学位論文要旨



No 122406
著者(漢字) 矢吹,崇吏
著者(英字)
著者(カナ) ヤブキ,タカシ
標題(和) Sulfolobus tokodaii由来硫黄代謝関連酵素及び脂肪酸代謝関連酵素に関する研究
標題(洋)
報告番号 122406
報告番号 甲22406
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3130号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 祥雲,弘文
 東京大学 教授 西山,真
 東京大学 助教授 石井,正治
 東京大学 助教授 永田,宏次
 東京大学 助教授 若木,高善
内容要旨 要旨を表示する

1. 序

 世界中の熱水噴出孔、温泉および火山性の環境には、その高熱・酸性環境に適応した真正細菌や古細菌が生育している。硫黄代謝高度好熱好酸性菌に属するSulfolobus tokodaiiはpH2〜4、75〜80℃付近で最もよく生育する古細菌であり、そのエネルギー獲得様式や生体分子の代謝様式は、他の生物との比較において興味深い。本研究ではS. tokodaiiの硫黄代謝関連酵素と脂肪酸代謝関連酵素の構造決定と機能解析を行なった。

2. Sulfolobus tokodaii由来硫黄代謝関連酵素

 Sulfolobusの生育環境には多くの硫黄化合物や元素状硫黄が存在している。生物的な元素状硫黄の酸化・還元は、地球上における元素状硫黄の循環において非常に重要な反応である。元素状硫黄は好気的無機栄養生物による様々な硫黄酸化経路において電子受容体として働き、嫌気的な有機栄養微生物や独立栄養微生物の呼吸鎖においては電子供与体として働く。Sulfolobus属は含硫黄化合物が豊富な温泉域に生息しており、元素状硫黄の酸化をしていると考えられているが、そのような活性を持つ酵素は報告されていない。硫黄代謝についてよく研究されているAcidianus ambivalensにおいて、元素状硫黄の酸化に関わるSulfur oxygenase reductase (SOR)という可溶性の酵素が報告されており(1))、この酵素のホモログがS. tokodaiiにも保存されていることが明らかとなった。そこで我々は、S. tokodaii由来のSOR(StSOR)の性質決定ならびに構造解析を目的として研究を行った。SORは元素状硫黄の酸化反応(Eqn.1)と不均化還元反応(Eqn.2)を触媒する。また、高温条件下において元素状硫黄と亜硫酸は非酵素学的にチオ硫酸になる(Eqn.3)。

 精製したStSORは80℃、pH6.0で最大活性を示した。A. ambivalens由来のSOR(AaSOR)は1mMのZn(2+)によって酵素活性が大幅に減少したという報告がある(1))。しかし、1mM Zn(2+)はStSORでは酸化活性の26%を阻害し、還元活性においては逆に活性化するという結果が得られた。また、10%ジオキサン,0.1 M MES pH6.5,1.6M硫酸アンモニウムという条件において、StSORの結晶を得ることができた。AaSORの構造(2))(PDB ID:2CB2)をサーチモデルとして分子置換を行い、構造決定ならびに精密化を行った。構造精密化の結果、分解能2.0Å、R(factor)=16.7%、R(free)=22.8%の構造を得ることができた。StSORの構造はAaSORの構造と非常によく似ていたが、活性中心付近の構造で相異が見られた(図1)。既知のAaSORの構造ではCys31がCysteine persulfide (Css)であると報告されている(2))が、StSORにおいては通常のCysであった。AaSORにおいて活性を示すにはこのCssが重要であると考察されていたが、StSORも活性型の酵素であるため、活性には必ずしもCys31のCSSが必要ではないことが示唆された。また、活性中心となるnon-heme Feに配位する正体不明な電子密度も観察された。

3. Sulfolobus tokodaii由来脂肪酸代謝関連酵素

 以前、当研究室でS. tokodaiiの無細胞抽出液よりルブレリスリン様タンパク質(3))を精製する際、Hydroxyapatiteカラムクロマトグラフィーの過程において、フラビン由来の黄色を呈する画分が発見された。TOF-MSを用いて、この黄色のタンパク質の部分アミノ酸配列を決定したところ、ST0916というORFの産物であることが明らかとなった。S. tokodaiiのゲノムには7つのhypothetical acyl-CoA dehydrogenase(ACD)がコードされており、ST0916はそのうちの1つであった。ACDは脂肪酸のβ酸化に関与し、脱水素反応によりアシルCoAのαβ間にトランス型の二重結合を形成することでトランス-Δ2-エノイルCoAを生成する酵素である。2章では、ST0916のX線結晶構造を解析した。大腸菌を用いて組み替えST0916を大量発現させ、陰イオン交換・ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。回折データの収集は、高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設PF-ARビームラインNW12で行った。初期位相の決定にはセレノメチオニン置換体によるMAD法およびMR法(モデル分子、medium chain ACD ; 3MDE) (4))により行った。構造精密化の結果、分解能1.9Å、R(factor)=22.0%. R(free) = 25.1 %の構造を得ることができた。図2にST0916のモノマー構造と全体構造を示す。ST0916はFADが結合したflavoproteinであり、イソアロキサジン環周辺ではHis341とPhe342によって基質進入通路がふさがれており、この環境からACD活性の発現は考えにくい。実際に、ACDの基質である各種アシルCoAが還元されることはなかった。ST0916に相同性を示すタンパク質は、ACD familyにおいて高度に保存された活性中心周辺のIYEGモチーフとは異なるLHFモチーフ(ST0916;Leu340-His341-Phe342)を有していた。このLHFモチーフを持つACD類似タンパク質が他の好熱性古細菌であるThermoplasmaにも存在していた。以上のことより、これらのLHFモチーフを持つACD様タンパク質は機能未知ではあるが新しいfamilyを構成していることが示唆された(5))。

Reference1) Kletzin, A. (1989). J. Bacteriol. 171(3) : 1638-43.2) Urich, T., Gomes, C.M., Kletzin, A., and Frazao, C. (2006). SCIENCE. 311 : 996-1000.3) Fushinobu, S., Shoun, H., and Wakagi, T. (2003). Biochemistry. 42(40) : 11707-715.4) Kim, J.J., Wang, M., and Paschke. R. (1993). Proc.Nati.Acad.Sci. 90 : 7523-275) Yabuki, T., Fushinobu, S., Shoun, H., Wakagi, T. (2005). 15(th) INTERNATIONAL SYMPOSIUM ON FLAVINS AND FLAVOPROTEINS, Program and Abstracts. : 182.

図1. StSORの全体構造と活性中心付近の様子

A:StSORはホモ24merの球状の構造をしており、各サブユニットには活性中心であるnon-heme Feが存在していた。

B:StSORの活性中心付近の様子を示した。活性中心であるとされるnon-heme FeにはHis86、His90およびGlu115が配位していた。既知のAaDORではCys31がcysteine persulfide(Css)であるとされていたが、StSORでは修飾の受けていないCysであることがわかった。

図2. ST0916のモノマー構造と全体構造

A:ST0916のモノマー構造。FADは黄色のball-and-stickモデルで示した。モノマー構造は青色のα-ヘリックスドメイン、緑色のβ-シートドメイン、およびオレンジ色のα-ヘリックスドメインから成り、豚由来のmedium-chain acyl-CoA dehydrogenaseと非常によく似ていた(RMSD=1.6Å)

B:ST0916の全体構造。2量体が基本単位であり、dimer-of-dimerの全体構造であった。

審査要旨 要旨を表示する

 世界中の熱水噴出孔、温泉および火山性の環境には、その高熱・酸性環境に適応した真正細菌や古細菌が生育している。硫黄代謝高度好熱好酸性菌に属するSulfolobus tokodaiiはpH2〜4、75〜80℃付近で最もよく生育する古細菌であり、そのエネルギー獲得様式や生体分子の代謝様式は、他の生物との比較において興味深い。本論文はS. tokodaiiの硫黄代謝関連酵素と脂肪酸代謝関連酵素の構造決定と機能解析について述べたものである。

 第1章では、生命の誕生と古細菌において議論されているパイライト説や、硫黄代謝高度好熱好酸性菌に属するSulfolobus tokodaiiについて述べ、さらに、好熱性古細菌による元素状硫黄の代謝系および脂肪酸代謝関連酵素について述べている。S. tokodaiiは絶対好気性通性独立栄養古細菌であり、その生育環境には豊富に元素状硫黄が存在している。このような環境に生育するS. tokodaiiには硫黄代謝系が存在しているのではないかと容易に推測することができるが、現在までに硫黄代謝に関する酵素の報告はなかった。Sulfolobus属と近縁であるAcidianus ambivalensにおいて、元素状硫黄を直接酸化するsulfur oxygenase reductase (SOR)という酵素が報告されている。SORは細胞質に局在する可溶性の酵素であり、高温・好気条件下で元素状硫黄の酸化と還元を同時に行う酵素である。SORはS. tokodaiiやA. ambivalensなどの古細菌および限られた真正細菌にのみ保存されている酵素であり、それらのアミノ酸配列は非常に類似していた。Sulfolobus属でsor遺伝子を保存しているのは、S. tokodaiiのみであった。当初、SORの機能解析などの研究は進んでいたものの、その構造は明らかになっておらず、構造学的な研究は全く進んでいなかった。

 第2章では、S. tokodaii由来のSOR(STSOR)の大腸菌を用いた大量発現系の構築について述べている。STSORの大量発現に成功し、高純度で精製が可能となった。

 第3章では、精製したSTSORの機能解析について述べている。STSORの至適温度は80℃、至適pHは6.0であった。ICP発光分析の結果、1サブユニットあたり0.8molの鉄イオンが含まれていることが明らかとなり、それ以外の補因子は含まれていなかった。Hg(2+)やpCMBによって活性が著しく低下したため、活性にシステイン残基が関与することが示唆された。

 第4章では、STSORの結晶化とX線結晶構造解析について述べている。良質なSTSORの結晶の作成に成功し、セレノメチオニン置換体を用いた多波長異常分散法や重原子同型置換法による位相決定を試みたが、位相問題を解決することができなかった。しかし、Urich等によってA. ambivalens由来SOR(AASOR;2CB2)の構造が報告された。この構造をサーチモデルとした分子置換法により、STSORの位相を決定し、2.0Åの分解能で立体構造を明らかにした。STSORとAASORの構造は非常に類似していた。全体構造はホモ24量体の中腔球状の構造をしており、chimneyと呼ばれる特徴的な煙突状の構造が球の表面に6つあった。このchimneyは4つのサブユニットのα4-helixが疎水的相互作用でバンドルすることによって形成されていた。chimneyは疎水的なゲートを形成し、外部と内腔を遮断されることで、内腔はreaction chamberとなっていた。AASORの構造ではCys31がCysteine persulfide (Css)であると報告されているが、STSORにおいては通常のCysであった。AASORにおいて活性を示すにはこのCssが重要であると考察されていたが、STSORも活性型の酵素であるため、活性には必ずしもCys31のCssが必要ではないことが示唆された。

 第5章では、S. tokodaiiの無細胞抽出液中から見出された黄色タンパク質のX線結晶構造解析について述べている。以前、当研究室でS. tokodaiiの無細胞抽出液よりルブレリスリン様タンパク質を精製する際、Hydroxyapatiteカラムクロマトグラフィーの過程において、フラビン由来の黄色を呈する画分が発見された。TOF-MSを用いて、この黄色のタンパク質の部分アミノ酸配列を決定したところ、ST0916というORFの産物であることが明らかとなった。ACDは脂肪酸のβ酸化に関与し、脱水素反応によりアシルCoAのαβ間にトランス型の二重結合を形成することでトランス-Δ2-エノイルCoAを生成する酵素である。大腸菌を用いて組み替えST0916を大量発現させ、陰イオン交換・ゲルろ過クロマトグラフィーにより精製した。回折データの収集は、高エネルギー加速器研究機構放射光実験施設PF-ARビームラインNW12で行った。初期位相の決定にはセレノメチオニン置換体によるMAD法およびMR法(モデル分子、medium chain ACD ; 3MDE)により行った。その結果、分解能1.9Åの構造を得ることができた。ST0916はFADが結合したflavoproteinであり、イソアロキサジン環周辺ではHis341とPhe342によって基質進入通路がふさがれており、この環境からACD活性の発現は考えにくい。実際に、ACDの基質である各種アシルCoAが還元されることはなかった。ST0916に相同性を示すタンパク質は、ACD familyにおいて高度に保存された活性中心周辺のIYEGモチーフとは異なるLHFモチーフ(ST0916;Leu340-His341-Phe342)を有していた。このLHFモチーフを持つACD類似タンパク質が他の好熱性古細菌であるThermoplasmaにも存在していた。以上のことより、これらのLHFモチーフを持つACD様タンパク質は機能未知ではあるが新しいfamilyを構成していることが示唆された。

 以上、本論文では、S. tokodaiiの硫黄酸化還元酵素およびACD様タンパク質の構造と機能において重要な知見を得ることに成功した。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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