学位論文要旨



No 122392
著者(漢字) 宇佐美,裕亮
著者(英字)
著者(カナ) ウサミ,ユウスケ
標題(和) Carbazole代謝系酵素の構造と機能に関する研究
標題(洋)
報告番号 122392
報告番号 甲22392
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3116号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 助教授 若木,高善
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 カルバゾール(CAR)資化菌Pseudomonas resinovorans CA10株の有するCAR代謝経路の初発酸化酵素carbazole 1,9a-dioxygenase (CARDO)は、terminal oxygenase (CARDO-O)、ferredoxin (CARDO-F)、reductase (CARDO-R)から構成されるRieske non-heme iron oxygenase system (ROS)に属する酵素である。CARDOはCARの窒素原子に隣接する9a位(angular位)の炭素原子(C9a)と1位の炭素原子(C1)に二つの水酸基を導入する反応(angular dioxygenation,AD)を触媒することからangular dioxygenaseと呼ばれる。CARはADにより不安定なヘミアセタール中間体へと変換され、自発的に分子中央のヘテロ環が開裂することで反応産物として2'-aminobiphenyl 2,3-diol (A-diOH-BP)が生成する(図1)。その後、メタ開裂酵素CarBaBbによりカテコール環が開裂し、下流の代謝系へと移行する。CARDOはCAR意外にも他の多くの芳香族化合物酸化能を示すとともに、反応の種類としても、ADに加えてナフタレン(NAH)等の多環芳香族炭化水素等に対しては芳香環上の空間的に空いた位置にlateral dioxygenation_(LD)を、フルオレン(FN)のメチレン炭素やジベンゾチオフェン(DBT)のスルフィド硫黄に対してはmonooxygenation (MO)を触媒するという反応種選択性を示す。最近、当研究室ではCARDO-O単体、CARDO-O:CARDO-F複合体のX線結晶構造解析に成功し、CARDO-O活性中心に対するCARのAD特異的結合様式が明らかにされた。一方、各種基質に特異的な種類の反応をCARDO-Oが選択的に触媒する理由を明らかにするため、CARDO-Oの構造を元に基質ポケットを構成する4つのアミノ酸残基(I262,F275,Q282,F329)に対して点変異が導入され、基質特異性変異酵素が複数取得された。それらの中で、I262V,F275W,Q282Nでは、CARを基質とした場合に野生型酵素ではほとんど生成しない1-hydoxycarbazole(1-OH-CAR)への変換能が上昇しており、F275WおよびI262LではそれぞれFNおよびDBTへの酸化位置選択性が変化していた。さらに、F275Aではフルオランテンへの酸化活性そのものが上昇すると共に酸化位置選択性も変化していた。

 本研究では活性の変化したこれらの基質特異性変異酵素の基質・酸索複合体の構造を決定し、CARDOが多様な反応を触媒する際の特異的な基質認識メカニズムを立体構造に基づき明らかにすることを第一の目的とした。なお、以前の研究で、CARDO-O単体結晶の安定性は悪く基質のソーキングには耐えられない事が経験的に明らかになっていたので、本研究では基質・酸素複合体の作製には変異CARDO-O:CARDO-F複合体の結晶を用いた。また、合わせてヘテロ多量体構造という珍しい特徴を有するCAR分解系のメタ開裂酵素のX線結晶構造解析も行った。

1. 各変異酵素を用いた1-OH-CAR生成機構の解明

I262V(A-diOH-BP生成率,27%; 1-OH-CAR生成率,25%),F275W(A-diOH-BP生成率,93%; 1-OH-CAR生成率,5%),Q282Y(A-diOH-BP生成率,48%; 1-OH-CAR生成率,42%)とCARDO-F,CARとの3者複合体結晶を調製し、それぞれ分解能2.1,1.95,2.15Åにて構造を決定した。F275WへのCAR結合位置は野生型と一致していたものの、I262V,Q282Yにおいては基質ポケットの形状変化に伴いCARの結合位置がF275側に1Å移動しており、加えてC8近傍に新たな水分子の存在が確認された(図2ab)。野生型酵素、F275WではCARのイミノ基はG178のO原子と水素結合しており、これにより酸化位置が固定されている。この結合位置はADの触媒とA-diOH-BPの自発的な生成に適した位置ということができるが、F275Wの1-OH-CAR生成率が低いことを考えれば、F275W変異酵素でのCAR結合位置は妥当と言うことができる。一方、I262V,Q282Yにおいては水分子の存在により、G178のO原子とCARのイミノ基の距離は遠ざかり、水分子を介した水素結合ネットワークが形成されていた。この結果は、I262V,Q282Yの基質結合ポケット内では、A-diOH-BPを効率的に生成するための結合位置へCARが安定に結合できないことを示している。

 次に、I262V:CARDO-F複合体結晶を還元処理しCARと酸素をソーキングすることで、酸素基質四者複合体(I262V:CAR:O2)の構造を分解能2.0Åで明らかにした。予想に反して、I262V:CAR:O2ではCARのC8近傍の水分子は消失しており、酸素原子およびCARは野生型酵素,F275Wとほぼ同じ位置に存在していた(図3a)。この結果は、I262V変異酵素であっても還元状態では野生型と同様の位置にCARが結合しやすいことを示している。この場合、酸素原子(O1,O2)とCARの推定酸化位置との距離はO1-C1,2.9Å; O1-C2,3.5Å; O2-C9a,3.0Åであったことから、この状態ではC9aとClが水酸化されるものと推測された。還元状態では図2bに示した酸化状態でのCARの結合構造は得られていない。しかし、CARの結合位置が揺らいでいることを考えると、一部では酸化型での結合様式で結合したCARに対して酸素のアタックが起こっている可能性が考えられる。この仮説が正しいとすれば、図3bに推定構造を示すようにC1,C2位に二水酸化が起こる可能性がある。すなわち、図4に示すように、変異酵素では酸素がアタックする部位が一部C1,C2位に移ることで、脱水の後1-OH-CARが生成するものと考えられる。

2. F275WにおけるFNからの4-hydroxyfluorene生成機構の解明

 F275W:CARDO-F複合体結晶を用いてFNとの3者複合体の構造を分解能2.1Åで決定した。その結果、FNはCARの結合の向きとは反転した状態で結合していた(図5)。これに伴い、FNのC4が活性中心と最も近接する位置に存在していた。この結果はF275WによりFNから4-hydroxyfluorene(4-OH-FN)が生成することと一致する結果であった。酸素基質四者複合体の結晶は得られていないものの、I262V:CAR:O2で観察された酸素分子の位置を重ね合わせて各炭素原子との距離を測定したところ、C3,C4との距離は2.9-3.0Åであった。このことから、F275W変異酵素にて4-OH-FNが生成される際には、C3とC4にLDが触媒された後にC3に結合した水酸基が脱水されて生成される経路が考えられた。

3. DBTに対するsulfoxidation機構の解明

 CARDOの触媒するsulfoxidationの機構を解明するため、野生型CARDO-O:CARDO-F結晶を用いてDBTとの三者複合体の構造を1.9Åで決定した。その結果、CARDO-Oを形成する3分子のsubunitで異なる位置にDBTが結合していた。Chain Aにおいては他の2分子とは異なり活性中心から約6Å離れて存在していたことから、実際には酸化されない状態である事が示された。一方、chain B,Cにおいては、図5と同様にCARの結合状態とは反転した状態でDBTが結合していた(図6a)。酸素基質四者複合体の立体構造は得られていないものの、I262V:CAR:O2で観察された酸素分子を重ね合わせて測定した活性中心近傍側の芳香環炭素原子との距離は2.7-3.1Åであり、この芳香環上のどの炭素原子に対しても酸素を添加することが出来る距離であった。このことは野生型酵素において、DBTのcis-diol体、monohydroxy体(cis-dlol体の脱水生成物と考えられる)が複数種検出される結果と一致する。一方、chain B,Cでの結合位置では酸素-硫黄間の距離は4.2ÅとなりCARDO-OがDBTに対して行う主反応である硫黄原子の酸化は説明できなかった。Sulfoxidationの進行には硫黄原子の高い反応性が重要であることも推測され、今後の検討が必要である。

4. αβ型メタ開裂酵素CarBaBbの立体構造解析

 メタ開裂酵素(extradiol dioxygenase)の研究は歴史も古く、反応メカニズムの解明から反応サイクルの構造解明に至るまで研究が進んでいる。しかし、反応の進行に複数のサブユニットを必要とするheteromultimelicなメタ開裂酵素の研究例は少ない。CAR分解経路の第2の酵素であるCarBaBbもαβ型メタ開裂酵素であり、本研究ではCarBaBbの反応触媒機構の解明を目指してX線結晶構造解析を行った。以前の研究でCarBaBbは結晶化までは成功していたが、CarBaBbはαβ型メタ開裂酵素で唯一構造が報告されているprotocatechuate(PCA)4,5-dioxygenase(LigAB)とは相同性が低く、分子置換法では構造解明には至らなかった。そこで、本研究では重原子誘導体を用いたSIRAS法にてCarBaBbの構造を分解能1.6Åで決定することに成功した。CarBaBbは非対称単位中に2分子存在しており、複数の全く異なるループ構造などが認められるものの、LigABと類似した核構造を有していることが明らかとなった(図7)。また、LigBで活性中心の鉄原子に配位しているアミノ酸残基はH12,H53,E230として保存されていた。基質ポケットはCarBaとCarBbの境界面に存在しており、CarBaのH59-K69のヘリックスとCarBbのH117-M126およびA227-S241のヘリックスの一部によって構成されていた。基質ポケットの分子表面を比較したところ、単環の化合物に水酸基を導入するLigABと比較してCarBaBbは大きく広がった構造を有している事が示された。加えて基質結合モデリングの結果、LigABの基質であるPCAとは水素結合できない位置に存在するH117がA-diOH-BPのアミノ基との間に水素結合を形成しうる距離に存在する事から、H117と基質間で形成される水素結合が基質の安定化と活性に必須である可能性が示唆された。

 本研究は、酵素学的にも応用面からも興味深い酵素であるCARDO-Oの新規な基質認識機構の一端を構造生物学的に解明するとともに、特異なメタ開裂酵素の構造解明を行ったものである。CAR分解系酵素は、環境修復・有用物質生産の両面で重要であり、本研究の成果に引き続き活性の変化した変異体を用いた動力学的な解析と新たな基質複合体の立体構造解析を通して、CARDOの反応機構の全貌が明らかとなるものと期待される。また、基質認識機構の深い理解を深めることで、将来的には反応特性をデザインされたジオキシゲナーゼの創成が可能になるものと期待される。加えて、CarBaBbの立体構造が明らかにされたことにより、相同性を持たないタンパク質間の収束進化について詳細に解析できるものと思われる。

図1. CARDOの触媒する反応

図2. I262V,Q282Yで見られた水分子

図3. 酸素分子とCARの位置関係

図4. 変異体酵素での活性変化

図5.F275WのおけるFNの結合様式

図6.野生型酵素とDBTの結合様式

図7. CarBaBbとLigABの構造比較

審査要旨 要旨を表示する

 カルバゾール(CAR)代謝における初発酸化酵素として働くcarbazole 1,9a-dioxygenase(CARDO)は広い基質特異性を有する。加えて、反応の種類としてもCAR等に対してはヘテロ原子に隣接する炭素原子とその隣の炭素原子への二水酸化、ナフタレン等の多環芳香族炭化水素に対しては分子の空間的に空いた位置への二水酸化を触媒し、フルオレン(FN),のメチレン炭素やジベンゾチオフェン(DBT)のスルフィド硫黄に対しては一水酸化を触媒するという反応種選択性を示す。基質に特異的な反応をCARDOが選択的に触媒する理由を明らかにするため、CARDOにおいて酸化反応を触媒するCARDO-Oの構造を元に基質ポケットを構成するI262,F275,Q282,F329に対して点変異が導入され、基質特異性変異酵素が複数取得されている。本論文は、基質特異性の変化した変異酵素の基質・酸素複合体の構造をX線結晶構造解析・モデリングにより決定し、CARDOが多様な反応を触媒する際の基質認識メカニズムを立体構造に基づき明らかにすることを第一の目的としている。さらに、ヘテロ多量体構造を有するCAR分解系のメタ開裂酵素の新規な基質認識と四次構造をX線結晶構造解析により明らかにすることを第二の目的としている。

 芳香族化合物の細菌による分解についてジオキシゲナーゼを中心に概説した序論に引き続き、第二章では、基質複合体の構造を得るための前段階として、5種類の変異酵素の立体構造を明らかにした。

 第三章では、第二章で得られた変異酵素を用いて基質複合体の構造を明らかにした。その結果、CARに対して野生型酵素と同様の活性を示すF275Wにおいて、CARは野生型酵素とほぼ同じ位置に結合しており、9a位と1位の炭素原子が水酸化されることが示唆された。一方、CARから1-hydroxycarbazoleへの変換効率が上昇したI262VおよびQ282YにおいてはCARの近傍に新たな水分子が見出され、それに伴って結合位置が変化していた。その結果、両変異酵素においては1位と2位の炭素原子が水酸化されることが示唆された。I262Vにおいては酸素基質複合体の構造も明らかにした結果、得られた構造ではCARは野生型酵素とほぼ同じ位置に結合していた。このことから、CARに対する活性が変化した変異酵素では基質が2通りの結合をするため、野生型酵素とは異なる変換産物が出来ることが示された。また、野生型酵素ではほとんど反応しないFNを4-hydroxyfluoreneへと変換する活性が上昇したF275WとFNの複合体の構造を明らかにした結果、F275WにおいてはFNの3位と4位の炭素原子が酸化されることも示された。さらに、DBTに対する一水酸化機構を明らかにするため、野生型酵素とDBTの複合体構造を明らかにしたところ、DBTの芳香環が活性中心上に存在しており、推定monohydroxy体が生成する際の結合状態と考えられた。一方,酸化されうる位置にスルフィド硫黄は存在していなかった。このことから、DBT-5-oxideは野生型酵素にDBTを与えた場合の主生成物であるが、活性中心上で活性化された酸素原子のアタックにより生成するのではなく、酸素の活性中心で一度活性化された酸素が基質水酸化に用いられずに過酸化水素として離脱する反応が起き、生じた過酸化水素とDBTの間で起こる化学反応によって生成した可能性が示された。

 第五章では、CARDOによる初発酸化反応後の産物(2'-aminobiphenyl-2,3-diol)に対してメタ開裂反応を触媒するCarBaBbの立体構造を明らかにした。白金原子誘導体結晶を用いたSIRAS法にて分解能1.6Åにて構造を明らかにした。CarBaBbの基質ポケットはビフェニル環を有する基質への酸化反応を行うため広がった構造をしていた。モデリングにて基質の結合様式を推定した結果、His117が基質の位置の決定と活性に必須なアミノ酸残基である可能性が示唆された。加えて、他の類縁酵素において基質の脱プロトンに関与するHis残基はHis185として保存されていたが、酵索のみの構造では基質の水酸基と水素結合を形成できる位置に存在していなかった。このことから、基質結合時にはHis185が移動して基質の水酸基との水素結合を形成し、脱プロトンに関与するものと推測された。

 以上、本論文はCARDOの新規な基質認識機構の一端を構造生物学的に解明すると共に、特異なメタ開裂酵素の構造解明を行ったものであり、学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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