学位論文要旨



No 122427
著者(漢字) 小林,泰次
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,ヒロツグ
標題(和) 海綿およびホヤ由来の生物活性物質に関する研究
標題(洋) Studies on Biologically Active Metabolites from Marine Sponges and a Tunicate
報告番号 122427
報告番号 甲22427
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3151号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松永,茂樹
 東京大学 教授 阿部,宏喜
 東京大学 教授 渡部,終五
 東京大学 助教授 作田,庄平
 東京大学 講師 中尾,洋一
内容要旨 要旨を表示する

 海綿やホヤに代表される海洋無脊椎動物は生物活性物質の宝庫であることが知られている。これらの多くには細胞毒性、抗菌・抗カビ活性、抗ウイルス活性、酵素阻害活性等が認められている。海洋無脊椎動物には未だ発見されていない生物活性物質が多く存在している可能性が高いため、今までに行われていなかった生物活性試験法を用いることにより、新規の生物活性物質が発見される可能性も高いと考えられる。

 このような背景の下、本研究室では新たに魚病細菌生育阻害活性試験および好中球遊走阻害活性試験をスクリーニングに導入し、新規活性物質の探索を行った。この結果、魚病細菌に対する生育阻害活性が認められた口永良部島産海綿と獅子島産ホヤから合計8つの新規魚病細菌生育阻害物質を単離、構造決定し、好中球遊走阻害物質として口永良部島産海綿から新規ピロール環含有アルカロイドを得ることができた。概要は以下の通りである。

1.スクリーニング

(1) 運動性エロモナス症原因菌Aeromonas hydrophila、エドワジエラ症原因菌Edwardsiella tarda、ビブリオ病原因菌Vibrio anguillarumに対する生育阻害活性物質の探索を目的として、日本沿岸で採集した724検体の無脊椎動物の粗抽出液(脂溶性画分、水溶性画分)について、これらの魚病細菌に対する抗菌活性をペーパーディスク法で調べた。その結果、脂溶性および水溶性画分ともに海綿とホヤが高い頻度で活性を示した。脂溶性画分は海綿、ホヤともに約10%の割合で活性が認められ、水溶性画分では海綿が約6%、ホヤが約11%の割合で活性を示した。

(2) 好中球は生体防御機能の初期に働き、殺菌などの生体防御の重要な役割を担っている。一方で、自己免疫疾患である関節リウマチでは炎症部位に好中球が集積し、起炎因子を放出することが知られている。また関節リウマチの動物モデルにおいて、好中球の遊走を阻害することにより関節リウマチの症状が改善されることが報告されている。これらのことから好中球の遊走阻害剤は関節リウマチの治療薬として期待されている。現在までにドラッグデザインによって遊走阻害剤が開発されているが、天然化合物由来の遊走阻害剤は報告されていない。そこで海洋無脊椎動物の粗抽出液について好中球に対する遊走阻害活性のスクリーニングを行ったところ、口永良部島産海綿の粗抽出液に有望な遊走阻害活性が認められた。

2.魚病細菌生育阻害物質の単離と構造決定および生物活性

(1)ブロモチロシン類縁体

 上記のスクリーニングで活性が認められた、口永良部島産海綿Hexadella sp.から、魚病細菌Aeromonas hydrophilaに対してペーパーディスク法で100μg/diskで生育阻害活性を示した11-N-methylmoloka'iamine(1)、11-N-cyano-11-N-methylmoloka'iamine(2)、kuchinoenamine(3)と命名したブロモチロシン類縁体を単離した。化合物1の構造はNMR解析により決定し、化合物2はNMR解析の結果、1のN-シアノ化物と予想されたので、1から2を化学誘導して構造を確定した。化合物3の構造はNMR解析だけでは構造を確定することが困難であったため、9'位のケトン基を還元した化合物4のNMR解析を行った。その結果、3はtricyclo[5.2.1.0(2.6)]decane骨格をもつ母核がエナミンを介して1と結合した構造であると決定した。環状部の相対配置はNOESYスペクトルと1HNMRの結合定数の解析により決定した。

(2)Shishididemniol類

 獅子島産ウスボヤ科(Didemnidae)群体ボヤから、魚病細菌Vibrio anguillarumに対して20μg/diskで生育阻害活性を示したshishididemniols A-E(5-9)と命名した5つの新規セリノリピッドを単離した。各化合物の構造はNMR解析により部分構造を構築したのち、FAB-MS/MSスペクトルから脂肪鎖長および脂肪鎖中の水酸基の位置を明らかにし、平面構造を決定した。Shishididemniolsが有する8つの不斉炭素の絶対配置は、化学合成した立体既知のモデル化合物との比較、化学分解、改良Mosher法などを用いて決定した。

3.好中球遊走阻害物質の単離と構造決定および生物活性

 上記のスクリーニングにおいて好中球遊走阻害活性が認められた口永良部島産海綿Stylissa carteriからIC(50)値が約5μMという強い遊走阻害活性を有するプロモピロール10を単離した。この化学構造はNMR解析により構築し、その相対配置はNOESYスペクトルの解析により決定した。

4.結論

 本研究では新規生物活性物質の探索を目的とし、新たに魚病細菌生育活性試験および好中球遊走阻害活性試験を導入し、日本各地沿岸で採集された海洋無脊椎動物の抽出物を対象にスクリーニングを行った。活性を示した2種の海綿と1種のホヤから有効成分の単離を試み、8つの魚病細菌生育阻害物質と1つの好中球遊走阻害物質を得ることができた。これらの化合物はいずれも非常にユニークな構造を有していたことから、新たなる生物活性試験法の導入によって、有用化合物探索源としての海洋無脊椎動物の可能性を広げ、未利用海洋資源の有効利用につながることを示すことができた。

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審査要旨 要旨を表示する

 海綿やホヤに代表される海洋無脊椎動物は生物活性物質の宝庫であることが知られている。これらの多くには細胞毒性、抗菌・抗カビ活性、抗ウイルス活性、酵素阻害活性等が認められている。海洋無脊椎動物には未だ発見されていない生物活性物質が多く存在している可能性が高いため、今までに行われていなかった生物活性試験法を用いることにより、新規の生物活性物質が発見される可能性も高いと考えられる。

 このような背景の下、申請者は、魚病細菌生育阻害活性試験および好中球遊走阻害活性試験をスクリーニングに導入し、新規活性物質の探索を行った。この結果、魚病細菌に対する生育阻害活性が認められた口永良部島産海綿と獅子島産ホヤから合計8つの新規魚病細菌生育阻害物質を単離、構造決定し、好中球遊走阻害物質として口永良部島産海綿から新規ピロール環含有アルカロイドを得た。概要は以下の通りである。

1. スクリーニング

(1) 運動性エロモナス症原因菌Aeromonas hydrophila、エドワジエラ症原因菌Edwardsiella tarda、ビブリオ病原因菌Vibrio anguillarumに対する生育阻害活性物質の探索を目的として、日本沿岸で採集した724検体の無脊椎動物の粗抽出液(脂溶性画分、水溶性画分)について、これらの魚病細菌に対する抗菌活性をペーパーディスク法で調べた。その結果、脂溶性および水溶性画分ともに海綿とホヤが高い頻度で活性を示した。脂溶性画分は海綿、ホヤともに約10%の割合で活性が認められ、水溶性画分では海綿が約6%、ホヤが約11%の割合で活性を示した。

(2) 好中球は生体防御機能の初期に働き、殺菌などの生体防御の重要な役割を担っている。一方で、自己免疫疾患である関節リウマチでは炎症部位に好中球が集積し、起炎因子を放出することが知られている。また関節リウマチの動物モデルにおいて、好中球の遊走を阻害することにより関節リウマチの症状が改善されることが報告されている。これらのことから好中球の遊走阻害剤は関節リウマチの治療薬として期待されている。現在までにドラッグデザインによって遊走阻害剤が開発されているが、天然化合物由来の遊走阻害剤は報告されていない。そこで海洋無脊椎動物の粗抽出液について好中球に対する遊走阻害活性のスクリーニングを行ったところ、口永良部島産海綿の粗抽出液に有望な遊走阻害活性が認められた。

2. 魚病細菌生育阻害物質の単離と構造決定および生物活性

(1) ブロモチロシン類縁体

上記のスクリーニングで活性が認められた、口永良部島産海綿Hexadella sp.から、魚病細菌Aeromonas hydrophilaに対してペーパーディスク法で100μg/diskで生育阻害活性を示した11-N-methylmoloka'iamine (1)、11-N-cyano-11-N-methylmoloka'iamine (2)、kuchinoenamine (3)と命名したブロモチロシン類縁体を単離した。化合物1の構造はNMR解析により決定し、化合物2はNMR解析の結果、1のN-シアノ化物と予想されたので、1から2を化学誘導して構造を確定した。化合物3の構造はNMR解析だけでは構造を確定することが困難であったため、9'位のケトン基を還元した化合物4のNMR解析を行った。その結果、3はtricyclo[5.2.1.0(2,6)]decane骨格をもつ母核がエナミンを介して1と結合した構造であると決定した。環状部の相対配置はNOESYスペクトルと1H NMRの結合定数の解析により決定した。

(2) Shishididemniol類

 獅子島産ウスボヤ科(Didemnidae)群体ボヤから、魚病細菌Vibrio anguillarumに対して20μg/diskで生育阻害活性を示したshishididemniols A-E (5-9)と命名した5つの新規セリノリピッドを単離した。各化合物の構造はNMR解析により部分構造を構築したのち、FAB-MS/MSスペクトルから脂肪鎖長および脂肪鎖中の水酸基の位置を明らかにし、平面構造を決定した。Shishididemniolsが有する8つの不斉炭素の絶対配置は、化学合成した立体既知のモデル化合物との比較、化学分解、改良Mosher法などを用いて決定した。

3. 好中球遊走阻害物質の単離と構造決定および生物活性

 上記のスクリーニングにおいて好中球遊走阻害活性が認められた口永良部島産海綿Stylissa carteriからIC(50)値が約5μMという強い遊走阻害活性を有するブロモピロール10を単離した。この化学構造はNMR解析により構築し、その相対配置はNOESYスペクトルの解析により決定した。

 以上、申請者は新規生物活性物質の探索を目的とし、新たに魚病細菌生育活性試験および好中球遊走阻害活性試験を導入し、日本各地沿岸で採集された海洋無脊椎動物の抽出物を対象にスクリーニングを行った。活性を示した2種の海綿と1種のホヤから有効成分の単離を試み、8つの魚病細菌生育阻害物質と1つの好中球遊走阻害物質を得た。これらの化合物はいずれも非常にユニークな構造を有していたことから、新たなる生物活性試験法の導入によって、有用化合物探索源としての海洋無脊椎動物の可能性を広げ、未利用海洋資源の有効利用につながることを示すことができた。本研究により新しい骨格を持つ生物活性化合物が発見され、海洋性化学資源の開発に新しい知見を加えた。そこで、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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