No | 122446 | |
著者(漢字) | 塚本,崇志 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ツカモト,タカシ | |
標題(和) | Positron Emitting Tracer Imaging System(PETIS)法を用いた植物生体内の物質移行に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 122446 | |
報告番号 | 甲22446 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3170号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 農学国際専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 植物は常にいろいろな環境の変化にさらされており、その変化にあわせて体内での物質の移行や代謝を調節している。物質の移行や代謝の変化の機構を明らかにするためには、移行や代謝に関わる遺伝子やタンパク質の解析の他に、植物体内における物質の動態を調べることが重要である。これまで、放射性同位元素を用いたトレーサー実験によって、様々な物質の動態に関する多くのデータが得られてきた。従来の放射性同位元素を用いた研究では、経時的なデータを得るためには生育の揃った多くの植物を用い、実験の精度を上げるために連数を多くとって吸収実験を行った後、植物体を殺してオートラジオグラフィーをとるか、組織を部位別に切断して放射能量を測定するか、燃焼させて炭酸ガスや水にしてから液体シンチレーションカウンターで測定する、という煩雑なプロセスが必要であった。そのため、同一の植物体でくり返し計測を行うことができず、経時的なデータを得ることが出来ないという欠点があった。日本原子力研究開発機構と浜松ホトニクス株式会社が共同で開発したPositron Emitting Tracer Imaging System(PETIS)は、それらの欠点を克服した。PETISとは、ポジトロン放出核種の分布と強度とをリアルタイムで計測することにより、植物生体内における物質の移行を非破壊的に計測することができる技術である。PETISは対象とするものを生きたままの状態で計測することができるので、従来の手法では不可能であった、同一植物における物質の移行に関する経路、量および速度の情報を得ることができる。本研究では、PETIS法を用いて様々な環境条件下で、植物生体内におけるポジトロン放出核種(52)Fe、(52)Mn、(62)Zn、[(11)C]メチオニン、13NH(4+)およびH2(15)Oの移行の可視化を行った。 ポジトロン放出核種(52)Feを(52)Fe(III)-デオキシムギネ酸(DMA)の形でオオムギ(Hordeum vulgare L. cv. Ehimehadaka no. 1)の根から吸収させて(52)Feの移行をPETISで計測した。全ての実験において、(52)Feはdiscrimination center (DC)に多く蓄積した。DCは根から吸収した栄養や葉からの代謝産物の分配に重要な役割を果たしていると考えられる。鉄欠乏と鉄十分のオオムギ共に、根から最新葉への(52)Feの移行は暗条件で抑制されなかった。これは、最新葉への(52)Feの移行には蒸散流が関与しないことを示している。熱処理で維管束の組織の一部を不活化することによって葉の篩管を介した輸送を選択的に止めたところ、根から未成熟である最新葉への(52)Feの移行は約1/5に減少した。一方、それ以外の成熟した葉における(52)Feの移行は影響を受けなかった。鉄は鉄要求性の高い最新葉には主に篩管を介して移行しており、成熟した古い葉には導管を介して移行していることが明らかとなった。イネ科植物においては、根から吸収された鉄がDCや根から直接篩管を介して最新葉へ移行すると考えられる。 登熟期のイネ(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)における穂への栄養分の移行を生体内で直接計測した報告はない。開花後3週のイネ生体内において、ポジトロン放出核種(52)Fe(III)-DMA、(62)Zn(2+)、(13)NH(4+)または[(11)C]メチオニンの移行を、PETIS法を用いてそれぞれ経時的に可視化した。それぞれの核種を経根投与した場合、穂と止め葉のどちらに先に到達するかはそれぞれの核種によって異なった。(52)Feは穂と止め葉にほぼ同時に移行した。(11)C化合物も穂と止め葉にほぼ同時に移行した。(62)Znはほとんど止め葉へ移行せずに穂へ移行した。(13)N化合物は穂よりも止め葉へ多く移行し、止め葉への(13)N化合物の到達時間は穂への到達時間よりも4-8分ほど早かった。栄養成分が穂へ移行するタイミングや経路が栄養成分によって異なっていると考えられる。特に、亜鉛は止め葉を経由せずに直接穂まで到達すると考えられる。14時間の吸収実験では(52)Feおよび(62)Znはほとんどが籾殻へ移行し、玄米への蓄積はあまり見られなかった。また、節に(52)Fe、(62)Zn、(13)N化合物、(11)C化合物が多く蓄積した。節は導管から篩管への栄養分の乗り換えや分配に重要な役割を果たしていると考えられる。 オオムギにおけるポジトロン放出核種(52)Mnの経時的な移行をPETIS法により可視化した。全ての実験において、(52)Mnは茎葉部の基部に当たるDCにまず蓄積した。DCはイネ科植物においてマンガンの分配に重要な役割を果たしているのかもしれない。マンガン欠乏のオオムギはマンガン十分のオオムギに比べて根から地上部へ多くの(52)Mnを移行した。マンガン欠乏植物では根でのマンガン吸収、維管束への積み込みなどが促進されていると考えられる。対照的に、マンガン過剰のオオムギでは根から地上部への(52)Mnの移行は抑制された。根からのマンガンの吸収が抑制されたか、もしくは、マンガンの根への蓄積が増加したことにより地上部へのマンガンの移行が減少したと考えられる。マンガン十分のオオムギにおいて、根から最新葉への(52)Mnの移行は暗条件で抑制されなかった。これは、最新葉への(52)Mnの移行には蒸散流が関与しないことを示している。(52)Mnをオオムギの最大展開葉の切断面から吸収させた場合、(52)MnはDCまで27 分で移行し、その後、根や他の葉に再移行した(Tsukamoto et al., 2006)。 イネ生体内におけるH2(15)Oの経時的な移行をPETIS法により可視化した。同じ個体を用いて繰り返しH2(15)Oの計測を行ったところ、根から地上部へのH2(15)Oの移行は最初の投与から1-3時間の間は増加し、その後、4-7時間の間は徐々に減少した。イネにおける水の吸収移行は朝から徐々に増加し、午後昼過ぎにピークを迎え、徐々に減少するという日周性を示すと考えられる。クロロフィルやヘム、そしてビタミンB(12)などのテトラピロール化合物の共通前駆体である5-アミノレブリン酸(ALA)を10μMという低濃度で根に処理した場合、ALA処理1.5、2.5、3.5時間後で、地上部へのH2(15)Oの移行量は対照区に比べてそれぞれ126、137、140%まで増加した。10μM ALA処理をして4時間後に0.1 mM ABAで処理をした場合、ABA処理後0.5時間でH2(15)Oの移行量が減少した。これらのことから、ALAは根から吸収された後、1.5時間以内に孔辺細胞へ輸送されて気孔の開口に関与していると考えられる(Tsukamoto et al., 2004)。2-10μMカドミウムで処理した場合、根から地上部へのH2(15)Oの移行量はカドミウム処理後0.5-1.5時間から徐々に減少し、カドミウム濃度が濃い方がより影響が大きかった。2-10μMという低濃度のカドミウム存在下でも、カドミウムによる傷害で根における水の吸収のが低下したか、カドミウムが根圏から吸収されて地上部へ移行して葉の気孔を閉じるのに働いていると考えられる。より濃い濃度のカドミウム処理によってよりH2(15)Oの移行が抑制されたのは、濃度が濃い方が根から吸収されたカドミウムが孔辺細胞に到達するのが早いためかもしれない。亜鉛欠乏のイネにおいて、根から地上部へのH2(15)Oの移行量は亜鉛十分のイネに比べて少なかった。亜鉛欠乏のイネにおいて根から地上部へのH2(15)Oの移行が減少したのは、亜鉛が不足したことによる根における水の吸収のが低下か、気孔の開度の減少によるものと考えられる。 二価鉄トランスポーター遺伝子OsIRT1のプロモーターに三価鉄還元酵素遺伝子refre1/372をつないで導入した形質転換イネはベクターコントロールに比べて鉄欠乏条件下で高い三価鉄還元酵素活性を示す。鉄欠乏条件下で(52)Fe(III)-EDTAを根に与えた場合、ベクターコントロールに比べて多くの(52)FeをDCへと移行させた。このことから、遺伝子の導入により、地上部への鉄の移行が増加したことが示された。形質転換体はベクターコントロールに比べて三価鉄還元酵素活性が上昇し、より多く還元された二価鉄を二価鉄トランスポーターによって吸収したため、地上部への鉄の移行が増加したと考えられる。遺伝子導入により作出した植物が期待した通りの表現型を示すことがPETIS法によって明らかとなった。 RNAi法によりイネの鉄(II)-ニコチアナミン(NA)およびマンガン(II)-NAのトランスポーター遺伝子OsYSL2遺伝子の発現を抑制した形質転換イネにおいて、栄養成長期に鉄欠乏条件下で52Fe(III)-DMAを根に与えた場合、形質転換体とベクターコントロールの間で地上部への52Feの移行に明確な差は見られなかった。他にイネゲノム中に17個存在するOsYSL遺伝子やOsIRT1などの鉄トランスポーター遺伝子がOsYSL2の機能を補完したと推察された。しかし、開花後3週の登熟期において、根に52Fe(III)-DMAを投与した場合は、穂への52Feの移行が抑制された。このことから、OsYSL2が特に登熟期において、穂への鉄の移行に重要な役割を果たしていることが示唆された。 PETIS法を用いて植物生体内の物質の移行を非破壊的にリアルタイムで計測して可視化することで、従来の放射性同位元素を用いた研究では得られなかった新たな知見を得ることができた。物質の移行は遺伝子やタンパク質、細胞および組織のレベルで多様に制御されているので、ある特定の因子、例えば1つのトランスポーター遺伝子の発現を解析しただけでは十分な説明はできない。PETIS法は物質の移行を直接計測することができるので、環境要因や遺伝子の欠損などの影響を総合的に評価することができる。現在、シロイヌナズナやイネの全ゲノム配列が解読されており、様々な遺伝子が単離されてきているが、得られた遺伝子の生理機能を解明するための生理学的な研究が非常に重要であり、ここでPETIS法の果たす役割は大きい。分子生物学的な研究がどれほど進んでも、最終的に植物体内における物質の移行についての証拠が得られなければそれらの研究で得られた知見は推論にしかすぎなくなってしまう。これからも植物体内における物質の移行について非破壊的に計測できるPETIS法は植物の研究において重要な計測手法となると考える。 | |
審査要旨 | 植物は常にいろいろな環境の変化にさらされており、その変化にあわせて体内での物質の移行や代謝を調節している。物質の移行や代謝の変化の機構を明らかにするためには、移行や代謝に関わる遺伝子やタンパク質の解析の他に、植物体内における物質の動態を調べることが重要である。これまで、放射性同位元素を用いたトレーサー実験によって、様々な物質の動態に関する多くのデータが得られてきた。従来の放射性同位元素を用いた研究では、経時的なデータを得るためには生育の揃った多くの植物を用い、実験の精度を上げるために連数を多くとって吸収実験を行った後、植物体を殺してオートラジオグラフィーをとるか、組織を部位別に切断して放射能量を測定するか、燃焼させて炭酸ガスや水にしてから液体シンチレーションカウンターで測定する、という煩雑なプロセスが必要であった。そのため、同一の植物体でくり返し計測を行うことができず、経時的なデータを得ることが出来ないという欠点があった。日本原子力研究開発機構と浜松ホトニクス株式会社が共同で開発したPositron Emitting Tracer Imaging System (PETIS)は、それらの欠点を克服した。PETISとは、ポジトロン放出核種の分布と強度とをリアルタイムで計測することにより、植物生体内における物質の移行を非破壊的に計測することができる技術である。PETISは対象とするものを生きたままの状態で計測することができるので、従来の手法では不可能であった、同一植物における物質の移行に関する経路、量および速度の情報を得ることができる。本研究では、PETIS法を用いて様々な環境条件下で、植物生体内におけるポジトロン放出核種(52)Fe、(52)Mn、(62)Zn、[(11)C]メチオニン、(13)NH(4+)およびH2(15)Oの移行の可視化を行った。 ポジトロン放出核種(52)Feを(52)Fe(III)-デオキシムギネ酸(DMA)の形でオオムギ(Hordeum vulgare L. cv. Ehimehadaka no. 1)の根から吸収させて(52)Feの移行をPETISで計測した。全ての実験において、(52)Feはdiscrimination center (DC)に多く蓄積した。DCは根から吸収した栄養や葉からの代謝産物の分配に重要な役割を果たしていると考えられる。鉄欠乏と鉄十分のオオムギ共に、根から最新葉への52(Fe)の移行は暗条件で抑制されなかった。これは、最新葉への(52)Feの移行には蒸散流が関与しないことを示している。熱処理で維管束の組織の一部を不活化することによって葉の篩管を介した輸送を選択的に止めたところ、根から未成熟である最新葉への(52)Feの移行は約1/5に減少した。一方、それ以外の成熟した葉における(52)Feの移行は影響を受けなかった。鉄は鉄要求性の高い最新葉には主に篩管を介して移行しており、成熟した古い葉には導管を介して移行していることが明らかとなった。イネ科植物においては、根から吸収された鉄がDCや根から直接篩管を介して最新葉へ移行すると考えられる。 登熟期のイネ(Oryza sativa L. cv. Nipponbare)における穂への栄養分の移行を生体内で直接計測した報告はない。開花後3週のイネ生体内において、ポジトロン放出核種(52)Fe(III)-DMA、(62)Zn(2+)、(13)NH(4+)または[(11)C]メチオニンの移行を、PETIS法を用いてそれぞれ経時的に可視化した。それぞれの核種を経根投与した場合、穂と止め葉のどちらに先に到達するかはそれぞれの核種によって異なった。(52)Feは穂と止め葉にほぼ同時に移行した。(11)C化合物も穂と止め葉にほぼ同時に移行した。(62)Znはほとんど止め葉へ移行せずに穂へ移行した。(13)N化合物は穂よりも止め葉へ多く移行し、止め葉への13N化合物の到達時間は穂への到達時間よりも4-8分ほど早かった。栄養成分が穂へ移行するタイミングや経路が栄養成分によって異なっていると考えられる。特に、亜鉛は止め葉を経由せずに直接穂まで到達すると考えられる。14時間の吸収実験では(52)Feおよび(62)Znはほとんどが籾殻へ移行し、玄米への蓄積はあまり見られなかった。また、節に(52)Fe、(62)Zn、(13)N化合物、(11)C化合物が多く蓄積した。節は導管から篩管への栄養分の乗り換えや分配に重要な役割を果たしていると考えられる。 オオムギにおけるポジトロン放出核種(52)Mnの経時的な移行をPETIS法により可視化した。全ての実験において、(52)Mnは茎葉部の基部に当たるDCにまず蓄積した。DCはイネ科植物においてマンガンの分配に重要な役割を果たしているのかもしれない。マンガン欠乏のオオムギはマンガン十分のオオムギに比べて根から地上部へ多くの(52)Mnを移行した。マンガン欠乏植物では根でのマンガン吸収、維管束への積み込みなどが促進されていると考えられる。対照的に、マンガン過剰のオオムギでは根から地上部への(52)Mnの移行は抑制された。根からのマンガンの吸収が抑制されたか、もしくは、マンガンの根への蓄積が増加したことにより地上部へのマンガンの移行が減少したと考えられる。マンガン十分のオオムギにおいて、根から最新葉への(52)Mnの移行は暗条件で抑制されなかった。これは、最新葉への(52)Mnの移行には蒸散流が関与しないことを示している。(52)Mnをオオムギの最大展開葉の切断面から吸収させた場合、(52)MnはDCまで27分で移行し、その後、根や他の葉に再移行した(Tsukamoto et al., 2006)。 イネ生体内におけるH2(15)Oの経時的な移行をPETIS法により可視化した。同じ個体を用いて繰り返しH2(15)Oの計測を行ったところ、根から地上部へのH2(15)Oの移行は最初の投与から1-3時間の間は増加し、その後、4-7時間の間は徐々に減少した。イネにおける水の吸収移行は朝から徐々に増加し、午後昼過ぎにピークを迎え、徐々に減少するという日周性を示すと考えられる。クロロフィルやヘム、そしてビタミンB12などのテトラピロール化合物の共通前駆体である5-アミノレブリン酸(ALA)を10μMという低濃度で根に処理した場合、ALA処理1.5、2.5、3.5時間後で、地上部へのH2(15)Oの移行量は対照区に比べてそれぞれ126、137、140%まで増加した。10μM ALA処理をして4時間後に0.1 mM ABAで処理をした場合、ABA処理後0.5時間でH2(15)Oの移行量が減少した。これらのことから、ALAは根から吸収された後、1.5時間以内に孔辺細胞へ輸送されて気孔の開口に関与していると考えられる(Tsukamoto et al., 2004)。2-10μMカドミウムで処理した場合、根から地上部へのH2(15)Oの移行量はカドミウム処理後0.5-1.5時間から徐々に減少し、カドミウム濃度が濃い方がより影響が大きかった。2-10μMという低濃度のカドミウム存在下でも、カドミウムによる傷害で根における水の吸収のが低下したか、カドミウムが根圏から吸収されて地上部へ移行して葉の気孔を閉じるのに働いていると考えられる。より濃い濃度のカドミウム処理によってよりH2(15)Oの移行が抑制されたのは、濃度が濃い方が根から吸収されたカドミウムが孔辺細胞に到達するのが早いためかもしれない。亜鉛欠乏のイネにおいて、根から地上部へのH2(15)Oの移行量は亜鉛十分のイネに比べて少なかった。亜鉛欠乏のイネにおいて根から地上部へのH2(15)Oの移行が減少したのは、亜鉛が不足したことによる根における水の吸収のが低下か、気孔の開度の減少によるものと考えられる。 二価鉄トランスポーター遺伝子OsIRT1のプロモーターに三価鉄還元酵素遺伝子refre1/372をつないで導入した形質転換イネはベクターコントロールに比べて鉄欠乏条件下で高い三価鉄還元酵素活性を示す。鉄欠乏条件下で(52)Fe(III)-EDTAを根に与えた場合、ベクターコントロールに比べて多くの(52)FeをDCへと移行させた。このことから、遺伝子の導入により、地上部への鉄の移行が増加したことが示された。形質転換体はベクターコントロールに比べて三価鉄還元酵素活性が上昇し、より多く還元された二価鉄を二価鉄トランスポーターによって吸収したため、地上部への鉄の移行が増加したと考えられる。遺伝子導入により作出した植物が期待した通りの表現型を示すことがPETIS法によって明らかとなった。 RNAi法によりイネの鉄(II)-ニコチアナミン(NA)およびマンガン(II)-NAのトランスポーター遺伝子OsYSL2遺伝子の発現を抑制した形質転換イネにおいて、栄養成長期に鉄欠乏条件下で(52)Fe(III)-DMAを根に与えた場合、形質転換体とベクターコントロールの間で地上部への(52)Feの移行に明確な差は見られなかった。他にイネゲノム中に17個存在するOsYSL遺伝子やOsIRT1などの鉄トランスポーター遺伝子がOsYSL2の機能を補完したと推察された。しかし、開花後3週の登熟期において、根に(52)Fe(III)-DMAを投与した場合は、穂への(52)Feの移行が抑制された。このことから、OsYSL2が特に登熟期において、穂への鉄の移行に重要な役割を果たしていることが示唆された。 PETIS法を用いて植物生体内の物質の移行を非破壊的にリアルタイムで計測して可視化することで、従来の放射性同位元素を用いた研究では得られなかった新たな知見を得ることができた。物質の移行は遺伝子やタンパク質、細胞および組織のレベルで多様に制御されているので、ある特定の因子、例えば1つのトランスポーター遺伝子の発現を解析しただけでは十分な説明はできない。PETIS法は物質の移行を直接計測することができるので、環境要因や遺伝子の欠損などの影響を総合的に評価することができる。現在、シロイヌナズナやイネの全ゲノム配列が解読されており、様々な遺伝子が単離されてきているが、得られた遺伝子の生理機能を解明するための生理学的な研究が非常に重要であり、ここでPETIS法の果たす役割は大きい。分子生物学的な研究がどれほど進んでも、最終的に植物体内における物質の移行についての証拠が得られなければそれらの研究で得られた知見は推論にしかすぎなくなってしまう。これからも植物体内における物質の移行について非破壊的に計測できるPETIS法は植物の研究において重要な計測手法となると考える。 以上、本論文はPETIS法を用いて、植物生体内の物質の移行を非破壊的にリアルタイムで計測して可視化することにより、植物の栄養元素の吸収と移行について新たな知見をもたらし、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
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