学位論文要旨



No 122435
著者(漢字) 粟津,勤
著者(英字)
著者(カナ) アワヅ,ツトム
標題(和) リモートセンシングデータからのエンドメンバー推定に関する研究
標題(洋)
報告番号 122435
報告番号 甲22435
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3159号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大政,謙次
 東京大学 教授 田中,忠次
 東京大学 教授 川島,茂人
 東京大学 助教授 芋生,憲司
 東京大学 講師 沖,一雄
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 リモートセンシング技術は,農地や広域環境においては、一画素内に植生や水域や土壌といった異なるカテゴリーが混在してしまうミクセルの問題が依然として存在している。このミクセルの問題に対して、対象エリアの中にピュアピクセルが存在するという仮定の下にエンドメンバーを既知として各カテゴリーの被覆率を推定する研究や、ピュアピクセルに近いミクセルが存在するという仮定の下に各カテゴリーのエンドメンバーおよび被覆率を推定する研究はいくつか報告されている。しかし、対象エリアの中にピュアピクセルが存在するという仮定やピュアピクセルに近いミクセルが観測されるという仮定は、必ずしも常に成り立つわけではなく、農地や広域エリアにおいてはこれまでのエンドメンバーおよび被覆率の推定手法を適用することが困難であるという問題点があった。そこで本研究では、特異値分解法という定理を用い、さらに種々の拘束条件を付与することで、農地や広域エリアといった従来の手法の適用が困難な場合にも対応した、エンドメンバーおよび被覆率の推定手法を提案した。さらに、推定結果を用いて新たな植生指標の提案も試みた。

2. 特異値分解法

 ここでは,特異値分解法を用いて,複数のカテゴリーが混在するミクセルおいて各カテゴリーのエンドメンバーと被覆率を推定する手法について述べる。まず,リモートセンシングデータから取得された観測スペクトルを[X]、エンドメンバーを[S]、被覆率を[C]という行列の形で表した場合、 [X],[S],[C]は線形関係であると仮定すると,[X]=[S][C]となる。また、[X]から算出される行列[U],[P],[V]を用いて特異値分解法により,[X]=[U][P][V]と表せる。したがって、ある正方行列[T](M×M行列)を導入することで,[S]=[U][T]、[C]=[T](-1)[P][V]と表すことができる。このとき,エンドメンバーおよび被覆率は非負であるため,以下の条件をとる。

条件1 非負拘束条件:〓

 この非負拘束条件から,[S]と[C]の行列成分の個数(N×M+M×K)と同数の不等式ができ,これによって,未知数である[T]の行列成分が強力に拘束され,エンドメンバー[S]と被覆率[C]が推定できる。

 さらに、各ピクセルにおいて、全てのカテゴリーの被覆率の和は1となる。これを条件2とする。

条件2 被覆率の和拘束条件:〓=1(1=1,2,3,...K)

以上が、本研究の基礎として用いられる特異値分解法および拘束条件である。

3. 農地を対象とした2カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバー推定

 まずは、2カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバー推定手法について概説する。推定に使用するためのシミュレーションデータとして、室内で得られた各カテゴリーのスペクトルをエンドメンバーと想定する。エンドメンバーの被覆率をかけて観測スペクトルを算出し、観測スペクトルのみ既知であると仮定し、エンドメンバーと被覆率を推定する。最後に、その推定結果と、観測スペクトルの算出に用いたエンドメンバーおよび被覆率の真の値と比較をおこなった。ただし、推定に用いたバンド数は79、ピクセル数は5である。ここで、各カテゴリーのエンドメンバーのスペクトルには相関がないと考えられるため、各エンドメンバー間の相関係数を閾値0.2未満に拘束するという条件を導入した。これを条件3とする。

条件3 相関係数拘束条件:Cor=〓<0.2

 この拘束条件を付与することで高い精度で推定できていることが確認できた。したがって、本手法は、2カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバー推定において効果的であると考えられる。

 次に、ハイパースペクトル画像によるエンドメンバー推定手法について概説する。ここでは、三浦半島の実画像を推定のために使用した。画像データのバンド数は70バンドである。まず、ミクセルを作成するために実画像の3×3ピクセルを解像度の粗い1ピクセルとし、その解像度の粗いピクセルを5ピクセル用いて、同様の手法によりエンドメンバーを推定する。そして、粗くする前のピクセルの中で、最もNDVI値の高いピクセルを植生のピュアピクセル、低いピクセルを土壌のピュアピクセルとし、それぞれから得られるスペクトルをエンドメンバーの真の値とみなし、推定解と比較した。その結果、植生および土壌のエンドメンバーの誤差は小さく、高い精度での推定が可能であると示された。したがって、ハイパースペクトルの実画像を用いた場合でも、本手法の有効性が確認された。

 次に、様々なエリアで一般的に用いられているLandsatTM画像を用いた場合の推定について検証をおこなった。LandsatTM画像はハイパースペクトル画像と比較してバンド数が少なく、青色波長から近赤外波長までの5バンドを推定に使用する。さらに、エンドメンバー推定の精度を高めることを目的に、5バンドの間を内挿することでバンド数を増やした場合の、精度評価をおこなった。バンド数が、5(無内挿)、10、30,50,73のそれぞれにおいてエンドメンバーを算出し、誤差を求めた。ただし内挿した場合、条件3の相関係数拘束条件は全ての波長を用いてCorとした。内挿をおこなわない5バンドと、10バンドの場合では、精度は低かったのに対し、30バンド以上の場合においては、かなりの精度の向上が認められた。

従来、NDVI(Normalized Difference Vegetation Index)が植生指標として一般的に用いられているが、NDVIは画素に含まれる土壌のスペクトルに大きく影響されるため、画素に含まれる植生の純粋な状態を知るためには問題がある。そこで、土壌の影響を取り除くことでNDVI以上に植生の状況を正確に表すと考えられるIM-NDVIという植生指標を提案する。これは、推定された植生のエンドメンバーを用いて、IM-NDVI=〓から算出する。NIR'は植生のエンドメンバーの近赤外波長域での値、RED'は植生のエンドメンバーの赤色波長域での値である。Fig.1にIM-NDVI画像を示す。

4. 広域環境評価を目的とした3カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバー推定

 3章のように、2カテゴリーのミクセルに対して本推定手法を適用するケースは、農地を対象とした場合が考えられた。ここでは、さらに3カテゴリーのミクセルに本推定手法を適用した場合の推定精度について評価をおこなう。これにより、推定手法の汎用性がより広がると考えられる。具体的には、湿原や河川領域などにおいて、ミクセルからカテゴリーの情報を抽出することが可能になる。3.1と同様に、エンドメンバーと被覆率をあらかじめ用意し、その積を計算することで観測スペクトルを求めた後、観測スペクトルのみ既知であるという想定で、エンドメンバーを推定する。そして、真の値と比較するという手順をとる。ただし、3カテゴリーのミクセルの場合、3章と全く同様の方法でエンドメンバーの推定をおこなった際、精度および計算速度の面で課題を抱える。そこで、頂点拘束条件を新しく付与した。すなわち、観測スペクトルを全て主成分分析により二次元に投影しプロットする。このとき、全プロットは、エンドメンバーを頂点とする三角形の内部に位置するという条件を利用し、エンドメンバーの位置を大きく拘束した。その後、3章までと同様の特異値分解法によるエンドメンバー推定手法を実行する。この三角形を安定的に描くために、ピクセル数は100使用した。バンド数は79である。エンドメンバーの推定結果をFig.2に示す。

4.2 エンドメンバーを頂点とする三角形の自動描画プログラムの構築

 エンドメンバーを頂点とする三角形の描画に関して、人為を介した場合には恣意を含む点、時間の消費が大きい点などから、自動描画のプログラム構築が不可欠である。ここでは、辺は2つのピクセルを結んだ直線3本からなり、全てのピクセルを含むような三角形のなかで、最も面積の小さいものをエンドメンバー拘束条件のための三角形と定義した。その結果、大きなずれはなく、推定した頂点からある範囲の領域内にエンドメンバーがあるという限度で拘束することの有用性が確認できた。

4.3 Quick Bird画像による3カテゴリーのエンドメンバー推定

実画像における3カテゴリーのミクセルに対し、本手法の推定精度を検証するため、Quick Bird画像を用いてエンドメンバーの推定をおこなった。手順としてはまず、2.5m×2.5mの空間解像度を持つQuick Birdの画像を縦10ピクセル横10ピクセルの合計を平均することで、TM画像と同レベルの空間解像度を持つ、粗めの画像を作成する。そして、この粗い画像のピクセル11×11を用いてエンドメンバーを推定し、ほぼピュアピクセルだと想定するQuick Birdの画像から得られるスペクトルを真のエンドメンバーの値とみなし、比較検証をおこなった。

5. 結論

 2カテゴリーのミクセルに対し、特異値分解法に種々の拘束条件を付与することで、ハイパースペクトルデータに関しては精度よくエンドメンバーを推定でき、TMデータに関しても十分に内挿することで高精度の推定結果を維持することができた。そして、推定されたエンドメンバーの値を用いて、IM-NDVIという新たな植生指標を導入することができた。また、3カテゴリーのミクセルに対しては、エンドメンバーの存在する位置を拘束する条件を付与することで、高精度の推定が可能であるということも示すことができた。その際に、エンドメンバーの位置を推定する自動化プログラムの構築も可能であった。また、Quick Birdの画像を使用した場合でも、エンドメンバー推定は可能であった。

Fig.1 IM-NDVI image calculated using the proposed

Fig.2 True and estimuted endmembers with 3

審査要旨 要旨を表示する

 近年のリモートセンシングに使用されるセンサの空間分解能は高解像度化しているが、対象エリアによっては依然として十分な分解能を有しているとは言えず、一画素内に複数のカテゴリーが同時に存在するミクセル状態となる問題がある。そのため、ミクセルから得られる観測スペクトルのみから、エンドメンバー(各カテゴリーの反射スペクトル)および被覆率を推定することが、高精度の土地被覆計測のためには重要である。本論文は、2カテゴリーおよび3カテゴリーのミクセルを対象として、特異値分解法により、観測スペクトルのみからエンドメンバーを推定する手法について検討したものであり、5章で構成されている。

 序論の1章に続く2章では、本論文で使用した特異値分解法と、特異値分解法を適用する際に必要な非負拘束条件および被覆率拘束条件について述べている。特異値分解法は、化学成分の分光分析のように、顕著なピークを示すスペクトルの混合体を扱う場合には有効性が示されていた。しかし、顕著なピークを有さない場合の多いリモートセンシングデータの解析に適用されていなかったので、その適用の際の問題点を整理した。

 続く3章では、2カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバーの推定をおこなった。ここでは植生と土壌の2カテゴリーのミクセルとして農地を対象に選び、エンドメンバーを推定した。使用したデータは、ハイパースペクトルのシミュレーションデータと実画像データ、マルチスペクトルのシミュレーションデータと実画像データである。ハイパースペクトルのシミュレーションデータと実画像データを用いたエンドメンバー推定では、特異値分解法に非負拘束条件、被覆率拘束条件、さらに相関係数拘束条件を設定することにより、反射率の最大誤差が0.079と良好な精度の結果を得ることができた。また、マルチスペクトルのシミュレーションデータにおいては、バンド間を内挿した後に交差拘束条件を付与することで、最大誤差0.024で精度良くエンドメンバーを推定できた。さらに、マルチスペクトルの実画像データに同様のエンドメンバー推定手法を適用した場合は、バンド数が少なくエンドメンバーを十分に拘束できないため、ハイパースペクトルデータにおける推定に比べると精度が劣るが、実用的な推定精度は保つことができた。さらに、従来のNDVI(Normalized Difference Vegetation Index)以上に正確に植生状態を示す植生指標として、IM-NDVI(Improved Normalized Difference Vegetation Index)を提案した。

 4章では、植生・土壌・水域の3カテゴリーのミクセルにおけるエンドメンバーの推定をおこなった。使用したデータは、ハイパースペクトルのシミュレーションデータと実画像データ、マルチスペクトルの実画像データである。3カテゴリーのミクセルにおいては、2カテゴリーの場合の手法を適用すると、計算時間が膨大になり、また、精度的にも問題があった。そこで、頂点拘束条件を加えることにより、これらの問題を解決した。その結果、ハイパースペクトルのシミュレーションデータにおいて、反射率の最大誤差が0.051と良好な結果を得た。なお、頂点拘束条件のための三角形描画に関して、自動化プログラムを作成した。一方、ハイパースペクトルの実画像データを使用した場合には、最大誤差が0.118で、また、マルチスペクトルの実画像データによる推定では、最大誤差が0.135と大きかったが、三角形描画のために使用するプロットを画像全域に拡大することで、推定精度を0.106に向上させることができた。5章では本論文の結論として総括がなされている。

 以上、本論文で、リモートセンシングデータの解析において、ミクセルの観測スペクトルのみからそれぞれのエンドメンバーおよび被覆率を推定するために、特異値分解法の適用について検討し、解析の際の拘束条件を明らかにし、その精度検証がなされたことは、学術上貢献するところが少なくないと考えられる。よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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