学位論文要旨



No 122346
著者(漢字) 池内,与志穂
著者(英字)
著者(カナ) イケウチ,ヨシホ
標題(和) 遺伝暗号の解読に関わる新規tRNA修飾遺伝子群の同定と生合成機構の研究
標題(洋)
報告番号 122346
報告番号 甲22346
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6551号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 助教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

  序論

 近年、機能性RNAが生体内で多様な役割を担っていることが明らかになりつつある。機能性RNAの大部分はゲノムから転写された後にさまざまなプロセシングを受けるが、その中でもRNA修飾は重要なイベントである。RNA修飾は古くから研究されており、これまでに100種類を超える修飾ヌクレオシドが同定されている。RNAは修飾によって質的な情報が付加され、RNAの細胞内局在の決定、立体構造の安定化、RNA結合タンパク質との相互作用、遺伝情報の解読などが正しく制御されることが知られている。

 数ある機能性RNAの中でもtRNAは修飾を多く含み、修飾の機能が古くからよく研究されてきた。特にtRNAのアンチコドン1字目には様々なRNA修飾が存在し、コドンの認識を制限、拡張、変化することで正確なコドン認識と翻訳精度の維持を担う(図1)。修飾によってコドン認識が決まるため、すべての生物のコドン表はtRNAの修飾なしでは成り立たない。したがって、RNA修飾および修飾酵素は翻訳システムの一部であるといっても過言ではない。

 当然それぞれの修飾を行っている修飾酵素が存在するはずであるが、多くの修飾酵素遺伝子が機能未知遺伝子群の中に埋もれている状況である。そこで、大腸菌を対象としてRNA修飾遺伝子を逆遺伝学的かつ網羅的に探索した。新規に同定したRNA修飾酵素の解析から、RNA修飾の機能および生合成メカニズムを明らかにすることを目指した。

結果と考察

1) リボヌクレオーム解析によるtRNA修飾遺伝子群の探索

 大腸菌の遺伝子を破壊した株からRNAを抽出・分解し、液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC/MS)でRNA修飾の有無を判定することでRNA修飾遺伝子を探索した(図2B, C)。大腸菌RNAに含まれる修飾ヌクレオシドのうち25種類をLC/MSによって一度に検出できる。ヌクレオシド調製のハイスループット化とLC/MSの自動化により、1ヶ月に700サンプルを解析できるシステムを構築した。大腸菌ゲノムの約半分に当たる約2000遺伝子の探索の結果、9つのRNA修飾遺伝子を同定した[(ac4)C (N4アセチルシチジン)合成遺伝子、m6t6A(N6-メチル-N6-スレオニルカルバモイルアデノシン)メチル化遺伝子、m7G (N7メチルグアノシン)メチル化遺伝子、Q (キューオシン) 修飾に必須なビタミンB12取り込みに関与する遺伝子、mnm5s2U (5−メチルアミノメチル−2チオウリジン)の2チオ化を行う5遺伝子]。また、必須遺伝子の解析からLysidine修飾遺伝子を同定した。

2) tRNAのアンチコドン1字目シチジンの修飾に関わる遺伝子の同定と機能解析

 シチジンの修飾塩基であるLysidineはバクテリアのAUAコドンを翻訳するイソロイシンtRNAのアンチコドン1字目に存在する。未修飾ではアンチコドンがCAUであり、AUG(メチオニン)コドンを読んでしまう。しかも、未修飾のイソロイシンtRNA前駆体はメチオニルtRNA合成酵素に認識されてメチオニンを受容する。Lysidine化を受けることによってAUAコドンを認識するようになり、イソロイシルtRNA合成酵素に認識されてイソロイシンを受容するようになることで正常な暗号解読が保障される。

 まず、候補遺伝子を絞り込むため、遺伝子データベースを用いて大腸菌、枯草菌、マイコプラズマに共通な遺伝子373遺伝子を抽出し、さらに機能未知の遺伝子(48)、さらに必須遺伝子を選び出すと、候補遺伝子は5つに絞り込まれた。これら5遺伝子の枯草菌および大腸菌の条件致死変異株を解析することにより、致死条件下でLysidineが減少する遺伝子を同定し、tilSと名づけた。TilSタンパク質はイソロイシンtRNAと特異的に結合し、リジンとATPを基質としてLysidineを合成することが示された。この反応機構を詳細に検討した結果、まず1段階目の反応としてATPがtRNAに付加してアデニレート中間体が生じ、次に第2段階目の反応としてリジンのεアミノ基が中間体を求核置換攻撃することでLysidineが形成されることを明らかにした。また、in vitro Lysidine修飾によってtRNAが受容するアミノ酸がメチオニンからイソロイシンに変化することを実証した。また、イソロイシンとメチオニンのtRNAの変異体を作成してLysidine化の活性を測定した結果、TilSによる識別部位を同定した(図4左、立教大学関根研究室との共同研究)。

3) メチオニンtRNA ac4C合成酵素の機能解析

 メチオニンtRNAのアンチコドン1字目シチジンはアセチル化されてac4Cになる。ac4CはメチオニンtRNAの正確なコドン認識を助ける働きがあることが知られている。リボヌクレオーム解析によってアセチル化酵素を同定し、TmcAと名づけた。TmcAはアセチル化ドメインに加えてATPに結合するWalker A motifを持つ。アセチルCoAとATPと転写合成メチオニンtRNAを基質として反応を行ったところ、アンチコドン1字目シチジンが特異的にアセチル化されてac4Cになった。一般的なアセチル化酵素はアセチルCoA以外にATPなどのエネルギー源を必要としないため、TmcAがATPを反応に必要とすることは特徴的であり、TmcAによるATPの加水分解はアセチル化反応そのものではなく、TmcAの構造変化に寄与すると考えられる。また、メチオニンtRNAとイソロイシンtRNAの変異体を作成し、TmcAによるtRNAの識別機構を明らかにした(図4右)。TilSとTmcAのtRNA認識部位を考え合わせると、メチオニンtRNAとイソロイシンtRNAの異なっている塩基のほとんどはTilSまたはTmcAによる認識に必要であると言え、進化的に興味深い。

4)古細菌イソロイシン tRNAのアンチコドン1字目シチジンの新規修飾塩基の同定

 古細菌でもAUA(イソロイシン)コドンを読むtRNAは未修飾ではCAUアンチコドンを有する。しかし、古細菌はバクテリアのLysidine合成遺伝子tilSのホモログを持たないことから、古細菌イソロイシンtRNAには未知の修飾が存在すると考えられた。これを同定するため、H. marismortuiからイソロイシンtRNAを単離し(岐阜大,横川隆志博士と共同研究)、修飾をLC/MSによって解析した結果、分子量が355の新規ヌクレオシドが見出された。リボース(分子量132)を除いた塩基部分の精密質量を測定すると、224.16176だったため、修飾塩基の化学式はC9H(18)N7(理論分子量224.16182)と考えられた。さらに重水置換解析などを行い、アグマチンがシチジンの2位に付加していると考えられた。これを化学合成したところ(当専攻西郷研の和田猛先生および緒方氏との共同研究)、古細菌由来物と同一物質であった。古細菌のイソロイシンコドンの翻訳に必須な新規修飾塩基を同定したことによって、全生物界におけるAUAコドンの暗号解読機構が解明できたことになる。

5) tRNAのアンチコドン1字目ウリジンの2チオ化に関わる硫黄リレータンパク質群の同定と機能解析

 リジン、グルタミン、グルタミン酸のtRNAアンチコドン1字目に存在するmnm5s2Uの2チオ化(ウリジン2位の酸素の硫黄への置換)を行う新規遺伝子をリボヌクレオーム解析によって5つ見つけることに成功し、これらをtusABCDE と名づけた(図6A)。これらの欠損株は顕著な育成阻害を示した。TusB、TusC、TusDは2:2:2のヘテロ6量体を形成していた。TusA、TusBCD複合体、TusEおよび、すでに2チオ化への関与が知られていたIscSとMnmAを用い、[(35)S]システイン、ATP及び転写合成tRNAを基質にして、in vitro2チオ化反応の再構成に成功した(図6B)。さらに、in vitroでの解析によりIscS→TusA→TusD→TusE→tRNAの順番で硫黄原子が運搬されることが判明し、TusABCDEはIscSからMnmAまで硫黄原子を受け渡すリレーシステムを形成していることが明らかとなった。MnmAはATPを用い、tRNAのウリジン2位をアデニル化することで活性化し、硫黄原子を導入することで反応が終結する(図7)。IscSは他にも鉄硫黄クラスターをはじめとするさまざまな代謝経路やRNA修飾に硫黄を供給する酵素であり、TusAのようなパートナータンパク質を経路ごとに使い分けることによって硫黄を振り分けていると考えられる。また、硫黄リレーはmnm5s2Uの生合成だけでなく他の代謝経路にも硫黄を供給している可能性が考えられる。

まとめ

・ 逆遺伝学的なRNA修飾遺伝子の探索法(リボヌクレオーム解析)を確立した。

・ 大腸菌9つの非必須と1つの必須のRNA修飾遺伝子を同定した。

・ Lysidine修飾機構を明らかにし、遺伝暗号の解読機構における役割を解明した。

・ ac4Cアセチル化機構を明らかにした。

・ 古細菌でイソロイシン翻訳に必須な新規修飾を同定した。

・ tRNAアンチコドン1字目ウリジンのチオ化に関わるTusABCDEによる硫黄リレーシステムを見出した。

図1 アンチコドン1字目修飾による遺伝暗号解読能の変化

図2 リボヌクレオーム解析の概要

図3 Lysidineはシチジンの2位にリジンを持つ

図4 TilSとTmcAによるイソロイシンtRNAとメチオニンtRNAの識別

2つのtRNA間で互いに異なっている塩基を灰色で示した。

図5 古細菌イソロイシンtRNAアンチコドン1字目シチジンの新規修飾塩基

図6 mnm5s2Uの2チオ化遺伝子の同定と機能解析

A.リボヌクレオーム解析によるmnm5s2Uの2チオ化遺伝子の同定

B.in vitroでのtRNAの2チオ化反応

反応に用いた酵素を示してある。

C.(35)Sを用いたタンパク質間硫黄転移の解析

左、CBB染色。中央と右はオートラジオグラフィー。中央還元処理なし。右還元処理あり。

図7 硫黄リレーシステムの模式図

審査要旨 要旨を表示する

 機能性RNAの大部分はゲノムから転写された後にさまざまなプロセシングを受けるが,その中でもRNA修飾は重要なイベントである.これまでに100種類を超える修飾ヌクレオシドが同定されている.RNAは修飾によって質的な情報が付加され,RNAの細胞内局在の決定,立体構造の安定化,タンパク質との相互作用,遺伝情報の解読などが制御されることが知られている.特にtRNAのアンチコドン1字目には様々なRNA修飾が存在し,コドンの認識を制限,拡張,変化することで正確なコドン認識と翻訳精度の維持を担う.修飾によってコドン認識が決まるため,RNA修飾および修飾酵素は翻訳システムの一部であるといっても過言ではない.しかし,多くの修飾遺伝子が不明であったので,本研究では大腸菌を対象としてRNA修飾遺伝子を逆遺伝学的かつ網羅的に探索した.また,新規に同定したRNA修飾酵素の解析を行った.本論文は5章から構成されている.

 1章では,tRNA修飾遺伝子群の探索を行った.大腸菌の遺伝子を破壊した株からRNAを抽出し,液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC/MS)でRNA修飾の有無を判定することでRNA修飾遺伝子を探索した.大腸菌ゲノムの約半分に当たる約2000遺伝子の探索の結果,9つのRNA修飾遺伝子を同定した[ac4C (N4アセチルシチジン)合成遺伝子,m6t6A (N6-メチル-N6-スレオニルカルバモイルアデノシン)メチル化遺伝子,m7G (N7メチルグアノシン)メチル化遺伝子,Q (キューオシン) 修飾に必須なビタミンB12取り込みに関与する遺伝子,mnm5s2U (5-メチルアミノメチル-2チオウリジン)の2チオ化を行う5遺伝子].また,必須遺伝子の解析からlysidine修飾遺伝子を同定した.

 2章では,tRNAのアンチコドン1字目シチジンの修飾に関わる遺伝子の同定と機能解析を行った.シチジンの修飾塩基であるlysidineはバクテリアのAUAコドンを翻訳するイソロイシンtRNAのアンチコドン1字目に存在する.未修飾ではアンチコドンがCAUであり,AUG(メチオニン)コドンを読む.しかも,未修飾のイソロイシンtRNA前駆体はメチオニルtRNA合成酵素に認識されてメチオニンを受容する.lysidine化を受けることによってAUAコドンを認識するようになり,イソロイシルtRNA合成酵素に認識されてイソロイシンを受容するようになり,正常な暗号解読が保障される.lysidine修飾遺伝子の候補遺伝子として,大腸菌,枯草菌,マイコプラズマに共通に存在する機能未知かつ必須の遺伝子を選び出すと,候補遺伝子は5つに絞り込まれた.これらの枯草菌および大腸菌の条件致死変異株を解析することにより,致死条件下でlysidineが減少する遺伝子を同定し,tilSと名づけた.TilSタンパク質はイソロイシンtRNAと特異的に結合し,リジンとATPを基質としてlysidine修飾することを明らかにした.修飾反応機構を詳細に検討した結果,まず1段階目の反応としてATPがtRNAに付加してアデニレート中間体が生じ,次に第2段階目の反応としてリジンのεアミノ基が中間体を求核置換攻撃することでlysidineが形成されることが明らかになった.また,TilSによるtRNAの識別部位・機構を明らかにした(立教大学関根靖彦博士らとの共同研究).

 3章では,メチオニンtRNA ac4C合成酵素の機能解析を行った.メチオニンtRNAのアンチコドン1字目シチジンはアセチル化されてac4Cになる.ac4CはメチオニンtRNAの正確なコドン認識を助ける働きがある.アセチル化酵素を同定し,TmcAと名づけた.TmcAはアセチル化ドメインに加えてATPに結合するWalker A motifを持つ.アセチルCoAとATPと転写合成メチオニンtRNAを基質として反応を行ったところ,アンチコドン1字目シチジンが特異的にアセチル化されてac4Cになった.また,TmcAによるtRNAの識別機構を明らかにした.

 4章では,古細菌イソロイシンtRNAのアンチコドン1字目シチジンの新規修飾塩基の同定を行った.バクテリアと同様に古細菌でもAUA(イソロイシン)コドンを読むtRNAは未修飾ではCAUアンチコドンを有する.しかし,古細菌はバクテリアのlysidine修飾遺伝子tilSのホモログを持たないことから,古細菌イソロイシンtRNAには未知の修飾が存在すると考えられた.これを同定するため,単離古細菌イソロイシンtRNAの修飾をLC/MSによって解析した結果,分子量が355の新規ヌクレオシドが見出された(岐阜大学横川隆志博士らと共同研究).精密質量測定や重水置換解析などを行った結果,新規修飾塩基はアグマチンがシチジンの2位に付加した構造であると考えられた.これを化学合成したところ,古細菌由来物と同一物質であることが確かめられた(当専攻西郷研究室との共同研究).

 5章では,tRNAのアンチコドン1字目ウリジンの2チオ化に関わる硫黄リレータンパク質群の同定と機能解析を行った.リジン,グルタミン,グルタミン酸のtRNAアンチコドン1字目に存在するmnm5s2Uの2チオ化(ウリジン2位の酸素の硫黄への置換)を行う新規遺伝子を5つ見つけ,これらをtusABCDE と名づけた.これらの欠損株は顕著な育成阻害を示した.TusB,TusC,TusDは2:2:2のヘテロ6量体を形成していた.TusA,TusBCD複合体,TusEおよび,すでに2チオ化への関与が知られていたIscSとMnmAを用い,[(35)S]システイン,ATP及び転写合成tRNAを基質にして,in vitro 2チオ化反応の再構成に成功した.さらに,IscS→TusA→TusD→TusE→tRNAの順番で硫黄原子が運搬されることが判明し,TusABCDEはIscSからMnmAまで硫黄原子を受け渡すリレーシステムを形成していることが明らかとなった.MnmAはATPを用い,tRNAのウリジン2位をアデニル化し,硫黄原子を導入する.

 なお,以上の研究成果は,論文提出者が主体となって行ったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

UTokyo Repositoryリンク