No | 122368 | |
著者(漢字) | 大門,高明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ダイモン,タカアキ | |
標題(和) | バキュロウイルスのキチナーゼの機能と進化に関する研究 | |
標題(洋) | Functional and evolutionary studies on baculovirus chitinases | |
報告番号 | 122368 | |
報告番号 | 甲22368 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3092号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 生産・環境生物学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | バキュロウイルスは大型のdsDNAウイルスで、主に鱗翅目昆虫を宿主とする昆虫病原ウイルスである。遺伝子数はおよそ80〜150であり、進化の過程で大規模な遺伝子の得失が起きてきたと考えられている。バキュロウイルスは細胞レベル・個体レベルで高度な宿主制御を行う。バキュロウイルス感染細胞では宿主遺伝子のシャットダウンやアポトーシスの阻止が観察され、組織・個体レベルでは脱皮ホルモンの不活化による脱皮阻害、徘徊行動の誘発、死亡宿主の液状化などが観察される。また、バキュロウイルスのもう1つの特徴として、宿主ゲノムと物理的に親密であることが挙げられる。バキュロウイルスは宿主細胞の核内で自身のゲノムを複製するが、その際にしばしば宿主由来の転移因子が転移することが知られている。 以上のことから、私は、バキュロウイルスによる高度な宿主制御を可能とした要因の1つが、遺伝子水平転移による宿主遺伝子の獲得(gene capture)ではないかと考えた。そこで、バキュロウイルス、およびカイコのゲノム情報を利用して、バキュロウイルスが宿主から獲得したと考えられる遺伝子を探索した。その結果、バキュロウイルスがコードするキチナーゼ遺伝子(v-chiA)がその候補として同定された。本研究では、v-chiAの獲得がバキュロウイルスの適応進化にどのように貢献したかを解明することを目的として、v-chiAとその宿主ホモログの機能解析および比較解析を行った。 1.v-chiAの宿主ホモログBmChi-hの構造と機能 カイコゲノム情報(全ゲノムショットガンシークエンス、およびESTデータベース)およびバキュロウイルスゲノム情報を利用し、鱗翅目昆虫―バキュロウイルス間で保存された遺伝子を探索した結果、カイコの新規キチナーゼ遺伝子BmChi-hを発見した。 BmChi-hは腸内細菌科の細菌がコードするキチナーゼ(Serratia marcescens chiAなど)やバキュロウイルスがコードするキチナーゼ(v-chiA)と非常に高い相同性を示した。v-chiA/BmChi-hホモログをコードする生物は非常に限られており、真核生物では鱗翅目昆虫のみであり、ウイルスでは鱗翅目昆虫を宿主とするバキュロウイルスのみであった。系統解析の結果、v-chiAは宿主あるいは細菌からの遺伝子水平転移の産物であることが示唆された。 酵素学的性質を調べた結果、BmCHI-hはエキソ型の基質選好性を示すキチナーゼであることが明らかになった。発現解析の結果、BmChi-h mRNAは脱皮期に特異的に発現し、キチン分解が行われる組織において特に強く発現することが明らかになった。また、免疫染色の結果、BmCHI-hは脱皮液・気管・脱皮の際に脱ぎ捨てられる古いクチクラといった、キチン分解が起きる部位に局在することが明らかになった。この発現パターンは、昆虫に普遍的に存在するエンド型キチナーゼと良く一致したことから、両者が協奏的に働いてキチン分解が行われるものと考えられる。また、BmChi-hホモログは広範囲の鱗翅目昆虫においても高度に保存されていた。従って、BmChi-hホモログは鱗翅目昆虫に普遍的に存在し、脱皮期の外骨格分解に利用されることが示唆された。 2.v-chiAとBmChi-hの比較解析 バキュロウイルスの感染個体では死亡後に組織が崩壊し、体がどろどろに液状化する。ところがv-chiAを欠損させると宿主の液状化は起きず、体がいわばミイラ化する。また、バキュロウイルスがコードするシステインプロテアーゼ遺伝子(v-cath)欠損ウイルスでも死亡後の液状化が起こらない。これらのことから、宿主の液状化はv-chiAとv-cathの協奏的な働きによって引き起こされると考えられる。この宿主液状化は、環境中への効率的なウイルス放出に貢献していると考えられている。 カイコ核多角体病ウイルスBmNPVがコードするv-chiA (BmNPV chiA)とBmChi-hの比較解析を行うために、v-chiAを欠損させてBmChi-hを導入した組換えBmNPV (Chi-h/v-chiAD)を作成した。BmNP CHIAとBmCHI-hの性状比較の結果、BmNPV CHIAはアルカリ条件でも高い活性を保持する一方で、BmCHI-hは活性を失うことが明らかになった。また、BmNPV CHIAは細胞内に局在するが、BmCHI-hは速やかに細胞外へ分泌されることが明らかになった。また、この差はV-CHIAのC末端に保存されるKDEL モチーフの有無によって生じることが明らかになった。さらに、感染細胞内のシステインプロテアーゼ活性および死亡宿主の病徴を観察したところ、BmChi-hはBmNPV chiAの欠損を補償できず、Chi-h/v-chiAD感染において、感染細胞内のカテプシン活性が低下し、死亡宿主の液状化も観察されなかった。以上から、BmNPV chiAには宿主ホモログが持たない固有の性質(アルカリ適応・細胞内局在・宿主液状化能)が存在することが示唆された。 3.宿主液状化におけるv-chiAの役割 従来、バキュロウイルス感染におけるv-chiAの主な役割は宿主のクチクラの分解であると考えられてきた。すなわち、システインプロテアーゼであるV-CATHが宿主組織を溶解し、キチナーゼであるV-CHIAが外骨格を分解することで液状化が引き起こされる、というモデルである。ところが、オートグラファ核多角体病ウイルス (Autographa californica NPV: AcMNPV) のv-chiA欠損ウイルスに感染した細胞内や宿主体液中では、V-CATHのフォールディングに異常が起き、細胞内で不溶化してしまう現象が報告され、V-CHIAがV-CATHのフォールディングにおいてシャペロンとして機能するのではないか、という仮説が提案された。この仮説を検証するために、v-chiA欠損BmNPVにおけるV-CATHのフォールディングを観察したところ、AcMNPVと同様にV-CATHが不溶化することが明らかになった。さらに、V-CATHのフォールディングにおけるV-CHIAの果たす役割を明らかにするために、v-chiAの活性部位に変異を導入した組換えBmNPV (103ChiAmut)を作成した。103ChiAmutに感染した細胞ではV-CATHは不溶化したままであり、宿主の液状化も観察されなかった。また、N-結合型糖鎖の合成阻害によってもV-CATHは不溶化した。以上から、V-CHIAとV-CATHの相互作用にはN-結合型糖鎖が介することが示唆された。また、Chi-h/v-chiADウイルスが宿主を液状化できない理由として、シャペロン様活性はバキュロウイルスのキチナーゼに固有の性質であり、その宿主ホモログには存在しない性質である、ということが推察された。 4.Granulovirus chitinaseの機能解析 鱗翅目昆虫バキュロウイルスは核多角体病ウイルス(NPV)と顆粒病ウイルス(GV)という2つの属に分類されている。v-chiAはほとんど全てのNPVにコードされているが、一方で、GVでは一部のウイルスのみがv-chiAをコードしており、その機能は明らかにされていない。そこで、GVキチナーゼの機能解析およびNPVキチナーゼとの比較解析を行うため、BmNPV chiAをコドリンガ顆粒病ウイルス(Cydia pomonella GV: CpGV) chiAに置換した組換えBmNPV (103CpGV)を作成した。機能解析の結果、CpGV CHIAはキチン分解活性を持つこと、NPVのV-CHIAと同様にエキソ型の基質先行性を示すこと、発現後速やかに細胞外へ分泌されることが明らかになった。CpGV CHIAはKDEL motifを持たないため、この配列の有無によってV-CHIAの分泌性が決定されると考えられる。さらに、103CpGVに感染した宿主は死亡後に液状化すること、103CpGVに感染した細胞ではBmNPV CATHのフォールディングが正常に行われることが判明した。このことから、GVキチナーゼもV-CATHのフォールディングにおいてシャペロンとして機能することが示唆された。シャペロン様活性というV-CHIAの持つ特異な性質は、バキュロウイルス間で広く保存される祖先的な形質であり、この性質はNPVとGVとの分岐前に生じたものであると考えられる。 以上、本研究では、v-chiAの機能解析およびその宿主ホモログとの比較解析により、v-chiAが細胞性生物からのgene captureの産物であること、v-chiAが宿主ホモログには存在しないユニークな性質を持つことを明らかにした。このV-CHIAに見られる特異な機能は、gene capture後にバキュロウイルスの系統で起きた、V-CHIAの機能的改変の結果であると推察される。v-chiAは膜翅目や双翅目を宿主とするバキュロウイルスに存在しないことから、NPVとGVの分岐前に、鱗翅目バキュロウイルスにv-chiAが転移したものと考えられる。 バキュロウイルスはv-chiA以外にも30-40種類の宿主ホモログをコードしており、その中にはごく最近のgene captureの産物と思われる遺伝子も存在する。本研究によって、環境中からの新規遺伝子の獲得を狙い、獲得後にはその遺伝子を改変して宿主制御に利用する、というバキュロウイルスの生存戦略の一端を明らかにすることができた。 | |
審査要旨 | バキュロウイルスは主に鱗翅目昆虫を宿主とする大型の二本鎖DNAウイルスである。養蚕業へ大損害を与える病原体として知られ、また生物農薬や遺伝子発現ベクターとして有用なウイルスでもある。バキュロウイルスの遺伝子数はおよそ80〜150であり、進化の過程で大規模な遺伝子の獲得と喪失が起きてきたと考えられている。バキュロウイルスは細胞レベル・個体レベルで高度な宿主制御を行う。バキュロウイルス感染細胞では宿主遺伝子の発現抑制やアポトーシスの阻止が観察され、組織・個体レベルでは脱皮ホルモンの不活化による脱皮阻害、徘徊行動の誘発、死亡宿主の液状化などが観察される。また、バキュロウイルスは宿主細胞の核内で自身のゲノムを複製するが、その際にしばしば宿主由来の転移因子が転移することがよく知られている。 本論文は、バキュロウイルスによる高度な宿主制御を可能とした要因の1つとして遺伝子水平転移による宿主遺伝子の獲得(gene capture)を提案し、そのような遺伝子の1つであるバキュロウイルスのキチナーゼ遺伝子(v-chiA)について、その機能と進化的シナリオについて検討したものである。本論文は、General introduction、それに続く5章、およびGeneral discussionから構成される。 第1章では、v-chiAのカイコホモログであるBmChi-hの構造と発現について検討している。BmChi-hは腸内細菌科の細菌がコードするキチナーゼ(Serratia marcescens chiAなど)やバキュロウイルスがコードするキチナーゼ(v-chiA)と非常に高い相同性を示した。v-chiA/BmChi-hホモログをコードする生物は非常に限られており、真核生物では鱗翅目昆虫のみであり、ウイルスでは鱗翅目昆虫を宿主とするバキュロウイルスのみであった。系統解析の結果、v-chiAは宿主あるいは細菌からの遺伝子水平転移の産物であることが示唆された。また、発現解析を行い、BmChi-h mRNAは脱皮期に特異的に発現し、キチン分解が行われる組織において特に強く発現することを明らかにした。 第2章では、BmChi-hの酵素学的性質およびBmCHI-hタンパクの組織局在を検討している。リコンビナントBmCHI-hタンパクを発現・精製し、BmCHI-hがエキソ型のキチナーゼであることを示した。また、免疫染色を行い、BmCHI-hが脱皮期に限定的に発現し、外骨格・気管といったキチン分解が起きる組織に局在することを明らかにした。 第3章では、カイコ核多角体病ウイルス(BmNPV)のV-chiAとBmChi-hの比較解析を行い、両者の性質の異動について検討している。組換えBmNPVの実験系を用いて両者の性状を比較した結果、BmNPV V-CHIAには宿主ホモログが持たない固有の性質(アルカリ適応・細胞内局在・宿主液状化能)が存在することが示唆された。 第4章では、宿主液状化におけるv-chiAの役割について、活性中心に変異を導入した変異型v-chiAを用いて検討している。オートグラファ核多角体病ウイルスを用いた先行研究で、バキュロウイルスがコードするV-CATHのフォールディングにおいてV-CHIAがシャペロンとして機能するのではないか、という仮説が提案されていた。そこでまず、v-chiA欠損BmNPVに感染した細胞内でもV-CATHが不溶化することを確認した。そして、変異型V-CHIAにはV-CATHへのシャペロン様活性が無いことが明らかになり、両者の相相互作用にはN-結合型糖鎖が介することが示唆された。 第5章では、コドリンガ(Cydia pomonella)顆粒病ウイルス(CpGV)がコードするv-chiAの機能について検討している。BmNPV v-chiAをCpGV v-chiAに置換した組換えBmNPV(103CpGV)を作成し、CpGV CHIAの酵素学的性質を明らかにした。103CpGVに感染した宿主は死亡後に液状化すること、103CpGVに感染した細胞ではBmNPV CATHのフォールディングが正常に行われることから、GVキチナーゼもV-CATHのフォールディングにおいてシャペロンとして機能することが示唆された。 以上、本論文は、バキュロウイルスのキチナーゼ遺伝子の機能解析およびその宿主ホモログとの比較によって、バキュロウイルスが新規遺伝子を獲得し、それを改変しながら利用してきた経緯を明らかにしたものであり、学術上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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