No | 122349 | |
著者(漢字) | 梶谷,英伸 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カジタニ,ヒデノブ | |
標題(和) | 硫黄架橋遷移金属三核クラスターの合成と反応性に関する研究 | |
標題(洋) | Studies on Syntheses and Reactivities of Trinuclear Transition Metal Clusters with Bridging Sulfur Ligands | |
報告番号 | 122349 | |
報告番号 | 甲22349 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6554号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【1】緒言 遷移金属クラスターは不均一系固体触媒の活性点の均一系モデルとして捉えることができ、その反応機構の詳細や素反応を解析する上で重要な知見を与えると考えられる。このような金属クラスター構造は自然界にも存在し、例えば窒素固定酵素ニトロゲナーゼの活性中心に注目すると FeMo-co と呼ばれる Fe と Mo が硫黄原子によって架橋されたクラスター骨格が見て取れる。ニトロゲナーゼは常温常圧の温和な条件下で空気中の窒素分子をアンモニアへと還元しており、これは、工業的に窒素分子からアンモニアを合成するハーバー・ボッシュ法が高温高圧条件を必要とするのとは対照的である。 一方で、硫黄原子は金属との高い親和性を示し、良好な金属間架橋配位子となることが知られている。当研究室では硫黄原子の高い金属間架橋能に着目してこれまでに様々な硫黄架橋遷移金属クラスターの合成手法を確立しており、硫黄原子がクラスター骨格を保持する上で有用であることが示されてきた。特に三核クラスターは、より多核のクラスターに見られる M3(μ3-S) の部分構造と見なすことができるため、クラスターの最小単位である三核反応場の反応性を検討することは重要な課題である。これに加えて、硫黄架橋クラスターは金属硫化物を利用した水素化脱硫、有機硫黄化合物の合成とも密接な関係があり、クラスター上の配位硫黄原子の変換反応にも興味が持たれる。 本研究では架橋配位子としての硫黄原子と反応基質としての硫黄原子に焦点をあて、構築された三核反応場における基質との反応性を検討することとした。 【2】Ir2Ru モノスルフィドクラスターの合成と反応性 μ3-S 配位子は 3 つの金属を強固に架橋するが、金属間での基質の取り込みが可能な配位空間をふさいでしまうという欠点も併せ持つ。そこで、三核クラスター骨格の維持と多核反応場の提供を両立させるために、三核構造の片面のみが μ3-S 配位子でキャップされたクラスターを検討した。まず、[(Cp*Ir)2- (μ-S)(μ-SCH2CH2CN)2] (1, Cp* = η5-C5Me5) と [CpRuCl(tmeda)] (Cp = η5-C5H5, tmeda = Me2NC2H4NMe2) とを反応させることで、モノスルフィドクラスター 2 を新規に得た。2 の類縁体であるクラスター 3 が 1 と [Cp*RuCl]4 との反応によって既に合成されているが、2 と 3 のクラスター骨格は本質的に同じであるにもかかわらず、塩素原子の配位した Ir 上の配向が異なっている。2 の反応性の位置選択性を検討するにあたり、塩化物イオンを脱離させるために KPF6 を加えて CO 雰囲気下あるいは小過剰の XyNC (Xy = 2,6-Me2C6H3) と反応させたところ、Cl 配位子とそれらσドナー配位子との交換が立体保持で進行した。3 の塩素の配位子交換反応も立体保持で進行することを考えると、塩素アニオンが脱離した反応中間体に対してドナー分子の近づく方向が限定されていることが示唆される。 次に、三重結合を有するニトロゲナーゼ関連基質の一つであるアルキンとこれらクラスターとの反応を比較することとした。3 と MP (methyl propiolate) との反応のみが既知であり、2 つの Ir 間を MP が架橋したクラスター 5 が単一の生成物として得られている (Chart 1)。そこでまず、3 と内部アルキンの DMAD (dimethyl acetylenedicarboxylate) との反応を試みたところ、アルケニルチオラートクラスター 6 が生成した。この場合には MP との反応生成物 5 とは異なり、C-S 結合形成とそれに伴うチオラート配位子の変換が起こっているものの 2 つの Ir 間をアルキン由来部位が架橋しているという点では類似している。続いて、2 と MP とを反応させたが、少なくとも 2 種類の生成物を与え、それらの単離には至らなかった。一方、2 を DMAD と反応させたところ 1 分子の DMAD が Ru-μ3-S 結合に挿入し、チオラート配位子の組み替えが起こった 7 が得られた。さらに、7 に対して CO (10 atm), XyNC を加熱条件下で反応させると更なるクラスター骨格の変換を伴いながら CO あるいは XyNC を 1 分子取り込んだ 8 が生成し、DMAD 由来部位はクラスターコア上で移動していた (Scheme 1)。 【3】Ir3 モノスルフィドクラスターの合成と反応性 2, 3 のホモメタリックなアナログを検討するため、1 と 0.5 等量の [Cp*IrCl2]2 を反応させたところ、類似の組成を有する 9 が得られた。しかし、2 と 3 では塩素原子が一方の Ir 中心に末端配位し、他方の Ir 中心は Ru からの電子供与を受けているのに対して、9 では塩素原子が Ir 間を架橋することによって金属間の結合的相互作用が存在していない。2, 3 では末端配位している塩素原子の配位子交換反応が立体保持で進行するが、9 と XyNC との反応ではクラスターコアが開裂し、単核錯体 10 と二核錯体 11 が生成した (Scheme 2)。この反応では、9 から塩素原子が脱離したことで生じる 2 つの配位不飽和 Ir 中心に XyNC が攻撃することで、生成物の立体障害が大きくなり、三核コアを維持できずに開裂が進行するものと考えられる。 9 を KPF6 存在下で 4 等量の MP と反応させた場合には、クラスターに変化は見られなかったものの 3 置換ベンゼン誘導体 12 が単一の有機物として回収され、9 がアルキンの環化三量化反応を触媒する可能性が示唆された。そこで、MeCN 中 1 mol% の 9、4 mol% の KPF6 存在下に 60 ℃、69 h の反応条件を用いたところ、MP が収率 84% (TON = 32) で 12 に変換された (Scheme 3)。通常アルキンの三量化反応では 1,2,4- 置換体と 1,3,5- 置換体の両方が生成するが、この反応では選択的に 1,3,5- 置換体のみが得られており、クラスター上で反応が起こることによって基質の取り込みの向きが制限されていることを示唆している。また、1 と [Cp*RhCl2]2 から合成される 9' は塩素原子が Ir-Rh 間を架橋しているが (Chart 2)、これは MP の三量化の触媒活性が著しく低いことから (TON = 3.6)、反応が単核上ではなく、架橋塩素原子が脱離した二核サイトで進行していると推定される。 【4】Ir2Mo ビススルフィドクラスターの合成と反応性 窒素固定酵素ニトロゲナーゼにおける窒素配位様式や窒素還元機構は解明が待たれるが、これまでに活性部位 FeMo-co の構造が明らかとなり、類似の構造を有するクラスターが種々合成されているにもかかわらず、詳細は不明のままである。さらには、合成されたいかなる金属スルフィドクラスターについても、実際に窒素分子が配位した状態を単離した例は皆無である。これに対して窒素固定鍵金属の Mo 単核錯体では、例えばジホスフィン配位子を有する [Mo(N2)2(P2)2] (P2 = R2PC2H4PR2; R = Me (dmpe), Et (depe), Ph (dppe)) がよく知られており、配位窒素の広範な変換反応が可能である。そこで、構造モデルとしてのスルフィドクラスターという立場から Mo を含む三核クラスターを構築し、そのMo 上の反応性について明らかにすることを目的とした。 Ir 二核錯体 [Cp*Ir(SH)Cl]2 をテンプレートに用いて種々のビススルフィドキャップ三核クラスターを合成する方法が既に確立されているが、7 族よりも前周期の遷移金属を第三の金属として取り込むことには成功していなかった。そこで導入する Mo 前駆体として種々検討した結果、[Mo(η6-toluene)(CO)3] と NEt3 を利用することで新規クラスター 13 が得られることを見出した。13 に対して DPPE を反応させると 2 分子の CO の脱離を伴って DPPE が Mo 上に配位した 14 が生成し、その IR では υ(C≡O) が 1733 cm(-1) と極めて低波数に観測されることから、末端配位した CO はクラスター中心から強く逆供与を受けていることが示唆される。この CO 配位子の脱離には成功しなかったので、まず、 CO を全て脱離させて配位座を空けるために、クラスターの酸化を検討した。その結果、Mo 上で変換が進行して、目的とするオキソジクロライドクラスター 17 が生成し、さらにジホスフィン配位子を導入して、18 を合成した (Scheme 4)。 続いて、窒素分子の配位は低原子価状態において有利と考えられることから、還元を試みることとした。DPPE クラスター 18c を NaBH4 と反応させると、ジヒドリドクラスター 21 が得られた (Scheme 4)。このヒドリド配位子を光照射によって水素分子として脱離させることは不可能であるが、CO との反応からは 13 および 14 の生成が確認されるため Mo 上に空配位座が生じる可能性を示唆している。 【5】結論 優れた金属間架橋能を示す μ3-S 配位子を有する三核クラスターを合成し、三核反応場における基質との反応性について検討した。その中で、窒素分子の配位活性化には成功しなかったものの、三重結合を有する基質のクラスター上での変換および活性化を達成した。このことは、クラスター骨格が小分子の活性化に対して複数の反応点を与え、また多様な骨格を安定化することが可能となることから、三核コア骨格の有用性を示すことができたと考えている。 Scheme 1 Chart 1 Scheme 2 Scheme 3 Chart 2 Scheme 4 | |
審査要旨 | 遷移金属クラスター骨格は、遷移金属が架橋配位子あるいは金属間相互作用によって集積化した構造を有しており、隣接する金属原子による協同効果によって単核錯体とは異なった反応性を示すことが期待される。また、金属クラスターは工業的に利用されている不均一系固体触媒の活性点の均一系モデルとして捉えることが出来るため、その反応機構や素反応解析に利用できると考えられている。このクラスター骨格を構築する上で遷移金属と親和性の高い硫黄原子が注目されており、実際に金属タンパクや金属酵素の活性部位には硫黄架橋遷移金属クラスターが存在している。その中でも窒素固定酵素ニトロゲナーゼは空気中の極めて反応性の乏しい窒素分子を常温常圧の温和な条件下でプロトンと電子からアンモニアへと還元している。しかしながら、ニトロゲナーゼの窒素還元機構は明らかとされておらず、いかなる金属の硫黄架橋クラスターについても窒素分子が配位した状態を単離した例は知られていない。本論文では硫黄架橋遷移金属三核クラスターに焦点をあて、合成したクラスターと各種ニトロゲナーゼ基質との反応について、そしてさらにクラスター上への窒素分子の配位を目指した研究の結果をまとめたものであり5章より構成されている。 第1章では、遷移金属スルフィドクラスターに関連する金属酵素、固体触媒、また、合成されたクラスターの利用について概観を述べている。ニトロゲナーゼを強い還元触媒であると見なし、還元反応に対して後周期遷移金属が有利であると考えられることからテンプレートとしてイリジウム錯体に着目している。加えて、触媒の機能モデル構築という観点からクラスターとしては最もシンプルな構造を有する三核クラスターを骨格として選択している。 第2章では、イリジウム二核テンプレート錯体に取り込むルテニウムフラグメントの補助配位子を、わずかに変化させるだけで、クラスターの構造と反応性が変化することを明らかとしている。補助配位子の立体障害の大小によってクラスターの反応点が異なり、本研究ではこれまで困難であるとされていた三重架橋硫黄配位子と金属との結合にアルキン分子が挿入する反応を見出し、金属-三重架橋硫黄配位子結合の活性化に成功している。また、クラスター骨格を保持したままアルキン部位がクラスター上を移動するという動的挙動を明らかとし、固体触媒表面上の基質の挙動との関連から興味深い。 第3章では、第2章で用いたイリジウム二核テンプレート錯体に対して更にイリジウムフラグメントを取り込ませることによって合成したイリジウム三核クラスターを用いて、アルキンの触媒的環化三量化反応を達成している。この反応では選択的に1,3,5-置換ベンゼンを与えており、通常単核錯体を用いた場合に1,2,4-置換体が主生成物として得られることとは対照的な結果となっている。これはクラスター上の複核サイトで反応が進行することによって、その特徴を生かした生成物の立体制御が可能となっていることを示している。 第4章では、窒素固定酵素ニトロゲナーゼの機能モデルとしての硫黄架橋クラスターという観点からクラスター上に窒素分子を配位させる試みを検討しており、目的のクラスターまで誘導することには成功していないが、クラスター内に取り込まれたモリブデン上の多様な反応性を明らかとしている。モリブデン上に一酸化炭素が配位したクラスターではジホスフィンを有する単核モリブデン窒素錯体と同程度の逆供与能が中心金属にあることを示し、また、水素分子として脱離させ、空の配位座の生成が期待できるヒドリドクラスターの合成にも成功している。 第5章では、第2章から第4章までの研究について総括し、今後の研究の展望を述べている。 以上のように本論文では、優れた金属間架橋能を示す三重架橋硫黄配位子を有する三核クラスターを合成し、三核反応場における窒素固定関連基質との反応性について検討することで、窒素分子そのものの配位活性化には成功しなかったものの、三重結合を有する基質のクラスター上での変換および活性化を達成している。そしてそれらの反応において、複数の反応点を同時に用いることでクラスターに特有の基質の反応性が見出されており、三核クラスター骨格の有用性が明らかとなった。これらの成果は、今後の有機金属化学および有機合成化学、また、生物無機化学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |