学位論文要旨



No 122440
著者(漢字) 後藤,至誠
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,シセイ
標題(和) 2成分系凝集システムに関する基礎研究 : コロイド物質の凝集における非イオン性ポリエチレンオキシドとフェノール性コファクターの相互作用
標題(洋) Fundamental studies on dual-component flocculation systems : Interactions between nonionic poly(ethylene oxide)and phenolic cofactors in flocculation of colloidal materials
報告番号 122440
報告番号 甲22440
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3164号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 磯貝,明
 東京大学 教授 空閑,重則
 東京大学 助教授 岩田,忠久
 東京大学 助教授 和田,昌久
 東京大学 助教授 江前,敏晴
内容要旨 要旨を表示する

【要旨】

1.背景と目的

 抄紙工程の中性化、クローズド化対策が進むにつれて、抄紙系内にアニオン妨害物質が蓄積し、従来のイオン性凝集剤は効果を発揮し難くなっている。この対策として、非イオン性高分子であるポリエチレンオキサイド(PEO)の利用が挙げられる。PEOはフェノール性化合物をコファクター(CF)として用いることで、アニオン妨害物質の多い系でも強い凝集を引き起こす。しかしながら、その凝集機構は未だ不明瞭である。更に、取り扱いが難しいこと、形成される凝集塊(フロック)がせん断力に弱いこと、脱墨パルプ(DIP)に対する歩留り向上効果が低いこと等の問題から、実機利用は限られていた。

 そこで、PEO/CF凝集システムに対する更なる知見の獲得と同システムの有効利用を目的として、1)同システムによって形成されるフロックの物性とシェア耐性、2)CFの性質と各種コロイドに対する凝集挙動、3)PEOとCF間の相互作用と付着挙動、4)DIPでの歩留り低下原因の解明に関する研究を行った。

2.フロック物性とシェア耐性に関する研究

 コファクター/PEOによる軽質炭酸カルシウム(PCC)粒子の凝集機構について、1)PCCフロックの物性、2)コファクターの構造とフロックのシェア耐性の点からマイクロマニュピレーション装置(MMA:図1)をと光分散分析器(PDA)を用いて調べた。

<フロックの物性>

・フロック強度はコファクター/PEO比(C/P比)が2〜3となるときに最大となった。

・PCCフロックは、破断時の分裂様式からテンションに対して強い"弾性フロック"と弱く伸びる"粘性フロック"に分類できた(図2)。

・C/P比が低い場合には粘性フロックが主体であり、C/P比の増加と共に弾性フロックの比率が増加した。弾性フロックの比率とフロック強度は高い相関関係にあり、従ってフロック強度は弾性フロックに起因していた。

・粘性フロック分裂時の粒子間距離は30μmに達しており、PEO単分子の大きさに比べて非常に大きかった。従って、複数のPEO分子が結合に関与する凝集機構が存在すると考えられた。

<コファクターの構造とシェア耐性>

・構造の異なるコファクターMVA、ACSでは、粘性フロックの伸長性に大きな違いがあった。

・フェノール性水酸基密度の高いACSはより緊密なフロックを形成し、同密度の低いMVAはより緩やかなフロックを形成していた。大きく緩やかなMVAフロックは長時間の強攪拌に対して弱く、小さく緊密なACSフロックはシェア耐性が高かった。

・シェア耐性はコファクターの構造とC/P比により大きく異なり、C/P比の増加と共にシェア耐性は向上し歩留り向上効果も大きくなった。従って、弾性フロックの増加がシェア耐性の向上に対して有効であると考えられた。

・これらの結果よりコファクターはPEOの分子内・分子間架橋点としてフロック形成に寄与していると考えられた(図3)。

3.CFの性質と各種コロイドの凝集挙動に関する研究

 新たに低分子環状アルキルフェノール及び電荷の異なるコファクターを用いて、各種コロイド粒子の凝集挙動を調べた。

<環状フェノールとPEOによる凝集挙動>

・3種類の環状アルキルフェノールのうち、MCRAはPEOと共に添加することで高いPCC凝集能を示したが、似た構造を持つC4ASおよびC6ASは凝集能が低かった。これらのフェノール類の水酸基の配置と溶解性がPEOとの相互作用と凝集能の発現に関係していると考えられた。

・MCRAのPCC凝集速度は他のCFに比べて遅く、凝集機構が異なっていることが示唆された。

<電荷の異なるCFとPEOによる各種コロイドの凝集挙動>

・カチオン性のPCC粒子に対しては、弱アニオン性CFのDEAが最も凝集効果が大きく、アニオン性の二酸化チタンやラテックスに対しては、強カチオン性CFであるVBTが最も効果的であった。最も凝集しやすい粒子は表面に両方の電荷を持つクレーであった。

・粒子の表面電荷と反対の電荷を持つCFを添加した場合に高い凝集効果が得られたことから、粒子とコファクターの間の電気的相互作用が凝集発現に寄与していると考えられた。

4.PEOとCF間の相互作用と付着挙動に関する研究

 近年開発されたエネルギー消散測定が可能な水晶振動子マイクロバランス(QCM-D:図4)を用いて、PEO及びCFの付着挙動と付着層の物性、PEO/CF相互作用について調べた。更に、交互膜法に基づいて環状CFの分子配向を制御し、PEOとの複合体形成について調べた。

<PEOとCFの付着挙動と付着層の構造解析>

・センサー表面への水和したPEO分子の付着量は導入PEO濃度によらずほぼ一定となったが、その後に添加したアニオン性のCFであるPALの付着は初期PEO濃度に依存しており、PEO濃度の上昇にともなってPAL付着量は増加した。

・粘弾性解析より、PEO付着層の粘弾性は濃度の増加に伴って上昇していた。PEO/PAL複合体の付着層は、PEO単体の付着層よりも、膨潤し、且つ、固くなった形態をとるものと考えられた。

・PEOとPALを予め混合した溶液をセンサーへ導入した場合、PEO単体を導入した場合に比べてより粘弾性が低くなること、混合C/P比が2前後の場合に最も低くなることが分かった。

・これらのことから、水中で安定なPEO分子にCFが会合することでPEO分子のコンフォメーションが変化し、PEOが表面に付着し易くなることが凝集能の発現に寄与していると考えられた。

<環状CFとPEOとの複合体形成>

・PEOとの組合せによる粒子凝集能の低いC6ASを交互膜法によってセンサー表面に固定した場合、PEOはC6AS表面に付着することができた。一方、C6ASとPEOを混合して添加した場合は、PEOの付着がほとんど観察できなかった。

・従って、親水性の高いC6ASでは、スルホン基による立体障害によりPEOとの複合体形成が困難であること、及び、形成されたC6AS/PEO複合体は親水性が高く水中で安定になるため、粒子を凝集することができないものと考えられた。

5.脱墨剤がPEO凝集システムに与える影響に関する研究

 これまでの研究からエチレンオキサイド基をもつ脱墨剤によってPEOシステムの凝集効果が低減されることが明らかになっている。そこで、CFが脱墨システムに与える影響を脱墨実験にて確認し、PEO及びCFと脱墨剤との相互作用についてQCMを用いて調べた。

<CFが脱墨システムに与える影響>

・アニオン性CFのPALを脱墨薬品と共にトナー印刷物に添加し脱墨実験を行った場合、トナーの剥離性と除去性が共に悪化した。アニオン性の界面活性剤を添加した場合、脱墨性は変化しなかったことから、PALは脱墨剤と何らかの相互作用を起し、機能を阻害すると考えられた。

<PEO及びCFと脱墨剤との相互作用>

・PEOは脱墨剤が吸着しているセンサー表面に全く付着することができなかった。一方、PALは脱墨剤吸着面に付着した。PAL吸着後にPEOを添加した場合は、PEOの付着が認められた。

・PEOが付着表面に脱墨剤を添加した後にPALを添加した場合、CFの付着量は脱墨剤を添加しない場合と同程度となった。

・これらのことから、界面活性能の高いCFを用いることでDIPに対するPEOの歩留り向上効果を高めることができると考えられた。

6.まとめ

 PEO/CF凝集システムについて、その特性と凝集機構について調べた結果、その凝集能はCFの構造・性質に大きく影響されていた。主な機構としては、水中で安定化しているPEO分子にCF分子が衝突し複合体を形成することで、PEO分子のコンフォメーションが変化し、不安定化することで凝集能が発現するものと考えられた。シェア耐性及びDIPに対する課題についても、CFの性質を変えることでより高い性能を持つ凝集システムを得ることができると考えられた。

図1 MMAと引張試験の概要

図2 フロック分裂様式

図3 PEO/CF複合体モデル

図4 QCM-Dの原理

図5 PEO及びPEO/CF複合体の粘弾性変化

審査要旨 要旨を表示する

 抄紙工程の中性化・クローズド化が進むにつれ、従来のイオン性凝集剤システムは効果を発揮し難くなっている。この代替策として、非イオン性高分子であるポリエチレンオキサイド(PEO)とフェノール性化合物をコファクター(CF)を用いる二成分系凝集システムが提案されている。しかし、その凝集機構は不明であり、形成される凝集体(フロック)が高速抄紙条件などのせん断力に弱いこと、脱墨パルプ(DIP)に対する歩留り向上効果が低いこと等の問題があった。そこで、このCF/PEO凝集システムについて、形成されるフロックの物性とせん断力耐性、CFの機能解析、CF-PEO間の相互作用、DIPの歩留り低下原因の解明を目的に研究を行った。

 まず、CF/PEO系による軽質炭酸カルシウム(PCC)粒子の凝集機構を、PCCフロックの物性、CFの構造とフロックのせん断力耐性の点から、マイクロマニュピレーション装置と光分散分析器を用いて検討した。その結果、CFの化学構造によって弾性フロックと粘性フロックが異なって生成し、CF/PEO重量比変化によっても両フロック量が変化してフロックのせん断耐性に影響すること、ひとつのフロックに複数のPEO分子が関与していること、CFのフェノール性水酸基密度が上がることで形成するフロックの緊密度が上がり、せん断耐性が向上することなどを明らかにした。そして、CF分子はPEOの分子間・分子内架橋点としてフロック形成に関与しているという機構を提案した。

 続いて、新たに低分子の環状アルキルフェノールおよび電荷の異なるCFを用いて各種コロイド粒子の凝集挙動を検討した。その結果、CF分子中のフェノール性水酸基の配置と水に対する溶解性が、PEOとの相互作用とPCCの凝集能の発現に関与していること、コロイド粒子の表面荷電がCF/PEO系凝集システムに関与していることを明らかにした。

 そこで、CF-PEO相互作用を更に明らかにするため、エネルギー消散測定が可能な水晶振動子マイクロバランス(QCM-D)を用い、in situでのCF-PEO相互作用を定量的かつ粘弾性の観点から検討した。その結果、CF-PEO複合体はPEO単独よりも膨潤しながら弾性的で硬くなる形態をとることを明らかにした。従って、絡み合いによって複数分子を形成してはいるがPEOは水中で安定に溶解しているが、CF分子とPEO分子が会合することによりPEO分子のコンフォメーションが変化し、水に対する溶解性が低下し、結果的にコロイド粒子表面に付着し易くなる凝集機能発現機構を提案した。また、同じくQCM-Dのセンサー表面に交互膜法により前述の環状アルキルフェノールを積層する手法を用いたところ、環状アルキルフェノールのフェノール性水酸基の分子内での配置によってPEOと会合するか、会合体を形成しないかが明らかになった。

 最後に、日本では紙の原料の60%を古紙パルプ(DIP)が占めるため、DIPを含む抄紙系で本CF/PEO系システムで効果が発現しない原因を検討し、その解決を試みた。DIPに残存する中性脱墨剤は分子中にPEOと同じエチレンオキサイド基を有するため、CFと脱墨剤の抄紙系内での相互作用が重要となると考えた。そこで、前述のQCM-Dを用いてCFと脱墨剤の相互作用をin situで検討した。その結果、エチレンオキシド基を含まないアニオン性の脱墨剤を用いた場合にはCF/PEO系でも脱墨の程度は変化しないが、エチレンオキシド基を含む中性脱墨剤とCF/PEO系を組み合わせると、明瞭に脱墨性が低下した。中性脱墨剤成分のエチレンオキシド基にCFが結合してしまい、PEOとCFの結合を阻害するためである。種々の検討から、界面活性能のある特殊なCFを用いることによりPEOとの組み合わせでDIP系でも歩留まり効果の向上が認められた。

 以上のように、本研究ではCF/PEOシステムの特性と凝集機構について検討した結果、多くの新しい知見が得られた。特に、水中で安定に溶解している複数のPEO分子集合体にCF分子が衝突し複合体を形成することで、PEO分子のコンフォメーションが変化し、水溶解性が低下して不安定化することで凝集能が発現する新しい機構を提案した。せん断耐性およびDIPに対する課題についても、CFの構造を変えることで高い性能を有する凝集システムを得られることを示した。従って、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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