学位論文要旨



No 122397
著者(漢字) 島津,忠広
著者(英字)
著者(カナ) シマヅ,タダヒロ
標題(和) タンパク質のリジン残基アセチル化の生物学的多様性に関する研究
標題(洋) Studies on biological diversity of protein lysine acetylation
報告番号 122397
報告番号 甲22397
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3121号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 加藤,茂明
 東京大学 教授 佐藤,隆一郎
 東京大学 客員教授 吉田,稔
内容要旨 要旨を表示する

 タンパク質のリジン残基に起こるアセチル化修飾はタンパク質の機能や局在、安定性において重要な役割を果たすことが知られている。最近では、ヒストンあるいはp53を始めとした転写因子のみならず細胞質微小管タンパク質であるα-tubulinや、分子シャペロンであるHsp90など、細胞内の数多くのタンパク質がアセチル化による制御を受けることが判明しつつある。本研究は動物細胞において、アセチル化タンパク質を網羅的に探索、同定し、そのアセチル化の生理的意義を解明することを目的としたものである。

 脱アセチル化酵素(HDAC)の特異的阻害剤であるトリコスタチンA(TSA)およびニコチンアミド(NA)を処理し、アセチル化を亢進させた動物細胞からアセチル化リジン(AcLys)を特異的に認識する抗体を用いた免疫沈降によりアセチル化タンパク質を精製し、質量分析により同定した。その結果、ヒストンやp53などの既知アセチル化タンパク質のほか、多くの新規アセチル化タンパク質を同定することに成功した。本研究では、特に新規アセチル化タンパク質について各々のアセチル化が果たす役割を解明することで、リジンアセチル化修飾の生物的多様性を明らかにした。

1. 細胞質微小管のアセチル化

 当研究室の吉松らにより、微小管構成タンパク質の一つであるα-チューブリンのアセチル化が、ヒストン脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤トリコスタチンA(TSA)処理により亢進する一方で、トラポキシン(TPX)処理では亢進しないことが示されていた。α-チューブリンのアセチル化自体は以前から知られていたが、その機構および生理的意義については不明であった。そこでまず、未同定であったα-チューブリンの脱アセチル化酵素の同定を試みた。HDACファミリーの中でも、HDAC6は細胞質に局在し、TSAに感受性である一方TPX耐性の酵素であることが当研究室の古米らによって見出されていたことから、HDAC6がα-チューブリンの脱アセチル化酵素であることが考えられた。そこでHDAC1からHDAC10までのうち9種類のHDACを動物細胞で過剰発現させ、α-チューブリンのアセチル化に対する影響を観察した。その結果、HDAC6によってのみアセチル化α-チューブリンの減少が観察され、HDAC6がα-チューブリン脱アセチル化酵素であることが明らかとなった。また、アセチル化による生理的意義に関しては、アセチル化された微小管は安定化し、薬剤が引き起こす微小管の脱重合に対して遅延が生じることを見出した。さらにHDAC6による脱アセチル化は主に脱重合状態のチューブリンで引き起こされ、逆にアセチル化は重合状態で起きることを明らかにした。

2. ウイルスタンパク質のアセチル化

 TSAを動物細胞に処理することでアセチル化が亢進するタンパク質を、抗AcLys抗体を用いた免疫沈降による精製後、質量分析によって同定した。この解析により、新規アセチル化の一つとしてSV40 large T antigen (T-Ag)を同定した。T-AgはDNAウイルス発癌タンパク質であり、p53やRbと結合するなど、細胞の癌化を考える上で鍵となる重要なタンパク質の一つである。MS/MS解析で予測されたアセチル化部位Lys697が実際にアセチル化部位であることを変異実験によって確認した。そのアセチル化修飾機構を解析した結果、T-Agのアセチル化酵素としてCBPを、また脱アセチル化酵素としてHDAC1,HDAC3およびSIRT1を同定した。また、アセチル化修飾の役割として、T-Agはアセチル化により分解が促進されることを見出した。さらにNIH3T3細胞にアセチル化を模した変異体であるT-Ag-K697Q変異体を安定発現させた細胞株では、野生型T-Agを発現させた細胞に比べ、足場非依存的な増殖が抑制された。以上から、T-Agのアセチル化はタンパク質の安定性を低下させ、これにより癌化を制御していることが示唆された。

3. mRNAプロセシング複合体のアセチル化

 上記の手法により、mRNAのプロセシング因子であるcleavage factor Im 25 kDa (CFIm25)を同定した。このタンパク質のアセチル化部位はlysine-23であることをMS解析と変異実験によって明らかにした。さらに、プロセシング複合体の解析を進めた結果、mRNAのpoly(A)付加酵素であるpoly(A)polymerase(PAP)もlysine-635/644/730/734がアセチル化されることを見出した。二種のタンパク質の修飾酵素は共通しており、アセチル化酵素としてCBPを、脱アセチル化酵素としてHDAC1,3,10,SIRT1およびSIRT2を同定した。CFIm25はCFIm複合体の大サブユニットであるCFIm68を介してCBPと結合することでアセチル化が亢進したことから、CFIm25のアセチル化はプロセシング複合体の形成に依存して起こることが明らかとなった。また、アセチル化部位は共に、タンパク質相互作用に必要な領域であったことから、CFIm25とPAPの結合がアセチル化で変化するのか検討したところ、アセチル化によりCFIm25とPAPの結合が解離することを見出した。さらにアセチル化がPAPとimportin βとの結合を阻害し、PAPの細胞内局在を制御していることを明らかにした。

4. 分子シャペロンのアセチル化

 Hsp90は分子シャペロンとしてATP依存的な基質タンパク質の折り畳みあるいはユビキチンプロテアソーム系によるタンパク質分解に重要な役割を果たす。近年、Hsp90のアセチル化によりコシャペロンp23との結合が阻害され、Hsp90の活性が抑制されることが示されたが、本研究ではHsp90のコシャペロンの一つであるactivator of Hsp90 ATPase (Aha1)をアセチル化タンパク質として同定した。Aha1のアセチル化部位はN-末端領域のlysine-3であり、アセチル化酵素はCBPおよびTIP60、脱アセチル化酵素はHDAC6およびSIRT1/2であった。HDAC6ノックダウンによりAha1のアセチル化レベルが顕著に増加したことから、特にHDAC6によるAha1の脱アセチル化を詳細に解析した結果、Aha1は熱ショックやプロテアソーム阻害などの刺激によりHDAC6との結合が解離し、アセチル化が亢進することが判明した。Hsp90もHDAC6により脱アセチル化修飾を受けることが報告されており、このことからHsp90:Aha1複合体がHDAC6による機能調節を受けることが考えられた。実際、Hsp90とAha1の結合はアセチル化によって阻害され、またAha1によるHsp90活性化もアセチル化により抑制された。以上から、HDAC6によるアセチル化調節はHsp90のみならず、Aha1にも起こり、Hsp90複合体の活性を調節していることが明らかになった。

5. アクチン結合タンパク質のアセチル化

 アセチル化タンパク質の探索の結果、アクチン結合タンパク質cortactinを同定した。CortactinはF-actin結合ドメインを有し、またArp2/3やWASPなどと相互作用することでアクチン形成に重要な役割を担っている。実際、cortactinのノックダウンにより細胞の運動性が低下することが報告されている。MS解析によりアセチル化部位はF-actinとの結合に必須なcortactin repeat領域であることが判明した。このリピートドメインは6+1/2の繰り返し配列からなり、7カ所のlysine(lysine-87/124/161/198/235/272/309)が全てアセチル化されることを確認した。HAT過剰発現によるin vivoアセチル化を調べたところ、アセチル化酵素はCBPであることが示された。また、同様の方法により脱アセチル化酵素がclass III HDACであるSIRT1であることを明らかにした。Cortactinは細胞質に局在するタンパク質であるにも関わらず、そのアセチル化/脱アセチル化酵素が核タンパク質であったことから、cortactinが核・細胞質間をシャトルしている可能性が考えられた。そこで核外輸送タンパク質CRM1の特異的阻害剤であるレプトマイシンB(LMB)を処理し、cortactinの局在を観察したところ、cortactinは核に蓄積した。さらに、LMBを処理したHeLa細胞ではSIRT1ノックダウンにより顕著にアセチル化が亢進したことから、cortactinが核内でアセチル化、脱アセチル化修飾を受けることが示された。また、アセチル化部位はF-actin結合ドメインであったことから、アセチル化部位の変異体を用いてF-actin結合実験を行った。その結果、アセチル化はF-actinとの結合を阻害することが判明した。shRNAベクターを用いてcortactinをノックダウンした後、WTおよび7KR,7KQ変異体を過剰発現させた安定発現細胞を作製し、運動性をboyden chamber assayにより測定した。その結果、WTに比べ7KQでは顕著に運動性の低下が観察された。以上から、cortactinのアセチル化はF-actinとの結合を阻害し、細胞の運動性を低下させることが明らかとなった。

まとめ

1. ヒストン・転写因子では重要な役割を果たすことが知られているリジンアセチル化修飾が、細胞骨格と細胞運動性(α-チューブリン、cortactin)、シャペロン(Aha1)、mRNAプロセシング(CFIm25、PAP)やウイルスタンパク質(T-Ag)の制御にも関わっていることを明らかにし、タンパク質アセチル化の多様性を示した。

2. クラスI/II HDACのみならず、クラスIII HDACもタンパク質の脱アセチル化に関与し、共役的に細胞内アセチル化レベルを調節していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

タンパク質のリジン残基に起こるアセチル化修飾はタンパク質の機能や局在、安定性において重要な役割を果たすことが知られている。最近では、ヒストンあるいは転写因子のみならず、細胞内の数多くのタンパク質がアセチル化による制御を受けることが判明しつつある。本研究は動物細胞において、アセチル化タンパク質を網羅的に探索、同定し、そのアセチル化の生理的意義を解明することを目的としたものである。

 脱アセチル化酵素(HDAC)の特異的阻害剤であるトリコスタチンA(TSA)およびニコチンアミド(NA)を処理し、アセチル化を亢進させた動物細胞からアセチル化リジン(AcLys)を特異的に認識する抗体を用いた免疫沈降によりアセチル化タンパク質を精製し、質量分析により同定した。その結果、ヒストンやp53などの既知アセチル化タンパク質のほか、多くの新規アセチル化タンパク質を同定することに成功した。本研究では、特に新規アセチル化タンパク質について各々のアセチル化が果たす役割を解明することで、リジンアセチル化修飾の生物的多様性を明らかにした。

(1) 細胞質微小管のアセチル化

HDAC6が微小管構成タンパク質の一つであるα-チューブリンの脱アセチル化酵素であることを明らかにした。また、アセチル化による生理的意義に関しては、アセチル化された微小管は安定化し、薬剤が引き起こす微小管の脱重合に対して遅延が生じることを見出した。さらにHDAC6による脱アセチル化は主に脱重合状態のチューブリンで引き起こされ、逆にアセチル化は重合状態で起きることを明らかにした。

(2) ウイルスタンパク質のアセチル化

DNAウイルス発癌タンパク質T-Agのアセチル化酵素としてCBPを、また脱アセチル化酵素としてHDAC1,HDAC3およびSIRT1を同定した。また、アセチル化修飾の役割として、T-Agはアセチル化により分解が促進されることを見出した。さらにNIH3T3細胞にアセチル化を模した変異体であるT-Ag-K697Q変異体を安定発現させた細胞株では、野生型T-Agを発現させた細胞に比べ、足場非依存的な増殖が抑制されたことから、T-Agのアセチル化はタンパク質の安定性を低下させることが示唆された。

(3) mRNAプロセシング複合体のアセチル化

mRNAのプロセシング因子であるcleavage factor Im 25 kDa (CFIm25)のアセチル化部位はlysine-23であることを明らかにした。さらに、mRNAのpoly(A)付加酵素であるpoly(A) polymerase (PAP)もlysine-635/644/730/734がアセチル化されることを見出した。これらのタンパク質の修飾酵素を同定し、CFIm25のアセチル化はプロセシング複合体の形成に依存して起こることを明らかにした。また、アセチル化によりCFIm25とPAPの結合が解離することを見出した。さらにアセチル化がPAPとimportin βとの結合を阻害し、PAPの細胞内局在を制御していることを明らかにした。

(4)分子シャペロンのアセチル化

Hsp90のコシャペロンの一つであるactivator of Hsp90 ATPase (Aha1)をアセチル化タンパク質として同定した。Aha1は熱ショックやプロテアソーム阻害などの刺激によりHDAC6との結合が解離し、アセチル化が亢進することを示した。Hsp90とAha1の結合はアセチル化によって阻害され、またAha1によるHsp90活性化もアセチル化により抑制されたことから、HDAC6によるアセチル化調節はHsp90のみならずAha1にも起こり、Hsp90複合体の活性を調節していることを明らかにした。

(5) アクチン結合タンパク質のアセチル化

Cortactinのアセチル化部位はF-actinとの結合に必須なcortactin repeat領域であると同定し、その修飾酵素がCBP、SIRT1であることを明らかにした。さらにcortactinが核・細胞質間をシャトルし、核内でアセチル化、脱アセチル化修飾を受けることを示した。また、アセチル化はF-actinとの結合を阻害し、細胞の運動性を低下させることを明らかにした。

本研究ではヒストン・転写因子では重要な役割を果たすことが知られているリジンアセチル化修飾が、細胞骨格と細胞運動性(α-チューブリン、cortactin)、シャペロン(Aha1)、mRNAプロセシング(CFIm25、PAP)やウイルスタンパク質(T-Ag)の制御にも関わっていることを明らかにし、タンパク質アセチル化の多様性を示した。また、クラスI/II HDACのみならず、クラスIII HDACもタンパク質の脱アセチル化に関与し、共役的に細胞内アセチル化レベルを調節していることを示した。以上の成果はこの分野に新知見をもたらした研究として意義がある。よって審査委員一同は、本論文が、博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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