学位論文要旨



No 122393
著者(漢字) 岡田,敦
著者(英字)
著者(カナ) オカダ,アツシ
標題(和) イネのファイトアレキシン生合成酵素遺伝子OsKS4の発現を制御する転写因子の探索と解析
標題(洋)
報告番号 122393
報告番号 甲22393
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3117号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 西澤,直子
 東京大学 教授 浅見,忠男
 東京大学 助教授 藤原,徹
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 一般に植物は、病原体に感染すると、病原体の細胞表層由来の成分などがエリシターとなり、細胞膜上の受容体と結合し、病原体の感染を認識する。そして、これが引き金となって、NADPH酸化酵素系の活性化による、・O2-、・OH、H2O2などの活性酸素種(ROS)の発生がおこるとともに、pathogenesis-related (PR) タンパク質と総称される抗菌性タンパク質の発現やファイトアレキシンと総称される抗菌性二次代謝産物の生産などの様々な抵抗性反応が誘導される。しかしながら、エリシターの受容から個々の抵抗性反応に至るまでのシグナル伝達機構の詳細は殆ど未解明の状態である。

 イネにおいては、15種類の化合物がファイトアレキシンとして同定されているが、それらのうち、フラボノイドのサクラネチンを除く14種類はジテルペン型で、それらは基本炭素骨格により、モミラクトンA、B、ファイトカサンA-E、オリザレキシンA-F、オリザレキシンSの4つのグループに分類され、共通の前駆体であるgeranylgeranyl diphosphate (GGDP)から2段階の環化反応により生成するジテルペン炭化水素を経て生合成される。これらの環化反応を触媒する合計6種のジテルペン環化酵素遺伝子については、山形大学、当研究室を中心とする共同研究により、全て単離・機能解析が行われている。当研究室では、イネの液体培養細胞がいもち病菌の細胞表層由来の物質であるキチンエリシター(N-アセチルキトオリゴ糖)を処理することによりモミラクトン類、ファイトカサン類等のジテルペン型ファイトアレキシンを生産することに着目し、この系を用いてファイトアレキシンの生合成制御機構の解明研究を行っている。本研究は、その一環として行うもので、イネの主要ファイトアレキシンであるモミラクトン類の生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子OsKS4の発現制御機構を解明することを目的とする。

I モミラクトン類の生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子OsKS4のプロモーター解析

 イネの主要ファイトアレキシンであるモミラクトン類の生産に関与するジテルペン環化酵素遺伝子OsKS4は、培養細胞にキチンエリシターを処理することにより一過的に発現が誘導される。このOsKS4のエリシター誘導的発現の制御領域の探索を行うため、OsKS4上流域をルシフェラーゼ遺伝子の上流に連結させたレポータープラスミドを構築し、レポーター・ジーンアッセイを行った。その結果、OsKS4上流-1,224〜-991bpの領域にキチンエリシター応答性のシスエレメントが存在することが示唆された。この領域について、モチーフ検索を行ったところ、bZIP型転写因子の認識配列であるTGACG-モチーフが2つ、それ以外にもWRKY型転写因子の認識配列であるW-ボックスのTGACコア配列が2つ存在していた。そこでこれらのエレメントに変異を導入したコンストラクトを作製し、レポーター・ジーンアッセイに供したところ、OsKS4上流-1,145〜-1,140bpの領域に存在するTGACG-モチーフに変異を導入した場合にキチンエリシター応答性の消失が認められた(Fig.1)。以上の結果は、OsKS4のキチンエリシター応答性の発現にはbZIP型転写因子が関与することを強く示唆している。

II. マイクロアレイ解析およびQRT-PCRを用いたOsKS4の発現を制御する転写因子の探索

 一般に植物における防御応答のうち、二次代謝物質の合成は他の防御応答に比べその誘導が遅いことが知られている。実際ファイトアレキシン生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子の発現もキチンエリシター処理後6時間から8時間を最大とする誘導を示すことから、キチンエリシター処理後長いタイムスパンでトランスクリプトーム解析を行うことでキチンエリシターによって誘導されてくる膨大な数の遺伝子の中から効率よくファイトアレキシン生合成遺伝子の発現制御に関わる転写因子を探索するための有用な知見が得られる可能性が考えられる。

 そこで、キチンエリシター処理した培養細胞由来のRNAを用いたトランスクリプトーム解析により、OsKS4の発現制御に関わる転写因子の探索を行うことにした。

 使用したRNAはエリシター処理後0, 2, 4, 6, 8, 10, 12, 24 時間のイネ培養細胞から精製したものを、マイクロアレイスライドはイネ22kオリゴアレイを用いた。得られた結果を解析したところ、5種のbZIP型転写因子の発現がキチンエリシター処理により一過的に上昇している可能性が示された。これらの遺伝子のうち、TGACG-モチーフに結合することが示唆されているtypeD bZIP型転写因子遺伝子は4種存在したが、qRT-PCRによりキチンエリシター応答性を調べたところ、2種のbZIP型転写因子遺伝子(OsTGA1, OsbZIP21)がいずれもエリシター処理後4時間を最大とする一過的なキチンエリシター誘導的発現を示した。

III. OsTGA1、OsbZIP21変異体を用いた解析

 マイクロアレイ解析、及びqRT-PCRによりOsKS4の発現制御に関わる転写因子遺伝子の候補として得られた二種のbZIP型転写因子遺伝子(OsTGA1, OsbZIP21)には、その遺伝子領域(イントロン)にイネ内在性レトロトランスポゾンTos17の挿入が確認された株が存在していた。そこでこれらのTos17挿入変異株の種子をRGRCより入手し、ホモ接合体の培養細胞を分離した。得られた挿入変異株における各転写因子遺伝子の発現をRT-PCRを用いて調べたところ、Ostga1変異体についてはOsTGA1の発現が全く認められず、Osbzip21変異体についてはOsbzip21の発現抑制が観察された。これらの変異株におけるOsKS4の発現をqRT-PCRにより、また、モミラクトン類の生産をLC-MS/MSにより調べたところ、Ostga1変異体において、OsKS4の発現及びモミラクトン類生産が顕著に抑制されていた (Fig.2 A,B)。このことよりOsTGA1がOsKS4の発現を直接、もしくは間接的に制御していることが強く示唆された。

IV. OsTGA1の特性解析

 OsTGA1をGreen Fluorescent Protein (GFP) 融合タンパクとして発現させるコンストラクトをタマネギ表皮細胞にパーティクルガンによって導入したところ、主に核において蛍光が観察され、OsTGA1が核局在性を示すことが明らかになった。また、酵母GAL4 DNA-binding domain とOsTGA1の融合タンパク質遺伝子を保持するエフェクタープラスミドとGAL4シス配列下流にホタルルシフェラーゼ遺伝子を保持するレポータープラスミドを用いたレポーター・ジーンアッセイにより、OsTGA1は植物体内でアクチベーターとして機能している可能性が高いことが示された。

 さらに、OsTGA1がOsKS4遺伝子の発現を直接制御する転写因子として機能する可能性を検討する目的でゲルシフトアッセイを行った。N末グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST)融合タンパク質として発現させるために大腸菌発現用ベクターpDEST15にOsTGA1 ORFを挿入したプラスミドを構築した。宿主としてRossetta-gami (DE3)株を用い、Overnight Express TB mediumによって30℃、no induction、16時間の条件で培養を行った。菌体から得た可溶性画分からglutathione-sephadexを用いてアフィニティー精製を行った。得られた精製GST-OsTGA1、及びprobeとしてOsKS4上流-1,224〜-991bpの領域を用いたゲルシフトアッセイの結果、GST-OsTGA1とprobeとの特異的結合が認められた。以上の結果はOsTGA1がOsKS4の発現を直接制御する転写因子として機能することを強く示唆するものである。

V. Ostga1変異体を用いたマイクロアレイ解析

 OsTGA1によるOsKS4を含むキチンエリシター応答性遺伝子の発現に対する影響を網羅的に解析する目的で、キチンエリシター処理したOstga1変異株を用い、マイクロアレイ解析を行った。

 WTとOstga1変異株のキチンエリシター処理後6時間における発現を比較したところ、WTにおいてキチンエリシター処理後6時間で発現が誘導される1690遺伝子のうち、228遺伝子の発現が1/2以下に抑制されていた。興味深いことにこれらの遺伝子にはジテルペン型ファイトアレキシン生合成酵素遺伝子、PRタンパク質遺伝子など多数の防御関連遺伝子が含まれていた。以上の事実は、OsTGA1がファイトアレキシン生産を含む様々なイネの防御応答の制御において中心的な役割を担う重要な転写因子の一つであることを強く示唆している。今後、OsTGA1を中心とする遺伝子ネットワークを解明することによりイネの防御応答の制御機構の一端が解明されるものと期待される。

Fig. 1 OsKS4上流域におけるキチンエリシター応答性領域の解析

Fig.2 キチンエリシター処理したOstga1変異株におけるOsKS4の発現量(QRT-PCR解析)(A)とファイトアレキシン生産量 (B)

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、イネジテルペン型ファイトアレキシンmomilactones生合成に関与するジテルペン環化酵素遺伝子OsKS4のキチンエリシター応答性発現機構の解明を目的として行ったものである。

本研究の背景と目的を述べた第一章に続いて、第二章ではOsKS4の上流域に存在するエリシター応答性転写制御領域の同定を行い、デリーション、ミューテーションシリーズを用いたレポータージーンアッセイの結果から、OsKS4の発現にbZIP型転写因子が関与することを示唆した。

 第三章では、OsKS4の発現を制御するbZIP型転写因子を探索する観点から、まずエリシター処理したイネ培養細胞を用いた経時的マイクロアレイ解析を行い、10種のエリシター応答性を示す可能性があるbZIP型転写因子遺伝子が存在することを示した。これらのbZIP型転写因子遺伝子について系統樹解析を行ったところ、3種の遺伝子(AK073715, AK102690, AK106988)が,group Dに分類され,病害応答に関与する可能性が示されたことから、これらをそれぞれOsTGA1、OsbZIP21、OsbZIP65と命名した3種の遺伝子のうちOsTGA1、OsbZIP21の2種については,momilactones生産を誘導するエリシター処理、ジャスモン酸・H2O2同時処理による発現誘導をRT-PCRにより確認した。

 第四章においては、OsTGA1、OsbZIP21のTos17挿入変異株を用いた解析を行った。その結果、2種の変異株のうちOstga1変異株においてOsKS4の発現、及びmomilactones生合成量の顕著な低下が認められた。また、酵母GAL4タンパク質のDNA結合ドメインとOsTGA1との融合タンパクをイネ培養細胞に一過的に発現させる系を用いたレポータージーンアッセイにより、OsTGA1はactivatorとして機能していることが示され、さらに、ゲルシフトアッセイによりOsTGA1がOsKS4の上流域におけるエリシター応答性の転写制御領域に特異的に結合することが明らかになった。以上の結果から、OsTGA1がOsKS4のエリシター応答的発現にactivatorとして直接関与することが強く示唆された。

 第五章では、OsTGA1の制御下にある遺伝子を網羅的に探索するため、Ostga1変異株を用いたマイクロアレイ解析を行った。その結果、OsTGA1がOsKS4を含む一連のmomilactones生合成酵素遺伝子の発現に関与することが強く示唆された。また、病害応答性に関与することが予想される多くの遺伝子の発現の制御にも関与している可能性が示された。

 また、補章では第三章で得られたマイクロアレイの結果を用いた解析により2-C-Methyl-D-erythritol-4-phosphate(MEP)経路の遺伝子がエリシター応答性を有していることを示し、イネのジテルペン型ファイトアレキシン生合成にMEP経路が関与することを示唆した。

 以上、本論文は、イネのゲノム情報を駆使しつつ、マイクロアレイ解析、Tos17挿入変異体ラインの表現型の解析を行い、bZIP型転写因子OsTGA1が、ジテルペン環化酵素遺伝子OsKS4を始めとする一連のmomilactonesの生合成酵素遺伝子の発現を制御している可能性を示すとともに、OsTGA1がmomilactones生合成だけでなく他の病害応答性遺伝子の発現制御にも関与していることを示唆したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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