No | 122350 | |
著者(漢字) | 上川,裕子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カミカワ,ユウコ | |
標題(和) | 生体分子誘導体を用いた機能性超分子材料の創製 | |
標題(洋) | Development of Functional Supramolecular Materials Based on Biomolecular Derivatives | |
報告番号 | 122350 | |
報告番号 | 甲22350 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(工学) | |
学位記番号 | 博工第6555号 | |
研究科 | 工学系研究科 | |
専攻 | 化学生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 21世紀の材料化学の中核となるのは、環境低負荷材料・医用材料、および高性能・新機能材料である。これらのニーズに応える手法として、非共有結合により分子を組織化し、機能性を有する分子集合体を構築する超分子材料化学が注目されている。生体は、様々な分子間相互作用を協調して働かせ、キラリティーによって方向づけられた精緻な秩序構造を自己組織的に構築し、優れた機能を発現する。これまで生体を手本とした機能性超分子の研究が盛んに行われてきたが、実用に耐え得る例は極めて少ない。現状の課題は、(1)階層構造を有するより複雑な超分子系の構築と構造制御 (2)孤立分散系で無秩序に存在する個々の分子集合体を集団として統制する手法の確立 である。 本研究では、生体分子を用いた新規機能性材料の創製を目指した。素材としては生体分子、特に化学修飾が容易で、超分子構造形成の駆動力となる水素結合性および構造形成の方向づけを行うキラリティーを兼ね備えたアミノ酸を利用した。分子を集団として制御する手法として、液晶に着目した。以上を踏まえた具体的な戦略として、異なる役割を持つトリブロック構造の扇形分子を設計した。特に、新しいキラル構造ユニットとして、階層的キラル構造を有する枝分かれ状に連結されたトリペプチドを設計した。トリスグルタミン酸の3ヶ所のキラリティーを独立して制御することにより、分子の複数のキラリティー(=情報)が自己組織構造に伝達されるメカニズムを解明し、集合構造と物性・機能の相関に関する知見を得た。さらに多様な機能性部位の導入により、孤立分散系(希薄溶液)から凝集系(液晶・ゲル)に渡って機能する、自己組織性マテリアルの開発を行った。第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、問題提起を行った。 本論第2章では、扇形オリゴペプチド部位の導入による新規液晶性葉酸誘導体の開発について述べている。機能性自己組織化ユニットとして葉酸に着目した。葉酸はプテリン環の水素結合によりディスク状の4量体を形成する。このディスク状4量体モチーフは選択的カチオン認識能を有しており、一次元集積により人工イオンチャンネル材料として機能する。そこで本研究では扇形オリゴペプチドの導入による葉酸の液晶化を行い、オリゴペプチドブロックの階層的キラル構造が超分子構造と物性にどのように反映されるか詳細に検討した。 キラリティーの異なる3種類の葉酸誘導体α,γ-Bisglutamoyl N-[N(10)-(trifluoroacetyl)pteroyl]glutamic acid tetra{2-[3,4-di(hexyloxy)phenyl]ethyl} esterのL体、D体、DLL体を合成した。合成した化合物はいずれも室温を含む広い温度領域にわたってサーモトロピックカラムナー液晶性を発現した。IR測定およびX線回折測定、モデリング計算の結果より、葉酸誘導体はプテリン環部位の水素結合によりディスク状の4量体を形成し、これらの4量体が1次元的に集積することにより、ヘキサゴナルカラムナー液晶を構築していることがわかった。しかし、これらの化合物は、ディスクの集積に長距離秩序がないため、分子自体はキラルであるにも関わらず、円二色性(CD)活性は極めて弱い。ここでL体の化合物に対してナトリウムトリフラート(NaOTf)を添加すると、カチオンをテンプレートとして4量体がらせん状に集積し、キラルカラムナー相を発現した。D体ではL体と鏡像のCDを誘起し、分子のキラリティーが集合体のらせん方向に反映されていることがわかった。DLL体はイオン添加の有無に関わらずCD不活性であった。アキラルなイオンを添加することにより、液晶相にキラリティーを誘起することに成功した。 この複合体は、さらに高温領域において、カラムナー相からミセルキュービック相への相転移を示した。相転移前後でプテリン環部位のディスク状の水素結合モチーフが保持されていることから、個々のミセルはらせん状カラムが断裂した短いカラム状集合体から形成されていると推測される。さらに、CDスペクトル測定より、光学的に等方なキュービック相状態においても、カラムナー相状態におけるキラル構造が保持されていることが明らかとなった。 続いて希薄溶液状態において、葉酸誘導体が形成する個々のキラルカラムナー超分子について詳しく解析した。クロロホルム溶液中で、葉酸誘導体のNaOTf複合体は液晶状態と類似のカラム状集合体を形成した。これらの複合体はオリゴグルタミン酸部位のキラリティーに応じてL体では正、D体では負のコットン効果を誘起し、DLL体ではCD不活性であった。NMR測定より、DLL体では、オリゴグルタミン酸部位における分子間水素結合性がL体、D体と比べて弱いことがわかった。グルタミン酸部位のキラリティーをカラムのらせん構造として伝達するためには、グルタミン酸部位の分子間水素結合と、プテリン環とナトリウムイオンとのイオン-双極子相互作用という協同的な2つのインプットが必要であることを見出した。 さらに、非極性溶媒中で、疎水相互作用と水素結合を協調させた場合には、葉酸誘導体はいずれもイオンの添加なしに単独でキラルカラムナー集合体を形成し、DLL体はD体と同じ方向のらせん構造を形成した。すなわち、カラムのらせん方向は、プテリン環に近い内側のキラリティーに強く依存していることが示された。このように、外部刺激や環境に応答したキラルな超分子構造の制御に成功した。 第3章では扇形オリゴペプチド誘導体および前述の葉酸誘導体をゲストとして用い、ポリフェニルアセチレンに対するらせん誘起について述べている。ホストポリマーに対するらせん誘起能はゲストのオリゴペプチドの世代効果や、キラル部位の空間的な位置に依存することを示した。 第4,5章では、液晶性扇形オリゴペプチドを用いた光・電子機能性材料の開発について述べている。4章では扇形オリゴペプチドのコアにピレン環を導入した化合物を新たに合成した。ペプチド部位の水素結合に加えて、ピレン環のπ-π相互作用および、電子アクセプター分子との電荷移動相互作用の導入による自己組織構造制御を行った。 ピレン導入トリスグルタミン酸誘導体(Py-Glu2)は液晶性を発現しなかったが、ピレン-モノグルタミン酸誘導体(Py-Glu1)は76℃から86℃までヘキサゴナルカラムナー相を形成した。これらのピレン誘導体は電子アクセプターである2,4,7-trinitrofluorenone(TNF)と等モル複合化することにより、交互積層構造の電荷移動錯体を形成し、室温でカラムナー液晶性を発現した。ここでPy-Glu2/TNF複合体は液晶状態において正のコットン効果を誘起したのに対し、Py-Glu1/TNFはCD不活性であった。IR測定より、かさ高い側鎖を有するPy-Glu2/TNF複合体ではアミド間の分子間水素結合ネットワークが形成されていたのに対し、Py-Glu1/TNF複合体では水素結合はほぼ解離していた。アミノ酸部位の水素結合とピレン部位の電荷移動相互作用を協同的に働かせることにより、キラルカラムナー相の発現およびキラル構造の制御に成功した。このように複数の分子間相互作用による協同的なキラリティー制御がピレン誘導体においても有効であることを示した。 第5章では、ピレンの蛍光特性を利用し、水素結合のON-OFFを利用した刺激応答性発光材料の開発について述べている。ピレン誘導体は有機溶媒に対するゲル化能を示し、ピレン環を中心としてらせん状に自己組織化したカラム状集合体を基本構造とするナノファイバーを形成した。シクロヘキサン中で蛍光スペクトル測定を行ったところ、ゾル状態においては500nm付近にピレンのエキシマー発光に由来する緑色の蛍光を示したのに対して、ゲル状態では、410nm付近にピレンのモノマー発光を示した。通常ピレンのエキシマー発光は分子の会合状態を示す指標とされる。しかし、本研究において開発したピレン誘導体は、従来のピレンを導入した超分子系とは全く逆の発光挙動を示した。ゲル状態においては水素結合ネットワークに強く束縛されたピレン環が部分的にしか重なり合うことができず、モノマー発光を生じるのに対して、水素結合が解離したゾル状態ではピレン部位がエキシマー構造をとれるようになる。このように、ピレンの超分子構造を精密に制御することにより、可視光領域における発光特性のチューニングを達成した。 第6章では扇形オリゴペプチドの汎用的な超分子ビルディングブロックとしての有用性について述べている。扇形オリゴペプチドに多様な芳香環コアやリンカー部位を導入し、液晶化を行った。合成した化合物はいずれも安定なサーモトロピックカラムナー液晶性を発現した。また、液晶性の発現にはペプチドブロックと疎水性アルキル部位とのナノ相分離が重要であることを示した。ペプチドの分子間水素結合はカラムの軸方向に作用し、カラム構造の熱安定化およびキラリティーの伝達を担う。導入するコアやリンカーの種類、あるいはオリゴペプチドの置換数や置換位置を変えることによって、カラムナー相の安定性やモルフォロジーを制御することに成功した。 以上本論文では生体分子、特にアミノ酸や葉酸を構造要素とし、液晶やゲルのようなバルクマテリアルの開発を行った。本研究は(1)複数の分子間相互作用が協調したより複雑な超分子系の構造制御(2)多数の機能性超分子をメゾスケールで制御する手法の獲得を目指し、一つの方法論とモデル系を提案した。本研究の成果は今後の超分子材料開発のマイルストーンとなると期待される。 | |
審査要旨 | 非共有結合により分子を組織化し、機能性を有する分子集合体を構築する超分子材料化学が注目されている。超分子の機能をより高度に発揮させるためには、分子を集合体として制御する手法のさらなる開発が望まれる。 本論文では、素材として自己組織性とキラリティーを兼ね備えた生体分子を利用し、機能性超分子材料の創製を目指した。分子を集団として制御する手法として液晶に着目し、新しいキラル超分子液晶材料の開発について述べている。特に、枝分かれ状に連結されたトリスグルタミン酸の3ヶ所のキラリティーを独立して制御し、分子の複数のキラリティーと、集合構造・物性・機能の相関について示している。さらに多様な機能性部位を組織化し、孤立分散系(希薄溶液)から凝集系(液晶・ゲル)に渡って機能する、自己組織性マテリアルの開発が述べられている。本論文は以下の7章から構成されている。 第1章は序論であり、以上の本研究に至る背景を概観し、目的を述べている。 第2章では、扇形オリゴペプチドの導入による新規液晶性葉酸誘導体の開発について述べている。キラリティーの異なる3種類の葉酸誘導体LLL体、DDD体、DLL体は、いずれもプテリン環部位の水素結合によりディスク状の4量体を形成し、これらの4量体が1次元的に集積することにより、安定なカラムナー液晶を構築した。これらの化合物は、ディスクの集積に長距離秩序がないため、分子自体はキラルであるにも関わらず、円二色性(CD)活性は極めて弱い。ここでアキラルなイオンを添加することにより、液晶相にキラリティーを誘起することに成功した。この時、3種類の葉酸誘導体のキラル構造と水素結合活性の比較により、分子のキラリティーが集合体のらせん方向に反映されていること、グルタミン酸部位のキラリティーをカラムのらせん構造として伝達するためには、グルタミン酸部位の分子間水素結合と、プテリン環とナトリウムイオンとのイオン-双極子相互作用という2種の相互作用の協同的な効果が必要であることを示している。さらに、光学的に等方なキュービック相状態においても、カラムナー相状態におけるらせん構造は保持されると述べている。 一方、非極性溶媒中で疎溶媒効果と水素結合を協調させた場合には、葉酸誘導体はいずれもイオンの添加なしに単独でキラルカラムナー集合体を形成し、DLL体はDDD体と同じ方向のらせん構造を形成した。カラムのらせん方向は、プテリン環に近い内側のキラリティーに強く依存すると示している。このように、外部刺激や環境に応答したキラルな超分子構造の制御に成功した。 第3章では扇形オリゴペプチドを用いた機能性カラムナー液晶材料設計について述べている。特に、剛直な芳香族化合物の液晶化にオリゴペプチドが有用であることを述べている。 第4章では扇形オリゴペプチドによるピレンの一次元組織化について述べている。合成したピレン誘導体は電子アクセプターである2,4,7-トリニトロフルオレノン(TNF)と複合化することにより、交互積層構造の電荷移動錯体を形成し、室温でカラムナー液晶性を発現した。さらに、アミノ酸部位の水素結合とピレン-TNF間の電荷移動相互作用を協同的に働かせることにより、キラルカラムナー相の発現およびキラル増幅に成功した。複数の分子間相互作用による協同的なキラリティー制御がピレン誘導体においても有効であると結論している。 第5章では、ピレンの蛍光特性を利用した刺激応答性発光材料の開発について述べている。ピレン誘導体は有機溶媒に対するゲル化能を示し、ピレン部位がらせん状に集積したカラム状集合体を基本構造とするナノファイバーを形成した。通常ピレンのエキシマー発光は分子会合を示す指標とされるが、本研究のピレン誘導体は、隣接ペプチド部位の水素結合ネットワークに強く束縛されたピレン環が部分的にしか重なり合うことができず、ゲル状態においてエキシマー発光が抑制され、モノマー発光を生じる。その結果、ゾル-ゲル転移により、通常とは逆方向の色調変化を伴う可逆的な発光色制御を達成した。さらにこの会合モードはゲル状態に特有のものであることを示している。 第6章では扇形オリゴペプチド誘導体および前述の葉酸誘導体をゲストとして用い、ポリフェニルアセチレンに対するらせん誘起について述べている。ホストポリマーに対するらせん誘起能はゲストのオリゴペプチドの世代効果や、キラル部位の空間的な位置に依存することを示している。 第7章は本論文の結論であり、本研究を通して得られた新しい知見および新しい生体分子材料の開発指針について述べている。 以上本論文では生体分子、特にアミノ酸や葉酸を構造要素とし、液晶やゲルのような凝集系のマテリアル開発を行った。本研究の成果は今後の超分子材料設計に大きく貢献するものと期待される。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 | |
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