学位論文要旨



No 122419
著者(漢字) 鈴木,拓郎
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タクロウ
標題(和) 粗面固定床上を流れる土石流の流動機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 122419
報告番号 甲22419
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3143号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鈴木,雅一
 東京大学 教授 酒井,秀夫
 東京大学 助教授 芝野,博文
 東京大学 助教授 大手,信人
 筑波大学 教授 宮本,邦明
内容要旨 要旨を表示する

 本研究は,土石流の流れに及ぼす河床粗度の影響を明らかにするために,条件の異なる粗度を用いた水路実験を行い,その結果から粗度の影響を定性的,定量的に明らかにするとともに,そのような影響を評価可能なモデルを構築することを目的として行われた。

 第1章では,これまで行われてきた土石流の構成則に関する研究,山地河川の河床条件に関する研究のレビューを踏まえて,本研究の位置付けと目的について記述した。

 現在幅広く用いられている土石流の構成則は,流れ中の粒子相互作用を連続体の構成方程式の中に適用するという方法で導かれており,河床粗度などの境界条件を含まない形となっている。しかしながら,実際に土石流が流れる山地河川においてはアーマリングによる河床の巨礫の存在など,流下する土石流とは独立に存在する河床条件があるので,既存の構成則ではこのような河床粗度の影響を考慮することができない。以上のような現状から,粗度の影響を実験的に明らかにし,それをモデル化することの必要性を示した。

 第2章では本研究の解析の基となる水路実験について説明した。水路実験には砂礫を用いた砂粗度,断面が長方形の角桟粗度,断面が半円の円桟粗度の3種の形状を用いて,それぞれに関して大きさを3段階に変化させて行った。本研究で対象としているのは固定床の石礫型土石流であるため,相対水深と抵抗係数の関係が石礫型土石流の領域にあるように考慮した上で,勾配や流量に関して既往研究より多様な条件下で実験を行った。

 第3章では,江頭らの構成則に準拠して粗度の影響を検討するための前段階で,江頭らの構成則において修正を要する点を指摘し,修正を加えた上で,一様砂の実験結果をもとに構成則の適用性の検討を行った。

 修正点は江頭らの構成則の間隙水乱れの項においてであり,混合物全体における水の体積の割合を2重に評価していたため,その分を除いた。具体的には間隙水の乱れによるせん断応力τfの中で(1-c)を乗じている分を除いた。ここに,cは土砂濃度である。河床粗度と流下土砂の粒径が等しい条件化の構成則の適用性について,底面におけるせん断応力を算出し,実験結果から算出される外力と比較したところ,せん断応力を過大評価していることが明らかとなった。それは濃度が小さいほど顕著であり,c=0.15程度でせん断応力を2倍にも評価していた。さらに,せん断応力の過大評価に関して粒子摩擦の項,粒子衝突の項は妥当なオーダーの値をとっているのに対し,粒子間隙水の乱れの項は濃度が小さいとそれだけで外力に相当する値となっていた。以前から濃度の小さい領域における間隙水の乱れの項は指摘されていること,濃度が小さいほど大きくなる成分は間隙水の乱れの項しかないことから,せん断応力の過大評価の原因は間隙水の乱れの項が原因であると結論付け,乱れの混合距離と間隙スケールの比のパラメータであるkfを修正した。kfはこれまで濃度によらない実験定数とされていたが,kfの性質を考えれば濃度の関数となると考えられることから,実験結果から逆算した結果をもとにkfを濃度の関数とした。

 第4章では,修正した構成則に基づいて粗度条件の違いによる影響を定量的,定性的に明らかにした。

 まず,実験で直接測定される水深の値について,流量と水深の関係を構成則から算出される理論線と比較しながら粗度条件による違いを検討した。砂粗度において粗度と流れ中の大きさが同じで一様砂の条件では構成則による理論線と実験結果はよく一致していたが,粗度が大きくなるにしたがって水深が大きな値となっていた。角桟粗度,円桟粗度においても同様に粗度が大きくなるにしたがって水深が大きな値となっていた。粗度による水深の差は土砂濃度や流量によって程度が異なっていることから,それを統一的に整理するため摩擦抵抗係数fを変形してf'という新しい指標を定義した。f'は土石流の構成粒子の材料が一定ならば構成則によるf'の理論値はK(c)という濃度のみの関数となることから,粗度の影響をf'とK(c)のずれの大きさとしてみることができるものである。f'を用いた検討により,粗度の影響は粗度に対する相対水深が小さいほど大きくf'がK(c)から大きくずれること,相対水深が大きくなるにしたがってf'がK(c)に収束することが明らかとなった。また,それは土砂濃度が大きいほど顕著であった。以上の傾向は砂粗度,角桟粗度,円桟粗度と粗度の形状に関わらず同様であったが,その程度は異なっていた。これに関して,同じ相対水深,土砂濃度の条件においてf'の値を粗度の形状によって比較したところ,粗度の形状による粗度の影響の違いは,粗度間隔比による衝突回数の違いと対応していることが明らかとなり,粗度の影響を評価する上で粗度間隔比が重要な支配要因であることが示唆された。なお,河床粗度の存在により粗度が占有する体積分だけ水深はかさ上げされるため,念のため検討を行ったところ,かさ上げの程度は実験結果に比べて非常に小さい程度であった。

 第5章では,4章で明らかとなった粗度の影響を評価するために上層と粗度層からなる2層モデルを提案した。上層には既存の構成則を適用し,粗度部分においては粗度部分における粒子相互作用を既存の構成則と同様の方法で評価した。そして,衝突角や反発係数のパラメータを実験結果と対応させながら決定した。最後に構築された2層モデルを基に土石流の運動エネルギーや到達時間に関して簡単なシミュレーションを行った。

 粗度層のエネルギー散逸量の誘導については,粗度部分における粒子の非弾性衝突項に関して,粗度の大きさが異なると粗度に衝突する粒子の高さが異なり衝突速度が異なること,粗度間隔が異なると衝突回数の異なること,を考慮して行った。粗度高さにおける粒子速度u(ks) から1回分の衝突によるエネルギー散逸量を評価して,粗度間隔比βから衝突回数を評価した上で粒子の占有体積を考慮して粒子の非弾性衝突による項を導いた。また,粗度間の大きさが異なると粒子の入り込みやすさが異なり,衝突角が変化すると考えられることから,砂粗度,円桟粗度に関して粗度の大きさと流れ中の粒子の大きさの比から衝突角を関数化した。角桟粗度はすべて90°とした。次に,構成則で用いられている粒子の反発係数は粒子の衝突後の粒子と水との摩擦を含むものであり,粗度部分における粒子の衝突と流れ中の粒子同士の衝突は粗度粒子が固定されているという点で異なることから,衝突前後の粒子の動きの違いを示し,粗度層の反発係数に上層よりも小さな値を用いることの妥当性を示した。

 以上のように誘導した2層モデルの適用性に関して,まず全体的な傾向の再現性を確認するため,衝突角,反発係数のパラメータは変化させない状態で,水深を固定して,相対水深とf'の関係を計算した。砂粗度と角桟粗度に関しては,程度は小さいものの相対水深が小さいほどf'が大きくなるという実験結果と同様の傾向が再現されたが,円桟粗度では相対水深が小さいと逆にf'が小さくなるという計算結果が得られた。これは1回分の衝突によるエネルギー散逸量の評価が小さいために,衝突回数が少ない場合は非弾性衝突によるエネルギー散逸量の評価が構成則よりも小さくなってしまうことが原因である。つまり,1回分の衝突によるエネルギー散逸量を十分に評価できれば,3種の粗度において同様の傾向が再現可能であり,衝突角や反発係数のパラメータの導入方法を検討する必要があるということである。

 そこで,実験条件ごとにf'を計算し,実験値と対応させながらパラメータの導入方法について検討した。まず,構成則による計算結果と衝突角,反発係数を導入しない2層モデルはほとんど再現性がないことを確認した。次に,衝突角の関数を導入してf'を計算したところ,充分ではないがかなり再現性が高まった。さらに,粗度層の反発係数に小さい値を適用すると再現性は高まり,0.4を適用した時にほぼ計算値と実験結果が良好に対応することから,0.4を適用することにした。

 そして,構築された2層モデルを基に,河床条件の異なる固定床の流れがどのように再現されるのか簡単な計算を行った。砂粗度において勾配θ(°),流量Q(cm2/sec),輸送濃度c,構成粒子の粒径d(cm)が一定の条件下で粗度の高さksを変化させて,水深の値を計算したところ,既存の構成則では一定値と計算されるが,2層モデルでは粗度が大きいほど水深は大きな値となるという計算結果が得られた。それは,勾配が同じであれば土砂濃度が高いほど,土砂濃度が同じであれば勾配が小さいほど,顕著であった。また,ks=dのときに2層モデルと既存の構成則はほぼ一致していた。このような水深の変化に伴い,粗度が大きくなると土石流の運動エネルギーは小さくなり,到達時間(ある一定の距離を流下するのに要する時間)は長くなるという計算結果となった。例えば相対水深が10程度の流れで,粗度の大きさが流れ中の粒子の2.5倍程度の大きさだと,衝撃力は一様砂の場合の0.8倍程度,到達時間は1.1倍程度に計算された。

 第6章では前章までの結果を総括し結論とした。本研究により示された粗度の影響は無視できない程度のものであり,一様砂の移動床の土石流を中心として進められてきた構成則研究や,既存の構成則に基づく土石流の数値シミュレーションによる砂防計画などに対する非常に重大な問題提起であるといえる。また,本研究ではこのような粗度の影響を評価することのできるモデルを構築しており,効率的,効果的という社会のニーズに対応する砂防計画に大きな役割を果たすことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、土石流の流れに及ぼす河床粗度の影響を明らかにするために、条件の異なる粗度を用いた水路実験を行い、粗度の影響を定性的、定量的に明らかにするとともに、そのような影響を評価可能なモデルを構築することを目的として行われた。

 第1章では、これまで行われてきた土石流の構成則に関する研究、山地河川の河床条件に関する研究のレビューを踏まえて、本研究の位置付けと目的について記述している。現在用いられている土石流の構成則は、流れ中の粒子相互作用を連続体の構成方程式の中に適用するという方法で導かれており、河床粗度などの境界条件を含まないが、実際に土石流が流れる山地河川においては流下する土石流とは独立に存在する河床条件があるので、粗度の影響を実験的に明らかにし、それをモデル化することの必要性を示した。

 第2章では本研究の解析の基となる水路実験について説明した。水路実験には砂礫を用いた砂粗度、断面が長方形の角桟粗度、断面が半円の円桟粗度の3種の形状を用いて行っている。本研究での対象は固定床の石礫型土石流であるため、相対水深と抵抗係数の関係が石礫型土石流の領域にあるように考慮した上で、勾配や流量に関して既往研究より多様な条件下で実験を行った。

 第3章では、江頭らの構成則において修正を要する点を指摘し、修正を加えた上で、一様砂の実験結果をもとに構成則の適用性の検討を行った。修正点は江頭らの構成則の間隙水乱れの項においてであり、間隙水の乱れによるせん断応力τfの中で(1-c)を乗じている分を除いた。ここに、cは土砂濃度である。また、河床粗度と流下土砂の粒径が等しい条件化の構成則の適用性について、底面におけるせん断応力を算出し、実験結果から算出される外力と比較したところ、せん断応力を過大評価していることが明らかとなった。土砂濃度が小さいほど大きくなる成分は間隙水の乱れの項しかないことから、せん断応力の過大評価の原因は間隙水の乱れの項が原因であると結論付け、乱れの混合距離と間隙スケールの比のパラメータであるkfを修正し、実験結果から逆算した結果をもとにkfを濃度の関数とした。

 第4章では、修正した構成則に基づいて粗度条件の違いによる影響を定量的、定性的に明らかにした。河床粗度が大きくなるにしたがって従来の構成則による理論値との差が変化したが、粗度による水深の差は土砂濃度や流量によっても異ることから、それを統一的に整理するため摩擦抵抗係数fを変形してf'という新しい指標を定義した。f'は土石流の構成粒子の材料が一定ならば構成則によるf'の理論値はK(c)という濃度のみの関数となるが、相対水深が小さいほど大きくf'がK(c)から大きくずれること、相対水深が大きくなるにしたがってf'がK(c)に収束することを明らかにした。また粗度の形状による粗度の影響の違いは、粗度間隔比による衝突回数の違いと対応しており、粗度の影響を評価する上で粗度間隔比が重要な支配要因であることが示唆された。

 第5章では、4章で明らかとなった粗度の影響を評価するために上層と粗度層からなる2層モデルを提案した。このモデルでは、粗度高さにおける粒子速度u(ks) から1回分の衝突によるエネルギー散逸量を評価しており、粗度間隔比βから衝突回数を評価した上で粒子の占有体積を考慮して粒子の非弾性衝突による項や、粗度の大きさと流れ中の粒子径の比から求められた衝突角が含まれている。砂粗度において勾配θ(°)、流量Q(cm2/sec)、輸送濃度c、構成粒子の粒径d(cm)が一定の条件下で粗度の高さksを変化させて、水深の値を計算したところ、既存の構成則では一定値と計算されるが、2層モデルでは粗度が大きいほど水深は大きな値となるという計算結果が得られた。それは、勾配が同じであれば土砂濃度が高いほど、土砂濃度が同じであれば勾配が小さいほど、顕著になる。このモデルにより、粗度が大きくなると土石流の運動エネルギーは小さくなり、到達時間(ある一定の距離を流下するのに要する時間)は長くなるという定性的な関係のみならず、例えば相対水深が10程度の流れで、粗度の大きさが流れ中の粒子の2.5倍程度の大きさだと、衝撃力は一様砂の場合の0.8倍程度、到達時間は1.1倍程度になるという定量的関係を明らかにした。

 第6章では前章までの結果を総括し結論とした。本研究により示された粗度の影響は、土石流の数値シミュレーションによる砂防計画などに対する非常に重大な問題提起であり、構築されたモデルは、今後の砂防計画に大きな役割を果たすことが期待される。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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