学位論文要旨



No 122351
著者(漢字) 藏田,真也
著者(英字)
著者(カナ) クラタ,シンヤ
標題(和) RNA干渉を司るRISC構成タンパク質Dicerの生化学的解析
標題(洋)
報告番号 122351
報告番号 甲22351
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6556号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 田口,英樹
内容要旨 要旨を表示する

緒言

 miRNAは、転写後の遺伝子発現調節を担う〜21塩基の1本鎖RNAである。ヒトには1000種類程度のmiRNAが存在することが知られ、ヒト遺伝子の3分の1以上がmiRNAのターゲットであるとの見積もりが出されている。これは、miRNAによる遺伝子発現調節が、あらゆる生命現象に関わる重要な制御機構であることを示唆している。実際、miRNAはその発現パターンを時期特異的・組織特異的に変化させることで、細胞増殖、アポトーシスの制御、発生・分化の調節などに寄与することが知られている。さらに、癌などの疾患にも関与しており、医療や診断法への応用研究も注目されている。

 はじめに、miRNAは長いプレカーサーRNAとして転写され、Droshaによってpre-miRNAにトリミングされる。その後、細胞質へと輸送され、そこでDicerによって〜21塩基の2本鎖miRNAになる(dicing)。その鎖の一方をガイドRNAとして取り込んだRISCがターゲットmRNAを認識する。ガイドRNAと完全に相補的なターゲットmRNAはRISC内のAgo2によって分解され、一部ミスマッチを含むターゲットmRNAは翻訳反応が阻害されることで遺伝子発現が抑制される。miRNAには鎖長の異なるバリアントが存在するが、これはDicerの基質特異性に由来すると考えられる。ガイドRNAの5'末端の鎖長が1塩基異なるだけでターゲットmRNAが変わる可能性があることやRNAi活性の効率が変化することを考慮すると、生体内ではpre-miRNA切断パターンが正確に制御されていると推測される。

 ヒトDicerはPAZドメイン、dsRBD、2つのRNase IIIドメイン(RIIIa, RIIIb)等から成る〜220kDaのエンドヌクレアーゼである。これまで、PAZドメインはdsRNAの3'末端の2塩基overhangに結合し、dsRBDは2本鎖RNAを認識することが知られている。また、アンチセンス鎖の切断はRIIIaが、センス鎖の切断はRIIIbがそれぞれ行っていることが明らかにされている。

 Dicerはdicingのみならず、RISC形成においても重要な役割を果たしている。ヒトの場合、DicerはTRBPと共にdicingされた2本鎖miRNAに結合し、これにAgo2が加わり最終的にRISCへと成熟する。また通常は、2本鎖miRNAの片方の鎖がmiRNAへと成熟することから、DicerはmiRNAの方向性を感知している可能性もあるが、これらの問題についてはほとんど分かっていない。本研究では、組換えヒトDicerを用いて、基質認識と作用メカニズムについて生化学的な解析を行い、RNA干渉の分子メカニズムに迫ることを目標とした。

Stepwise dicingモデルの提唱

 2本鎖RNAのdicing部位を詳細に決定するために、基質としてshRNAを人工的にデザインした。Dicing後のサンプルを電気泳動したところ、経時的にshRNAが切断され〜22塩基のsiRNAが生成される様子が確認できた(図1(A))。鎖長を測定するために反応4時間後のレーン下側のバンドからsiRNAを回収し、脱塩した後にMALDI-TOF MSで質量の測定を行った。様々な質量数のピークが検出されたが、全て分子量を基に塩基組成へと帰属することができ、dicingによる切断部位を決定できた(図1(B))。結果は、ピークの高さから検出されたRNA断片の割合を計算し、dicingパターンを図式化した。この解析により、DicerはshRNAを21〜23塩基対のsiRNAにプロセッシングすることが確認できた。

 次に、反応中間体を解析するために、反応4時間後のレーン上側のバンドのゲルからサンプルを回収し、MS解析を行った結果、アンチセンス鎖由来のRNA断片のみが検出された(図1(C))。これより、上側のバンドにはアンチセンス鎖のみにnickが入ったshRNAが含まれていることが予測された。

 以上の実験により、ヒトDicerはアンチセンス鎖を切断した後、遅れてセンス鎖を切断することが示唆された。ここで、最初の切断を1st cut、次の切断を2nd cutと定義し、このような切断様式をstepwise dicingと名付けた。

 これを天然のmiRNA前駆体で検証するため、pre-let-7のdicingパターン解析を行った。3'末端を標識したpre-let-7をdicing後に電気泳動することで、経時的にpre-let-7が切断され22塩基のRNA断片が生成される様子を確認した(図2(A))。次に、5'末端を標識したpre-let-7で同様の解析を行うと、22塩基のRNA断片に加えて38塩基のRNA断片が観測された(図2(B))。以上の結果から、内在性のpre-miRNAでも同様な切断様式であることが判明した。

 この様式がDicer特有かどうかを調べるため、大腸菌RNaseIIIによる基質R1.1[WC](図3(A))の切断様式を解析した。反応30分後に消化物を電気泳動で分離し(図3(B))、それぞれRNA断片を回収しMS解析を行った。その結果、一番上のバンドからは両鎖に由来するRNA断片が、ほぼ同程度のピーク強度で検出された。これは、両鎖の切断タイミングがほぼ同時であることを示しており、stepwiseな切断様式はDicer特有であることが示唆された。

2本鎖RNAの3'末端構造とDicerによる認識

 3'末端構造によるdicingパターンの違いや、アンチセンス鎖上の1st cut部位を特定するため、3'-overhangがマイナス5塩基からプラス5塩基までの計11種類のshRNAを調製した。これらは全てdicingされ、〜22塩基対のsiRNAが生成された(図4)。そして、一番上のバンドのMS解析により、Dicerは3'末端から〜22塩基を測ってアンチセンス鎖上に1st cutを入れることが判明した。

 次に、両鎖の3'末端のみをリン酸基またはOH基にした計4種類の27塩基対dsRNAをdicingした結果、両鎖の3'末端がリン酸基のdsRNAはdicingされなかった(図5(A))。また、MS解析を行った結果、両鎖の3'末端がOH基のdsRNAの場合、アンチセンス鎖に1st cut、センス鎖に2nd cutが入ったsiRNA(Rタイプ)と、センス鎖側に1st cut、アンチセンス鎖側に2nd cutが入ったsiRNA(Lタイプ)の2パターンが検出された(図5(B))。そして、アンチセンス鎖の3'末端のみがOH基のdsRNAの場合はRタイプだけが検出され、逆にセンス鎖の3'末端のみがOH基の場合はLタイプだけが検出された。以上の結果は、PAZによる3'末端の認識がdicingに必須であることを示唆している。

 これまでの結果を総合して、図6のようなstepwise dicingモデルを構築した。まずPAZが2本鎖RNAの3'-overhangと相互作用し、RIIIaがPAZと結合しているRNA鎖の3'末端から〜22塩基の位置に1st cutを入れ、その後RIIIbがもう片方のRNA鎖に2nd cutを入れる。RIIIbによる切断部位はRIIIaの結合部位に依存していることが推測される。最近、Giardia Dicerの結晶構造が報告されたが、この2本鎖RNA結合モデルにおいて、PAZと3'-overhangの強い相互作用につられてRIIIaが配置され1st cutを入れる。次に、軟らかい構造を持つbridgingドメインを介したRIIIbが遅れて配置され、2nd cutを入れることでdicingが完了するのだろうと考察している。

 両鎖の3'末端がOH基の27塩基対dsRNAをdicingしMS解析をすると、通常は前述のようにRタイプとLタイプの2種類のsiRNAが検出されるが、両鎖の3'-overhangをAGにしたdsRNAでdicingを行うと、両鎖の3'末端に7塩基のoverhangを持つ異常なsiRNAが主生成物として検出された。これは、2分子のDicerのPAZが1分子のdsRNA両鎖の3'末端OH基に競合的に結合し、それぞれのRIIIaがほぼ同時に1st cutを入れる。そしてRIIIbによる2nd cutは、互いのRIIIaによって立体的に阻害された結果、異常なsiRNAが生じたと考えられる。

細胞内RISC複合体中のDicerの解析

 細胞内から調製したRISC複合体によるpre-let-7の切断様式を解析した。N末端側にFLAGタグを持つAgo2およびTRBPを恒常的に発現するHeLa細胞から、抗FLAG抗体を用いて免疫沈降を行った。この免疫沈降物には内在のDicerが共沈していると考えられる。免疫沈降物に5'末端を標識したpre-let-7を混合し電気泳動したところ、22塩基のlet-7が観測されたが38塩基のRNA断片は検出されなかった。この結果は、RISC中のDicerには両鎖を同時に切断する性質があることを意味している。恐らく、RISCの構成成分の中にdicingに関わる別の因子が存在し、この因子の作用でDicerの性質が変化していると考えられる。切断キネティクスをほぼ同時にする因子はAgo2なのか、TRBPなのか、それとも未知の因子なのか、更なる解析が必要であり、そこからRNAiの分子メカニズムの一部が見えてくるかもしれない。

図1. Stepwise dicing

(A) dicing後shRNAの15%未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動

(B,C) ゲルから回収したRNA断片のMALDI-TOFマススペクトルとdicingパターン

バーの長さは検出されたRNA断片の長さを、太さはその割合を示している

(B) ゲルの下側のバンドの解析 (C) ゲルの上側のバンドの解析

図2. pre-let-7のdicingパターン

10%変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動

L:アルカリラダー

(A) 3'末端標識 (B) 5'末端標識

図3. 大腸菌RNaseIIIの切断様式

(A) 大腸菌RNaseIIIの基質R1.1[WC]の2次構造

(B) 反応後に15%未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、それぞれのゲルから回収したRNA断片をMALDI-TOF解析した。

模式図において検出されたRNA断片は濃い色で示している。

図4. 2本鎖RNAの3'末端構造に関係なく、Dicerは3'末端から〜22塩基を測ってアンチセンス鎖上に1st cutを入れる

図5. 3'末端OH基とPAZの相互作用がdicingパターンを決める

(A) 3'末端をリン酸基またはOH基にした4種類のdsRNAをdicing後、15%未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行った

(B) それぞれのdsRNAのdicingパターン

図6. Stepwise dicingモデル

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、RNA干渉において中心的な役割を担っているヒトDicerの基質認識と作用メカニズムについて生化学的な解析を行ったものである。

 MicroRNA(miRNA)は、転写後の遺伝子発現調節を担う約21塩基のタンパク質をコードしていない1本鎖RNAである。miRNAは、その発現パターンを時期特異的・組織特異的に変化させることで、発生や分化の調節、細胞増殖、アポトーシスの制御、形態形成、腫瘍形成などのあらゆる高次生命現象に関与している。核内で転写されたmiRNA前駆体(pre-miRNA)は、RNaseIIIファミリーに属するDicerによって約21塩基の2本鎖miRNAに切断される(dicing)。その2本鎖のうち一方をガイド鎖として取り込んだRISCがターゲットmRNAを認識し、分解または翻訳反応を阻害することで遺伝子発現が抑制される。miRNAにはdicingに由来すると考えられる鎖長の異なるバリアントが存在するが、ガイド鎖5'末端側の鎖長が1塩基異なるだけでターゲットmRNAが変わる可能性があることやRNA干渉の効率が変化することを考慮すると、生体内ではpre-miRNAのdicingパターンが正確に制御されていると推測される。そこで本論文は、組換えヒトDicerの詳細な機能解析を目的としている。

 まず、本論文はDicerの切断様式について述べている。2本鎖RNAのdicing部位を迅速かつ安全に決定する、MALDI-TOF型質量分析装置(MS)を用いた方法を確立し、人工的にデザインしたヘアピン型RNA(shRNA)のdicing中間体を捉えることに成功した。これまで、ヒトDicerは2つのRNase IIIドメイン(RIIIa, RIIIb)を持ち、3'側RNA鎖の切断はRIIIaが、5'側RNA鎖の切断はRIIIbが行うことが報告されていたが、それぞれの切断には順番があること、すなわち、はじめにRIIIaが切断(1st cut)した後に遅れてRIIIbが切断(2nd cut)することを本論文で明らかにし、このような切断様式をstepwise dicingと名付けた。この切断様式はpre-miRNAを基質とした場合でも成り立つことが示され、また、他のRNaseIIIファミリータンパクと比較し、この切断様式はDicer特有であることが示唆された。次に、2本鎖RNAの3'末端構造がDicerの作用メカニズムに与える影響を解析している。これまで、dicing後の3'末端には2塩基の突出末端(overhang)が存在することが知られており、この長さがDicerの認識に必須だと言われていたが、DicerはshRNAの3'-overhangの長さに依らず、3'末端から数えて約22塩基の位置に1st cutを入れることを本論文で明らかにした。また、DicerのPAZドメインは3'末端OH基と結合することが知られていたが、この結合がdicingのはじめのステップであることが本論文で示された。さらに、overhang塩基配列を変えると、PAZと3'末端OH基の相互作用の大きさが変化し、それによりdicingパターンが変化することも明らかにした。

 続いて、本論文はDicerの基質認識様式について述べている。shRNAのdicingは遅く、Dicerのパートナータンパク(TRBP)はdicingを活性化するが、pre-miRNAの1つであるpre-let-7のdicingは速く、TRBPはdicingを活性化しないことを明らかにした。また、shRNAの場合と異なり、pre-let-7のdicingにはPAZと3'末端OH基の相互作用は必要なく、5'末端から数えて約22塩基が測り取られること、すなわち、基質によってDicerの作用メカニズムが変化することも本論文で示された。そして、その作用メカニズムは、成熟するlet-7の塩基配列をDicerが認識することで変化することが示唆された。通常は2本鎖miRNAの片方の鎖がmiRNAと成熟することから、以上の結果は、DicerがmiRNAの方向性を感知している可能性を示唆するものであり非常に意義深い。さらに、let-7は非常に起源が古く、それによる翻訳制御機構がほとんどの真核生物で保存されていることを考慮し、miRNAの進化とパートナー必要性に関連があるのではと本論文で考察している。

 以上のようなヒトDicerの詳細な機能解析は、ヒトにおけるRNA干渉のメカニズム解明に貢献するだけでなく、RNA干渉を医療や医薬に応用するための重要な知見を与えると期待される。なお、以上の研究成果は、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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