No | 122432 | |
著者(漢字) | ケイ ルイン トン | |
著者(英字) | Kay Lwin Tun | |
著者(カナ) | ケイ ルイン トン | |
標題(和) | マガキの卵巣寄生原虫Marteilioides chungmuensisの感染動態と宿主の成熟操作による感染制御 | |
標題(洋) | Infection dynamics of Marteilioides chungmuensis, an ovarian protozoan parasite of Pacific oyster, Crassostrea gigas, and its control of infection by manipulating host maturation | |
報告番号 | 122432 | |
報告番号 | 甲22432 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3156号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 水圏生物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1.序論 マガキは極東原産であるが、日本国内はもちろん、アジア各国、北アメリカ及び西欧諸国などでも広く養殖されている。世界全体での生産量は年間4百万トンあまりで、非常に重要な養殖対象種となっている。一方、カキ類は種苗の移動が容易であることから、疾病がしばしば国際的に伝搬し各地で大きな被害をもたらしてきた。 日本の養殖マガキでは、原虫Marteilioides chungmuensisを原因とする「卵巣肥大症」が問題となっている。現在、本虫の分布は日本と韓国に限られているが、マガキは北米・ヨーロッパでも養殖されていることから、この感染症は世界的に注目されている。この原虫はマガキの卵細胞に寄生する。感染したカキは軟体部に黄色味をおびた多数の膨隆患部を形成するために商品価値を失う。特に、秋から冬にかけてのマガキの出荷時期に感染率が高くなるため、マガキ養殖に深刻な被害を与えている。 本虫の感染率はマガキが卵を持っている時期に高いことから、本虫の感染はマガキの成熟に関連すると推察されている。しかし、感染の季節的消長や成熟との相互関係については、よくわかっていない。これらは将来の防除法開発のためには不可欠な情報である。そこで、本研究ではまず本症の季節性と宿主の成熟との関係を明らかにした。さらに、季節的消長の要因を明らかにするため、本虫の宿主への侵入時期、宿主の生残に及ぼす影響を調べた。また、本虫が雌の個体にのみに寄生することから、養殖方法を改良することにより、カキの雌雄比を操作することによる感染制御法について検討した。 2.M.chungmuensisの感染の季節的消長と宿主の成熟との関係 本虫の感染の季節的消長とマガキの成熟との関係を明らかにするため、2001年9月と2002年9月に、非感染海域である宮城県産のマガキ種苗を感染海域に位置する岡山県水産試験場の筏に垂下して飼育した。その後2003年11月まで、毎月30個体を採取し、カキの成熟状態と寄生虫の感染を組織学的に検討した。その結果、雄では生殖腺の発達は2月に始まり、6月に成熟し、7月から9月にかけて放精した。10月からは生殖腺が縮退した。しかし、雌では10月を超えて翌年の3月まで卵を持っている個体がみられた。感染は産卵を開始する7月に認められるようになり、雄を含めたカキ全体での感染率は9月に50%以上まで上昇したが、10月から4月にかけて3%にまで低下した。また感染カキは10月から翌年3月まで繰り返し産卵していることが認められた。 3.M.chungmuensisの宿主体内への侵入時期 本虫の寄生は卵細胞にのみ認められることから、宿主への侵入はマガキが卵を持っている季節と同じく、夏から秋に限られると考えられていた。近年、分子生物学的手法を用いた研究で、虫体は最初にマガキの唇弁に侵入し、その後、卵細胞へ移動することが示唆された(Itoh et al.,2004)。そこで、本研究ではマガキが卵細胞を持っていない低水温期における本虫の宿主体内への侵入の有無について検討した。 2004年7月から2005年7月までは1歳のマガキ、2005年9月から2006年3月までは0歳のマガキを宮城県から岡山県に毎月輸送し、筏に垂下した。1ヵ月後に30個体のマガキの唇弁と生殖腺を採取し、PCR法及び組織切片法で感染の有無と卵細胞の発達を調べた。最も検出感度が高かったPCR法による結果では、0歳、1歳、いずれのカキも8月から10月の間、感染率は80%以上であったが、11月からは徐々に低下し、2月から4月の間の感染率は3%まで下がった。さらに、低水温期における侵入の有無を明らかにするため、2月(平均水温8℃以下)に感染海域に無感染カキを2週間垂下し、その後の感染がない加温条件(24℃)で1ヶ月間飼育して、分子生物学的手法と組織切片法で感染の有無と感染状況を1週間ごとに調べた。その結果、加温前にはPCR法で7%前後だった感染率は、24℃で1週間飼育後に87%まで上昇し、3週間後には卵細胞内に発達している寄生虫が確認された。一方、加温しなかった対照区では感染率は10%以下と低いままであった。この結果から、本虫の宿主への侵入は、季節により程度が異なるものの、1年中継続していることが明らかとなった。 4.M.chungmuenisisの病害性 前述したように感染率は秋から低下した。その原因としては、秋以降に侵入する機会が減少すること以外に、感染カキが選択的に死亡する可能性が考えられた。そこで、次の実験を行った。すなわち、麻酔したカキから注射針と注射筒を用いて生殖巣の一部を取り出し、塗抹標本を作製し、感染の有無を検査するという生体検査法を開発した。この方法を用いて、2004年8月に感染カキのみ270個を選択し、海中に垂下し、2005年6月までの生残を調べるとともに、毎月10個体を採取し、組織切片法で本虫の感染状況を検査した。その結果、感染カキでは9月から11月にかけて死亡率が76%にまで達し、選択をおこなわなかった対照区に比べ、死亡率は有意に高かった。一方、11月から翌年5月までは感染カキに死亡が見られなくなった。組織学的に見ると、この時期には、感染カキでも生殖巣は縮退し、結合組織に置き換わっていた。以上の結果より、秋季の感染率の低下は感染カキの死亡が主要な原因であり、冬季の感染率の低下はカキが感染した卵を放出し、卵巣が縮退したためであることが示唆された。 5.マガキの成熟制御による感染の制御 本虫の感染は雌のマガキにのみ成立する。一方、マガキの性成熟は飼育環境に強く影響されることが知られている。そこで、異なる飼育環境でマガキを飼育することで性比を変えることによる感染の制御を試みた。2002年11月に宮城県の無感染カキの種苗を岡山県に輸送し、2003年11月までの1年間、潮間帯に設置した棚(棚区)上で、あるいは海面の筏(筏区)に垂下して飼育した。また、カキの一部を2003年4月まで約6ヶ月間棚上で飼育した後、筏に移動して飼育した(移動区)。この3つの実験区について、2ヶ月毎にマガキ50個を採取し、組織切片を作製してマガキの成熟状況と虫体の感染状況を検査した。その結果、出荷初期にあたる11月には、棚区の感染率は18%と、筏区での46%と比較して有意に低い値を示したが、雄が雌より有意に多かった。雌だけでみると、感染率はどちらの区でも80%以上であった。このことから、棚上で飼育することにより、雄の割合が高くなり、結果として全体の感染率が低下したと考えられた。しかし、棚区の軟体部重量は、11月には筏区の1/3以下であり、成長は著しく遅れていた。一方、4月に筏に移動した移動区では、感染率が低く、かつ軟体部重量は11月までには筏区とほぼ同等の値にまで回復していた。棚上で飼育したマガキを適当な時期に筏に移すことで、感染の軽減と成長の回復の両方を達成できる可能性が示された。 そこで、カキの成長に悪影響を与えず、かつ感染を抑えるのに最適な移動時期を調べた。すなわち、2005年9月に無感染カキの種苗を感染海域である岡山県に輸送し、2006年10月までの間、棚上で、あるいは筏に垂下して飼育した。また、2006年4月、5月、6月、7月に棚上のカキを筏へ移動し、10月まで飼育した。2006年4月から10月までの間、毎月それぞれの区からマガキ50個を採取し、組織切片を作製してマガキの成熟状況と虫体の感染状況を検査した。その結果、有意差は見られなかったものの、棚区、7月、6月、5月、4月移動区、筏区の順番で雄が少なくなった。また、いずれの区でも感染は7月から見られ始め、感染率が最も高かった9月には棚区、7月、6月、5月、4月移動区、筏区の感染率は、それぞれ16%、30%、20%、34%、30%、42%で、棚区と筏区とでは感染率に明瞭な差が認められた、移動区はその中間的な感染率を示した。出荷開始時期である10月には、筏区と6月以前に移動したカキの軟体部重量はほぼ同じであったが、7月移動区と棚区のカキは有意に小さく、出荷できる状態ではなかった。その結果、6月にカキを筏に移動させることで、従来の4月移動と比べ感染率をある程度下げると共に、10月までに軟体部重量を回復させることができた。 6.総合考察 本研究ではM.chungmuensisの感染の季節的消長を明らかにすることができた。季節的消長は宿主への侵入時期、侵入した際のマガキの成熟度、寄生による宿主の産卵期間の延長、寄生による宿主の死亡が原因となっていた。特に、従来、本虫が宿主の生残に及ぼす影響は不明とされていたが、今回、生体検査法を開発することにより、寄生個体の70%以上が死亡することが明らかとなったことは特筆すべきことである。また、飼育環境を変えることでカキの雌雄比を操作し、これにより感染率を下げるという感染の制御法を開発した。本感染症は養殖産業に大きな損害を与えてきた。本研究により感染対策の開発のための選択肢の一つを示すことができた。 本研究によりM.chungmuensisに関する研究を進展させることができたが、本虫が宿主に侵入した後、どのようにして卵巣に到達するのかなどの宿主内動態は不明である。また、本虫は感染貝との同居や患部の接種によってでは伝播せず、なんらかの中間宿主が感染に介在していると考えられているが、その本体は全く分かっていない。より有効な対策を開発するために今後、これらの点を解明する必要がある。 | |
審査要旨 | マガキは日本だけでなく、北米や西欧などでも広く養殖されている二枚貝で、世界の生産量は年間4百万トンを超える。日本と韓国の養殖マガキには、卵細胞内に寄生する原虫Marteilioides chungmuensisによって軟体部に多数の膨隆患部を形成する「卵巣肥大症」が問題となっている。 本虫の感染はマガキの成熟に関連すると推察されるため、本研究では、感染の季節的消長とマガキの成熟との関係を調べた。さらに、本虫の侵入時期や病害性を明らかにした。また、本虫は雌のみに寄生することから、養殖方法を改良して雄カキの比率を増やすことによる感染制御法を開発した。 1. 感染の季節的消長と宿主の成熟との関係 非感染海域である宮城県のマガキ種苗を感染海域である岡山県で9月から翌年の11月まで飼育し、その間毎月30個体を組織学的に検査した。その結果、雄は夏に成熟、放精した後、10月には生殖腺が縮退した。一方、雌では通常の夏の産卵期の後、翌年の3月まで繰り返し産卵している個体がみられた。感染は産卵を開始する7月に認められ始め、雄を含めたカキ全体での感染率は9月に50%以上まで達したが、10月から4月にかけて3%にまで低下した。 2. 宿主体内への侵入時期 本虫はマガキの唇弁から侵入し、卵細胞内で胞子を形成するが、いつ侵入するかはよくわかっていない。そこで、0歳と1歳の無感染マガキを毎月新たに感染海域で飼育し、1ヵ月後に30個体の唇弁と生殖腺を調べた。いずれの年齢のカキも8月から10月はPCR法で80%以上の感染率であったが、11月から徐々に低下し、2月から4月は3%となった。さらに、2月に感染海域で2週間飼育した後、無感染加温条件下で1ヶ月間飼育した結果、加温前には7%前後だった感染率は、加温飼育後に87%まで上昇したが、無加温区では10%以下であった。このことから、宿主への侵入は1年中継続していることが明らかとなった。 3. M. chungmuensisの病害性 麻酔したカキから注射器を用いて生殖巣の一部を取り出し、感染の有無を検査するという生体検査法を開発した。この方法を用いて、8月に感染カキのみ270個を選択して垂下飼育し、翌年6月までの生残を調べるとともに、組織切片法で毎月10個体の感染状況を検査した。その結果、感染カキでは9月から11月にかけて、選択を行わなかった対照区に比べ死亡率が有意に高かった。一方、11月から翌年5月までは感染カキでも生殖巣は縮退し、死亡もみられなかった。以上の結果より、秋季は感染カキの死亡によって、冬季はカキが感染した卵を放出したことによって、感染率が低下したと考えられた。 4. マガキの成熟制御による感染の制御 マガキの性比を変えることによる感染の制御を試みた。11月に無感染カキの種苗を1年間、潮間帯に設置した棚(棚区)上で、あるいは海面の筏(筏区)に垂下して飼育した。また、一部は翌年4月まで棚上で飼育した後、筏に移動して飼育した(移動区)。2ヶ月毎に各区のマガキ50個の成熟と感染を調べた結果、11月の棚区の感染率は18%で、筏区の46%より有意に低く、雄が雌より有意に多かった。どちらの区でも雌は80%以上が感染していたことから、棚区では雄の割合が高くなり、結果として全体の感染率が低下したと考えられた。しかし、棚区の軟体部重量は、11月には筏区の1/3以下であった。一方、移動区では感染率は低く、かつ軟体部重量は11月までには筏区とほぼ同等の値にまで回復した。棚上で飼育したマガキを適当な時期に筏に移すことで、感染率の軽減と成長の回復の両方を達成できる可能性が示された。 そこで、カキの成長に悪影響を与えず、かつ感染を抑えるのに最適な移動時期を調べた。無感染カキを9月から翌年10月まで、棚上あるいは筏で飼育した。また、4月から7月にかけて棚上のカキを筏へ移動し、10月まで飼育した。その結果、棚区、7月、6月、5月、4月移動区、筏区の順番で雄が少なくなった。また、感染率は逆に棚区、移動区、筏区の順に高くなった。6月以前に移動したカキの軟体部重量は10月には筏区とほぼ同じであったことから、6月にカキを筏に移動させることで、従来の4月移動よりも感染率を下げるとともに出荷までに成長を回復させることができた。 以上、本研究によって、M. chungmuensisの感染の季節的消長を明らかにすることができた。季節的消長は宿主への侵入時期、侵入した際のマガキの成熟度、寄生による宿主の産卵期間の延長、寄生による宿主の死亡が原因となっていた。また、飼育環境を変えることでカキの雌雄比を操作して感染率を下げるという感染制御法を開発した。これらの成果は、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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