学位論文要旨



No 122379
著者(漢字) 宮川,拓也
著者(英字)
著者(カナ) ミヤカワ,タクヤ
標題(和) イチョウ種子由来抗真菌タンパク質の構造機能解析
標題(洋)
報告番号 122379
報告番号 甲22379
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3103号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 助教授 永田,宏次
内容要旨 要旨を表示する

 植物は動物と異なり免疫システムを持たないため、外敵である菌類の感染を防御する必要がある。特に植物の生活史の中で種子形成時は外界に対して非常に脆弱な時期で、そのため多くの植物の種子に抗菌タンパク質の存在を確認することができる。現在のところ植物由来の抗菌タンパク質は、大きくdefensin, cyclophilin, miraculinそしてthaumatin類似タンパク質に代表される感染特異的(PR)タンパク質群に分類されている。多くの被子植物からはthaumatin類似タンパク質を含む高分子量の抗菌タンパク質が報告されている。一方、裸子植物ではイチョウの葉に植物ホルモンの一種のjasmonateで誘導されるdefensin(9kDa)や低分子量の抗菌ペプチド(4kDa)などが報告されている。イチョウ(Ginkgo biloba)は、約2億5000万年前に発生し現存する種子植物の中で最古の種で、生命力が非常に強い。例えば、東京大空襲の後焼け野原の中で最初に芽吹いたため、その生命力が評価され東京都のシンボルマークになっている。またイチョウは一科一属一種という特異的進化を遂げている事から、分子進化的に特異なタンパク質が含まれている可能性がある。これまでイチョウの葉に含まれるフラボノイド等が主に研究されており、脳の機能不全の軽減などが期待されて欧米ではそのエキスはサプリメントとして広く服用されている。一方、イチョウの種子であるギンナンは中国では肺結核の特効薬として古来より珍重されてきたが、その生理活性物質に関しての研究はまだ多くなされていない。

 本研究では、ギンナンに含まれるタンパク質を分析することから始め、大量に含まれる貯蔵タンパク質の他に10kDa前後の3種類のタンパク質が存在する事を明らかにした。そしてその中で抗真菌活性をもち、これまでに報告されているどの抗菌タンパク質ともアミノ酸配列の相同性を有していないタンパク質Ginkbilobin-2 (Gnk2)を同定した。Gnk2の抗真菌活性の発現機構を解明するために、構造と機能について解析を行った。

1. アミノ酸配列の決定とクローニング

 ギンナンから単離したGnk2は、プロテアーゼ消化とアミノ酸配列分析法によってN末端及びC末端を含むフラグメントから部分アミノ酸配列を決定し、この配列を元に作成したプライマーを用いてRT-PCRとRACE法によって全塩基配列(402bp)を決定した。これによりGnk2はN末端のシグナル配列26残基を含む全長134残基のアミノ酸から構成されており、成熟に伴って細胞外に分泌されることがわかった。成熟型Gnk2の質量分析結果はアミノ酸配列から予想される分子量よりも6mass低い値を示した。これによりGnk2は6つのCys残基をもっていることから3対のジスルフィド結合を形成し、成熟過程で糖鎖などの修飾を全く受けないことがわかった。

 Gnk2のアミノ酸配列は、白エゾマツなど裸子植物の種子の胚に豊富に含まれている機能未知のタンパク質(EAP)と80%近い相同性を持っていることがわかった。被子植物においても同様のタンパク質がニンジンで同定されているが、Gnk2との相同性は全く見られなかった。この他にも、被子植物のイネやシロイヌナズナのCys-rich receptor-like protein kinases (CRLK)と約30%の相同性が確認された。

2. 抗真菌活性とその発現機構

 Gnk2はこれまで報告されている抗菌タンパク質とアミノ酸配列の相同性を見出せなかった。しかしギンナンに存在する主要タンパク質の1つであることから、まず抗菌作用を調べてみた。その結果、Gnk2はFusarium oxysporum, Trichoderma reeseiなどの植物病原性糸状菌とAspergillus fumigatus, Candida albicansなどのヒト感染病原性糸状菌に対して抗真菌作用を示した。C. albicansはその環境によって酵母型と菌糸型の二形性を示す病原性真菌である。Gnk2は病原性である菌糸型のC. albicansの生育を阻害するが、酵母型には抗真菌活性を示さなかった。また、大腸菌に対しては抗菌活性を示さなかったことから、Gnk2は菌糸の形成阻害のみに関与することが示唆された。

 抗真菌タンパク質であるRPタンパク質の多くはβ-glucanase, chitinase, chitin-binding proteinや同等の活性をもつタンパク質で、真菌細胞壁を構成しているβ-glucanやchitinを基質もしくはリガンドとしている。そこで細胞壁構成成分について核磁気共鳴(NMR)法を用いてGnk2との相互作用をスクリーニングした。真菌の細胞壁はβ-glucan層をchitinが裏打ちすることで細胞の形態維持に働いており、その表層にはタンパク質のAsn残基との結合を介して固定されたマンナン層がある。Gnk2に酵母由来マンナンを加えることで、NMRシグナルの化学シフト変化が観測され、またシグナル強度の極端な減少を引き起こした。NMRシグナルの化学シフト変化から少なくとも20残基以上がマンナンの認識に関与することが明らかとなった。また一般的にNMRシグナルの強度は分子量依存的であることから、シグナル強度の極端な減少は1分子のマンナンに対してGnk2が複数分子結合したことを示した。糸状菌細胞壁表層のマンナン層は細胞接着に重要であると考えられており、Gnk2は糸状菌のマンナン層に結合することで菌糸の伸張を阻害し、抗真菌作用を示すと予想される。

3. 糖認識機構

 Gnk2の糖認識機構を調べるために、NMRによる糖との相互作用の解析とGnk2のX線結晶構造解析を行った。NMRでは糖を認識する残基を特定するために、(15)N HSQCスペクトル上に観測されるGnk2由来の主鎖アミドプロトン(Pro残基はもたない)を全て帰属した。また、X線結晶構造では、リコンビナントGnk2のSe-Met置換体でSe原子の多波長異常分散(MAD)法を用いて位相を求め、分解能2.4Åで野生型Gnk2の結晶構造を決定した。

 NMRによる相互作用解析では、マンナン構成成分である単糖のD-mannose, α-D-mannose-1-phosphate, D-mannose-6-phosphate及び二糖のα-1,2-mannobiose, α-1,3-mannobiose, α-1,6-mannobioseについて調べた。その結果、マンノース類によって化学シフト変化を生じる残基はリン酸化の有無によって違っており、リン酸基の位置やα-グリコシド結合の様式によっては変わらなかった。決定した結晶構造にNMRの相互作用データを当てはめたところ、リン酸基をもたいないマンノースはGnk2のβ1-α1ループ,α2-β4ループ及びβ4ストランド,そしてC末端ループで構成されるサイトで認識されていた(図1)。一方、リン酸化マンノースはこの結合サイトでは認識されないことがわかった。糖を認識するタンパク質(レクチン)は一般的に多価であり、多くのレクチンは多量体を形成することによって複数の糖を認識する多価性を獲得している。こうした多価性は、例えば植物の根粒形成に関わる根粒菌を濃縮するために重要である。Gnk2は単量体であることが動的光散乱などの実験で確認されており、糖に対する特異的な結合サイトを1つしかもたないことから、Gnk2単体では多価性を示さないと考えられる。

 Gnk2はD-mannoseに対する解離定数(KD)が約100mMであり、レクチンの単糖に対するKDは一般的に1〜10mMの範囲であることを考えると非常に弱い結合である。植物レクチンの中で最も大きなレクチンファミリーであるマメ科レクチンは糖の認識に金属イオン(Ca(2+)またはMn(2+))を必要とすることが知られている。Gnk2の全体構造はマメ科レクチンのものとは全く異なっていたが、マメ科レクチンの糖結合に関わる酸性残基とGly残基が構造上保存されていることなど、糖認識サイトの構造はよく似ていた。しかしながら、Gnk2はCa(2+)の有無でKDに差を確認できなかったため、糖の認識に金属イオンを必要としないことがわかった。また、マンノース類の結合能は、α-1,2-mannobiose > D-mannose > α-1,6-mannobiose > α-1,3-mannobioseであり、マンナンの構成成分含量が最も多いα-1,2-mannobioseに対して比較的高い親和性をもっていたが、一般的なレクチンの単糖に対する結合能に比べても非常に弱かった。そのため、Gnk2は植物体内で極端に濃縮された糖環境で機能するか、より複雑な糖構造に対してもしくは金属イオン以外の補因子によって本来のレクチン機能が発揮される可能性が考えられる。

4. CRLKに保存されているモチーフ構造

 Gnk2はCRLKと約30%のアミノ酸配列の相同性が確認された。特に相同性が高い領域はC-X8-C-X2-Cというモチーフ(CRLKモチーフ)であり、さらにC末端側にも保存されたCys残基がある。CRLKモチーフはGnk2の立体構造上でβ3-α2ループを形成しており、それに続くα2ヘリックスはGnk2のもつ3対全てのジスルフィド結合によってβシート上に特定の配向で固定されていた(図2)。このジスルフィド結合で形成された独特の構造はGnk2の糖認識以外の分子機能に必要かもしれない。CRLKは、ホルモン応答経路,細胞分化,自家不和合性,そして病原菌の認識に重要な役割を担っていることが報告されており、Gnk2のもつ独特な構造モチーフが植物体内での作用に関係していると考えると、非常に興味深い。

5. まとめ

 本研究では、Gnk2の抗真菌作用が糸状菌細胞表層のマンナンに結合することで発現していることを明らかにした。マンナン層は糸状菌の細胞接着だけでなく糸状菌が感染する際のホスト認識にも重要であるため、Gnk2は糸状菌の感染防止の目的で応用が可能である。また、Gnk2はリン酸化の有無を識別できるマンノース結合サイトをもつことを明らかにし、CRLKに保存されている独特なモチーフ構造を明らかにした。Gnk2が他の抗真菌タンパク質と同様に真菌を積極的に殺すことは考え難く、むしろGnk2独特の糖認識と構造モチーフによって植物体内で未知の機能を担っていると予想される。今後、この新規のレクチンであるGnk2のさらなる解析によってレクチンが植物体内で担っている生理機能の解明につながると期待される。

図1 Gnk2のマンノース結合サイト

図2 CRLKモチーフ構造と3対のジスルフィド結合でβ-シート上に裏打ちされたα2ヘリックス

審査要旨 要旨を表示する

 本論文では、イチョウの種子に主要に存在する抗真菌タンパク質Ginkbilobin-2(Gnk2)を同定し、NMR相互作用解析とX線結晶構造解析を行い、真菌細胞表層マンナンの糖成分に対するGnk2の認識機構について述べている。本論文は、第一章『Ginkbilobin-2の一次構造分析とクローニング』、第二章『抗真菌活性とその発現機構』、第三章『Ginkbilobin-2の立体構造と糖認識機構』、第四章『総括』の全4章からなる。

 第一章では、イチョウの種子であるギンナンの胚乳組織に主要に存在しているGnk2の単離精製と遺伝子のクローニングについて述べ、ギンナン中でのGnk2の存在状態を同定している。すなわち、Gnk2の全長アミノ酸配列を決定し、Gnk2は108残基からなる細胞外分泌タンパク質で、3対のジスルフィド結合をもち、成熟過程で糖鎖などの修飾を全く受けないことを明らかにしている。また、Gnk2のアミノ酸配列を使って相同性比較を行い、ギンナン中でGnk2が担っている機能について考察している。Gnk2とアミノ酸配列の相同性が高いタンパク質は、イチョウだけでなく裸子植物のトウヒ属にも存在し、被子植物においては、Gnk2の部分配列をドメインとしてもつ受容体型タンパク質キナーゼが存在することを見出している。そして、こうした相同性タンパク質で調べられている発現解析の結果から、Gnk2はイチョウの種子成熟期と発芽期で機能する可能性や病原菌の感染応答性を示す可能性を説明している。本章の序文で、イチョウは種子植物の中で特異的に進化して発芽力が非常に強いこと、イチョウの葉の効能やギンナンの肺結核に対する効能などから食品科学のシーズ探索源としてのイチョウの可能性に着目していることを述べており、Gnk2はこうした植物生理学や食品科学の研究対象として非常に興味深いことを説明している。

 第二章では、Gnk2の抗真菌活性と真菌細胞表層中の標的物質について述べている。Gnk2が病原菌の感染防御に機能している可能性に着目し、酵母と糸状菌を含む真菌と真性細菌に対する抗菌活性を検定している。その結果、真菌の中でも植物病原菌の多くを占める糸状菌に対してのみ成長を阻害できることを見出している。また、糸状菌特異的な成長は菌糸細胞の先端成長によって行われているという特徴に着目し、糸状菌の細胞壁を中心とした細胞表層を構成する物質との相互作用をNMRでスクリーニングしている。この実験のために、大腸菌のペリプラズム内ジスルフィド結合形成機構を利用した発現系を用いてGnk2のリコンビナント体を大量発現させ、ギンナンから直接精製したGnk2と同等の活性をもったリコンビナント体の調製に成功している。標的物質のスクリーニング結果として、Gnk2が糸状菌の主要な細胞表層構造成分であるβグルカンやキチンではなく、マンナンに対して特異的に結合できるレクチンの一種であることを明らかにしている。そして、菌糸の先端成長におけるマンナンの関与についてはわかっていない部分が多いと述べた上で、Gnk2が真菌のマンナンに対して特異的に結合できたことから、Gnk2が糸状菌に対して抗真菌活性を発現する過程で、マンナンへの結合が重要であろうと考察している。

 第三章では、Gnk2のX線結晶構造と真菌細胞表層マンナンの各糖鎖成分に対する結合性について述べている。ギンナンから調製したGnk2とセレノメチオニン化したリコンビナントのGnk2を結晶化し、異常分散効果を用いて分解能2.4Åの構造解析に成功している。また、NMRを使った相互作用解析から、Gnk2が真菌細胞表層マンナンに最も多く含まれているα1,2結合マンノース鎖とリン酸基の2成分に結合できることを示し、その結合部位を特定することに成功している。Gnk2のマンノース認識については、Asn11,Arg93,Glu104などの限られた残基がその側鎖を使って行っていると分析している。さらにGnk2の糖結合能がこれまで知られている植物レクチンの結合能よりも低いことについて、Ca(2+)の配位部位や多量体形成能をもっていないためであるという構造的な解釈を与え、Gnk2のマンノース結合能が発揮されるためには、高濃度のマンノース環境を必要とすることを考察している。Gnk2のリン酸基認識については、4つのArg残基が形成する局所的な正電荷表面による静電相互作用を使って行っていると分析し、この静電相互作用によるマンナン環境への濃縮効果を考察している。そして、Gnk2はリン酸基との静電相互作用による濃縮効果によってマンナン環境に取り込まれることで、α1,2結合マンノース鎖に対する結合能を発揮して結合できるという真菌細胞表層マンナンに対する特異的認識モデルを提唱するに至っている。また、Gnk2が被子植物の受容体型タンパク質キナーゼの受容体ドメインを形成しているDUF26というドメイン構造をもっており、その構造的保存性の高さからGnk2の糖認識能がこの受容体のリガンド認識能に採用されている可能性を考察している。

 第四章では、総括を述べ、糸状菌に対する感染防止への応用やDUF26の構造的特徴を使った植物体内での生理機能解明への発展について今後の展望を述べている。

 以上のように、本研究で得られた知見は、学術上貢献するところ大であると考えられる。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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