学位論文要旨



No 122401
著者(漢字) 西増,弘志
著者(英字)
著者(カナ) ニシマス,ヒロシ
標題(和) 超好熱性古細菌Sulfolobus tokodaiiの糖代謝関連酵素の構造と機能
標題(洋)
報告番号 122401
報告番号 甲22401
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3125号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

 超好熱性古細菌は進化系統樹の根元に近いところに位置することから生命の起源に関する基礎研究対象として興味深い。さらに、その酵素は高度な耐熱安定性を有することから産業利用への応用面においても注目されている。超好熱性古細菌Sulfolobus tokodaiiは特異な糖代謝経路を持つことが示唆されていたが、その詳細については不明だった。本研究では、X線結晶構造解析と生化学的解析により、S. tokodaiiの糖代謝経路に関与する4つの特徴的な酵素の構造と機能を明らかにした。その結果、糖代謝経路は最も基本的な代謝経路の一つであるにもかかわらず、想像以上の多様性を持つことが示唆された。

(1) ヘキソキナーゼ((1,2))

 ヘキソキナーゼは、グルコースからグルコース-6-リン酸へのリン酸化を触媒する糖代謝の鍵酵素である。20年以上前にSulfolobus solfataricus菌体抽出液中にATP依存性ヘキソキナーゼ活性が検出されているにもかかわらず、Sulfolobus属ゲノムには既知ヘキソキナーゼの相同遺伝子は見出されないことは謎だった。本研究では、S. tokodaii菌体抽出液中から5段階のカラムクロマトグラフィーによりATP依存性ヘキソキナーゼ活性を持つタンパク質(StHK)を精製し、ペプチドマスフィンガープリント法により責任遺伝子(ORF ST2354)を同定した。ST2354は、"hypothetical protein"とアノテーションされており、ヒト由来N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)キナーゼと約25%の配列同一性を持つことがわかった。精製した組み換えStHKの機能解析により、StHKはグルコースに加えGlcNAcなどの複数のヘキソースのリン酸化を触媒できる新奇耐熱性ヘキソキナーゼであることが明らかになった。アミノ酸配列の類似性から、StHKはSulfolobus属に特徴的なヘキソキナーゼであると示唆される。

 さらに、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法または分子置換法により、StHKの4つの異なる状態[(1)アポ状態、(2)グルコース複合体、(3)ADP複合体、(4)キシロース・Mg(2+)・ADP複合体]の結晶構造を1.65-2.0Å分解能で決定した(図)。アポ状態とADP複合体はopen型構造をとるのに対し、グルコース複合体とキシロース・Mg(2+)・ADP複合体はclosed型構造をとることから、糖結合は大きな構造変化を誘導するがADP結合は構造変化を誘導しないことが示唆される。StHKはヘキソキナーゼファミリーに特徴的なコアフォールドを持つが、基質認識に関与するループ構造が他のヘキソキナーゼファミリーのメンバーのそれと大きく異なる。StHKとGlcNAcキナーゼおよびヘキソキナーゼとの構造比較から、なぜStHKはグルコースとGlcNAcの両方をリン酸化できるのかを説明することができる。さらに、キシロース・Mg(2+)・ADP複合体は、ヘキソキナーゼファミリーにおいてMg(2+)イオンの結合様式が可視化された初めての例であり、これまでにヘキソキナーゼにおいて提唱されていたリン酸転移機構についてより精確に理解することが可能となった。

(2) フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ((3))

 フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ(FBPase)は、フルクトース-1,6-ビスリン酸(FBP)からフルクトース-6-リン酸と無機リン酸への加水分解を触媒する糖新生経路の鍵酵素である。アミノ酸配列の相同性に基づいて、FBPaseは5つのクラスに分類される。超好熱性古細菌由来FBPase(クラスV)の立体構造はこれまで明らかになっていなかった。本研究では、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により、S. tokodaii由来FBPase (StFbp)の結晶構造を1.8Å分解能で決定した(図)。StFbpは新規フォールドを持ち、ホモ八量体構造をとることが明らかになった。活性部位にはFBPと4つのMg(2+)イオンが結合していた。構造既知FBPaseには環状FBPが結合するのに対し、予想外なことにStFbpには直鎖状FBPが結合していた。この観察から、超好熱性古細菌由来FBPaseは特異な立体構造を持ち、高温環境で多く存在すると予想される直鎖状FBPを基質として利用するのではないかと推測される。さらに、4つのMg(2+)イオンに配位する8つのアミノ酸残基をそれぞれAlaに置換した変異体解析により、保存されたAsp12が塩基触媒として働くという反応機構が推定された。

(3) グリセリン酸キナーゼ

 S. tokodaiiは、非リン酸化Entner-Doudroff (ED)経路によりグルコースをピルビン酸まで代謝する(図)。一般的なED経路ではグルコースの段階でリン酸化が起こるのに対し、非リン酸化ED経路ではグリセリン酸の段階でリン酸化が起こる。グリセリン酸キナーゼ(GCK)は、グリセリン酸から2-ホスホグリセリン酸へのリン酸化を触媒する。これまでに少数のGCKについて構造解析と機能解析が行われているが、その構造機能相関は不明だった。本研究では、Hg誘導体を用いた重原子同型置換法によりS. tokodaii由来GCK(StGCK)の結晶構造を2.3Å分解能で決定した(図)。StGCKの構造は既知GCKとよく似ていたが、2つのドメイン間のクレフトにグリセリンが結合していた。3つの保存された酸性残基(Asp183、Glu297、Asp339)がグリセリンの近傍に位置する。D183N、E297Q、D339N変異体を作製し活性を測定したところ、全ての変異体において活性の著しい低下が観察された。Glu297はグリセリンの2-OH基と水素結合することおよびE297Q変異体は活性を消失したことをから、Glu297が塩基触媒としてグリセリン酸の2-OH基からプロトンを引き抜くと推測される。

(4) グルセルアルデヒドオキシドレダクターゼ

 非リン酸化ED経路において、グリセルアルデヒドからグリセリン酸への酸化を触媒する酵素についてはよくわかっていなかった。本研究では、S. tokodaii菌体抽出液中から5段階のカラムクロマトグラフィーによりグリセルアルデヒド酸化活性を持つタンパク質(StGCOR)を精製した。StGCORは、3つのサブユニット[L(89kDa)、M(32kDa)、S(19kDa)]からなる三量体が2つ結合したヘテロ六量体で存在する。カラムクロマトグラフィーにおける溶出位置などから、StGCORは、S. tokodaii菌体抽出液中から以前に精製されていたインドールピルビン酸脱炭酸活性とアルデヒド酸化活性の両方を示すモリブドフラボ酵素と一致することが確認された。アミノ酸配列の相同性から、StGCORはキサンチンオキシダーゼファミリーに属し、モリブデンコファクター(Moco)、FAD、2つの[2Fe-2S]クラスターを持つことが推測される。StGCORの結晶は2.2Å分解能までX線を回折した。Pseudomonas putida 由来 quinoline 2-oxidoreductase (PDB code 1T3Q)をサーチモデルとして用いた分子置換法により初期位相を計算し、現在精密化を行っている(図)。精密化の途中であるが、Moco、FAD、2つの[2Fe-2S]クラスターに対応する明瞭な電子密度が観察される。Mocoは真核生物と真正細菌で構造が異なることが知られているが、古細菌のMocoについてはこれまでに報告がない。StGCORの結晶構造から、モリブデン含有酵素についての新たな知見が得られることが期待される。

参考文献1 Nishimasu,H.,Fushinobu, S., Shoun, H., Wakagi, T. (2006) J. Bacteriol. 188, 2014-20192 Nishimasu,H.,Fushinobu, S., Shoun, H., Wakagi, T. (submitted)3 Nishimasu,H.,Fushinobu, S., Shoun, H., Wakagi, T. (2004) Structure 12, 949-959

図 S. tokodaiiの特異な糖代謝経路。(1)4つの状態のStHK単量体構造(重ね合わせ)。(2)StFbpホモ八量体構造。(3)StGCK単量体構造。(4)StGCORヘテロ三量体構造。

審査要旨 要旨を表示する

 超好熱性古細菌は進化系統樹の根元に近いところに位置することから生命の起源に関する基礎研究対象として興味深く、その酵素は高度な耐熱安定性を有することから産業利用への応用面においても注目されている。超好熱性古細菌Sulfolobus tokodaiiは特異な糖代謝経路を持つことが示唆されていたが、その詳細については不明だった。本論文では、X線結晶構造解析と生化学的解析により、S. tokodaiiの糖代謝経路に関与する4つの特徴的な酵素の構造と機能を明らかにした。その結果、糖代謝経路は最も基本的な代謝経路の一つであるにもかかわらず、想像以上の多様性と新規性を持つことが示唆された。

第1章 ヘキソキナーゼ

 ヘキソキナーゼはグルコースからグルコース-6-リン酸へのリン酸化を触媒する糖代謝の鍵酵素である。20年以上前にSulfolobus solfataricus菌体抽出液中にATP依存性ヘキソキナーゼ活性が検出されているにもかかわらず、Sulfolobus属ゲノムには既知ヘキソキナーゼの相同遺伝子は見出されないことは謎だった。第1章では、S. tokodaii菌体抽出液中から5段階のカラムクロマトグラフィーによりATP依存性ヘキソキナーゼ活性を持つタンパク質(StHK)を精製し、ペプチドマスフィンガープリント法によりその遺伝子(ST2354)を同定した。ST2354は、"hypothetical protein"とアノテーションされており、ヒト由来N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)キナーゼと25%の配列同一性を持つことがわかった。精製した組換えStHKの機能解析により、StHKはグルコースに加えGlcNAcなどの複数のヘキソースのリン酸化を触媒できる新奇耐熱性ヘキソキナーゼであることが明らかになった。アミノ酸配列の類似性から、StHKはSulfolobus属に特徴的なヘキソキナーゼであると示唆された。

 さらに、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法または分子置換法により、StHKの4つの異なる状態[(1)アポ状態、(2)グルコース複合体、(3)ADP複合体、(4)キシロース・Mg(2+)ADP複合体]の結晶構造を1.65-2.0Å分解能で決定した。アポ状態とADP複合体はopen型構造をとるのに対し、グルコース複合体とキシロース・Mg(2+)・ADP複合体はclosed型構造をとることから、糖結合は大きな構造変化を誘導するがADP結合は構造変化を誘導しないことが示唆された。StHKはヘキソキナーゼファミリーに特徴的なコアフォールドを持つが、基質認識に関与するループ構造が他の酵素と大きく異なり、構造比較から、StHKがグルコースとGlcNAcの両方をリン酸化できる分子基盤を明らかにした。さらに、キシロース・Mg(2+)・ADP複合体は、ヘキソキナーゼファミリーにおいてMg(2+)イオンの結合様式が可視化された初めての例であり、これまでにヘキソキナーゼにおいて提唱されていたリン酸転移機構についてより精確に理解することが可能となった。

第2章 フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ

 フルクトース-1,6-ビスホスファターゼ(FBPase)は、フルクトース-1,6-ビスリン酸(FBP)からフルクトース-6-リン酸と無機リン酸への加水分解を触媒する糖新生経路の鍵酵素である。アミノ酸配列の相同性に基づいて、FBPaseは5つのクラスに分類される。超好熱性古細菌由来FBPase(クラスV)の立体構造はこれまで明らかになっていなかった。第2章では、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法により、S tokodaii由来FBPase(StFbp)の結晶構造を1.8Å分解能で決定し、StFbpは新規フォールドを持ち、ホモ八量体構造をとることを明らかにした。活性部位にはFBPと4つのMg(2+)イオンが結合しており、構造既知FBPaseには環状EBPが結合するのに対し、予想外なことにStFbpには直鎖状FBPが結合していた。この観察から、超好熱性古細菌由来FBPaseは特異な立体構造を持ち、高温環境で多く存在すると予想される直鎖状FBPを基質として利用するのではないかと推測された。さらに、4つのMg(2+)イオンに配位する8つのアミノ酸残基をそれぞれAlaに置換した変異体解析により、保存されたAsp12が塩基触媒として働くことが示唆された。

第3章 グリセリン酸キナーゼ

 S.tokodaiiは、非リン酸化Entner-Doudroff(ED)経路によりグルコースをピルビン酸まで代謝する。グリセリン酸キナーゼ(GCK)は、グリセリン酸から2-ホスホグリセリン酸へのリン酸化を触媒する。これまでに少数のGCKについて構造解析と機能解析が行われているが、その構造機能相関は不明だった。第3章では、重原子同型置換法により、S. tokodaii由来GCK (StGCK)の結晶構造を2.3Å分解能で決定した。StGCKの構造は既知GCKとよく似ていたが、2つのドメイン間のクレフトにグリセリンが結合していた。グリセリンの近傍に位置する3つの保存された酸性残基(Asp183、Glu297、Asp339)の変異体(D183N、E297Q、D339N)を作製し活性を測定したところ、全ての変異体において活性の著しい低下が観察された。Glu297はグリセリンの2-OH基と水素結合することおよびE297Q変異体は活性を消失したことをから、Glu297が塩基触媒としてグリセリン酸の2-OH基からプロトンを引き抜くことが示唆された。

第4章 グルセルアルデヒドオキシドレダクダーゼ

 非リン酸化ED経路において、グリセルアルデヒドからグリセリン酸への酸化を触媒する酵素についてはよくわかっていなかった。第4章では、S. tokodaii菌体抽出液中から5段階のカラムクロマトグラフィーによりグリセルアルデヒド酸化活性を持つタンパク質(StGCOR)を精製した。StGCORは、3つのサブユニット[L(89kDa)、M(32kDa)、S(19kDa)]からなる三量体が2つ結合したヘテロ六量体で存在する。アミノ酸配列の相同性から、StGCORはキサンチンオキシダーゼファミリーに属し、モリブデンコファクター(Moco)、FAD、2つの[2Fe-2S]クラスターを持つことが推測された。StGCORの結晶は2.2Å分解能までX線を回折した。分子置換法により初期位相を計算し、現在精密化を行っている。精密化の途中であるが、Moco、FAD、2つの[2Fe-2S]クラスターに対応する明瞭な電子密度が観察されている。Mocoは真核生物と真正細菌で構造が異なることが知られているが、古細菌のMocoについてはこれまでに報告がない。したがって、StGCORの結晶構造から、モリブデン含有酵素についての新たな知見が得られることが期待される。

 以上、本論文は、超好熱性古細菌Sulfolobus tokodaiiの特異な糖代謝経路を構成する4つの特徴的な酵素について機能解析およびX線結晶構造解析を行い、特異な糖代謝経路を原子レベルで解明したものであり、学術上ならびに応用上の価値が大きい。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学術論文として価値あるものと認めた。

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