学位論文要旨



No 122358
著者(漢字) 関,元昭
著者(英字)
著者(カナ) セキ,モトアキ
標題(和) 肝細胞癌におけるROBO1の機能解析
標題(洋)
報告番号 122358
報告番号 甲22358
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6563号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 柴崎,芳一
 東京大学 特任助教授 金田,篤志
内容要旨 要旨を表示する

 肝臓癌は、日本人の癌死における部位別死亡率で第三位の疾患である。患者の5年生存率は17%と予後の悪い癌の一種であり、早期診断法や治療法の開発が強く要望されている。近年、マイクロアレイを利用した網羅的な遺伝子発現解析によって、ROBO1が肝細胞癌において発現亢進することが明らかになった。

 ROBO1は元来神経細胞で研究が進められていた分子である。神経発生において軸索が伸長する時や神経前駆細胞が移動する時に、ROBO1を発現している細胞は、反発因子であるSLITの濃度が薄い方向へと伸長、あるいは運動することが知られている。しかし、ROBO1が肝細胞癌でどのような役割を果たしているのかについては未だ不明である。そこで、ROBO1のタンパク質切断機構や細胞内の局在を解析することで、肝癌細胞内でのROBO1の挙動を明らかにすることを試みた。

 まず第一にROBO1の細胞内領域に対する抗体を作製した。ROBO1のC末端、1455〜1580番目のアミノ酸をGST融合タンパク質として大腸菌で発現させた。この組み換えタンパク質を抗原としてウサギに免疫し、得られた抗血清に対して抗原による精製を行い、抗ROBO1ポリクローナル抗体ROBO1-CpAbとした。ROBO1-CpAbを用いてイムノブロッティングを行った結果、ROBO1を特異的に認識するモノクローナル抗体ROBO1-NmAbと同様に、約260kDaの全長ROBO1と考えられるバンドが検出された。siRNAを使ってROBO1の発現を抑制し、イムノブロッティングを行った結果、ROBO1-CpAbによって検出されていたバンドが検出されなくなった。免疫蛍光染色でも、ROBO1を発現しているPLC/PRF/5細胞では染色が見られたのに対し、siRNAによってROBO1を抑制した細胞では染色が見られなくなった。以上のことから、ROBO1-CpAbがROBO1を特異的に認識することを証明した。また、ROBO1-CpAbによって、約120kDaに特異的なバンドが検出されたことから、このバンドがROBO1のC末端断片に由来する物ではないかと考えられた。

 第二に、ROBO1のタンパク質が切断される機構について検討した。ROBO1が何らかの機構でタンパク質切断を受けることは予想されていたが、その機構は不明であった。前述のように、ROBO1-CpAbを用いたイムノブロッティングや免疫蛍光染色によってROBO1のC末端断片の存在が示唆されていたが、検出が安定していなかった。そこでROBO1のC末端断片がタンパク質分解を受けていると仮定し、プロテアソームの阻害剤であるMG132を添加した培地で細胞を培養し、回収したタンパク質を解析した。その結果、ROBO1-CpAbを使用したイムノブロッティングによって約120kDaのバンドを安定的に検出することができた。続いて、PMAを添加した培地で細胞を培養し、同様にタンパク質を解析した。PMAはPKCの活性化を介して各種プロテアーゼを活性化することが知られている試薬である。イムノブロッティングの結果、0.1μg/mlのPMAを添加することで、約120kDaのバンドがより強く検出された。つまり、ROBO1のタンパク質切断が促進したと考えられる。さらに、プロテアーゼ阻害剤を添加した細胞を用いてタンパク質の解析を行った結果、メタロプロテアーゼ阻害剤GM6001あるいはTAPI-1を使用することでROBO1のタンパク質切断が抑制されることを示した。GM6001およびTAPI-1は、MMPファミリーやADAMファミリーに属するメタロプロテアーゼに対する広範な阻害剤である。すなわち、PMAによって活性化したROBO1の切断には、MMPファミリーあるいはADAMファミリーのメタロプロテアーゼが関与していることが示唆された。

 第三に、ROBO1の細胞内局在について検討した。ROBO1が膜型タンパク質であるため、細胞膜に存在することは知られていたが、細胞内領域の挙動については不明であった。ROBO1-CpAbを使用して肝細胞癌PLC/PRF/5、HepG2、HuH7細胞を免疫蛍光染色したところ、PLC/PRF/5細胞では細胞膜、細胞核に加えて接着斑と考えられる局所的な染色が見られた。また、HepG2およびHuH7細胞では細胞膜と細胞核に染色が見られた。PLC/PRF/5細胞を用いて、ROBO1を接着斑に局在するタンパク質PaxillinあるいはTalinと共染色を行った結果、これらの染色が一部重複して検出された。従って、ROBO1の一部は接着斑に局在すると考えられた。また、細胞核にて染色されたROBO1について検証を行うために、まずROBO1の細胞内領域をCOS7細胞に強制発現させ、免疫蛍光染色を行った。その結果、細胞核が強く染色されたことから、ROBO1が切断を受けて生成するC末端断片が細胞核へ移行すると仮定した。ROBO1が細胞核に存在することを証明するために、細胞核抽出法により細胞の分画を行い、それぞれの画分からタンパク質を抽出して解析した。イムノブロッティングの結果、細胞の全画分、細胞質画分に加えて、細胞核画分からもROBO1が検出された。特に約110kDaのバンドが細胞核画分から特異的に検出された。NotchやCD44など、一部の膜タンパク質は二段階切断を受け、断片の一部が細胞核へと移行して転写の調節を行うことが知られている。ROBO1も一部が細胞核へと移行すると考えられ、二段階切断によって局在の調節を受けているのかもしれない。

 このように、ROBO1は、既報のとおり細胞膜上に存在し、シグナル伝達の足場として機能するだけでなく、タンパク質切断を受けた一部が細胞核へと移行することでシグナル伝達を担っている可能性が考えられた。今後、ROBO1のタンパク質切断の詳細や細胞核に存在するROBO1の役割を理解することで、肝細胞癌におけるROBO1の役割が明確になると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では、肝細胞癌において発現が亢進している分子ROBO1の癌における役割を明らかにすることを目的とした。

 肝臓癌は、日本人の癌死における部位別死亡率で第三位の疾患である。患者の5年生存率は17%と予後の悪い癌の一種であり、早期診断法や治療法の開発が強く要望されている。近年、マイクロアレイを利用した網羅的な遺伝子発現解析によって、ROBO1が肝細胞癌において発現亢進することが明らかになった。

 ROBO1は元来神経細胞で研究が進められていた分子である。神経発生において軸索が伸長する時に、反発因子であるSLITの受容体として機能し、細胞の運動を制御することが知られている。しかし、ROBO1が肝細胞癌でどのような役割を果たしているのかについては未だ不明である。そこで、タンパク質間相互作用や細胞内の局在を解析することで、肝癌細胞内でのROBO1の挙動を明らかにすることを試みた。

 本研究では、まず第一にROBO1の細胞内領域に対する抗体を作製した。ROBO1のC末端、1455〜1580番目のアミノ酸をGST融合タンパク質として大腸菌で発現させた。この組み換えタンパク質を抗原としてウサギに免疫し、得られた抗血清に対して抗原による精製を行い、抗ROBO1ポリクローナル抗体ROBO1-CpAbとした。siRNAを使ってROBO1の発現を抑制した細胞を用いることにより、イムノブロッティングや免疫蛍光染色においてROBO1-CpAbがROBO1を特異的に認識することを証明した。

 第二に、ROBO1のタンパク質が切断される機構について検討した。ROBO1が何らかの機構でタンパク質切断を受けることは予想されていたが、その機構は不明であった。ROBO1-CpAbを用いたイムノブロッティングや免疫蛍光染色によってROBO1のC末端断片の存在が示唆されていたが、検出が安定していなかった。そこでROBO1のC末端断片がタンパク質分解を受けていると仮定し、プロテアソームの阻害剤であるMG132を添加した培地で細胞を培養し、回収したタンパク質を解析した。その結果、ROBO1-CpAbを使用したイムノブロッティングによって約120kDaのバンドを安定的に検出することができ、このバンドがROBO1のC末端断片であると考えられた。続いて、PMAを添加した培地で細胞を培養し、同様にタンパク質を解析した。PMAはPKCの活性化を介して各種プロテアーゼを活性化することが知られている試薬である。イムノブロッティングの結果、0.1μg/mlのPMAを添加することで、約120kDaのバンドがより強く検出された。つまり、ROBO1のタンパク質切断が促進したと考えられる。さらに、同様にプロテアーゼ阻害剤を添加した細胞を用いてタンパク質の解析を行った結果、メタロプロテアーゼ阻害剤GM6001あるいはTAPI-1を使用することでROBO1のタンパク質切断が抑制されることを示した。すなわち、PMAによって活性化した、ROBO1の切断酵素はMMPファミリーあるいはADAMファミリーのメタロプロテアーゼであることが示唆された。

 第三に、ROBO1の細胞内局在について検討した。ROBO1が膜型タンパク質であるため、細胞膜に存在することは知られていたが、細胞内領域の挙動については不明だった。ROBO1-CpAbを使用して肝細胞癌PLC/PRF/5、HepG2、HuH7細胞を免疫蛍光染色したところ、PLC/PRF/5細胞では細胞膜、細胞核に加えて接着斑と考えられる局所的な染色が見られた。また、HepG2およびHuH7細胞では細胞膜と細胞核に染色が見られた。ROBO1が細胞核に存在することを証明するために、細胞核抽出法により細胞の分画を行い、それぞれの画分からタンパク質を抽出して解析した。イムノブロッティングの結果、細胞の全画分、細胞質画分に加えて、細胞核画分からもROBO1が検出された。このことは、膜タンパク質であるROBO1は、その一部が細胞核へも移行する可能性があることを示唆している。

 本研究で得られた知見は、肝細胞癌におけるROBO1の役割を明らかにする上での重要な手がかりである。

 以上のように、本研究は、ROBO1の切断機構の一端を明らかにし、細胞内局在からROBO1の細胞核への存在を示唆した。

 この内容は2月13日の口頭発表および質疑応答を行い、審査員一同は本研究が博士論文として十分独創的であると判断した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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