位の置換基がかさ高いゲストは立体障害により包接が抑制されたものと考えられる。

・各種ラセミ体アミノアルコールとの交換

 poly-1・(1R,2S)-4のキラリティーに対する認識能を検討した(Table2)。poly-1・(1R,2S)-4に対し,0.1当量の各種ラセミ体アミノアルコールの溶液を加え,ゲストの半量程度が交換するまで静置した。

 その結果,rac-7を除くすべてのゲストで,各不斉点について(1R,2S)-4と同じ立体のアミノアルコールが優先的に取り込まれた。特に,1位に芳香環を有するゲスト(rac-7,rac-9,rac-14,rac-15)のeeが比較的高かった。

 この結果は,ポリマー中にテンプレートと相補的な空孔があると考えることによって説明できる。特に,ポリマー中のカルボキシル基と結合するアミノ基,嵩高い芳香環が空孔の形状を特徴付けており,ゲストの立体を認識する主な要因となっていると考えられる。

 以上の結果から,poly-1・(1R,2S)-4は,テンプレートとゲストを溶液中で交換することにより,サイズ・官能基位置・立体選択的なゲスト包接を行うことが分かった。

(4)カルボン酸・アミン両ユニットの構造と液晶構造の関係

 これまで用いてきたカルボン酸1および2の塩はカラムナー液晶を示す確率が低いことから,最終的にはより多くのカラム状構造体を得ることを目的として,カルボン酸分子およびアミン分子の構造が液晶相に与える影響を明らかにすることにした。カルボン酸(15-18)を合成し,アミノアルコールとの塩について相転移挙動を調べた(Scheme4)。

 その結果,カルボン酸分子のデンドリマー構造が大きくなるにつれて,塩の液晶性は向上し,また液晶相はスメクチック相からカラムナー相,キュービック相へと変化した。これは,カルボン酸のサイズとアミン分子のサイズのバランスによって酸塩基対のhead-tail比が決まり,この比に応じて最適な充填構造を取っているためと考えられる。また,特に比較的サイズの小さいカルボン酸との塩では,アミノアルコールの置換基のサイズおよび位置が液晶相に与える影響が大きかった。これらの結果から考えて,17が最もカラムナー液晶発現に適したデンドリマー構造であると結論した。

 さらに,17と(1R,2R)-7および(1S,2S)-7との塩について液晶状態でのCDスペクトル測定を行なったところ,first heating,レクタングラー相(C2/m)でCD吸収が観測され,液晶中に超分子らせん構造が存在することが判明した。

 以上の結果から,カルボン酸とアミンの構造が液晶相に与える影響を明らかにし,各液晶相を選択的に得る方法を確立した。また,カラムナー液晶中に超分子らせん構造が存在することが分かった。

【結論】

 カルボン酸・アミンの酸塩基相互作用によって自己集合化したカラムナー液晶相をin-situで重合することにより,ナノサイズの規則的構造を有する空孔ポリマーの合成を行なった。この空孔ポリマーは(1)固体ホストとしてゲスト分子を選択的に包接する(2)ポリマー中の規則的構造がゲスト分子の有無により変化し応答することを示すことができた。さらに,カルボン酸・アミン分子の構造と相構造の相関について研究を行ない,カラムナー液晶を得るために適したカルボン酸を見出した。

Scheme 1

Figure 1 1・(1R,2S)-4(b)1・(S)-3(c)2・(S)-5の(i)重合前(ii)重合後のXRDスペクトル

Figure 2 (a)1・(S)-3(b)1・(1R,2S)-4(c)2・(S)-5の,(i)重合後(ii)テンプレート除去後(iii)ゲスト導入後のXRDスペクトル。最初にポリマー内に含まれていたテンプレートの量(45 μmol)に対する割合で表示されている。

Table 1

Table 2

Scheme 4

Figure 3 90℃,first heatingにおける(i)17・(1R,2R)-7 and (ii)17・(1S,2S)-7のCDスペクトル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,高度な秩序性を有する液晶の開発と三次元重合による分子サイズ空孔を有する構造体の創製並びにそれらの分子認識機能に関する研究の成果について述べたものであり,全6章より構成されている。

 第1章は序論であり,機能性材料の開発に当たり液晶を用いた理由と得られる材料に期待される機能など,本研究の目的と意義を述べている。

 第2章では,重合官能基を有する扇形カルボン酸と光学活性1,2-アミノアルコールを構成成分とする塩の相転移挙動について述べている。種々の組み合わせについて偏光顕微鏡観察,示差走査熱量測定,X線粉末回折によって検討した結果,3種の組み合わせについて,それぞれカラムナーレクタングラー相,カラムナーヘキサゴナル相,ラメラカラムナー相を示すことを見出している。次いで,カラムナーレクタングラー相あるいはカラムナーヘキサゴナル相を示した液晶を用いてγ線重合による構造固定を試みており,液晶の規則構造を保ったまま三次元架橋がほぼ定量的に進行し,定量的な収率でナノ秩序構造ポリマーが得られることを明らかにしている。

 第3章では,3,4,5-(11-アクリロイロキシウンデカノキシ)安息香酸と(1R,2S)-ノルエフェドリンから得られたナノ秩序構造ポリマーに含まれる(1R,2S)-ノルエフェドリンの脱吸着について述べている。ポリマーを酸処理すると(1R,2S)-ノルエフェドリンの約70%が脱着すると共にポリマーの規則構造が消失し,再度(1R,2S)-ノルエフェドリンを含む溶液で処理すると(1R,2S)-ノルエフェドリン分子が吸着すると共に規則構造がほぼ再生することを見出している。また,(1R,2S)-ノルエフェドリンの鏡像異性体,ジアステレオマーを吸着物質として用いると,同程度の吸着は観測されるものの規則構造の再生度は極めて低いことも見出している。これらのことから,第2章で述べたナノ秩序構造ポリマーは,規則構造のスイッチング挙動を示すと共にゲスト選択性も有することを明らかにしている。

 第4章では,ゲスト選択性をより明確にするため,溶液中でのゲスト交換を行った結果について述べている。まず,(1R,2S)-ノルエフェドリンの2つの置換基の大きさを順次変えて溶液中でのゲスト交換を行ない,(1R,2S)-ノルエフェドリンの形状に相補的な空孔がナノ秩序構造ポリマー中に形成されていることを明らかにしている。さらに,ラセミ体のゲストを用いた溶液中でのゲスト交換では鏡像異性体選択が起こることを見出し,その選択性はナノ秩序構造ポリマー中に(1R,2S)-ノルエフェドリンに相補的な空孔が存在と考えることによって説明できることを示している。

 第5章では,第2章〜第4章で述べた結果を基に,より高い確率でカラムナー液晶を実現するための,液晶相に与える扇型カルボン酸分子の構造について詳細に調べた結果を述べている。大きさあるいは分岐度の異なる3種のデンドロン構造を有するカルボン酸を合成して各種光学活性1,2-アミノアルコールとの塩の液晶挙動調べ,カルボン酸のデンドロン部位の広がりが大きくなるに従い液晶性は向上し,液晶相はスメクチック相からカラムナー相,キュービック相へと変化することを見出すと共に,この現象をカルボン酸の大きさとアミノアルコールの大きさのバランスで決まるhead-tail比によって説明している。また,これらの結果から3,5-(3,4,5-(4-ドデカノキシベンジロキシ)ベンジロキシ)安息香酸が3種の内では最適と結論づけている。さらに,これと(1R,2R)-ノルプソイドエフェドリンとの塩はカラムナーレクタングラー相を示すと共にCD活性を示すことを見出し,液晶中に超分子らせん構造が存在することを明らかにしている。

 第6章は総括であり,本論文で得た知見を纏めると共にナノ秩序構造ポリマーの創製に関する展開とそれらの機能開発についての見解を述べている。

 以上のように,本論文は,液晶相の秩序性を利用したナノ秩序構造ポリマーの創製とそれらの機能に関する研究結果ついて述べたものである。その成果は,有機合成化学,高分子化学,超分子化学,ナノ物質科学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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