学位論文要旨



No 122386
著者(漢字) 細谷,祥一
著者(英字)
著者(カナ) ホソヤ,ショウイチ
標題(和) Proteobacteria門およびBacteroidetes門に属する海洋細菌の系統分類に関する研究
標題(洋)
報告番号 122386
報告番号 甲22386
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3110号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 横田,明
 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 木暮,一啓
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

 地球は水の惑星といわれるようにその表面積の約70%を海洋でおおわれており、そこには多種多様な生物が生息している。これまで、海洋の生物資源というと、漁獲対象の大型生物が着目され、微生物にはあまり関心が持たれなかった。近年、環境問題が盛んに取り上げられ、海洋環境の生物活動とその物質循環が重要視されており、中でも細菌は潜在的に大きな役割を担っていると考えられている。細菌は主に分解者とされ、特に掃除屋(scavenger)として認知されてきているが、生理活性物質の生産者としても注目されており、海洋細菌を新規に分離することは学術的に有意義なだけでなく、未知の生物資源の確保および新規生理活性物質の発見も期待できる。

 海洋細菌とは一般的に海洋より分離された細菌の総称であり、その性質として2-5%の塩濃度に対しての耐性あるいは好塩性を持つことが知られている。海洋細菌の先行研究は非常に多く、これまでに多くの海洋細菌が同定されている。特にProteobacteria門のGammaproteobacteria綱に属する細菌が多くを占めている。本研究は第一に、このGammaproteobacteria綱以外のAlphaproteobacteria綱やBetaproteobacteria綱およびBacteroidetes門に特異的に設計された16S rRNA遺伝子プライマーを使ったSignature-PCRでのスクリーニングを行い、これらの分類群に属する海洋細菌を選択分離し、新規細菌を取得することを目的とした。第二に、タイ国の海洋環境から得られた新規滑走運動性海洋細菌 4株(No.24株、No.62株、No.71株および59SA株)について、菌体脂肪酸分析よりアラキドン酸が検出されたことから、その分類学的位置を明らかにすることを目的とした。

Signature-PCRによる海洋細菌の選択分離と系統分類に関する研究

 日本国内沿岸の7か所の地域(北海道斜里町ウトロ、岩手県宮古市真崎、新潟県山北町笹川流れ、千葉県鴨川市吉浦、同県南房総市野島崎、東京都八丈島、静岡県下田市)で海水を採水し、6種類の平板培地に塗布して一週間培養後、菌株を分離した。分離株について、特異的プライマーによるSignature-PCRを行った。Alphaproteobacteria綱やBetaproteobacteria綱、Bacteroidetes門の既知種菌株と比較し、泳動パターンの一致する分離株のスクリーニングを行った。

 これまでに総数419の菌株を分離した。Signature-PCRの結果、Alphaproteobacteriaに属する分離株16株、 Bacteroidetes門に属する分離株27株を選択分離した。これら分離株の16S rRNA遺伝子塩基配列による系統解析を行ったところ、Alphaproteobacteria綱に属する分離株は、Brevundimonas属、Erythrobacter属、Hoeflea属、Loktanella属、Mesorhizobium属、Novosphingobium属、Paracoccus属、Pseudovibrio属、Sulfitobacter属、Staleya属に近縁であった。また、Bacteroidetes門に属する分離株はほぼFlavobacteriaceae科に属し、Algibacter属Cellulophaga属、Croceibacter属、Flavobacterium属、Gramella属、Krokinobacter属、Lutibacter属、Maribacter属、Olleya属、Sediminicola属、Tenacibaculum属、Zobellia属に近縁であった。また、"Flammeovirgaceae"科に属し、Flammeovirga属に近縁な菌株も得られた。

 Alphaproteobacteria綱に属し、Erythrobacter属、Loktanella属、Novosphingobium属、Paracoccus属、Pseudovibrio属、Sulfitobacter属、Staleya属に属する分離株、Bacteroidetes門に属し、Flavobacterium属、Gramella属、Tenacibaculum属、Flammeovirga属に属する分離株は近縁既知種とのDNA相同性試験の結果、新種であると示唆された。Pseudovibrio属に属する分離株WSF2、Loktanella属に属する分離株IG8並びにFlammeovirga属に属する分離株YS10、YML5については同定試験を終了した。これらの分離株を既知の種とは異なる新種であると同定し、WSF2株を基準株とするPseudovibrio japonica sp. nov.、IG8株を基準株とするLoktanella atroaurantiaca sp. nov.並びにYS10株を基準株とするFlammeovirga kamogawanensis sp. nov.を提唱した。

 さらに"Flammeovirgaceae"科に属するFlexithrix dorotheaeとFlexibacter aggregansについて分類学的検討を行った。16S rRNA遺伝子塩基配列が一致すること、DNA相同性試験で70%以上の高い値を示したこと、生理・生化学試験において差異が認められなかったことから同種と判断し、Flexibacter aggregansをFlexithrix dorotheaeのシノニムとした。

アラキドン酸高度産性能を有する海洋細菌の分類学的研究

 タイ国産、滑走運動性海洋細菌 4株(No.24株、No.62株、No.71株および59SA株)について分類学的検討を行った。16S rRNA遺伝子塩基配列による系統解析から、これらの株はBacteoidetes門に属し、Saprospira属に近縁な新属であると推定された。またNo.24株、No.62株、No.71株同士は16S rRNA遺伝子塩基配列がほぼ100%の相同値であり、DNA相同性試験の結果、同種と示唆された。59SA株とこれら3株とでは16S rRNA遺伝子塩基配列の相同値は94%、No.24株とのDNA相同性試験を行ったところ5%未満の低い数値であり、別種であると示唆された。さらにSaprospira属の基準種であるS. grandisのデータを参照し、生理・生化学試験を行った。

 4菌株の菌体脂肪酸組成を分析したところ、一般的に動物のみが持つとされる高度不飽和脂肪酸20:4(アラキドン酸)を主成分とする、珍しい特徴を持つことが分かった。これまでにアラキドン酸を産生する菌についてDeltaproteobacteriaに属するPlesiocystis pacifica、Bacteroidetes門に属するPsychroflexus torquis、Krokinobacter 属の2種(K. eikastusとK. diaphorus)、Flammeovirga属の3種(F. aprica、F. arenariaおよびF. yaeyamensis)が報告されている。これら7種のうちF. apricaの24.2%が最も高い値であったが、それに対し4菌株は約40%という高い組成比を示し、特異な菌であると考えられた。また近縁のSaprospira grandis NCIMB 1363Tの主要脂肪酸はiso-15:0、iso-17:0 3OHであり、脂肪酸組成が大きく異なっていた。

 タイ国産の滑走運動性海洋細菌 3株(No.24株、No.62株および No.71株)を既知の属とは異なる新属新種であると同定し、No.24株を基準株とするAureispira marina gen. nov., sp. nov. を提唱した。また、59SA株を基準株とするAureispira maritima sp. nov.を提唱した。

まとめ

 本研究ではSignature-PCRによって日本国内の沿岸の海水からAlphaproteobacteria綱に属する分離株および Bacteroidetes門に属する分離株を効果的に選択分離することができた。Alphaproteobacteria綱に属する2新種Pseudovibrio japonica、Loktanella atroaurantiaca、Bacteroidetes門に属する1新種Flammeovirga kamogawanensis を提唱した。また"Flammeovirgaceae"科に属するFlexithrix dorotheaeとFlexibacter aggregansについて、Flexibacter aggregansがFlexithrix dorotheaeのシノニムであることを明らかにした。

 タイ国産の滑走運動性海洋細菌4株について、Bacteroidetes門に属する1新属Aureispira、本属に属する2新種Aureispira marina、Aureispira maritimaを提唱した。Aureispira属2新種は菌体脂肪酸としてアラキドン酸を極めて多く含有することから、産業面での応用が期待できる。

審査要旨 要旨を表示する

 地球表面積の約70%を占める海洋には多種多様な生物が生息している。海洋環境の生物活動とその物質循環が重要視されており、中でも細菌は潜在的に大きな役割を担っていると考えられている。海洋細菌を新規に分離することは,未知の生物資源の確保および新規生理活性物質の発見も期待できる。これまでに多くの海洋細菌が同定されている。特にProteobacteria門のγ-Proteobacteria綱に属する細菌が多くを占めている。本研究では第一に、このγ-Proteobacteria綱以外のα-Proteobacteria綱やβ-Proteobacteria綱およびBacteroidetes門に特異的な16S rRNA遺伝子プライマーを使ったSignature-PCRを行い、これらの分類群に属する海洋細菌を選択分離し、新規細菌を取得することを行った。さらに、タイ国の海洋環境から得られた新規滑走運動性海洋細菌株について、主要菌体脂肪酸組成としてアラキドン酸を含むことから、その分類学的位置を明らかにすることを行った。

 第1章は序論で、研究の背景と本研究の意義について述べた。

 第2章ではSignature-PCRによる海洋細菌の選択分離と系統分類について述べた。日本国内沿岸の7か所の地域で海水を採水し、6種類の平板培地を用いて菌株を分離した。分離株419株について、特異的プライマーによるSignature-PCRを行ってα-Proteobacteria綱やβ-Proteobacteria綱、Bacteroidetes門の選抜を行った。その結果、α-Proteobacteriaに属する分離株16株、Bacteroidetes門27株を選択分離した。これら分離株の16SrRNA遺伝子塩基配列による系統解析を行ったところ、α-Proteobacteria綱に属する分離株は、Brevundimonas属、Erythrobacter属など10属の菌種に近縁であった。また、Bacteroidetes門に属する分離株はほぼFlavobacteriaceae科に属し、Flavobacterium属、Maribacter属など11属菌種に近縁であった。また、"Flammeovirgaceae"科のFlammeovirga属に近縁な菌株も得られた。分離株は近縁既知種とのDNA相同性試験の結果から数株が新種であると示唆された。その中で、WSF2株についてはPseudovibrio japonica sp. nov.、IG8株はLoktanella atroaurantiaca sp. nov.並びにYS10株はFlammeovirga kamogawanensis sp. nov.とすることを提唱した。

 第3章ではFlexithrix dorotheaeと[Flexibacter] aggregansの系統分類学的研究について述べた。"Flammeovirgaceae"科に属するFlexithrix dorotheaeとFlexibacter aggregansは16S rRNA遺伝子塩基配列が一致すること、DNA相同性試験で70%以上の高い値を示すこと、生理・生化学試験において差異が認められないことから同種であると判断されたことから、Flexibacter aggregansをFlexithrix dorotheaeのシノニムとした。

 第4章ではアラキドン酸高度産性能を有する海洋細菌の分類学的研究について述べた。タイ国産、滑走運動性海洋細菌4株(No.24株、No.62株、No.71株および59SA株)は16S rRNA遺伝子塩基配列による系統解析から、Bacteoidetes門に属し、Saprospira属に近縁な新属であると推定された。これら3株の16S rRNA遺伝子塩基配列はほぼ100%相同であり、DNA-DNA相同性試験の結果から、同種と示唆された。59SA株とこれら3株とでは16S rRNA遺伝子塩基配列の相同値は94%、No.24株とのDNA相同性試験を行ったところ5%未満の低い数値であり、別種であると示唆された。これら4菌株の菌体脂肪酸組成を分析したところ、一般的に動物のみが持つとされる高度不飽和脂肪酸20:4(アラキドン酸)を主成分とする特徴を持つことが分かった。以上の3分離株は既知の属とは異なる新属新種であると同定し、No.24株を基準株とするAureispira marina gen. nov., sp. nov.,また、59SA株を基準株とするAureispira maritima sp. nov.を提唱した。

 以上、本論文は新たに分離された海洋細菌の系統分類学的位置を明らかにしたもので、学術上、応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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