学位論文要旨



No 122444
著者(漢字) 奥田,修久
著者(英字)
著者(カナ) オクダ,ノブヒサ
標題(和) リグノセルロースにおけるバインダーレス接着の可能性
標題(洋)
報告番号 122444
報告番号 甲22444
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3168号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 佐藤,雅俊
 秋田県立大学 教授 谷田貝,光克
 東京大学 教授 太田,正光
 東京大学 教授 安藤,直人
 東京大学 教授 大原,誠資
内容要旨 要旨を表示する

1.研究概要

 木材をはじめとするリグノセルロース系材料の有効利用においては、各種木質材料の製造に代表されるように、接着剤が非常に大きな役割を果たしてきた。しかし一方で社会の変化に伴い、合成樹脂系接着剤の使用はホルムアルデヒド等の問題を生ずるようにもなり、こうした各種の課題を解決するための動きが接着剤の動向にも様々な影響を与えてきた。近年では環境意識の高まりなどの影響から、接着剤を巡っては、各種揮発性有機化合物(VOC)の問題、廃棄物削減を目指したリサイクルの問題、接着剤自体の環境負荷の問題など、様々な問題が取り沙汰されている。こうした背景をうけた接着剤の環境負荷軽減への様々な研究の中で、天然系接着剤の検討やそれによる合成樹脂系接着剤の一部代替などの検討とともにその可能性を注目されているものとして、バインダーレス接着に関する研究がある。バインダーレス接着とは、木材をはじめとするリグノセルロース系材料同士を、熱圧締によりその成分を活性化することで、従来の合成樹脂系接着剤を用いずに接着することである。この現象自体は比較的古くから知られていたが、その接着性能等に関してはまだ十分な検討がなされておらず、材料への実際の適用例はこれまでのところきわめて限定的な範囲にとどまってきた。最近では合成樹脂使用量の削減を目指す自動車業界などにおいて再びリグノセルロース系材料を用いたバインダーレス接着が着目されはじめており、その可能性を評価することが強く求められている。そこで本研究では、リグノセルロース系材料におけるバインダーレス接着の可能性を明らかにすることを目的とし、バインダーレス接着によって実現する接着性能の評価、その性能発現要因である接着機構の推定、さらにそのバインダーレス接着の接着手法としての応用可能性について検討した。

2.検討内容およびその結果

2.1 バインダーレス接着による接着性能

 バインダーレス接着により実現する接着性能の基礎的特性について明らかにする目的で、バインダーレスボードを製造しその性能評価を実施した。材料としては、有効利用が求められている材料の一つであるケナフの芯材(ケナフコア)を用い、バインダーレスボードの製造に際しては原料の蒸気処理や爆砕処理等は行わず、代替処理として原料を粉砕処理し乾式で熱圧締をするものとした。これまでのバインダーレスボードに関する検討例では、常態におけるボードの機械的性能等に着目した例が多く、耐水性をはじめとするその他の各種性能に関しては十分な知見が得られていなかった。そこで本研究においては、バインダーレスボードの性能評価項目は、常態での機械的性能に加えて、耐水性、接着耐久性、ホルムアルデヒド放散特性、耐酸および耐アルカリ性、接着性能の再生可能性、等とした。

 結果の一例を示す。ボードの製造条件として圧締温度、ボード密度等がバインダーレス接着に大きな影響を与える要素であることが確認され、圧締温度180℃かつ密度1.0g/cm3という条件下では、常態での初期性能として6MPaを超えるはく離強さが認められた。また、圧締温度200℃かつ密度0.8g/cm3という条件のボードでは、常態の性能のみでなく良好な耐水性能も認められ、温水処理をはじめとした様々な劣化処理後における各種強度の残存率は、実験的に製造したユリア・メラミン共縮合樹脂接着剤を用いたボードにおける結果と同程度かそれ以上の値を示した。さらにこのボードにおいては、促進劣化試験(煮沸法:沸騰水中浸せき4時間→水(20℃)浸せき1時間→70℃で乾燥、という処理を2サイクル)において曲げ強さ残存率106.4%という値が認められ、さらに19ヶ月におよぶ屋外暴露試験においてもエレメントの脱落が認められず非常に高い寸法安定性が示された。

 本項における検討の結果、バインダーレス接着によって実現する接着性能が明らかとなった。バインダーレス接着は接着剤を使用していないにもかかわらず、一般に広く用いられているユリア・メラミン共縮合樹脂接着剤と同程度かそれ以上の耐水性能を示すことが認められ、また、ある程度の接着耐久性を実現することも可能であることが示された。

2.2 バインダーレス接着機構の推定

 バインダーレス接着による接着性能の発現要因はバインダーレス接着機構であり、その検討はさらに効率的なバインダーレス接着形成条件の設計やその応用可能性の拡大のためにも非常に重要であると思われる。しかし、これまでに各種化学分析による検討例が報告されているものの、いまだに十分な知見が得られていない。そこで本研究では、バインダーレス接着機構に関する様々な角度からの知見を得ることを目的として、すでに報告例のある化学分析に加え、走査型電子顕微鏡による観察、バインダーレス接着を促進すると思われる製造条件で製造したバインダーレスボードの性能評価、極性の異なる溶媒に対するボードの膨潤特性評価、等の様々な手法を用いた検討を実施した。

 結果の一例を示す。脱リグニンした原料を用いたバインダーレスボードでは接着力が低下した一方、リグニンを添加した原料を用いた場合は接着力が増大し、バインダーレス接着におけるリグニンの効果が示された。化学分析をはじめとするその他の結果からも、間接的にリグニンの関与を示唆する結果が得られた。しかし一方で、報告されているようなヘミセルロースに由来するフルフラールの関与を確認するデータは得られなかった。リグニンに関しては、熱圧締により流動化することが確認され、熱圧締の前後でその量的な変化は認められないものの、構造上のいくつかの変化が認められた。まず縮合型構造の増加が認められるとともにその接着への寄与が示唆された。一方でリグニンの一部が低分子化することも確認されたが、そこから生成する分解物は新たな化学結合を生成せず、バインダーレス接着への関与は小さい反応であることも認められた。また、おそらくはリグニン由来成分の一つであろうと思われる低分子の芳香核カルボニル化合物によると思われる化学結合の生成、が接着性能と関係している可能性が示唆された。

 本項における検討の結果、ボードの熱圧締中の化学変化をはじめ、バインダーレス接着機構の一つの側面に関する重要な知見が得られた。

2.3 バインダーレス接着機構の応用

 これまでの検討結果から、バインダーレス接着はその機構は完全に解明されていないものの、高い接着性能を発現しうることが明らかとなった。そこで、バインダーレス接着という現象を一つの「接着手法」としてとらえ、それを木材接着へ応用することを検討した。

 結果の一例を示す。まず、バインダーレス接着を実現可能な材料の範囲を確認するための検討を実施し、針葉樹、広葉樹の多くの材料においてバインダーレスボードが製造可能であり、バインダーレス接着という原理が木材に対してはある程度広範に適用可能であることが示された。た。一方草本においては、ケナフコア、タケなどその原料種類によってバインダーレス接着の可能性が異なることが示唆された。そこで次に、バインダーレス接着の木材接着への応用として、バインダーレス合板の製造。バインダーレス挽板接着等を検討した。その結果、木材同士のバインダーレス接着実現のためには被着材である木材表面同士を十分に近づける必要があることが示され、そして仮道管などその組織に由来する凹凸構造を持った木材表面同士を近づけるためには、その凹凸のサイズ以下に粉砕した木粉を用いてその接触を媒介することが有効であることが示された。実際、この原理を用いたバインダーレス合板では約1.0MPa程度のせん断強度が発現することが認められた。

 本項における検討の結果、バインダーレス接着機構の木材接着手法としての応用可能性が示されたものと言える。この原理は接着剤の減量等への展開も可能なものとして着目されている。

3.結論

 本研究の結果、バインダーレス接着により実現する接着性能が、ユリア・メラミン共縮合樹脂接着剤の性能と同程度であることが明らかになった。さらに、その性能の発現の要因である接着機構の一部に関する知見が得られた。ここで得られた結果をもとに実際にバインダーレス合板が製造可能であることが示され、バインダーレス接着という現象が一つの木材接着手法として応用可能性を持つものであることが示された。本研究の成果は材料および接着という観点からその応用的価値が着目されている。

審査要旨 要旨を表示する

 木材をはじめとするリグノセルロース系材料の有効利用においては、接着剤が非常に大きな役割を果たしてきた。しかし、接着剤を巡っては、各種揮発性有機化合物の問題、リサイクルの問題、環境負荷の問題などが取り沙汰されている。このような状況下、接着剤の環境負荷軽減に関する様々な研究が実施され、その一例としてバインダーレス接着に関する研究が取り上げられている。バインダーレス接着とは、木材をはじめとするリグノセルロース系材料同士を、熱圧締によりその成分を活性化することで、従来の合成樹脂系接着剤を用いずに相互接着することである。このことは比較的古くから知られていたが、その接着性能等に関しては未だ十分な検討がなされておらず、適用例は限定的な範囲にとどまってきた。そこで本研究では、リグノセルロース系材料におけるバインダーレス接着の可能性を明らかにすることを目的とし、バインダーレス接着による接着性能の評価、接着機構の推定、さらにバインダーレス接着の新たな接着手法としての応用について検討している。第1章の序論においては、バインダーレス接着の変遷と問題点等を述べ。第2章では、バインダーレス接着による接着性能の基礎的特性を明らかにする目的で、各種の製造条件においてボードを製造しその性能評価を実施している。対象材料としては、有効利用が求められているリグノセルロース系材料の一つであるケナフの芯材を用い、ボードの製造に際しては、従来バインダーレスボードの製造に適用されていた蒸気処理や爆砕処理等の前処理を行わず、材料を直接粉砕処理し熱圧締をすることによりボードを製造する乾式方法を提案している。この方法によれば製造コストの削減や製造装置等の簡略化が可能となる。さらに、バインダーレスボードの性能評価項目は、物理的および機械的性能の他、耐水性、接着耐久性、ホルムアルデヒド放散特性、耐酸・耐アルカリ性、リサイクル性等、実際の使用を想定した評価項目について検討され、圧締温度、ボード密度がバインダーレス接着に大きな影響を与える要素であることが看取されている。また、機械的・物理的性能としては、ユリア・メラミン共縮合樹脂接着剤を用いたボードと同程度かそれ以上の値を示すことが確認されている。さらに、19ヶ月におよぶ屋外ばくろ試験において、ユリア・メラミン共縮合樹脂接着剤と同等の耐水性を有することが認められ、ある程度の接着耐久性を実現することも可能であることが示唆された。

 第3章では未だに十分な知見が得られていないバインダーレス接着機構について、化学分析、走査型電子顕微鏡による観察、接着機構を促進する可能性のある製造条件で製造されたボードの性能評価、極性の異なる溶媒に対するボードの膨潤特性評価等の解析手法を用いて検討が実施されている。脱リグニンを行った試料を用いたボードでは接着力が低下し、リグニンを添加した場合には接着力が増大するというように、バインダーレス接着にはリグニンの存在が関与していることが確認された。化学分析をはじめとする結果からも、間接的にリグニンの関与が示唆されたが、既報で示されているヘミセルロースに由来するフルフラールのバインダーレス接着への関与が確認できなかったことを明らかにしている。さらに、リグニンに関しては、熱圧締により流動化することが確認され、熱圧締の前後でその量的な変化は認められないものの、構造上、縮合型構造の増加が認められるとともに、一方でリグニンの一部が低分子化すること。さらに、リグニン由来成分の一つであろうと思われる低分子の芳香核カルボニル化合物が、接着性能と関係している可能性が示唆されている。第4章では、バインダーレス接着機構の応用として、新たな木材接着方法を提案している。ここでは、バインダーレス接着が可能なリグノセルロース系材料の検討を行い、材料によってバインダーレス接着の可能性の程度が異なることを明らかにしている。さらに、バインダーレス接着の木材接着への応用として、バインダーレス合板の製造や木材同士の接着を実施し、木粉等を用いた木材同士のバインダーレス接着を実現するためには、木材表面に存在する仮道管など木材組織に由来する木材表面の凹凸に木材の微粉を充填し、表面を平滑にして木材表面相互を密着させることがバインダーレス接着に効果的であることが確認され、リグノセルロース系材料の粉体を用いた新たな木材接着方法として利用可能であることが示唆された。

 以上本論文は、リグノセルロース系材料におけるバインダーレス接着の可能性を明らかにしたものであり、応用としての新たな木材接着の提案を含め実用性の高いことが認められ、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文をもって博士(農学)を授与するに価値あるものと認めた。

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