学位論文要旨



No 122404
著者(漢字) 宮腰,昌利
著者(英字)
著者(カナ) ミヤコシ,マサトシ
標題(和) IncP-7群カルバゾール分解プラスミドpCAR1の機能発現制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 122404
報告番号 甲22404
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3128号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 教授 正木,春彦
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 野尻,秀昭
内容要旨 要旨を表示する

 石油中に含まれる含窒素芳香族化合物カルバゾールは変異原性や毒性を有する化合物である。グラム陰性細菌Pseudomonas resinovorans CA10株は、カルバゾールをアントラニル酸、カテコールを経て代謝し(Fig.1A)、カルバゾールをアントラニル酸へ分解する酵素群およびアントラニル酸をカテコールに変換するジオキシゲナーゼはそれぞれcar遺伝子群およびant遺伝子群にコードされる(Fig.1B)。car、ant遺伝子群は全塩基配列199,035bpが既に解読されているプラスミドpCAR1に存在する。以前の研究で、不和合性群IncP-7に属するpCAR1はPseudomonas属細菌間で水平伝播することが可能であることが示されている。染色体の全塩基配列が解読されている土壌細菌Pseudomonas putida KT2440株は、CA10株との接合伝達の結果、pCAR1を獲得し、カルバゾールを代謝することが可能になった。

 本研究では、pCAR1が宿主細胞内でどのように機能を発現させるのかを解明することを目的として、まずカルバゾール代謝遺伝子群が有する特異的転写制御機構を明らかにするとともに、カルバゾールを炭素源として生育する際のプラスミドおよび染色体の遺伝子発現様式を網羅的に解析した。また、付加的なレプリコンであるプラスミドを保持することによる宿主染色体への影響を調べるため、pCAR1を保持することに対して応答する染色体遺伝子の転写制御機構を解析した。

1. Pseudomonas resinovorans CA10株におけるカルバゾール代謝遺伝子群の転写制御機構

 ant遺伝子群の転写は、アントラニル酸によって誘導され、AraC/XylS familyに属するアクチベーターAntRに制御されるプロモーターP(ant)から促進されることが既に示されている。一方で、car遺伝子群には様々な遺伝子再編成の痕跡が見出されており、car遺伝子群の上流にant遺伝子群の上流領域が挿入配列ISPre1を介して転移し、この領域にP(ant)プロモーターが含まれている(Fig.1B)。これまでに解析されているカルバゾール資化性グラム陰性細菌の中でJanthinobacterium sp. J3株が保有するcar遺伝子群は、CA10株のものと比較して構造遺伝子の塩基配列が非常に類似しているにもかかわらず、上流領域へのISPre1の転移は見られない(Fig.1B)。そこで、ISPre1の転移による遺伝子構造の変化がもたらすカルバゾール代謝制御系の違いを明らかにするため、CA10株、J3株それぞれのcar遺伝子群の転写制御機構を解析した。

 RT-PCRの結果CA10株由来car遺伝子群は約12kbに渡る転写単位を構成し、その転写はantオペロンと同様にP(ant)プロモーターから促進されることが示された。また、car遺伝子群は構成的にも転写されることがレポーター解析の結果明らかになり、プライマー伸長法により新たにcar遺伝子群の上流に存在する構成的プロモーターP(carAa)が同定された。一方、J3株由来car遺伝子群はGntR familyに属するリプレッサーCarRによる制御を受けるプロモーターP(u13)から転写が促進され、カルバゾールの中間代謝物である2-hydroxy-6-oxo-6-(2'-aminophenyl)-hexa-2,4-dienoate (HOADA)によって転写が誘導されることが示された(Fig.1B)。また、P(carAa)は何れのcarオペロンにも保存されており、構成的に発現する代謝酵素群がカルバゾール中間代謝物であるそれぞれの転写誘導物質を生成することに寄与することが推測された。

 以上から、ISPre1の転移を介してP(u13)プロモーターがP(ant)プロモーターに置換された結果、アントラニル酸代謝制御系と同調するCA10株由来carオペロンが形成されたことが示された。

2. カルバゾールを炭素源として生育するPseudomonas putida KT2440(pCAR1)株のプラスミド・染色体の網羅的遺伝子発現様式の解析

 pCAR1を保持する宿主細胞においてカルバゾールが代謝されるには、プラスミド上の代謝オペロンが誘導されるだけでなく、宿主染色体に存在する遺伝子が協調的に発現されなければならない。カルバゾールを代謝する際に発現変動するプラスミド遺伝子および染色体遺伝子を探索するため、カルバゾールもしくはコハク酸を炭素源として培養したKT2440(pCAR1)株の対数増殖期におけるトランスクリプトームをマイクロアレイ解析により比較した。

 プラスミドに存在する190個のORFの内、カルバゾール培養時に69個が有意な発現変動を示し(p値0.05以下)、その内52個が発現誘導された。一方、染色体に存在するORFの内166個が有意な発現変動を示したが、その内カルバゾール培養時に76個が発現誘導、90個が発現抑制された。pCAR1に存在するcar、ant遺伝子群は最も顕著な発現誘導を示し、加えてその制御遺伝子antRも発現誘導された。また、染色体に存在するカテコール以降の代謝に関与するcat、pca遺伝子群がカルバゾール培養時に発現誘導されたことから、KT2440(pCAR1)株においてもこれらの遺伝子群がカルバゾール代謝経路下流を担うことが示された。一方で、タンパク質合成およびエネルギー代謝に関与する染色体遺伝子の多くがカルバゾール培養時に発現抑制された。さらに、様々なストレス応答に関与する遺伝子の転写に必要なRNAポリメラーゼシグマ因子をコードするalgT、rpoH、rpoSがカルバゾール培養時に発現誘導された。

 マイクロアレイ解析によりカルバゾール培養時におけるantRの発現誘導が検出されたが、antRの転写制御機構は未だ明らかになっていなかった。プライマー伸長法によりantRの転写開始点を同定したところ、antRはRpoN依存性プロモーターから転写されることが示された。一般にRpoN依存性プロモーターの転写にはNtrC familyに属するアクチベーターが必須であるが、pCAR1はNtrC familyのタンパク質をコードしていない。このことから、pCAR1に存在するカルバゾール代謝オペロンが転写活性化されるためには、antRのアクチベーターが宿主染色体にコードされていなければならないことが示唆された。KT2440株染色体には22種のNtrC family制御遺伝子が存在しており、現在antRプロモーターに特異的に作用するアクチベーターを探索している。

 本研究により、宿主細胞内においてカルバゾール代謝オペロンの主要な転写制御因子であるAntRが発現するかどうかは、宿主の染色体ゲノムの性質に大きく依存することが明らかになった。プラスミドを始めとする可動性遺伝因子が水平伝播した結果、宿主の染色体ゲノムの性質に依存して発現制御系が変化することが予想されるが、pCAR1を保持する異種宿主間でpCAR1トランスクリプトームに違いが見出されるかどうか興味が持たれる。

3. pCAR1の保持に応答するPseudomonas putida KT2440株染色体遣伝子の転写制御機構

 プラスミドは細胞内で染色体とは別個に自律増殖するレプリコンであり、独立した複製、維持機構を有する。プラスミドを保持することは、発現させるべきタンパク質量の増加、プラスミドにコードされるDNA結合性タンパク質による転写制御、タンパク質間相互作用の機会の増加など、予期せずに宿主細胞の生理機能を改変させる可能性を秘めている。そこで、KT2440株がpCAR1を保持することによって染色体遺伝子がどのように発現変動するか調べるため、コハク酸を炭素源として培養したKT2440株とKT2440(pCAR1)株の対数増殖期におけるトランスクリプトームを比較した。

 pCAR1の保持によりKT2440株染色体に存在する34個のORFが有意な発現変動を示し(倍率変動1.5以上、p値0.05以下)、23個は発現誘導され、11個は発現抑制された。この内、最も顕著な発現誘導を示した機能未知遺伝子PP3700は、N末端のXRE familyのhelix-tum-helix(HTH)型DNA結合ドメインとともに、染色体やプラスミドの能動的分配に関与するParAに類似したWalker型ATPaseドメインを有するタンパク質をコードすると推定された。

 プライマー伸長法により、PP3700の転写開始点を同定するとともに、PP3700の転写がpCAR1を保持する時に特異的に誘導されることを明らかにした。レポーター解析の結果、その転写誘導には転写開始点を+1として-50までのプロモーター領域が必要であることが示され、-50から-38の領域に回文様配列が見出された。また、KT2440株においてPP3700を過剰発現させることによってPP3700プロモーターが転写活性化されたことから、PP3700はPP3700タンパク質自身によって発現誘導されることが示された。また、pCAR1の能動的分配に関与するParAを過剰発現させることによってPP3700プロモーターはより強く転写活性化された。このことから、pCAR1と宿主染色体の間にParA familyタンパク質を介した特異的な転写制御機構が存在することが明らかになった。

 本研究ではマイクロアレイを用いた機能ゲノム学的手法により、レプリコンの能動的分配機構に関与すると考えられる染色体支配の新規ParAホモログPP3700を発見した。プラスミドの発見以来、細胞分裂におけるプラスミドの能動的分配には特異的な宿主因子が関与することが予想されていたが、このような宿主因子は変異株スクリーニングなど従来の手法では未だに同定されていない。腸内細菌を除く細菌ゲノムには普遍的に複数のParAホモログが存在しており、これらが特異的に誘導される条件に加えて能動的分配においてどのように機能するのか、更なる研究が必要である。

Fig.1.(A)細菌のカルバゾール代謝経路。(B) P. resinovorans CA10株由来car, antオペロン、Janthinobacterium sp.J3株由来carオペロンの遺伝子構造。影付の領域はほぼ塩基配列が相同な領域を示す。実線の矢印は誘導性プロモーター、波線は構成的プロモーターを表す。

審査要旨 要旨を表示する

 原核生物においてプラスミドは染色体とは独立のレプリコンであり、宿主に難分解性物質代謝能などの様々な形質を付与する。石油中に含まれる含窒素芳香族化合物カルバゾールを代謝するグラム陰性細菌Pseudomonas resinovorans CA10株は分解プラスミドpCAR1を有し、カルバゾールをアントラニル酸へ分解する酵素群およびアントラニル酸をカテコールに変換するジオキシゲナーゼをそれぞれコードするcarオペロンおよびantオペロンはpCAR1上に存在する。pCAR1の全塩基配列199, 035 bpが既に解読されており、pCAR1の分子遺伝学的研究によりpCAR1が不和合性群IncP-7に属し、Pseudomonas属細菌間で水平伝播することが可能であることが示されている。染色体の全塩基配列が解読されている土壌細菌Pseudomonas putida KT2440株は、CA10株との接合伝達によりpCAR1を獲得し、カルバゾールおよびアントラニル酸を代謝することが可能になる。

 本論文は、pCAR1が宿主細胞内でどのように機能を発現させるのかを解明することを目的として、カルバゾール代謝オペロンの代謝経路特異的な転写制御機構、カルバゾールを炭素源として生育する際のプラスミドおよび染色体の網羅的転写様式、ならびにpCAR1を保持することに対して応答する染色体の網羅的転写様式を解析したものであり、全5章から構成される。

 分解プラスミドのゲノム研究の現状とその後のポストゲノム研究の必要性と方法論を述べた序論に引き続き、第2章では、CA10株におけるcarオペロンの転写制御機構を解析している。pCAR1上に存在するcarオペロンは約12kbに渡る転写単位を構成し、その転写はantオペロンと同様にP(ant)プロモーターから促進されることを明らかにした。また、carオペロンは構成的にも転写されることを明らかにし、新たにcarオペロンの上流に存在する構成的プロモーターP(carAa)を同定した。さらに、他のカルバゾール資化性グラム陰性細菌Janthinobacterium sp. J3株から単離された非常に類似性が高い遺伝子構造を有するcarオペロンが、pCAR1上のcarオペロンとは転写制御系が異なることを明らかにし、pCAR1上において遺伝子再編成に伴うP(ant)プロモーターの獲得によりアントラニル酸代謝制御系と同調するカルバゾール代謝制御系が形成されたことを示した。

 第3章では、カルバゾールを代謝する際に発現変動するpCAR1上および染色体上の遺伝子を探索するため、カルバゾールを炭素源として培養したKT2440(pCAR1)株の対数増殖期における網羅的転写様式を、比較する炭素源としてコハク酸を用いて高密度DNAマイクロアレイにより解析している。カルバゾール生育時におけるcar、antオペロンの発現誘導の他に、染色体上にコードされるカテコール代謝酵素群の発現誘導やストレス応答誘導など、カルバゾールを炭素源として生育する宿主細胞内におけるpCAR1と染色体との協調的な転写ネットワークを明らかにした。さらに、car、antオペロンのアクチベーターをコードするantR遺伝子がRpoN依存性プロモーターから転写されることを明らかにし、pCAR1を保持する宿主細胞のカルバゾール代謝能は宿主染色体ゲノムの性質に大きく依存する可能性を示唆した。

 第4章では、pCAR1を保持することによって宿主染色体上の遺伝子がどのように発現変動するかを調べるため、コハク酸を炭素源として培養したKT2440株とKT2440(pCAR1)株を比較し、pCAR1を保持することによる染色体の網羅的転写様式を解析している。その結果、pCAR1を保持するときに特異的に転写活性化される機能未知遺伝子PP3700を発見した。PP3700は細胞分裂においてプラスミドの能動的分配に関与するParAに類似するATPaseドメインを有していた。転写解析によりPP3700の転写活性化を誘導するタンパク質がpCAR1上にコードされるParAであり、さらにPP3700タンパク質自身によっても転写活性化されることが明らかになった。以上から、pCAR1を保持することにより転写活性化されるPP3700がpCAR1の能動的分配に関与する宿主因子である可能性が示唆された。

 以上、本論文は全塩基配列が解読されているIncP-7群カルバゾール分解プラスミドpCAR1を材料に、プラスミド上の分解遺伝子が適切に発現され、さらにプラスミドが独立したレプリコンとして複製、保持されるために必要な宿主染色体との相互作用の網羅的解析に道筋をつけたもので、学術上ならびに応用上貢献するところ大である。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値があるものと認めた。

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