学位論文要旨



No 122388
著者(漢字) 吉田,浩爾
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,コウジ
標題(和) 微生物生態学への電気化学的手法の適用
標題(洋)
報告番号 122388
報告番号 甲22388
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3112号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 妹尾,啓史
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 嫌気微生物生態系において有機物は、複数種の微生物によって段階的な酸化を受け、最終的には二酸化炭素及びメタンとなる。こうした嫌気的な有機物分解は、バイオマスからのエネルギー生産、あるいはメタンによる地球温暖化といった観点から、注目を集めてきた。嫌気環境下における有機物の段階的酸化において、最終還元等量処理を担う微生物(ex.メタン菌)とその栄養共生菌(以下、メタン共生菌)との共生関係は、しばしばボトルネックとなる事が知られており、極めて重要である。従来、それらの関係は、極めて低分圧の溶存水素あるいはギ酸を介した、メタン共生菌からメタン菌への還元等量伝達(あるいは電子伝達)によるものとされてきたが、これを直接観察した報告はなかった。そこで、電子メディエータを介した種間電子伝達の存在を想定し、この還元等量(電荷)移動をより直接的に観察することを試みた。

第一章 電気化学的分離共培養

 まず、電気化学的分離共培養法を考案し、そのための培養槽を構築した。プロトン交換膜を介してメタン共生菌Pelotomaculum thermopropionicum DSM 13744Tと水素資化性メタン菌としてMethanothermobacter thermautotrophicus NBRC 100330Tを置き、分離共培養槽を構築する。そうして、それぞれの槽に炭素電極を挿入して、両極間を移動する電荷量をコンデンサによって積分し、積分値をコンデンサの両端電圧として検出する方法である。

1節 分離共培養槽の開発

 これは、謂わばAnodic reactionをメタン共生菌に、Cathodic reactionをメタン菌に行わせる微生物電池という見方ができる。ゆえに、この分離共培養には従来の微生物電池の技術を応用する事ができる。ただし、既存の微生物電池をそのまま本研究の培養槽に転用するには、(1)偏性嫌気的条件が維持しにくい、(2)オートクレーヴ滅菌が不可能である、(3)小型化しにくく、並列試験が難しい、等の問題が生じる。

 そこで、これらの難点を克服すべく培養槽を開発した。

 培養槽は、100mlのメディウム瓶(Scott Duran)を加工した外槽と、φ18mmのねじ口試験管(IWAKI)を加工した内槽から成っている。外槽には、植菌口としてねじ口試験管の上部を溶接して取り付けている。内槽のねじ口試験管は底部が平滑に切断されており、ここにプロトン交換膜としてNafion (DuPont)を接着した。外槽の植菌口及び、内槽のねじ口試験管の口はポリカーボネート製の穴開きキャップとブチル中栓で密栓した。内槽のねじ口試験管は、φ17mmの穴の開いたブチル製のパッキンに通し、これをメディウム瓶に押し込み、メディウム瓶の口を穴開きキャップで締めて密栓した。

 内槽の電極には、カーボングラファイト棒を用いた。そこにチタン製のリード線を取り付け、リード線をブチル中栓に通して培養槽外部に引き出した。外槽の電極にはカーボンクロスを用い、これをねじ口試験管の外周に巻きつけ、チタン製のリード線で固定した。リード線はブチル製のパッキンまたは植菌口のブチル中栓を通して培養槽外部に引き出した。使用前には、オートクレーヴを用いて滅菌した。

2節 メタン共生菌の電気培養による分離共培養槽の評価

 作成した分離共培養槽が、メタン共生菌の生育に適しているか、また、分離共培養槽として充分な電気化学的特性を持つか、を調べるため、メタン共生菌を電気的に培養する事を試みた。

 メタン共生菌は脂肪酸やアルコールなどを酸化してエネルギーを得る。この際余剰還元等量として水素が出てくるが、水素の生成を伴う脂肪酸酸化は標準状態においてしばしば吸エルゴン反応となる。そのため、極めて強い生育阻害を受け、多くの基質では単独培養がほぼ不可能となっている。この場合、水素資化性のメタン菌や硫酸還元菌と共培養すると、水素が除去されるためこのような基質でも生育させる事が可能である。そこで、白金触媒を用いて水素を除去する事で、単独生育不可能な基質でのメタン共生菌の純粋培養を試みた。

 メタン共生菌として、P. thermopropionicum及びAnaerolinea thermophila NBRC100420Tを用いた。P. thermopropionicumはピルビン酸を基質とした場合には、単独で生育するが、プロピオン酸、乳酸、エタノールなどは、単独では利用する事が出来ない(メタン菌との共培養では生育可能)。一方、A. thermophilaは単独でグルコースを酸化することが出来るが、メタン菌と共培養した場合、生育が上昇する。

 培地にはDSM medium 960 Pelotomaculum Mediumを、基質を変えて用いた。基質としてはP. thermopropionicumにはエタノール10mMを、A. thermophilaにはグルコース20mMを用いた。気相はO2-free N2/CO2混合ガスとし、操作は完全な嫌気下で行った。培養には上述の培養槽内槽を用い、外槽はカウンター槽とした。内槽には20ml、外槽には60mlの培地を入れ、内外槽とも、電極として白金黒めっきを施した白金線(φ0.3mm)を挿入した。培地を分注後、内槽を外槽の底につくまで押し込み、オートクレーヴ滅菌(121℃15分)した後、少しだけ引き上げて内槽と外槽底部の間に隙間を作った。その後、内槽と外槽の培養液がクロスコンタミネーションしないことを確認した。次いで前培養液を容量1%接種し、電気培養を行った。電気培養は内槽電極を作用極としてグランド電位を掛けて行った。また外槽電極を対極として-0.6Vを印加した。また、コントロールとして、電圧をかけない培養も用意した。培養は55℃で2週間行った。生育の評価は酢酸塩の増加を指標とし、酢酸塩はHPLCで測定した。

 P. thermopropionicumは、コントロールでは生育が見られなかったが電圧を掛けた場合、有意な生育が見られた。A. thermophilaは3倍程度の生育の向上が見られた。この事から、メタン共生菌の電気培養が可能である事が示された。またこの試みによって、培養槽が電気化学的分離共培養槽に充分なプロトン交換能を持ち、長期に亘った偏性嫌気条件の維持が可能であること、培養槽の構成材に生育阻害は見られないこと、などを評価する事が出来た。

3節 電気化学的分離共培養

 そこで、次にこの培養槽を用いてメタン共生菌とメタン菌の電気化学的分離共培養を行った。

 メタン共生菌の培養には外槽を用い、培養液の量は60mlとした。また、メタン菌の培養には内槽を用い、培養液の量は20mlとした。内槽の気相は約15mlであった。メタン共生菌側には電子供与体としてピルビン酸を入れ、内外槽ともに電子メディエータとしてMethyl Viologenを0.1mM添加した。まず、内槽の気相をH2/CO2混合ガスへと置換し、メタン菌を植菌して1週間前培養を行った。次にその後内槽の気相を再びN2/CO2混合ガスへと戻し2日ほど置き、気相をGC-MSで測定してメタンが生成していない事を確認した。次いで培養液の電位差による起電力の影響を極力抑えるために、両槽の電位差電圧計で測定しながら還元剤を用いて電位差が±30mV以内になるように電気化学滴定を行った。外槽にメタン共生菌を接種して、培養を開始した。

 炭素電極は、チタニウム製のリード線とコンデンサを介して互いに接続した。また、培養終了後にもメタン菌側気相中のメタンガスを測定した。

 コントロールとして行った、電極を接続しなかった場合、Methyl Viologenを添加しなかった場合、およびMethyl Viologenを添加し、メタン共生菌を添加しなかった場合のメタンの生成は0〜3μmolであったが、電極の接続、Methyl Viologen、メタン共生菌の植菌の全てを行ったものでは、9〜18μmolのメタン生成がみられ、有意に上昇した。さらに、外槽から内槽に移動した電荷の一部を観測することにも成功した。本研究の結果はメタン共生菌からメタン菌への種間電子伝達を直接的に示すものである。

第二章 嫌気消化汚泥の電気化学的評価

 本研究ではMethyl Viologen及び電極を介した種間電子伝達を示した。しかし、Methyl Viologenは人工的に添加したものであり、こうしたメディエータを介した種間電子伝達が自然界で成り立っているのかは分からない。そこで、嫌気環境に対して電気化学的分析を行い、Methyl Viologenに相当するような電気化学的活性を有した物質が存在しているか否か、調査した。

 嫌気環境として嫌気消化汚泥を対象に解析を行った。2%ドッグフード懸濁液を基質として、かつその水理学的滞留時間が10日になるような運転を行っているベンチスケール(7 L)のメタン発酵槽から嫌気消化汚泥を採取した。電気化学分析としてCyclic Voltammetry(CV)とDifferential Pulse Voltammetry(DPV)を行った。その結果、DPVによってMethyl Viologenに近い-0.45V(vs. SHE)付近に電気化学的活性を有する物質の存在が認められた。このピークはCVでは検出されず、こうした環境の電気化学的解析においてDPVが強力なツールとなりうる事が示された。上記の実験結果は、分離共培養槽を用いて示されたような種間電子伝達が、実際の嫌気環境下でも起こりうる事を示唆するものである。

総括

 メタン共生菌P. thermopropionicumからメタン菌M. thermoautotrophicusへの電荷移動が観察され、また、それによるメタン生成が観察された。これにより、従来、低分圧の水素によるものとされていたメタン共生菌からメタン菌への還元等量の移動が、人工的に添加した電子メディエータを介しても行われうる事が示された。さらに、嫌気環境において添加した電子メディエータと同様の電気化学的活性を有する物質の存在が認められたことから、こうした還元等量伝達が自然環境下でも起こりうることが示唆された。また、DPVによる嫌気環境の電気化学的活性の探査が有効である事を示した。なお、細胞外に電子伝達を行うメディエータは鉄還元細菌が不溶性の鉄(III)を利用する際に用いる事が報告1)されている。こうした知見は、従来の嫌気環境における還元等量処理の研究に新たな観点を与えるものである。また、難培養微生物であるメタン共生菌の電気培養技術の開発にも筋道をつけた事は、嫌気微生物生態系のさらなる解明に大いに貢献するであろう。

1) Lovley, D.R. et. al. 2005. Nature 382: 445-448
審査要旨 要旨を表示する

嫌気微生物生態系において有機物は、複数種の微生物によって段階的な酸化を受け、最終的には二酸化炭素及びメタンへとなる。こうした嫌気的な有機物分解は、バイオマスからのエネルギー生産、あるいはメタンによる地球温暖化といった観点から、注目を集めてきた。嫌気環境下における有機物の段階的酸化において、最終還元等量処理を担う微生物(ex.メタン菌)とその栄養共生菌(syntroph)との共生関係は、しばしばボトルネックとなる事が知られており、極めて重要である。従来、それらの関係は、極めて低分圧の溶存水素あるいはギ酸を介した、メタン共生菌からメタン菌への還元等量伝達(あるいは電子伝達)によるものとされてきたが、これを直接観察した報告はなかった。本研究では、水素以外にも、鉄還元細菌で報告1)されているような電子メディエータを介した細胞外電子伝達の存在を想定し、この還元等量(電荷)移動をより直接的に観察することを試みた。

1) Lovley, D.R. et. al. 2005. Nature 382: 445-448

[I-1] 電気化学的分離共培養

 こうした目的の元に、電気化学的分離共培養と呼ぶ手法を考案し、これに用いる培養槽を構築した。この共培養槽は、プロトン交換膜を介してメタン共生菌Pelotomaculum thermopropionicum DSM 13744Tとメタン菌としてMethanothermobacter thermautotrophicus NBRC 100330Tを置き、それぞれの槽に炭素電極を挿入した。両極間を移動する電荷量はコンデンサによって積分し、積分値をコンデンサの両端電圧として検出した。

 その結果、電極を接続しなかった場合およびMethyl Viologenを添加しなかった場合、メタンの生成は殆ど観察されず、また、Methyl Viologenを添加し、メタン共生菌を添加しなかった場合も3μmolと若干のメタン生成が観察されたものの、これと比較し、電極の接続、Methyl Viologen、メタン共生菌の植菌の全てを行ったものでは、9〜18μmolと有意にメタン生成が上昇した。また、移動電荷の一部を観測することに成功した。これより水素によらないメタン共生菌とメタン菌の間の種間電子伝達を直接的に示された。

[I-2] メタン共生菌の電気培養による分離共培養槽の評価

 また、本分離共培養槽の開発過程において、メタン共生菌の電気培養を開発指標とした。その結果、難培養微生物であるメタン共生菌Pelotomaculum thermopropionicum DSM13744T及びAnaerolinea thermophila NBRC100420Tの電気培養が可能であることを示した。

[II] 嫌気消化汚泥の電気化学的評価

 本研究ではMethyl Viologen及び電極を介した種間電子伝達を示した。しかし、Methyl Viologenは人工的に添加したものであり、こうした関係が自然界で成り立つのかは分からない。

 そこで、嫌気環墳に対して電気化学的分析を行い、Methyl Viologenに相当するような電気化学的活性がないか、調査した。

 その結果、DPVによってMethyl Viologenに近い-0.45V(vs.SRE)付近に電気化学的活性が検出された。このことは、本研究によって示されたような種間電子伝達が、実際の嫌気環境下でも起こりうる事を示唆するものである。

[3]総括

メタン共生菌P. thermopropionicumからメタン菌M. thermoautotrophicusへの電荷移動が観察され、また、それによるメタン生成が観察された。これにより、従来、低分圧の水素によるものとされていたメタン共生菌からメタン菌への還元等量の移動が、人工的に添加した電子メディエータを介しても行われうる事が示された。さらに、嫌気環境において添加した電子メディエータと同様の電気化学的活性が検出されたことから、こうした水素以外の還元等量伝達が自然環境下でも起こりうることが示唆された。この事は、従来の嫌気環境における還元等量処理に新たな観点を与えるものであり、極めて興味深い。また、難培養微生物であるメタン共生菌の電気培養技術の開発にも筋道をつけた事は、嫌気微生物生態系のさらなる解明に大いに貢献すると期待される。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいと認めた。

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