学位論文要旨



No 122421
著者(漢字) 松崎,潤
著者(英字)
著者(カナ) マツザキ,ジュン
標題(和) 材形成による茎の光屈性
標題(洋)
報告番号 122421
報告番号 甲22421
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3145号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 丹下,健
 東京大学 教授 寳月,岱造
 東京大学 教授 寺島,一郎
 東京大学 講師 益守,眞也
 東京農工大学 助教授 船田,良
内容要旨 要旨を表示する

 植物の茎の空間配置は着生する葉の光環境を規定し、光環境は光合成生産を規定する。生存を光合成生産に依存する植物にとって、効率よく光合成生産を行うために光環境の空間的な不均一性に応答して可塑的に茎の配置を最適化することが、重要な過程である。光環境の空間的な不均一性に応答して可塑的に茎を配置する能動的な過程として、シュートごとの光環境に応じた成長、分枝、枯死とともに、光屈性が挙げられる。これらの能動的な過程の帰結として荷重の偏りが生じ、これにより発生するモーメントによって茎がたわみまたはねじれる受動的な過程が存在する。

 木本植物においては、伸長中の茎だけでなく伸長を完了し二次肥大成長中の茎が存在する。このうち、伸長中の茎の光屈性が知られているが、二次肥大成長中の茎の光屈性については存在自体が明らかではなかった。本研究では、二次肥大成長中の茎の光屈性の存在を検証し、屈曲機構や感受部位などの基本的な特性を明らかにすることを目的とした。

 まず、水平面上で非対称な光環境に生育する成木の主軸傾斜への光屈性の寄与を検討した。斜面上に生育する森林において、樹木個体は斜面のより山側に位置する個体に庇陰されるため、山側より谷側からの入射光量が多い、水平面上で非対称な光環境にあると考えられる。このような光環境下で生育する木本植物において、主軸の谷側への傾斜が観察されるが、その程度は樹種により異なる。斜面に生育する森林における主軸傾斜の樹種間差が、光屈性や重力屈性の強さにより規定されると仮説をたて、検討した。斜面に生育するコナラ(Quercus serrata Thunb. Ex Murray)、シラカシ(Quercus myrsinaefolia Blume)、アカマツ(Pinus densiflora Sieb. et Zucc.)とスギ(Cryptomeria japonica D. Don)の主軸傾斜を、傾斜と方位が同様な条件の斜面に植栽された各樹種の一斉林において測定した。また各樹種の苗木を用いた実験をおこない、側方からと上方からの2種の照射処理と、主軸を傾斜または直立させる2種の傾斜処理を組み合わせた4処理に対する主軸傾斜を、三次元デジタイザを用いて計測し、その変化から光屈性と重力屈性の強さを評価した。光屈性と重力屈性の強さにそれぞれ有意な樹種間差があった。光屈性の強さは、コナラで最も大きく、重力屈性の強さは、アカマツで最も大きかった。樹種ごとの光屈性の強さと森林斜面における主軸の傾斜が強い相関を示したが、重力屈性の強さとは相関が弱かった。斜面に生育する森林において光屈性の強さが成木の主軸傾斜を規定する主要な要因となっている可能性が示された。さらに、二次肥大成長中の茎について光屈性の存在の有無を検討した。上記の実験で直立した苗木に側方から照射した処理区では、強い光屈性を示したコナラとシラカシにおいて、伸長を完了し二次肥大成長中の主軸が照射側へ屈曲していた。二次肥大成長中の茎について光屈性による能動的な屈曲機構の存在が示唆された。しかし、これらの実験処理では照射側への屈曲が苗木の自重によるたわみのみによる可能性を排除できなかった。

 そこで、光屈性による能動的な屈曲を自重によるたわみから分離して解析する実験処理を考案し、二次肥大成長中の茎の光屈性による能動的な屈曲の有無と、その屈曲機構を検証した。重力屈性については二次肥大成長中の茎についても知られており、屈曲機構が明らかになっている。実験に用いた広葉樹の重力屈性では一般に、屈曲外側に比べ内側で引張りあて材が形成され材形成が旺盛となる。新生木部は成熟時に軸方向に収縮しようとし、引張りあて材は特に収縮しようとする力が強い。結果として茎の横断面において曲げモーメントが生じ、屈曲する。本研究では、屈曲機構としてこの材形成の偏りを想定し、その寄与を検証した。主軸を鉢ごと傾斜させたミズナラ(Quercus crispula Blume)1年生実生苗に、傾斜方位に対して垂直(垂直照射区)または平行(平行照射区)に側方から植物育成用蛍光灯を照射し、11週間生育させた。垂直照射区では、重力刺激と光刺激の軸が直交しているため、光屈性による能動的な屈曲と材形成を、重力屈性や苗木の自重による垂直平面上のたわみに誘導される材形成から分離して解析することができる。その結果、垂直照射区において二次肥大成長中である主軸の1年生部位が照射側へ有意に屈曲した。二次肥大成長中の茎の光屈性の存在が実証された。有意な屈曲が観察された5週目、11週目だけでなく、有意な屈曲に先立つ3週目から主軸上面の照射側に引張りあて材が形成され材形成が偏っていた。一方、平行照射区では有意に屈曲せず、傾斜させた主軸上面のみに引張りあて材が形成され材形成が偏っていた。平行照射区で主軸上面に引張りあて材が形成され材形成が偏っていたのは、重力屈性による反応と考えられる。垂直照射区において主軸上面の照射側で引張りあて材が形成され材形成が偏っていたのは、光屈性により照射側への屈曲を引き起こす応答であると考えられる。すなわち、二次肥大成長中の茎において、重力屈性と同様、光屈性についても屈曲内側で引張りあて材が形成され材形成が偏ることにより屈曲すると考えられる。さらに、引張りあて材の形成と材形成の偏りが主軸上面の照射側の1つの放射方向にピークを持っていたことから、光刺激と重力刺激は独立に材形成の偏りを誘導するのではなく、両者の情報が統合されて1つの放射方向にピークを持つ引張りあて材の形成と材形成の偏りが誘導されると考えられる。

 引張りあて材を含む材形成の偏りにより生じた曲げモーメントが茎の横断面に作用して屈曲するという仮説を定量的に検証するため、この仮説に基づいて力学モデルを構築した。11週目のデータについて引張りあて材を含む材形成の偏りから力学モデルにより照射側への屈曲を推定したところ、実測した屈曲とよく一致した。また、引張りあて材形成の寄与が引張りあて材以外の材形成の寄与より大きくなっていた。二次肥大成長中の茎において、光屈性についても重力屈性と同様、引張りあて材を含む材形成が照射側に偏ることで屈曲するという仮説が支持された。

 存在が明らかになった二次肥大成長中の茎の光屈性について、感受部位を探索した。屋外の全天光下で、ミズナラ1年生実生苗の主軸を南側へ傾斜させ、感受部位と想定される植物体の部位をアルミ箔で覆うことで人為的に光環境の勾配を与え、12週間生育させた。主軸の1年生部位の東側半面を覆った処理区において、無処理対照区と比べ西側への有意な屈曲を示し、傾斜させた主軸の1年生部位の上面の西側に引張りあて材が形成され材形成が偏っていた。東側に着生する主軸の葉をアルミ箔で被覆した処理区においても無処理対照区と比べ西側への有意な屈曲を示したが、引張りあて材の形成や材形成の側方への有意な偏りは観察されなかった。主軸の当年生部位の東側半面や、東側に着生する側枝の茎や葉を被覆した処理区では、茎の有意な屈曲は見られず、引張りあて材の形成と材形成の側方への有意な偏りも観察されなかった。二次肥大成長中の茎自体がその光屈性において光刺激の感受に寄与していることが示唆された。しかし、アルミ箔で被覆する処理では、引張りあて材の形成および材形成の偏りと屈曲を誘導する要因として、被覆側と反対側での受光量の差だけでなく、両側の温度差も想定される。

 そこで、主要な感受部位であることが示唆された二次肥大成長中の茎について、光刺激の感受とその頂部方向または基部方向への伝達について検証した。温度上昇をできる限り排除するため、光刺激として青色発光ダイオードを用いた。開芽して連続的に伸長した茎の部位を伸長単位と呼ぶ。主軸を傾斜させたミズナラ1年生実生苗について、主軸の1年生部位を構成する3つの伸長単位のうち中間に位置する伸長単位の中央5 cmに青色発光ダイオードを側方から照射し、葉を含む地上部全体に上方から植物育成用蛍光灯を照射して18週間生育させた。照射部位における照射側と陰側の温度差は最大でも0.4°Cだった。照射した伸長単位において、対照区と比べ照射側への有意な屈曲が観察され、傾斜させた主軸の上面の照射側に引張りあて材が形成され材形成が偏っていた。肥大成長中の茎への青色光の照射により引張りあて材の形成や材形成の照射側への偏りが誘導され、屈曲することが明らかになった。照射した伸長単位をはさむ両側の伸長単位は有意な屈曲を示さず、引張りあて材の形成や材形成の側方への有意な偏りも観察されなかった。従って、照射部で局所的に引張りあて材を含む材形成の偏りと屈曲が起こると考えられる。

 以上で明らかになったことを踏まえると、二次肥大成長中の茎の光屈性について、感受、情報伝達、材形成、そして屈曲に至る過程を次のようにまとめられる。光刺激が二次肥大成長中の茎自体で感受される。光刺激の方向と強さの情報は感受された高さの茎横断面において重力方向やひずみの情報と統合される。情報の統合により、引張りあて材が形成され材形成が偏る程度と放射方向が、結果として照射側への屈曲を実現するように制御される。新生木部は成熟時に軸方向に収縮するため、引張りあて材を含む材形成の偏りは茎横断面について軸方向の収縮の偏りをもたらし、曲げモーメントが発生することで屈曲する。

 本研究では以上のように、二次肥大成長中の茎の光屈性を初めて見出し、感受から屈曲に至る基本的な特性を明らかにした。光環境の不均一性に応答した可塑的な茎の配置やそれに規定される光合成生産、そして成長や生存の理解と予測のために有用な知見を得た。

審査要旨 要旨を表示する

 植物の茎の空間配置は着生する葉の光環境を規定し、光環境は光合成生産を規定する。生存を光合成生産に依存する植物にとって、効率よく光合成生産を行うために光環境の空間的な不均一性に応答して可塑的に茎の配置を最適化することが重要な過程である。光環境の空間的な不均一性に応答して可塑的に茎を配置する能動的な過程として光屈性が挙げられる。木本植物においては、伸長中の茎だけでなく伸長を完了し二次肥大成長中の茎が存在する。伸長中の茎の光屈性は知られているが、二次肥大成長中の茎の光屈性については存在自体が明らかではなかった。本論文は、二次肥大成長中の茎の光屈性の存在を実証し、屈曲機構や感受部位などの基本的な特性を明らかにしたものである。

 まず、水平面上で非対称な光環境に生育する成木の主軸傾斜への光屈性の寄与を検討した。斜面上の森林に生育するコナラとシラカシ、アカマツ、スギの主軸傾斜の樹種間差が、光屈性や重力屈性の強さにより規定されると仮説をたてた。各樹種の苗木を用い、直立させた苗木に側方から光を照射する実験を行い、照射方向への主軸傾斜の変化によって評価した各樹種の光屈性の強さと森林斜面における成木の主軸の傾斜が強い相関を示すことを明らかにし、斜面に生育する森林において光屈性の強さが成木の主軸傾斜を規定する主要な要因である可能性を示唆した。さらに、二次肥大成長中の茎について光屈性の存在の有無を検討し、強い光屈性を示したコナラとシラカシにおいて、伸長を完了し二次肥大成長中の主軸が光屈性によって能動的に屈曲している可能性を示唆した。

 続いて、二次肥大成長中の茎の光屈性による能動的な屈曲の存在の実証と、その屈曲機構として、重力屈性と同様な材形成の偏りを想定し、その寄与を検証した。主軸を鉢ごと傾斜させたミズナラ1年生実生苗に、傾斜方位に対して垂直に側方から植物育成用蛍光灯を照射し生育させた。この方法は、重力刺激と光刺激の軸が直交しているため、光屈性による能動的な屈曲と材形成を、重力屈性や苗木の自重による垂直平面上のたわみに誘導される材形成から分離して解析することができるように工夫した方法である。その結果、垂直照射によって二次肥大成長中である主軸の1年生部位が照射側へ有意に屈曲し、二次肥大成長中の茎の光屈性の存在が実証された。また垂直照射によって主軸上面の照射側に引張りあて材が形成され、材形成が偏っていたことは、光屈性により照射側への屈曲を引き起こす応答であると結論づけた。光屈性による屈曲を、引張りあて材を含む材形成の偏りにより生じた曲げモーメントが茎の横断面に作用して屈曲するという仮説に基づいて力学モデルを構築し検証した。さらに、引張りあて材の形成と材形成の偏りが主軸上面の照射側の1つの放射方向にピークを持っていたことから、光刺激と重力刺激は独立に材形成の偏りを誘導するのではなく、両者の情報が統合されて1つのピークを持つ引張りあて材の形成と材形成の偏りが誘導されることを示唆した。

 存在が明らかになった二次肥大成長中の茎の光屈性について、感受部位を探索した。屋外の全天光下で、ミズナラ1年生実生苗の主軸を鉢ごと南側へ傾斜させ、感受部位と想定される部位をアルミ箔で覆うことで人為的に光環境の勾配を与えた。主軸の1年生部位の東側半面を覆った処理区において、無処理区と比べ西側への有意な屈曲を示し、傾斜させた主軸の1年生部位の上面の西側に引張りあて材が形成され材形成が偏っていた。二次肥大成長中の茎自体が光刺激の感受に寄与していることを示唆した。

 そこで、二次肥大成長中の茎について、光刺激の感受とその情報伝達について検証した。ミズナラ1年生実生苗の主軸を鉢ごと傾斜させ、その1年生部位の中央を青色発光ダイオードで側方から照射し、葉を含む地上部全体を上方から植物育成用蛍光灯で照射した。青色光を照射した部位において、照射側への有意な屈曲が観察され、傾斜させた主軸の上面の照射側に引張りあて材が形成され材形成が偏っていることを示し、二次肥大成長中の茎への青色光の照射により偏った材形成が誘導され、屈曲することを明らかにした。また、屈曲は照射した部位に限られたことから、光刺激情報は茎の上方や下方へは伝達されないことを示した。

 以上のように本論文は、二次肥大成長中の茎の光屈性の存在を初めて実証し、光刺激の感受から偏った材形成の誘導、屈曲に至る光屈性の基本的な機構を明らかにし、光環境の不均一性に応答した可塑的な茎の配置やそれに規定される光合成生産、そして成長や生存の理解と予測のために有用な知見を与えるものであり、その学術的、応用的意義はきわめて高い。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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