学位論文要旨



No 122389
著者(漢字) 池田,丈
著者(英字)
著者(カナ) イケダ,タケシ
標題(和) 好熱性水素細菌Hydrogenobacter thermophilus TK-6株由来のpyruvate : ferredoxin oxidoreductaseに関する研究
標題(洋) Studies on pyruvate : ferredoxin oxidoreductase from the thermophilic hydrogen-oxidizing bacterium Hydrogenobacter thermophilus TK-6
報告番号 122389
報告番号 甲22389
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3113号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,泰夫
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 日高,真誠
 東京大学 助教授 石井,正治
内容要旨 要旨を表示する

 独立栄養生物による炭酸固定は、CO2を有機化する反応として、我々人類を含む従属栄養生物の生存に必須な生物作用である。地球上で最も普遍的な炭酸固定経路は、全ての植物、ラン藻類、また、多くの独立栄養細菌が利用するCalvin-Benson-Bassham (CBB)サイクルである。しかし、一部の独立栄養細菌はCBBサイクル以外の炭酸固定経路を用いて生育に必要なCO2を固定することが知られている。そのような非CBB型炭酸固定経路のひとつである還元的TCAサイクルは、1960年代に緑色硫黄細菌Chrolobium limicola (f. thiosulfatophilum)において確認された。還元的TCAサイクルは、好気性生物の酸化的エネルギー獲得経路として知られるTCAサイクルを逆回転させた形をしており、1サイクルあたり4分子のCO2を固定する。近年の研究では、海底熱水噴出孔付近などにおいては還元的TCAサイクルが主要な炭酸固定経路として機能していることが報告され、地球上の炭素循環における還元的TCAサイクルの重要性が認識されつつある。

 多くの好気性生物ではピルビン酸の脱炭酸反応はpyruvate dehydrogenase complex (PDC)により触媒される。一方、古細菌や嫌気性細菌、嫌気性原生生物などではこの反応はpyruvate:ferredoxin oxidoreductase (POR)によって触媒される。PDCがNAD+を電子受容体として用いるのに対し、PORはより酸化還元電位の低い電子伝達タンパク質であるferredoxinを電子受容体として利用する。そのため、PDCによる反応では逆反応は進行し得ないが、PORは逆反応である炭酸固定反応も触媒することが可能である(下式)。この逆反応は、還元的TCAサイクルにおけるCO2固定反応のひとつであり、重要な代謝中間体であるピルビン酸を生じる。

Pyruvate + CoA + 2Fd(ox) ⇔ Acetyl-CoA + CO2 +2Fd(red) (Fd, ferredoxin)

 本研究の対象であるHydrogenobacter thermophilus TK-6株(以下TK-6株)は好熱性の水素細菌で還元的TCAサイクルを用いて炭酸固定を行い独立栄養的に生育する。16S rRNA配列に基づく系統解析では、真正細菌中最も古い起源を有することが知られており、これまでに様々な特徴的な代謝経路が発見されている。本研究では、TK-6株のPOR反応周辺の知見を深め、さらにPORによる炭酸固定反応を測定する系を構築し、その反応機構の解明を目的とした。

1) PORのサブユニット構造

 PORを含む2-oxoacid oxidoreductase familyではαβγδ/α2β2γ2δ2型、ab/a2b2型、A2型のサブユニット構造が知られている。ab/a2b2型やA2型酵素の各ドメインがαβγδ型のサブユニットに相当することから、原型であるαβγδ型から遺伝子の再配列や融合によって他のサブユニット構造に進化したと考えられていた。TK-6株のPORは既に精製され、SDS-PAGEの結果からαβγδ型の4サブユニット構造であると考えられていた。しかし、その後、遺伝子がクローニングされたところ、各サブユニットをコードする4つの遺伝子(porDABG)のうちporDは既知のPORのサブユニットと相同性を示さなかった(図)。porDABGの上流に、ferredoxin様δサブユニットに相同なporE遺伝子が発見されたことから、PorEもPORのサブユニットであることが示唆されていた。そこで、porEDABG遺伝子を大腸菌内で発現し、得られた組換え体の精製を行った。PORは酸素感受性を示すため、嫌気的に精製を行い、活性を保持したままPORを精製することに成功した。精製されたPORをSDS-PAGEに供したところ、5本のバンドが観察された。各バンドのN末端アミノ酸配列はporEDABGの推定アミノ酸配列と一致し、本菌のPORは5種類のサブユニットからなる新規の構造をとることが示された。PorDは既知のサブユニットと相同性を示さなかったが、ホロ酵素の発現に必要であった。PorDに関して相同性検索を行ったところ、TK-6株とその近縁種にしか相同なタンパク質が存在しない特徴的なタンパク質であることが判明した。5個中4個のサブユニットがαβγδ型酵素の各サブユニットと相同であることから、原型となるαβγδ型酵素が進化の過程で新規サブユニットを獲得し、5サブユニット構造へ独自に進化したと予想された。

2) Ferredoxin

 POR反応において電子伝達体として機能する鉄硫黄タンパク質ferredoxinの遺伝子クローニングを行った。本菌より部分精製されたferredoxinのN末端アミノ酸配列を基にクローニングを行ったところ、目的としたferredoxin遺伝子(fdx1)のすぐ下流に、もうひとつ別のferredoxin遺伝子(fdx2)が発見された。fdx1, fdx2は、還元的TCAサイクルの酵素であるsuccinyl-CoA synthetase遺伝子の下流に存在していた。それぞれの組換え体(Fd1, Fd2)を大腸菌内で発現し精製を行った。得られたタンパク質は細菌型ferredoxinに特徴的な吸光スペクトルを示し、EPRスペクトルや鉄の定量の結果からそれぞれひとつの[4Fe-4S]2+/1+クラスターを含むことが確認された。fdx1とfdx2は4 bpほどオーバーラップしており、RT-PCRの結果、オペロンとして共転写されていることが確認された。しかし、タンパク質レベルではFd2は観察されず、Fd1のみが主要な[4Fe-4S] ferredoxinとして機能していることが示唆された。また、このことはferredoxinの遺伝子破壊実験による結果からも支持された。

3) Ferredoxin:NADP+ oxidoreductase

 FerredoxinはPORの他に、還元的TCAサイクルの別の鍵酵素2-oxoglutarate:ferredoxin oxidoreductase (OGOR)やアンモニア同化経路の鍵酵素への電子供与体としても機能し、本菌の代謝において中心的な役割を果たしていると考えられた。Ferredoxinの酸化還元に関与する酵素を探索したところ、ドラフトゲノム配列上に植物/細菌型ferredoxin: NADP+ oxidoreductase (FNR)に相同な遺伝子(fpr)を発見した。この遺伝子を大腸菌内で発現し、得られた組換え体を精製した。得られたタンパク質はフラビンを含むモノマーで、ferredoxinとNADP+/NADPHの可逆的酸化還元反応を触媒した。本酵素はNADPH依存ferredoxin還元活性に比べ、還元型ferredoxin依存NADP+還元活性の方が高く、生体内ではNADPH生成方向に機能していることが示唆された。

4) POR炭酸固定反応の解析

4-1) 共役反応系による炭酸固定反応の観察

 アセチルCoAを基質とした炭酸固定反応によるピルビン酸の生成は、エネルギー的に不利な反応であるため、非常に進行しにくい。この反応をin vitroで観察するためには、強力なferredoxin還元システムが必要とされる。そこで、上記のFNRによるferredoxin還元を試みたが、十分なferredoxin還元活性が得られず、炭酸固定反応の観察には適さなかった。そこで、本菌から単離されたOGORによる反応を共役させferredoxin還元を行った。また、反応を検出するため、炭酸固定反応により生じたピルビン酸をlactate dehydrogenaseにより乳酸に変換し、それに伴うNADHの減少を分光学的に測定した。この共役反応系を用いてPORによる炭酸固定反応を観察することに成功した。

4-2) 反応における分子内電子伝達機構の解析

 PORは、catalytic unitあたり1分子のTPPと3個の鉄硫黄クラスターをコファクターとして含む。鉄硫黄クラスターは、活性中心であるTPPと外部電子伝達体間の電子の授受に関与する。また、TPPは反応中間体においてラジカル化することが知られている。反応中間体におけるこれらのコファクターの酸化還元状態を明らかにすることは、PORの反応機構を解析する上で非常に重要である。そこで、種々の反応中間体を調製し、それぞれのEPRスペクトルを測定した。脱炭酸反応において、ピルビン酸とTPPの結合に伴い、hydroxyethyl (HE)-TPPラジカルの生成が観察された。炭酸固定反応では、ferredoxinを介して還元力が供給されるとTPPとアセチルCoAの結合が認められ、HE-TPPラジカルのシグナルが観察された。

本研究のまとめ

 TK-6株のPORは既知の酵素とは異なるサブユニット構造をとることを明らかにした。また、本菌から単離されたferredoxinを介して、酵素反応により還元力を供給することで、PORの炭酸固定反応を測定することに成功した。反応中間体の分子内電子伝達の解析からも、ferredoxinを介した還元力の供給が炭酸固定反応の進行に必要であることが示されたことから、TK-6株の代謝においてferredoxinの酸化還元が重要な役割を果たしていることが示唆された。

参考文献[1] Ikeda et al. (2005) Biosci. Biotechnol. Biochem. 69:1172-1177[2] Ikeda et al. (2006) Biochem. Biophys. Res. Commun. 340:76-82

図 2-Oxoacid oxidoreductaseの遺伝子構造。相同なサブユニット/ドメインを同じパターンで示した。

審査要旨 要旨を表示する

 好熱性水素細菌Hydrogenobacter thermophilus TK-6株(以下TK-6株)は還元的TCAサイクルを用いて炭酸固定を行う絶対独立栄養性のグラム陰性細菌である。本論文は、還元的TCAサイクルの鍵酵素であるピルビン酸フェレドキシンオキシドレダクターゼ(以下POR)の精製を行い、その炭酸固定反応について解析を行っている。また、POR反応における電子伝達体として機能する鉄硫黄タンパク質フェレドキシンや関連酵素についても解析を行い、TK-6株中におけるエネルギー代謝に関して重要な知見を得ている。

 第一章では、TK-6株由来のPORの遺伝子を大腸菌内で発現し、得られた組換え体を嫌気的に精製することに成功している。得られた精製酵素が5種類のサブユニットからなることをSDS-PAGE的に明らかにし、本菌のPORは既知のものとは異なり、新規の5サブユニット構造をとることを明らかにしている。また、既知の酵素との進化的関連性についても考察を行い、本菌のPORに特徴的なサブユニットが進化の過程で獲得された可能性について考察している。

 第二章では、POR反応における電子伝達体として機能する鉄硫黄タンパク質フェレドキシンの遺伝子を二種類クローニングし、大腸菌内で機能的に発現することに成功している。得られた組換え体を精製し、その分光学的諸性質を解析することで、二種類のフェレドキシンのいずれもがひとつの4鉄4硫黄クラスターを持つことを明らかにしている。各遺伝子の発現解析も行っており、そのうち片方が主要なフェレドキシンとして機能していることを明らかにしている。

 第三章では、フェレドキシンの酸化還元に関わる酵素としてTK-6株のドラフトゲノム配列から発見されたフェレドキシンNADP+オキシドレダクターゼ(以下FNR)の解析を行っている。本菌のFNRは既知のものとは異なり、FADではなくFMNをコファクターとして有する新規の酵素であることを明らかにしている。また、活性測定の結果から、本酵素は生体内で還元型フェレドキシンを電子供与体としてNADP+の還元を行い、生体内における様々な同化的反応に還元力を供給していると予想している。また、TK-6株におけるエネルギー代謝のメカニズムについても考察している。

 第四章では、第一章・第二章でそれぞれ精製したPORとフェレドキシンを用いて、PORの炭酸固定反応の測定系を構築している。同菌由来の2-オキソグルタル酸フェレドキシンオキシドレダクターゼと好熱菌Thermus caldophilus由来の乳酸デヒドロゲナーゼをカップリング反応に利用することで、試験管内でPORによる炭酸固定反応を再現し、本菌のPORが炭酸固定反応を触媒することを証明している。さらに電子常磁性共鳴法を用いて、同反応における中間体酵素の解析を行い、反応中に、活性中心であるTPPと基質であるアセチルCoAが結合して生じるヒドロキシエチルTPPラジカルが重要な反応中間体であることを示している。同時に、外部電子伝達体であるフェレドキシンからの電子の供給が同ラジカル中間体の生成に必要であることを明らかにしている。得られた結果から、PORによる炭酸固定反応機構のモデルを提唱している。

 以上、本論文ではTK-6株由来のPORを材料に、その炭酸固定反応機構の解析を行っている。本研究はTK-6株のエネルギー代謝・炭素代謝について重要な知見を明らかにしただけでなく、PORによる炭酸固定反応が多くの嫌気性独立栄養微生物において重要な反応であることから、地球上の炭素サイクルを理解する上でも重要な研究であるといえる。また、地球上の二酸化炭素有機化能力を評価するという面において、二酸化炭素による地球温暖化の評価にも寄与する研究である。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位としてふさわしいと認めた。

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