学位論文要旨



No 122413
著者(漢字) 坂口,喜一郎
著者(英字)
著者(カナ) サカグチ,キイチロウ
標題(和) 広島県太田川流域における地域住宅論 : 農村民家の形の俤を残す住宅新築への都市計画指定の影響
標題(洋)
報告番号 122413
報告番号 甲22413
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3137号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 山形大学 教授 菊間,満
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 山本,博一
 東京大学 助教授 古井戸,宏通
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の課題は、流域の気候風土に適合する新築地域住宅を題材に、その住宅の成立過程と要因を明らかにし、それが今後も地域において担っていく意義や役割、そしてその持続を阻害する要因について論じることである。

 地域住宅の建設は、建設業のみならず林業・林産業を始めとして地域の産業により、伝統技術・労働、運輸・通信手段等のサービスが動員して行われる。近年、地域住宅についての研究や政策によって、国産材による地域住宅の重要性が、広く国民的にも知られるようになってきている。地球温暖化対策や身近な水源涵養機能などに結びつくと認識され、一個人としてもシックハウス等の心配が無い健康指向に沿った住宅として好感されている。総務省のアンケートでも、67%の国民が「地域の国産材による在来工法の住宅に住みたい」と回答している。しかし、大手住宅メーカー(以下、大手)の進出により地域住宅を取り巻く現状は厳しい。

 本研究では、新築住宅の施主へのアンケートと訪問聞き取り調査を通じ、題材とすべき地域住宅として、農村民家の形の俤を残している住宅(以下、俤型)を見出した。主に住環境の良い所で見られる普通の和風住宅であるが、新築と特定し、古い民家が逐次増改築されたものと見誤らずに見出すのは難しい。それは歴史的に総体的に形成された農村民家の俤を継承しているからでもある。俤型には根強い需要が見られ、需要家像も明らかであることに加え、地元大工工務店(以下、地元)を中核として林業を含む地域の住宅供給システム(以下、供給システム)によってのみ供給可能で、地域の持続に資するものである。また、工事過程や、住まい方が省エネ、循環持続的でこれからの住宅でもある。

 1章の地域住宅に関する文献レビューは、次の5つの観点から行った。

1)地域と地域住宅の意義 2)需要 3)材料と工事の供給 4)政策 5)建築の専門から、である。先行研究では、日本人の文化の骨格をなしてきたものとして地域の住宅をとりあげ、林業と木材利用に関連させて整理し、今後はどうあるべきかを論考しているものが見られる。例えば、菊間は各国の地域住宅と我が国の地域住宅について、住宅文化や政策にも関連つけ体系的に論考し提言を行っている。また西野による地域資源に注目した研究と実践は、群馬県産材住宅への補助・助成制度につながっている。

 しかし先行研究では、現代の地域住宅について広域の研究が行われていない。言い換えれば、「都市計画区域外」における「新築住宅」の姿が明らかでない。ここに本稿が研究する余地がある。中でも、2)の「需要」面に関して、都市計画区域外の需要に応える住宅の姿が明らかでない。

 2章は、文献により俤型の成り立ちを整理した。俤型は鎌倉時代の武士と農民との境が流動的であった頃の農業を生業とする民家を起源としている。ちょうどその頃、大工集団が民家にも関与するようになり、その技術が豊かな農民層にも及ぶようになった。一方縄文時代後期から林業と建築は、共に万能の斧から始まる工具と技術とが進化していた。材料は、裏山の木を主として、石や土、萱などを用いてきた。19世紀の終わりには、日本の木を用いる建築加工技術と工具とは最高レベルに達し、それが一般の民家にも用いられて来た。その俤を継承しつつ、土間をLDKに置き換えるなどして適合しているのが現代の俤型住宅である。

 3章は、都市計画区域外の林業地における新築住宅の需要をまとめた。国土の3/4に及ぶ区域外の集落で今何が起こっているのかを知ることは、地域林業がそれにどう対応すべきかを考える上で重要である。アンケート及び聞き取り調査をし、時間的変遷や都市部との差異を知るため先行研究と比較した。「施主の年齢が高いこと、高耐震性の住宅や気候風土に合う伝統的続き間が好まれる」等の特質が明らかになった。後者への対応は、建築確認が不要という法規制の緩やかさを活用して伝統技術を生かせる地元に有利で、国産材供給が期待できる。この調査では6軒が俤型であり注目した。

 地元による新築が半数以上であるが、大手が展示場を武器に当地にも進出している。この状況で地元には営業上の課題も多い。設計や文書処理の高度化、展示場を持てないことなどである。実証された「耐震性や、価格満足度」を強調すべきである。地域材住宅運動との連携や行政の助成で克服する道が考えられる。

 次に4章は、調査地域を流域に拡大して上述の傾向が裏づけられるか同様の手法で調査をし、分析した。その結果、都市計画区域では「大手築が多い」ことが明らかになった。また、「新築した住宅に不満が多く、特に建設費に不満が多い。一家団欒を求める」などの特徴が見られた。それに対して都市計画区域外では「地元による在来工法が多い」ことがあげられる。「家が古くなったため持ち家層が新築している、知人ルートの工事発注が多い、輸入材を問題視している、施主は公務員とサービス業者が多い、満足度が全般に高い」なども特徴として見られた。地元は、これらのことを生かすことにより都市計画区域外において受注活動を促進することができると考えられる。今後も地元が大手と伍していくためには、区域外での法的な特性も生かした俤型など住宅形態の追求と、更なる顧客満足度の向上が課題となろう。

 これらの調査から、74軒の訪問聞き取りをした中で18軒の俤型の新築を数え、根強い需要があることを確認した。特筆すべき需要は、以下である。

・大手築のプレファブ住宅にも俤型の間取りが見られた。

・都市計画指定により法的に至難の状況で、火災特例を利用して俤型を再築していた。

・同上の状況で、脱法行為により俤型を新築していた。

・太田川上流と瀬戸内海に面して同じ形式で新築されている。

 俤型の施主は、「60歳前後でリタイアしている、大学卒で無い、山林所有、保守的な車種を所有し、和風の新築と自認する、」保守的な嗜好を持つ傾向がある。俤型とそれ以外の住宅を新築した施主の回答を比較した。俤型の回答は、「続き間がある、和室数が多い、古くなったから建替えた持ち家層である、住宅展示場の影響が少ない、将来同居期待家族の人数が多い、施主の年齢が高い」等の特徴が見られた。

 俤型は、大工と協業する左官など工手と、供給システムの存在が必須である。それらは県建設労働組合の太田支部組織や関州瓦、舟航を用いた向原の石材などに見ることができる。用いられる技術は、自由な和小屋架構に広梁を使い、入母屋、開放性の高い続き間、湿式の仕上げなど地元でしか供給が難しく、地域の持続に資するものである。外材を必要としない俤型は、物流面・工事過程からも省資源で、材は再利用前提で作ることが可能である。住まい方のルーツが農家にあることから、広い庭先と開放的な間取りが見られる。高気密や空調を前提とせず、省エネ、循環持続的でこれからの社会に向けた仕組みを持っている。アンケートによる地元(俤型だけではないが)の特徴に、価格がリーズナブルである点と、ほとんどの点で満足度が高いことがある。こうした点が俤型の根強い需要に繋がっている。

 しかし2章の後半で示したように、地域住宅に対する阻害要因が戦後顕在化している。まず、都市のスプロールや震災復興を念頭に、戦前から全国一律で規制色の強い旧都市計画法と建築基準法の前身が整備されていた。更に戦後になり、建築基準法の集団規定や壁量規定が設けられた。また、住宅金融政策においても阻害要因は金物を義務づける公庫仕様を通じて見られる。住宅を産業化する政策は建築材料を工業化へ、供給構造は大手とプレファブへの転換を誘導した。90年以降のグローバル経済への対応においては、木材の基準を仕様から性能へ転換したことも大きい。これらが地域にまで及び、歴史的に開放的で屋根型(対比は壁型である)、左右非対称などの特色を持つ日本の民家の俤を継承している俤型にとっては厳しい状況にある。これらは大手によるツーバイフォー等に有利な条件ばかりである。

 5章では都市計画指定の影響を直接見るため、指定された集落と、指定されていない隣接集落を218軒悉皆調査し、築年と住宅形態から実証的に分析した。その結果、指定の前後で住宅の形態が異なることが明らかになった。また、2項道路の規定が地域の実情に合わず、法の目的に繋がらない実態も明らかになった。指定の評価は十数年後にして行政、施主、地元ら関係者全てが否定的であった。ところが指定後も俤型が幾つか新築されている。関係者全てが遵法問題を様々に回避して変則的ながら新築していると考えられる。また、供給システムを自ら否定する、大手の真似をした地元による新築が増えているという別の問題も生じていた。つまり需要と供給力が地域に有りながら、供給システムが危機に瀕していることが推測される。

 今後も流域の気候風土に適合した俤型を発展させていくためには、供給システム自らが俤型を認知し、PRし、連携して政策に起因する大手との競合などの阻害要件を克服する必要があるなど課題は多い。しかし都市計画指定によって適用される建築基準法よる阻害要件は「克服不可能な与条件」である。しかもこのことは今まで問題にされてこなかった。限界耐力計算などが性能規定に新たに認められているので理屈の上では克服可能とも言えるが、俤型に適用するのは至難である。特区や実験による認定なども考えられるが、これからの課題である。現実的に考えるならば補助・助成や規制の緩和を求めながら、日本の大半を占める都市計画区域外で「俤型」を促進していくことにより地域の持続的発展に寄与することが考えられる。

調査件数

審査要旨 要旨を表示する

 近年、地域住宅についての研究や政策によって、その重要性が広く知られるようになっている。地球温暖化対策や身近な水源涵養機能等に結びつくと認識され、シックハウス等の心配が無い健康指向住宅として好感されている。総務省アンケートでも、67%の国民が「地域の国産材による在来工法の住宅に住みたい」と回答している。

 本研究では、流域としてまとまりのある広島県太田川流域を対象とし、新築住宅の施主へのアンケートと訪問聞き取り調査を行い、題材とすべき地域住宅として、農村民家の形の俤を残している住宅(以下、俤型)を見出した。普通の和風住宅であるが、古い民家が逐次増改築されたものと見誤らずに新築と特定するのは難しい。俤型には根強い需要が見られ、地元大工工務店(以下、地元)を中核として林業・林産業等の裾野産業や、伝統技術・労働、更には運輸・通信手段等のサービス含む地域の住宅供給システム(以下、供給システム)によってのみ供給可能である。

 1章では地域住宅に関する文献を1)地域にとっての意義 2)需要 3)材料と工事の供給 4)政策 5)建築学の観点からレビューした。先行研究では、日本人の文化の骨格をなしてきたものとして地域住宅をとりあげ、林業と木材利用に関連させて整理し、今後はどうあるべきかを論考している。しかし先行研究では、広域の研究が行われていない。特に、都市計画区域外における新築住宅の需要の姿が明らかでない。ここに本稿が研究する余地がある。

 2章では、文献により俤型の成り立ちを整理した。俤型は鎌倉時代の武士と農民との境が流動的であった頃の農業を生業とする民家を起源としている。ちょうどその頃、大工集団が民家にも関与するようになり、その技術が豊かな農民層にも及ぶようになった。その俤を継承しつつ、土間をLDKに置き換える等して適合しているのが現代の俤型住宅である。

 3章では、都市計画区域外の林業地における新築住宅の需要をまとめた。92件のアンケート及び21軒の聞き取り調査をし、「施主の年齢が高いこと、高耐震性の住宅や気候風土に合う伝統的続き間が好まれる」等の特質が明らかになった。こうした需要特性は建築確認が不要という法規制の緩やかさを活用し伝統技術を生かせる地元に有利で、国産材供給が期待できる。しかし設計や文書処理の高度化、展示場のないこと等営業上の課題も多い。実証された「耐震性や、価格満足度」を強調すべきであり、地域材住宅運動との連携や行政の助成で克服する道が考えられる。

 4章では、調査地域を流域に拡大して199件のアンケート及び53軒の聞き取り調査を更に加え、分析をした。都市計画区域では「大手住宅メーカー築が多い。新築した住宅に不満が多く、特に建設費に不満が多い。一家団欒を求める」等の特徴が見られた。都市計画区域外では「地元による在来工法が多い。家が古くなったため持ち家層が新築している。知人ルートの工事発注が多い。輸入材を問題視している。施主は公務員とサービス業者が多い。満足度が全般に高い」等の特徴が見られた。今後も地元が大手住宅メーカーと伍していくためには、区域外での法的な特性も生かした俤型等住宅形態の追求と、更なる顧客満足度の向上が課題となろう。

 5章では都市計画指定の影響を見るため、指定された集落と指定されていない隣接集落の住宅218軒を悉皆調査し、築年と住宅形態を分析した。指定の前後で住宅の形態が異なることが明らかになった。また、2項道路の規定が地域の実情に合わず、法の目的に繋がらない実態も明らかになった。指定の評価は十数年後にして行政、施主、地元ら関係者全てが否定的であった。ところが指定後も俤型が幾つか新築されていた。これは俤型の根強い需要により、関係者全てが法的規制を様々に回避して新築したものと考えられた。

 今後も流域の気候風土に適合した俤型を発展させていくためには、供給システム自らが俤型を認知し、PRし、連携して阻害要件を克服する必要がある。しかし都市計画指定によって適用される建築基準法よる阻害要件は克服不可能な与条件と考えられる。限界耐力計算等性能規定に新たに認められているので理屈上は克服可能ではあるが、俤型に適用するのは至難である。現実的には補助・助成や規制の緩和を求めながら、日本の3/4を占める都市計画区域外で俤型を促進していくことにより地域の持続的発展に寄与することが考えられる。

以上、本研究は、広島県太田川流域における地域住宅需要を広域に調べ、農村民家の俤を残す住宅の重要性を指摘し、都市計画指定がこうした住宅新築に与える影響を客観的に明らかにしたものであり、地域住宅を推進する上での指針を示唆したものとして、学術上応用上、貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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