学位論文要旨



No 122361
著者(漢字) 榊原,伊織
著者(英字)
著者(カナ) サカキバラ,イオリ
標題(和) アセチルCoA合成酵素2型遺伝子欠損マウスの表現型解析
標題(洋)
報告番号 122361
報告番号 甲22361
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博工第6566号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 特任教授 酒井,寿郎
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 柴崎,芳一
 東京大学 特任助教授 南,敬
内容要旨 要旨を表示する

 (本文)アセチルCoA合成酵素 (AceCS) は、酢酸からアセチルCoAを合成する酵素である。哺乳類にはAceCS1、および、AceCS2の2つのAceCSがそれぞれ別の遺伝子にコードされている。AceCS1は細胞質に局在し、その組織分布は主に肝臓、白色脂肪組織である。AceCS1は摂食によりmRNA発現が増加し、その転写制御はsterol regulatory element binding protein (SREBP) により行われており、AceCS1により合成されたアセチルCoAは脂肪酸合成、コレステロール合成に使用されると考えられている。一方、AceCS2はミトコンドリアに局在し、その組織分布は主に心臓、褐色脂肪組織、骨格筋である。AceCS2は絶食によりmRNA発現が増加し、その転写因子としてはkruppel-like factor 15 (KLF15)が知られており、AceCS2により合成されたアセチルCoAはATP産生に使用されると考えられている。

 私はAceCS2欠損マウスの解析ならびに、AceCS2の基質特異性による、その生理機能の解明を試みた。

 AceCS2の生理的機能を解明することを目的にAceCS2欠損マウスを作製し、その表現型解析を行った。AceCS2欠損マウスは通常食を与えた場合は生存可能であり、メンデルの法則に従い生まれた。成長曲線を解析したところ、AceCS2欠損マウスは授乳期に野生型マウスに比べ、体重が減少した。授乳期には血中のケトン体濃度が高く、AceCS2が欠損したことでケトン体の代謝不良が起きていると予想されたことから、ケトン体代謝が重要となる条件下においてAceCS2欠損マウスが体重減少をおこすかどうかを調べるために、血中のケトン体濃度を上昇させる餌であるケトジェニックダイエット負荷を行った。成熟マウスへのケトジェニックダイエット負荷により、AceCS2欠損マウスは野生型マウスと比べ、体重増加が減少した。しかし、摂食量、酸素消費量には変化が見られなかった。また、離乳直後からケトジェニックダイエットを与えたところ、AceCS2欠損マウスには成育できず、死亡する個体が見られ、離乳3週間後の生存率が約50%となった。

 また、絶食によっても、ケトジェネシスは亢進し、ケトン体代謝が重要となる。そこで、48時間の絶食条件下における表現型の解析を行ったところ、AceCS2欠損マウスは野生型マウスに比べて体重減少が大きく、体温の維持、トレッドミルによる持久運動にも支障が見られた。

 1型糖尿病では、インスリン分泌ができないため、糖の取り込み障害がおき、ケトン体の代謝が重要となる。そこで、ストレプトゾトシンの投与による1型糖尿病病態モデルにおける表現系の解析を行った。AceCS2欠損マウスではストレプトゾトシン投与後の生存率が低下した。以上の結果から、授乳期、ケトジェニックダイエット負荷時、絶食時、STZ投与による1型糖尿病態時のケトジェニックコンディションにおいて、AceCS2が生理的に重要な役割を果たしていることが示唆された。

 AceCS2欠損マウスの表現系の解析から、ケトジェニック条件下においてAceCS2が重要な機能を果たしていることが示唆されたため、アセト酢酸、βヒドロキシ酪酸の2つのケトン体に対するAceCS2の酵素活性の解析を行った。AceCS2は酢酸だけでなく、ケトン体の一つであるアセト酢酸を基質とすることが明らかになった(Km=1.1 mM)。ケトン体は絶食時には血中濃度が2 mMまで上昇することから、絶食時等のケトジェニック条件下にはAceCS2が生理的にケトン体を代謝する可能性が示唆された。

以上の結果から、ケトジェニック条件下では、AceCS2欠損マウスがエネルギー代謝に異常を起こすこと、また、AceCS2がアセト酢酸を代謝することが明らかになり、AceCS2は授乳期、ケトジェニックダイエット負荷時、絶食時等のケトジェニック条件下では、ケトン体代謝において重要な役割を担っていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文においてアセチル-CoA合成酵素(II型)(AceCS2)遺伝子の欠損マウスの作成によってこの酵素の個体における役割を解析した。AceCS2は骨格筋に主に発現し、絶食やI型糖尿病、授乳期などのケトン体の利用が重要となるときに発現が上昇する。欠損マウスでは、授乳期に成長障害が生じ、この時期を越すと普通の成長に戻る。このマウスはレプチン欠損のob/obマウスとの掛け合わせでも同様に授乳期の成長障害が起こることから、レプチンシグナルとは独立した要素によるものと判明した。さらに、成長ホルモンやインスリン様成長ホルモン値には野生型マウスと比べ同様の値を示し、体重あたりの摂食量、摂食関連ホルモンには無関係であった。

 授乳後のAceCS2欠損マウスの解析では、通常食では授乳後1ヶ月程度で体重が野生型に追いつく。しかし、低糖高脂肪食では体重の増加の減少が見られた。以上のことから、このマウスの代謝障害の本態はケトン体の利用障害が予測され、授乳直後に低糖高脂肪食を与えると約50%のマウスが死亡した。生き残ったマウスも顕著な体重増加の低下が認められた。成熟マウスの解析では、絶食時には体温の低下が有意に起こり、トレッドミルの持久運動実験では持久力の低下が見られた。さらに、ケトン体利用が著しいI型糖尿病のモデル動物であるストレプトゾトシン投与では野生型に比較し明らかな生存曲線の低下が認められた。以上より、AceCS2はケトン体である3-hydroxy-butyric acidやacetoacetateを基質とすることが予測され、in vitroの実験を行ったところ、AceCS2はacetoacetateを基質(Km値;1mM) とし、アセテートと比較すると35%程度の基質特異性が認められた。絶食やI型糖尿病のケトジェニックな状態ではケトン体が2-4mMまで上昇することから、十分に基質として可能なKm値と考えられた。

 以上より、AceCS2はケトジェニックな状態で転写が上昇し、ケトン体を基質とする酵素であること、そして、ケトン体をエネルギーとして有効利用が必要なI型糖尿病などのときに必須な酵素であることを示すものであり、医学的見地からも重要な知見を提示するものであった。本審査は予備審査での審査員からの建設的な示唆・批判に対して、追加実験のデータ、論文構成の変更など下記の如く提示し論文に盛り込んだことを説明した。

 審査の詳細は下記の通りである。

A. 予備審査に基づき実施した追加実験および修正点について

1. 論文構成の変更

 予備審査時には、第2章AceCS2酵素活性の測定、第3章AceCS2欠損マウスの表現型解析となっておりましたが、第2章AceCS2欠損マウスの表現型解析、第3章AceCS2酵素活性の測定に順序変更。

2. 実験データの追加

 AceCS2欠損マウスにおける、AceCS2タンパク質の発現確認のためのウェスタンブロッティングにおいて、内部コントロールを追加本研究においてはC57B/6JのN6系統のマウスを用いておりましたが、129系統における表現型の確認を行った。

 絶食時におけるトレッドミルによる持久運動

 ストレプトゾトシン投与による1型糖尿病における表現型の解析

 AceCS2ノックアウトチェックに用いた配列の位置の提示

3. 制限酵素の表記の訂正

4. 実験データの削除

 AceCS2 tissue distribution のウェスタンブロッティングの削除。

 ミトコンドリア電子顕微鏡像の削除。

5. 本文の変更

 第2章考察から脳における解析を削除した。

6. LacZ染色

 C57B/6JのN6系統のマウスにおいては、LacZにより染色が見られず、ネオマイシンがノックインしていることにより染色が阻害されているのではないかと指摘があったので、CREを発現するトランスジェニックマウスとかけあわせを行い、確認を行った。

審査員すべて変更点・追加点について良好であるとの意見であった。上記の点は学位請求論文に適切に盛り込まれた。

 よって、本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められた。

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