学位論文要旨



No 122408
著者(漢字) 横田,圭祐
著者(英字)
著者(カナ) ヨコタ,ケイスケ
標題(和) アクチン骨格形成に異常を示すミヤコグサ変異株の解析
標題(洋)
報告番号 122408
報告番号 甲22408
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3132号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小柳津,広志
 東京大学 教授 山根,久和
 東京大学 助教授 鈴木,義人
 東京大学 助教授 柳澤,修一
 東京大学 助教授 藤原,徹
内容要旨 要旨を表示する

 根粒菌は土壌中に単生する時には窒素固定活性を示さず、宿主植物と共生することによって窒素固定能を発現する。窒素は作物栽培の最重要肥料成分であるが、その化学合成には多大なエネルギーを消費しており、この植物-微生物間で行われる共生窒素固定機能の有効利用は21世紀の持続型農業技術の開発上、イネなどの非マメ科植物への共生窒素固定機能付与といった応用技術開発を含め、非常に重要な課題であると考えられる。そして、そのためには共生窒素固定成立の分子機構を明らかにすることが必要不可欠である。ここ数年間で根粒菌により放出されるNodファクターの受容とその直下シグナル伝達系に位置付けられる「共生初期過程」に関わる多くの宿主植物側の初期シグナル伝達因子が解明されてきた。しかしながら、こうした初期シグナル伝達に引き続いて起こる具体的な感染プロセス(感染糸形成)や根粒組織形成、細胞内共生成立(バクテロイド化)、共生特異的オルガネラ(シンビオゾーム)形成、共生窒素固定発現などの「共生後期課程」に関わる宿主植物因子について分かっている事は極めて少ない。近年、多くのマメ科植物で根粒菌が正常に内部共生出来ず、不完全な根粒が形成される根粒組織形成変異体(cooperative histogenesis-,Hist-)、そして根粒は正常に形成され、その中に根粒菌が内部共生するにもかかわらず、窒素固定活性が全く、あるいは極わずかしか検出されない共生窒素固定変異体(fixing-,Fix-)が多数分離されている。この事は根粒組織形成や根粒菌の窒素固定発現が宿主植物遺伝子によってコントロールされている事を物語っており、これらのことからも「共生初期過程」に引き続く根粒菌の感染プロセスと根粒組織形成、共生窒素固定発現に関与する宿主植物因子の探索が重要であると考えられる。そこで本研究では「共生初期過程」に引き続く根粒菌の感染プロセスと根粒組織形成、共生窒素固定発現に関与する宿主植物メカニズムの解明を目的としてマメ科モデル植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)の根粒組織形成変異体及び共生窒素固定変異株を用いて変異原因遺伝子の同定及び機能解析を行った。

1.ミヤコグサ根粒組織形成、共生窒素固定変異株の網羅的解析

 本研究では最初に共同研究グループであるDenmark、Aarhus大学、Jens Stougaard教授のグループにより作成されたミヤコグサGifu B-129再生固体由来共生変異株ライブラリーの中から、根粒組織形成変異株sym40、sym67共生窒素固定変異株sym10、sym43について解析した。遺伝子座が分かっていなかったsym40、sym67、sym10についてはマップベースクローニング法によりイニシャルマッピング及びラフマッピングを試みた。その結果、sym40は第1染色体下腕部、sym67、sym10は第4染色体上腕部に位置することが分かり、これまでに報告されていない新規ミヤコグサ共生変異株であることが分かった。また、既にラフマッピングが終了していたsym43については同様にマップベースクローニング法によりファインマッピングを完了することができた。

2.ミヤコグサ根粒組織形成変異体sym40、sym67の変異原因遺伝子単離

 ラフマッピングが完了したsym40、sym67についてクロモソームウォーキング及びファインマッピングを試みた。sym67についてマップベースクローニングにおける交配パートナーであるミヤコグサMiyakojima MG-20と交配して得られた変異表現型を持つF2集団約1100株を解析した結果、sym67変異原因遺伝子を挟む近傍マーカー間の距離は約1.2cMであることが分かった。同様にsym40についてF2集団約300株を解析した結果、sym40変異原因遺伝子を挟む近傍マーカー間の距離は約2.0cMであることが分かった。そこで、現在、Jens Stougaard教授の研究グループが所有する再生固体由来ミヤコグサGifu変異株ライブラリーの中で、既に変異原因遺伝子が単離されている変異株アリルにはミヤコグサ内在性レトロトランスポゾン(Lotus retrotransposon 1、LORE1)が挿入されたことにより変異が引き起こされている変異株が少なくとも3株(LjNin、LjSymRK、LjNup133)見つかっていることが報告されており、このことからLORE1を用いたSequence Specific Amplified Polymorphism(SSAP)法によるsym40、sym67変異原因遺伝子単離を試みた。その結果、sym67親株及びMiyakojimaと交配された変異表現型を持つF2集団100株について完全に連鎖された挿入バンドが確認され、LORE1挿入部位配列解析の結果、sym67変異原因遺伝子はアクチン重合核となるArp2/3(actin-related protein 2/3)複合体活性化因子であるWAVE(WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)famiy verprolin homologous protein)複合体に含まれるNap(Nck-associated protein)相同遺伝子であることが分かった。また、sym40の根粒形成表現型はのsym67と非常に似ており、このことからsym40はsym67と同様にアクチン重合に関与する遺伝子に変異があることが推測された。sym40はSSAP法による変異原因遺伝子へのLORE1遺伝子挿入は確認されず、クロモソームウォーキングによるファインマッピング途中であったが、既に明らかにされていたsym40変異領域配列内にsym67と同様にWAVE複合体に含まれるPir(p53-inducible mRNA)相同遺伝子が確認された。そのためsym40のPir相同遺伝子配列を確認したところPir相同遺伝子エキソン部位に約400bpの欠損が確認され、sym40変異原因遺伝子はPir相同遺伝子であることが分かった。これまでに動物細胞をはじめとする他のモデル生物におけるWAVE複合体の研究でNAPタンパク質とPIRタンパク質は互いに直接相互作用し、その他のタンパク質と共にWAVE複合体を形成していることが報告されており、ミヤコグサでも同様にNAPタンパク質とPIRタンパク質が直接相互作用し、未だ見つかっていないその他のWAVE複合体形成タンパク質と共にWAVE複合体を形成することによって、ミヤコグサにも存在していると考えられるArp2/3複合体を活性化することにより、ミヤコグサ細胞内におけるアクチン重合をコントロールしている可能性が示唆された。

3.ミヤコグサ根粒組織形成変異体sym40、sym67の表現型解析

 無効根粒を形成する変異体の中には、根粒菌が正常に内部共生しない根粒(empty nodule)が形成される変異体がある。これは、根粒菌の感染プロセスが正常に成立しない変異体で、ほとんどの場合、根粒の器官形成不全を伴うことから、前述の通りHist-変異体と分類される。sym40、sym67は温室内無窒素条件下での生育では根粒形成が白色瘤状のbump段階で停止する典型的なHis-変異体であった。無窒素条件下での根粒菌接種4週間後のsym40、sym67は野生株ミヤコグサが着ける根粒数の約5倍のbumpを形成し、窒素固定活性はほとんど検出されなかった。また、根毛形成は野性株に比べて遅く、根粒感染後の感染糸形成数は野生株よりも少なかった。さらに、sym40、sym67は根粒組織形成表現型以外にもtrichome形成、種子形成などに変異表現型を持ち、これらの変異表現型はシロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のNap、Pir変異株もtrichome形成、種子形成に変異表現型を持つことから共通した表現型であった。

まとめ

 以上、本研究においてマメ科モデル植物ミヤコグサのWAVE複合体に含まれると考えられるNap、Pir相同遺伝子が引き起こすアクチン重合が根粒菌との共生系成立における根粒組織形成に機能していることが分かった。これまでに他のモデル生物において解明されてきたWAVE複合体及びArp2/3複合体の機能から、マメ科植物では根粒菌が根毛に付着し、根粒菌から放出されるNodファクター受容後引き起こされるroot hair deformationや根毛内でのinfection thread(感染糸)形成、根粒菌の根細胞内へのエンドサイトーシス的な取り込みといったアクチン重合が深く関わると考えられる一連の流れは主にWAVE複合体によるArp2/3複合体活性化により起こされる現象である可能性が考えられる。本研究により得られた知見は、マメ科植物におけるアクチン骨格形成が根粒組織形成に深く関与していることを如実に示すものであり、マメ科植物-根粒菌間共生機構成立の全貌解明へ大きく貢献するものと期待される。

図 これまでに発表されているミヤコグサ共生変異株の遺伝子座

審査要旨 要旨を表示する

 根粒菌は土壌中に単生する時には窒素固定活性を示さず、宿主植物であるマメ科植物と共生することによって窒素固定能を発現する。窒素は作物栽培の最重要肥料成分であるが、その化学合成には多大なエネルギーを消費しており、この植物―微生物間で行われる共生窒素固定機能の有効利用は21世紀の持続型農業技術の開発において、イネなどの非マメ科植物への共生窒素固定機能付与といった応用技術開発を含め、非常に重要な課題であると考えられ、このためには根粒菌と共生窒素固定成立の分子機構を明らかにすることは必要不可欠である。本論文では、共生初期過程に引き続く根粒菌の感染プロセスと根粒組織形成、共生窒素固定発現に関与する宿主植物の遺伝的背景の解明を目的としてマメ科モデル植物ミヤコグサ(Lotus japonicus)の根粒組織形成変異体及び共生窒素固定変異株を用いて変異原因遺伝子の同定及び機能解析を行った。

 本論文は3章からなり、序論に続く第1章ではデンマークオーフス大学で取得された根粒形成不全変異体4系統(Sym10、Sym40、Sym43およびSym67)のおよその遺伝子の位置を決めるマッピングを行った。この結果、Sym40は第1染色体下腕部、Sym67、sym10は第4染色体上腕部に位置することが分かり、これまでに報告されていない新規な根粒形成不全変異体であることが分かった。また、既にラフマッピングが終了していたSym43については第5染色体上における詳細な遺伝子の位置を決定(ファインマッピング)し、新規な変異体であることを確認した。

 第2章では、1章で用いたSym40およびSym67について、クロモソームウォーキング及びファインマッピングによって遺伝子の特定を試みた。Sym67についてマップベースクローニングにおける交配パートナーであるミヤコグサMiyakojima MG-20と交配して得られた変異表現型を持つF2集団約1100株を解析した結果、Sym67変異原因遺伝子を挟む近傍マーカー間の距離は約1.2cMであることが分かった。同様にSym40についてF2集団約300株を解析した結果、Sym40変異原因遺伝子を挟む近傍マーカー間の距離は約2.0cMであることが分かった。そこで、デンマークオーフス大学Jens Stougaard教授の研究グループが所有する再生固体由来ミヤコグサGifu変異株ライブラリーの中で、既に変異原因遺伝子が単離されている変異株アリルにはミヤコグサ内在性レトロトランスポゾン(Lotus retrotransposon 1、LORE1)が挿入されたことにより変異が引き起こされている変異株が少なくとも3株(LjNin、LjSymRK、LjNup133)見つかっていることが報告されており、このことからLORE1を用いたSequence Specific Amplified Polymorphism(SSAP)法によるSym40、Sym67変異原因遺伝子単離を試みた。その結果、Sym67親株及びMiyakojimaと交配された変異表現型を持つF2集団100株について完全に連鎖された挿入バンドが確認され、LORE1挿入部位配列解析の結果、Sym67変異原因遺伝子はアクチン重合核となるArp2/3(actin-related protein 2/3)複合体活性化因子であるWAVE(WASP(Wiskott-Aldrich syndrome protein)family verprolin homologous protein)複合体に含まれるNap(Nck-associated protein)相同遺伝子であることが分かった。また、Sym40の根粒形成表現型はSym67と非常に似ており、このことからSym40はSym67と同様にアクチン重合に関与する遺伝子に変異があることが推測された。Sym40はSSAP法による変異原因遺伝子へのLORE1遺伝子挿入は確認されず、既に明らかにされていたSym40変異領域配列内にSym67と同様にWAVE複合体に含まれるPir(p53-inducible mRNA)相同遺伝子が確認された。そのためSym40のPir相同遺伝子配列を確認したところPir相同遺伝子エキソン部位に約400bpの欠損が確認され、Sym40変異原因遺伝子はPir相同遺伝子であることが明らかとなった。

 第3章では、Sym40およびSym67変異体の表現型を観察し、アクチン重合の不全が根粒菌がマメ科植物に侵入した時に形成される感染糸の形成不全の原因となっていること、また、豆果の形成が悪く種子の数が少ないこと、トライコームの伸長不全などもアクチン重合の不全が原因となっている可能性を示唆した。

 以上、本論文はミヤコグサの根粒の成熟に関与する新しい遺伝子を見出し、その機能解明を試みたものであり、審査委員一同は学術上、応用上価値あるものと認め、博士(農学)の学位論文として十分な内容を含むものと認めた。

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