学位論文要旨



No 122353
著者(漢字) 多田,智之
著者(英字)
著者(カナ) タダ,トモユキ
標題(和) 官能基導入および変換反応による新規[60]フラーレン誘導体の合成と反応
標題(洋)
報告番号 122353
報告番号 甲22353
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6558号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 西郷,和彦
 東京大学 教授 溝部,裕司
 東京大学 教授 相田,卓三
 東京大学 助教授 橋本,幸彦
 東京大学 助教授 工藤,一秋
内容要旨 要旨を表示する

○緒言

 [60]フラーレン(C(60))は、その魅力的な構造及び物性により、様々な分野で研究が行なわれている。しかし、C(60)を単体で用いる場合には、適用範囲に限界がある。そこで、最大限にC(60)を利用するためには、C(60)を有機化学的に官能基化することが、極めて重要である。官能基化C(60)の中でも、C(60)をシクロプロパン化したメタノC(60)は、シクロプロパン環特有の歪みにより、C(60)の全共役性をある程度維持できるため魅力的である。しかし、従来法によるメタノC(60)の合成法には様々な問題がある。例えば、C(60)のシクロプロパン化反応を進行させるためには、基質に特別な反応部位を必要とし、且つ強塩基性条件や高温条件という過酷な反応条件を必要とする。その結果、メタノC(60)上に導入可能な官能基・分子構造は厳しい制限を受ける。

 本研究では、この問題をビルディングブロック法により解決することを考えた。すなわち、予めC(60)上に導入した官能基を官能基変換により高反応活性官能基へと変換できれば、これをビルディングブロックとした合成法が開発できるのではないかと考えた(Fig. 1.)。

○実験と結果

1. 2,2-[60]フラーレノアルカン酸クロリドの合成と反応

 これまでC(60)ビルディングブロックとして広く利用されてきた2,2-[60]フラーレノ酢酸4aは、一般の有機溶媒に難溶であるために、アミン、アルコールと縮合させるには縮合剤を用いた不均一系の反応を行う必要があり、縮合体の収率は一般に低かった。一方、活性カルボン酸誘導体である酸塩化物は、カルボン酸誘導体の中で最も高い反応性を有しているため、2,2-[60]フラーレノ酢酸クロリド1aは最も反応性の高いC(60)ビルディングブロックとして期待される。しかし、酸塩化物1aの前駆体であるカルボン酸4aが一般の有機溶媒に対して難溶であるため、酸塩化物1aに変換することは極めて困難であった。そこで、カルボン酸4aの溶解性を徹底的に調べたところ、一般の有機溶媒に殆ど溶解しないのに対し、ジクロロメタン/1,4-ジオキサン混合溶媒に速やかに溶解することを見出した。この混合溶媒を反応溶媒として用い、カルボン酸4aに対し過剰量の塩化チオニルを作用させたところ、目的とする酸塩化物1aが良好な収率で得られた。更に、この合成法の適用範囲は極めて広く、橋頭位炭素に様々な置換基を有する酸塩化物1b-gの合成も可能であった(Scheme 1)。また、NMR、IR、MALDI-TOF-MSによる酸塩化物1a-gの詳細な同定に初めて成功した。

 合成した酸塩化物1a-gの反応性を調べるため、酸塩化物1aを用いてアミンとの縮合反応を検討した。その結果、ピリジン溶媒中、様々な第一級、第二級アミンと反応し、対応するアミドが得られた。立体的に嵩高い置換基を有するアミンを用いる場合には4-(ジメチルアミノ)ピリジン[以下DMAP]を共存させることで、反応が円滑に進行することがわかった。本反応は、アルコールとの縮合反応にも同様に適用可能であり、ブロモベンゼン溶媒中、塩基としてDMAPを用いたところ反応が円滑に進行し、対応する縮合体が得られた(Table 1)。

 また本反応は、温和な反応条件が必要とされる生体分子との縮合反応にも適用可能であり、様々なC(60)-生体分子ハイブリッドを容易に合成可能であった。このように合成したC(60)-生体分子ハイブリッドは、生体試薬としての利用が期待される(Fig. 2.)。

2. 転位反応を利用した2,2-[60]フラーレノアルキルアミンの合成と反応

 これまでに合成されたメタノC(60)は、アルデヒド、ケトンなどのカルボニル化合物やエステル、アミドなどのカルボン酸誘導体、ハロゲンなどの電子吸引性基を有する誘導体しか例はなく、アミノ基、水酸基などの電子供与性基の導入は全く試みられていなかった。そこで本研究では、転位反応を用いる新規官能基導入法を提案し、この問題を克服することを考えた。すなわち、本研究で合成法を確立した酸塩化物1a-gを合成前駆体とし、Curtius転位反応を用いることで橋頭位炭素にアミノ基を有する2,2-[60]フラーレノアルキルアミン9a-g・HOTfの合成を検討した(Scheme 2)。

 始めに、酸塩化物1aを用いて各反応の最適化を行った。酸塩化物1aのアジド化反応は、トリブチルスズ(IV)アジドを用いることで円滑に進行し、アシルアジド6aが得られた。次に、鍵反応であるCurtius転位反応を試みた。反応系中で生じるイソシアナト基はC(60)コアと反応することが知られているため、反応系中で2-(トリメチルシリル)エタノールと反応させ、ウレタン8a-Teocとして単離した。高沸点溶媒であるキシレンを用いた場合に反応は円滑に進行し、ウレタン8a-Teocが得られた。Curtius転位反応の一般性は広く、ベンジルアルコール、9-フルオレンメタノール、tert-ブチルアルコールとも反応し、対応するウレタン8a-Cbz、8a-Fmoc、8a-Bocが得られた。

 次に、酸性条件下脱保護可能なウレタン8a-Bocを用いてアミンへの変換反応を検討したところ、トリフルオロメタンスルホン酸(TfOH)を用いた場合に速やかに反応が進行し、目的とするアミンがアンモニウム塩9a・HOTfとして得られた。また、酸塩化物1aからアンモニウム塩9a・HOTfへの一連の官能基変換反応の一般性は広く、橋頭位炭素に様々な置換基を有する基質に関しても同様に合成可能であった。合成したアミン9a-g・HOTfは、いずれも溶解性が低く不安定な分子であったので、一般的な単離・精製は行わなかった。

 次に、アンモニウム塩9a・HOTfを用いて、酸塩化物とのアシル化反応を試みたところ、予期した様に様々な酸塩化物とのアシル化反応が進行し、対応するアミド10が得られた(Table 2)。本反応により、カルボン酸誘導体を用いた縮合反応が初めて達成されたことから、アミン9a-g・HOTfが新規なビルディングブロックとして有用であることがわかった。

3. C(60)のアニオンプールを利用した2,2-[60]フラーレノアルキルアミンの開環反応

 一般的な合成法を確立したアンモニウム塩9a-g・HOTfのアミノ基の反応性は未知であり、興味が持たれる。そこで、橋頭位にエチル基を有するアンモニウム塩9c・HOTfに塩基を作用させ、フリーベース化を試みたところ、予期に反しアミン9cは安定に単離できず、代わりにシクロプロパン環が開環したケトン11cが得られた(Table 3, Entry 3)。この開環反応の一般性を確かめるため、アンモニウム塩9a-g・HOTfを用いて同様の反応を検討したところ、いずれの場合においても反応が進行し、対応するカルボニル化合物11a-gが得られた。

 本反応の反応機構をScheme 3のように考えた。すなわち、電子供与性のアミノ基の非共有電子対が電子吸引性のC(60)へと流れ込み、シクロプロパン環が開環する。生じたイミニウム塩が反応系中で加水分解され、脱アンモニアによりカルボニル基に変換される。本反応は、C(60)特有の性質であるアニオンプール、すなわち強い電子吸引性及び高いアニオン安定化能により、反応が円滑に進行したと考えられる。この反応機構を証明するため、反応系中に重水を共存させて同様の反応を試みたところ、予期したようにフラーレノプロトンが重水素化されることを1H NMRにより確認した。

 上記の手法により得られるC(60)に直接カルボニル基が直結した化合物は、C(60)に対する求核的な反応により達成される一般のC(60)化学修飾では得ることができないものであり、その物性や反応性には興味がもたれる。そこで、合成したカルボニル化合物の反応性を検討した。アルデヒド11a、脂肪族ケトン11c、芳香族ケトン11eを塩基性アルミナで処理すると、いずれのC(60)-カルボニル結合も容易に切断され、1,2-ジヒドロC(60) 12に変換されることがわかった(Scheme 4)。

 この現象を種々検討したところ、この変換反応は、水酸化物イオンによるアルカリ加水分解反応であることがわかった。すなわち、芳香族ケトン11eをトルエン/1 M水酸化ナトリウム水溶液によるアルカリ加水分解を行ったところ、予期したように99%の収率で1,2-ジヒドロC(60) 12が得られた。また、4-i-Prビフェニル基を有するケトン11gを用いて同様の反応を試みたところ、87%の収率で1,2-ジヒドロC(60) 12が、61%の収率で4-i-Prビフェニルカルボン酸13gが単離された。このようにして得られた4-i-Prビフェニルカルボン酸13gは、別法で合成した標準試料の物性値とほぼ完全に一致した。これら一連のC(60)-カルボニル基切断反応は、酸塩化物やハロホルムのアルカリ加水分解と同様の反応機構で進行し、C(60)の特異的性質であるアニオンプールにより反応が円滑に進行したものと考えられる(Scheme 5)。

○結論

 本研究で明らかにしたように、メタノ[60]フラーレン上に導入した官能基を官能基変換することで新規誘導体を合成するというコンセプトは極めて有効な手法であり、有機合成化学において極めて有用な官能基である酸塩化物やアミンの導入に成功した。本研究で一般的な合成法を確立した酸塩化物、アミン、C(60)に直接カルボニル基が結合したアルデヒド、ケトンが、より複雑な含C(60)機能性材料を合成する上で汎用的なメタノC(60)ビルディングブロックとなることが期待される。

Fig. 1. Abstract of this work

Scheme 1. Synthesis of 2,2-[60]fullerenoalkanoyl chlorides 1a-g

Table 1. Condensation reactions of acyl chloride 1a with various amines/alcohols

Fig. 2. Various C(60)-biomolecule hybrids

Scheme 2. Synthetic scheme for 2,2-[60]fullerenoalkylammonium salts 9a-g・HOTf

Table 2. Formation of the amides 10 by the reaction of the ammonium salt 9a・HOTf

Table 3. Reaction of 2,2-[60]fullerenoalkylamines 9a-g・HOTf with a base

Scheme 3. A plausible reaction mechanism

Scheme 4. Conversion of the ketone 11a,c,e to 1,2-dihydro[60]fullerene 12

Scheme 5. A plausible reaction mechanism

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,汎用性が高く高反応性の官能基を導入した[60]フラーレン(C(60))創製のための[60]フラーレン官能基化反応と官能基変換反応,並びにそれら官能基の反応に関する研究の成果について述べたものであり,全6章より構成されている。

 第1章は序論であり,C(60)の物性と反応性,C(60)官能基化の必要性と過去の官能基化例,シクロプロパン環の性質など本研究の背景・着想点と本研究の目的・意義を述べている。

 第2章では,最も反応性の高いC(60)ビルディングブロックとして期待される2,2-[60]フラーレノアルカン酸クロリドの合成と反応について検討した結果を述べている。一般のカルボン酸クロリドは対応するカルボン酸から容易に合成可能であるが,2,2-[60]フラーレノ酢酸は一般の有機溶媒に超難溶であるため,酸塩化物に変換することは不可能であった。しかし,2,2-[60]フラーレノ酢酸の溶解性を徹底的に調査し,一般の有機溶媒に殆ど溶解しないのに対し,極めて特殊な系であるジクロロメタン/1,4-ジオキサン混合溶媒に速やかに溶解することを見出している。この混合溶媒を見出すことにより,塩化チオニルとの反応により目的とする酸塩化物を良好な収率で得ることに成功している。さらに,本反応をC2位に様々な置換基を有する2,2-[60]フラーレノアルカン酸クロリドの合成に適用し,この合成法の適用範囲が極めて広く一般的な反応であることを見出している。また,合成した酸塩化物は各種第一級〜第二級アミン,第一級〜第三級アルコールと容易に反応し,アミド,エステルが好収率で得られることを明らかにしている。本縮合反応を温和な条件が必要とされる生体分子との縮合反応に適用可能であることを見出し,多様なC(60)-生体分子ハイブリッドも合成している。

 第3章では,C(60)誘導体による高分子の安定化効果について述べている。第2章で述べたC(60)誘導体を用い,ポリ(ブチレンテレフタレート)(PBT)に共有結合で導入する,あるいはPBTに分散させることによってC(60)誘導体をPBTに均一分散させることができ,C(60)誘導体がPBTの酸化防止剤として有効であることを見出している。

 第4章では,転位反応を利用した2,2-[60]フラーレノアルキルアミンの合成と反応について述べている。これまでに合成された2,2-[60]フラーレノ誘導体は,アルデヒド,ケトン,エステル,アミド,ハロゲンなどの電子吸引性基を有する誘導体しか例はなく,電子供与性基の導入は全く試みられていなかった。本章では転位反応を用いる新規官能基導入法が提案されており,第2章で合成法を確立した酸塩化物を合成前駆体として,酸塩化物のアシルアジド化反応,Curtius転位反応,脱ウレタン反応を経由することによって,橋頭位炭素にアミノ基を有する各種2,2-[60]フラーレノアルキルアミンの合成法を開拓し,それぞれのアミンのトリフルオロスルホン酸塩を得ている。さらに,酸塩化物の存在下で合成したアンモニウム塩に塩基を作用させるとアシル化反応が容易に進行し,対応するアミドが得られることも見出している。

 第5章では,2,2-[60]フラーレノアルキルアミンの開環反応と1,2-アシルヒドロC(60)の脱アシル化反応について述べている。これらの反応を見出した契機は,第4章で述べているアンモニウム塩のアシル化反応を検討した際に全く予期しなかった1,2-ジヒドロC(60)が副生成物として得られたことにあるとしている。この異常反応を詳細に検討し,三員環が開環して1,2-アシルヒドロC(60)が得られることを見出している。さらに,このようにして得た1,2-アシルヒドロC(60)は極めて弱いアルカリ分解条件下においても加水分解が起こり,C(60)-カルボニル基切断反応が進行することを見出している。また,これらの反応がC(60)特有の性質であるアニオンプール性,すなわち強い電子吸引性と高いアニオン安定化能に由来していることを明らかにしている。

 最後に,本論文で得た知見を総括すると共に,本研究で見出した反応群の適用分野,期待される新たなC(60)の官能基化など,今後の展望を述べている。

 以上のように,本論文は,C(60)ビルディングブロックの創製とそれらを利用した官能基化C(60)の合成と機能開発,C(60)の新規反応に関する研究結果ついて述べたものである。その成果は,有機合成化学,高分子化学,材料科学の進展に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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