学位論文要旨



No 122396
著者(漢字) 神谷,昌男
著者(英字)
著者(カナ) カミヤ,マサオ
標題(和) 酵母アミノ酸トランスポーター制御因子Aly1/2pの同定と機能解析
標題(洋)
報告番号 122396
報告番号 甲22396
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3120号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 太田,明徳
 東京大学 助教授 加藤,久典
 東京大学 助教授 前田,達哉
内容要旨 要旨を表示する

序論

 TOR(Target of Rapamycin)は、免疫抑制剤ラパマイシンの標的因子として同定されたプロテインキナーゼである。ラパマイシン処理によりTORの活性が阻害されると、タンパク質合成の抑制など様々な応答反応が引き起こされ、細胞は増殖停止に向かう。そして、この応答反応が細胞を栄養飢餓状態に置いた時の反応と一致することから、TOR経路は細胞が外界の栄養状態を検知して細胞増殖を制御するための情報伝達経路であると考えられている。

 酵母TORにはTor1pとTor2pが存在し、Tor1pまたはTor2p-Kog1p-Lst8p-Tco89pで構成されるTORC1(TOR complex 1)複合体とTor2p-Avo1p-Avo2p-Avo3p-Lst8p-Bit61pで構成されるTORC2(TOR complex 2)複合体を形成している。TORC1はラパマイシン感受性であり、リボソームの生合成、アミノ酸トランスポーターの安定性制御、オートファジーの開始などを制御している。これに対して、TORC2はラパマイシン非感受性であり、アクチン骨格の制御に関与している。

 現在までに、TOR経路の下流で増殖制御や飢餓応答を担う因子に関しては詳細な解析が進みつつあるが、TORが外界の栄養状態をどのように検知しているのかという分子機構については不明な点が多く残されている。当研究室ではTORC1とTORC2の共通の構成因子であるLst8pをTORC1の上流因子として同定していた。さらに、制限温度下のlst8(ts)株では、TORC1によりリン酸化レベルが制御されているAtg13p、Npr1pのリン酸化が低下し、TORC2によって制御されているアクチン骨格が脱局在していたことや、恒常的活性化型Tor2pの導入によりlst8Δ株の致死性が回復したことなどから、Lst8pはTORC1およびTORC2の活性化に必須の上流因子であることを明らかにした。しかしながら、Lst8pがどのようにTORの活性制御に関与しているのか、また栄養状態の検知機構がこの活性制御にどのように関与しているのかは分かっていない。そこで、本研究ではLst8pと協調してTOR活性制御に関わる因子を単離することを目的に、lst8(ts)株を用いてマルチコピーサプレッサー遺伝子のスクリーニングを行った。そして、同定したALY1、ALY2の機能解析を通じて栄養状態に応じたTORの活性制御機構の解明を目指した。

結果

第1章 ALY1、ALY2の同定

 lst8(ts)株にマルチコピーのベクターに構築された酵母ゲノムライブラリーを導入してスクリーニングを行った。約1.2×104クローンをスクリーニングした結果、lst8温度感受性変異を抑圧する14個のマルチコピーサプレッサー遺伝子を同定することに成功した。同定した14個のマルチコピーサプレッサー遺伝子の中に、遺伝子産物の機能が報告されていない遺伝子ALY2(Arresin-like protein in yeast 2)が存在した。また、酵母ゲノムデータベースを参照した結果、Aly2pとアミノ酸配列で56%の相同性をもつタンパク質をコードするALY1がゲノム上に存在していた。Aly1p、Aly2pにはアレスチンドメインに加えて、ユビキチンリガーゼE3であるRsp5pと結合することが知られているPYモチーフ(PPXY、PXY)が存在していた。そこで、Aly1pもAly2pと類似の機能をもつ因子であるか否かを調べるために、lst8(ts)株にALY1をマルチコピーで導入したところ、制限温度下での生育阻害が回復した。このことから、Aly1p、Aly2pは重複した機能をもつ因子であると推測される。

第2章 ALY1、ALY2破壊株と高発現株の解析

 ALY1、ALY2の遺伝子産物の生理的機能を詳しく解析するために、aly1Δ株、aly2Δ株、aly1Δ aly2Δ株を作製し、種々の培地における増殖曲線を調べた。その結果、細胞の生育に最低限必要な窒素源や糖類を含む最少合成培地であるSD培地では、いずれの破壊株も増殖は野生株と同程度あったが、SD培地に13種類のアミノ酸と核酸塩基を加えた完全合成培地であるSC培地では野生株より遅かった。

 次に、アミノ酸類似体を含むプレート上での破壊株の生育観察を行った。7種類のアミノ酸類似体を使用して破壊株の生育を観察した結果、アルギニン類似体L-カナバニンプレートで破壊株は野生株より耐性を示したことから、破壊株ではアルギニン取り込み能が低下していると推測された。そこで、(14)Cアルギニンを使用し、細胞のアルギニン取り込み能を直接測定したところ、いずれの破壊株も野生株より低下していた。

 アルギニンはアルギニントランスポーターCan1pにより取り込まれることが知られている。はじめに、各破壊株のCAN1転写量を解析したが破壊株と野生株の間に大きな違いは見られなかった。次に、Can1pのタンパク質量を測定した結果、各破壊株では野生株に比べて減少していた。そして、免疫染色によりCan1pの細胞内局在を解析した結果、野生株では主に液胞、細胞膜に局在していたのに対して、aly1Δaly2Δ株ではCan1Pのはっきりした局在が見られなかった。以上のことから、破壊株のアルギニン取り込み能の低下は、転写後のCan1pのタンパク質量の減少とともに、細胞膜局在も低下したことが原因であると推測される。

 一方、ALY1またはALY2をマルチコピーで細胞に導入したALY1++株、ALY2++株、ALY1++ ALY2++株では、Can1pのタンパク質量や細胞内局在に野生株と比べて顕著な変化は見られなかったものの、L-カナバニンプレートで野生株より感受性を示し、(14)Cアルギニン取り込み測定でも野生株より取り込み能が亢進していた。以上の結果から、Aly1p、Aly2pはアルギニンに代表される栄養の取り込みに関与する因子であると推測される。

 ラパマイシン処理によりTORC1の活性化を抑制すると、複数のアミノ酸トランスポーターの発現量や局在が変化することが知られている。一方、Can1pは低グルコース状態でタンパク質量が減少することが報告されているが、ラパマイシン処理に影響を受けるか否かは報告されていない。そこで、ラパマイシンによりCan1pのタンパク質量、アルギニン取り込み能が変化するか否か調べた結果、いずれも低下していた。

 aly1Δ株、aly2Δ株、aly1Δ aly2Δ株においてもCan1pのアルギニン取り込み能の低下が起きている。そこで、ラパマイシンの作用がAly1p、Aly2pを介したトランスポーターの制御とどのような関係にあるのか解析した。具体的には、aly1Δ aly2Δ株にラパマイシンを加えた後のアルギニン取り込み能を測定したが、破壊株により低下していたアルギニン取り込み能は、ラパマイシンによりさらに低下した。これらのことから、TORC1機能は、Aly1p、Aly2pとは独立にトランスポーターを制御していると推測される。

第3章 Aly1p、Aly2pのPYモチーフの解析

 Aly1p、Aly2pにはRsp5pと結合することが報告されているPYモチーフが存在していた。そこで、Aly1p、Aly2pがPYモチーフを介してRsp5pと結合していることを検証するために、PYモチーフをアラニンに置換したAly1-ΔPYp、Aly2-ΔPYpを作製し、Rsp5pとの結合実験を行った。その結果、野生型Aly1p、Aly2pとRsp5pの結合は確認できたのに対して、Aly1-ΔPYp、Aly2-ΔPYpとRsp5pは結合しなかった。このことから、Aly1p、Aly2pはPYモチーフを介してRsp5pと結合していると考えられる。

 次に、Rsp5pとの結合がAly1p、Aly2pの機能に与える影響を調べた。ゲノム上のALY1、ALY2をALY1-ΔPY、ALY2-ΔPYに置換した株を作製してアルギニン取り込み能を測定した結果、ALY1-ΔPY株、ALY2-ΔPY株ではaly1Δ株、aly2Δ株と同程度に低下していた。また、ALY1-ΔPY、ALY2-ΔPYをマルチコピーで導入しても、lst8(ts)株の制限温度下での生育阻害は回復しなかった。以上のことから、Rsp5pの結合がAly1p、Aly2pの機能に必要であると推測される。

第4章 ALY1、ALY2高発現によるlst8温度感受性変異抑圧の機構

 Aly1p、Aly2p高発現による制限温度下のlst8(ts)株の生育阻害の抑圧機構について解析するために、ALY1、ALY2をマルチコピーで導入したlst8(ts)株の制限温度下のアルギニン取り込み能を測定した。その結果、制限温度下でlst8(ts)株のアルギニン取り込み能が約70%低下したのに対して、ALY1、ALY2をマルチコピーで導入するとアルギニン取り込み能の低下は約20%に抑えられていた。

 次に、ALY1、ALY2をマルチコピーで導入したlst8(ts)株において、制限温度下でTORC1、TORC2の活性が回復しているか否かを検証した。その結果、ALY1、ALY2をマルチコピーで導入すると、制限温度でのアクチン骨格の脱局在は観察されたもののNpr1p、Atg13pの脱リン酸化は見られなかった。以上のことから、ALY1、ALY2高発現によるlst8温度感受性変異の抑圧は、TORC1の活性が回復したためであると考えられる。ALY1、ALY2高発現でアルギニンの取り込みが回復したことを考え合わせると、Can1p以外にも種々の栄養源トランスポーターの活性化により細胞内の栄養状況が改善され、このことがTORC1活性の回復を引き起こしたというモデルが考えられる。

まとめ

 lst8(ts)株を使ったスクリーニングにより、制限温度下の生育阻害を抑圧するマルチコピーサプレッサー遺伝子ALY1、ALY2を同定した。lst8(ts)株にALY1、ALY2をマルチコピーで導入すると、制限温度下で低下していたアルギニン取り込み能が回復し、TORC1が活性化されていた。Rsp5pはユビキチン化を介していくつかの栄養源トランスポーターの細胞膜局在を制御することが知られている。ALY1-ΔPY、ALY2-ΔPYを用いた解析から、Aly1p、Aly2pはRsp5pとの結合を介して機能する因子であると推測され、Rsp5pと協調して複数のトランスポーターの制御に関与している可能性がある。

 今後は、ALY1 ALY2破壊株、高発現株でRsp5pによって制御されることが知られている栄養源トランスポーターの栄養源の取り込み能測定を行うことで、Aly1p、Aly2pとRsp5pによるトランスポーター制御機構を明らかにしていきたい。また、Aly1p、Aly2p高発現により活性化されたトランスポーターが、具体的にどのような機構でTORC1経路の活性化に関与しているのか解析することで、TORの活性制御機構についての重要な知見が得られると期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 細胞は外界の栄養条件を検知して、細胞の成長と増殖を制御する機構を備えている。この機構で中心的役割を果たしている情報伝達因子が、TOR(Target of Rapamycin)である。TORは、細胞内に取り込まれた栄養源によって活性化される一方、栄養飢餓状態、もしくは免疫抑制剤ラパマイシンを添加すると、TORの活性は抑制され、細胞の成長と増殖は停止する。酵母TORにはTOR1、TOR2の2つの相同遺伝子が存在し、TORC1(TOR complex 1)複合体とTORC2(TOR complex 2)複合体が形成されている。TORC1はラパマイシン感受性で、アミノ酸トランスポーターの安定性制御、オートファジーの制御などを行っている。これに対して、TORC2はラパマイシン非感受性で、アクチン骨格の制御に関与している。TORC1とTORC2の共通の構成因子であるLst8pの温度感受性変異株(lst8(ts)株)を制限温度下におくと、TORC1、TORC2の活性が低下することから、Lst8PがTORC1、TORC2の活性化に必須の上流因子であることが報告されている。本研究はLst8pと協調してTORの活性制御に関わる新規因子を単離することを目的に、lst8(ts)株を用いてマルチコピーサプレッサー遺伝子のスクリーニングを行い、同定したALY1、ALY2の機能解析を通じてTORの活性制御機構の解明を目指したものである。本論文は序論、結果、考察からなっている。

 序論では、研究の背景と目的を述べている。TORの同定された経緯や構造について概説した後、TORの生理的な役割や酵母TORC1、TORC2の制御するシグナル伝達経路について詳説している。酵母アミノ酸トランスポーターついて触れた後、ユビキチンリガーゼRsp5pによる栄養源トランスポーターの制御について述べている。さらに、Lst8pによるTORの活性制御に関する知見を挙げ、lst8(ts)株のマルチコピーサプレッサー遺伝子を同定する意義について述べ、本研究の目的を明らかにしている。

 結果は4章で構成されている。1章では、ALY1、ALY2の同定について示している。lst8(ts)株を用いてマルチコピーサプレッサー遺伝子のスクリーニングを行った結果、タンパク質の生理的機能が報告されていない遺伝子ALY2(Arrestin-like protein in yeast 2)が同定された。また、Aly2pとアミノ酸配列で56%の相同性をもつタンパク質をコードするALY1がゲノム上に存在しており、ALY1もマルチコピーでlst8(ts)株の生育阻害が回復したことから、Aly1p、Aly2pが類似した機能をもつ因子であると結論している。

 2章では、ALY1、ALY2破壊株と高発現株の解析について示している。いずれの株もアルギニン類似体L-カナバニンに野生株より耐性を示し、(14)Cアルギニンの取り込み能も低下していた。さらに、各破壊株のアルギニントランスポーターCan1pのタンパク質量は野生株に比べて減少し、Can1pのはっきりした細胞内局在も見られなかった。また、各破壊株の増殖は、細胞の生育に最低限必要な窒素源や糖類を含む最少合成培地のSD培地では野生株と同程度あったが、SD培地に13種類のアミノ酸と核酸塩基を加えた完全合成培地のSC培地では野生株より遅かったことから、Alyl1p、Aly2pはアルギニンに代表される栄養の取り込みに関与する因子であると結論している。一方、高発現株では、Can1pのタンパク質量や細胞内局在に野生株と比べて顕著な変化は見られなかったものの、L-カナバニンに野生株より感受性を示し、(14)Cアルギニン取り込み能も亢進していた。各破壊株のエンドサイトーシスを脂溶性色素FM4-64で観察した結果、各破壊株では3個以上に細分化した液胞が見られた。このような細分化した液胞は、エンドソーム膜の形成が不十分になっている変異株で観察されており、Aly1p、Aly2pはエンドソーム膜の形成に関与していると結論している。

 3章では、Aly1p、Aly2pのPXYモチーフの解析を示している。Aly1p、Aly2pのPXYモチーフをアラニンに置換した変異体を作製し、Rsp5pとの結合能を検討したところ、野生型タンパク質で見られたRsp5pとの結合が変異体では失われており、Aly1p、Aly2pはPXYモチーフを介してRsp5pと結合することが確認された。また、ゲノム上のALY1、ALY2を変異体に置換した株は、破壊株と同程度にL-カナバニン耐性を示し、(14)Cアルギニン取り込み能も低下していた。また、変異体をマルチコピーで導入してもlst8(ts)株の制限温度下での生育阻害は回復しなかったことから、Aly1p、Aly2pの機能にはRsp5pとの結合が必要であると結論している。

 4章ではALY1、ALY2高発現によるlst8温度感受性変異抑圧の機構を示している。ALY1、ALY2をマルチコピーで導入したlst8(ts)株の、制限温度下のアルギニン取り込み能を測定した結果、低下したアルギニン取り込み能が回復していた。さらに、ALY1、ALY2の導入により制限温度下で低下したTORC1の機能も回復していた。以上のことから、ALY1、ALY2高発現により細胞内の栄養状況が改善し、TORC1の活性が回復したためlst8温度感受性変異が抑圧されたと推測している。

 考察では、本研究で同定したALY1、ALY2がlst8温度感受性変異を抑圧する機構についてモデルを提唱している。そして、Aly1p、Aly2pのアミノ酸トランスポーターの具体的な制御機構についてRsp5pの生理的機能および哺乳類アレスチンの知見と関連付けて考察し、最後にAly1p、Aly2pの酵母相同タンパク質について述べるとともに、今後の課題を提示している。

以上、本研究はAly1p、Aly2pの同定、機能解析を通して、現在まで不明であったAly1p、Aly2pの生理的機能の一部を明らかにしただけでなく、酵母アミノ酸トランスポーターの制御機構や、TORの活性制御機構について重要な知見を提供するもので、学術上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものとして認めた。

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