学位論文要旨



No 122449
著者(漢字) 三瓶,由紀
著者(英字)
著者(カナ) サンペイ,ユキ
標題(和) 里地保全における条例の実効性に関する研究
標題(洋)
報告番号 122449
報告番号 甲22449
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3173号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 鷲谷,いづみ
 東京大学 助教授 大黒,俊哉
 東京大学 助教授 青柳,みどり
内容要旨 要旨を表示する

 里地とは、里山・農地・水辺などの複数の土地利用からなる伝統的な農村景観である。里地環境は、近年急激に変化し、市街化による消失や管理放棄による質の劣化など、その変容が著しい。

 里地を保全するには、土地の確保だけでなく、継続的な管理が行われる必要がある。同時に、樹林と農地を別個に扱うのではなく、一体的にとらえ、その保全策を検討する必要がある。しかし、個別規制法など国の法律では、複数の土地利用からなる里地の保全には対応が十分図れないという問題点が指摘されてきた。こうした問題点を克服するために、複数の土地利用の保全を目指す市町村条例が制定され始めている。既存の市町村条例の実効性を評価し、改善を図るとともに、里地保全にむけた望ましい市町村条例のあり方を検討する必要が生じてきた。

 市町村条例による里地保全の実効性を評価するには、あらかじめ、里地の変容実態を視野に入れた、広域スケールでの条例の把握が求められる。そのうえで、既存条例に規定される制度の実効性と問題点の検討をおこなう必要がある。しかし、こうした観点から市町村条例を分析した研究は少ない。とくに、複数の土地利用からなる里地を有効に保全するための制度的枠組みのあり方については、いまのところ有用な知見が得られていない。

 本研究は、上記の問題意識に基づき、里地を有効に保全するための条例のあり方を検討するため、2つの空間スケールで解析を行った。具体的には、まず、関東平野南部を対象とした広域スケールで、1)里地の変容把握に基づく保全上重要な立地の検討、2)里地保全に関連する条例の規定内容の把握、を行った。つぎに、地域スケールで代表的な2市を事例として、3)運用実態の分析、を行い、条例の制度・運用上の問題点を整理した。以上の結果を踏まえ、里地を有効に保全するための条例のあり方を具体的に提示した。

 里地の変容把握に基づく保全上重要な立地を検討するため、1910-2000年の6時期における土地利用変化を、3次メッシュ(約1km2)単位および市町村単位で分析した。

 3次メッシュ単位での分析の結果、対象地域は、農地・樹林の混在状況から、農林地のない地域 (A), 市街地内に農林地がわずかに残存する地域 (B)、樹林が卓越する地域 (C)、農地が卓越する地域 (D)、農地・樹林が少ないが混在する地域 (E)、農地・樹林が多くかつ混在する地域 (F)、の6つに地域区分された。

 市町村を単位とした分析では、これらの6地域区分を用いて解析した。1910年と2000年の2時点で、市町村内における地域区分の割合をもとに類型化を行い、変化パターンを把握した。つぎに、属地的なデータ(自然立地条件・法制度条件)との対応関係から保全上重要な立地を検討した。

 類型化の結果、1910年、2000年ともに、3類型ずつが得られた。1910年は、「Aが卓越する市町村類型」、「Dが卓越する市町村類型」、「Fが卓越する市町村類型」に区分された。このうち、里地がかつて広範に分布していたと考えられる「Fが卓越する市町村類型」に着目して変化を把握した。この市町村類型は、2000年には、首都圏中心部から50km以遠の地域で、「里地が比較的残存している市町村類型」として維持されつつも、高い割合で「農地の卓越する市町村類型」に変化していた。また、25-50km圏では「市街化の進行した市町村類型」または「農地の卓越する市町村類型」に、25km圏内では「市街化の進行した市町村類型」に、それぞれ変化しており、とりわけ、25km圏内では里地はほとんど消失していることが分かった。このことから、今後の里地の保全に向けては25km以遠が重要であると示唆された。

 25km以遠について、属地データとの対応関係を把握した結果、自然立地条件・法制度条件に応じて、里地の変容傾向が異なることが示された。すなわち、里地が比較的残存している市町村類型の多くは、主に丘陵地域の、法制度上土地利用規制の緩い都市計画区域外に指定されているのに対し、農地が卓越する市町村類型や市街化が進行した市町村類型の多くは、台地・低地域の、土地利用規制が比較的厳しい都市計画区域内に分布することが示された。

 里地保全に関連する条例の規定内容の把握では、里地がかつて広範に分布していたと考えられる市町村類型を対象に、自然・環境・景観等の保全に関連する条例のうち、保全のための特定区域(以下、保全区域とよぶ)を単数または複数定めるものを「里地保全関連条例」と定義し、分析を行った。まず、条例の制定動向を把握した。つぎに、条例の規定内容を詳細に把握し、条例の特性を理解するうえで重要となる項目を整理した。さらに、保全区域を単位として、整理された各項目の規定内容に基づくタイプ分けを行い、その組合せから、条例の特性を検証した。

 条例の制定動向の把握から、市街化が進行した市町村類型では、里地保全関連条例が制定される傾向がみられたが、農地が卓越する市町村類型ではほとんど制定されていないことが分かった。このことから、都市化の進行が条例制定を促す要因であり、農地が残存するような地域での、農地・樹林の一体的保全に向けた条例制定が課題であることが示唆された。

 条例の規定内容の詳細な把握から、対象要件や担保手法(あわせて、戦略とよぶ)を複数組み合わせて規定することで、里地保全に寄与しうる保全区域が設定されており、また、複数の異なるタイプの保全区域が、1つの条例によって規定されていることが分かった。個々の保全区域の戦略が、条例の実効性に大きな影響を与えることが示唆され、保全区域の性質を理解し、その組合せから条例の特性を把握する必要があると考えられた。

 保全区域を単位とした解析の結果、保全区域はいくつかのタイプに類別され、それらは樹林保全型・住民参画型に大別された。それらのタイプの組合せから条例をグループ分けし、市町村類型との対応関係を把握した結果、必ずしも里地の変容傾向に応じた条例制定が行われていないことが分かった。また1995年以降に条例が制定された市町村では、樹林等を指定し、規制・誘導的手法を定める「樹林保全型」の保全区域に加え、複数の土地利用を含む地域で住民や活動団体の参画により保全をすすめる「住民参画型」の保全区域を規定する傾向が確認された。以上から、両タイプを併用することで、重要となる里山の管理による保全(樹林保全型)と、複数の土地利用の保全(住民参画型)、という異なる保全システムが関連付けられ、保全の実現性が高まる可能性が示された。

 そこで、2市における事例研究では、樹林保全型と住民参画型の保全区域を併用した取組みに着目して運用実態の分析を行った。対象地には、樹林保全型・住民参画型の保全区域が2条例により設定されている、我孫子市と市原市を選択した。両市共に、25-50km圏に位置するが、我孫子市は「市街化が進行した市町村類型」に、市原市は、「里地が比較的残存する市町村類型」に属する。解析は2段階に分けて行った。まず、運用実態について、指定状況と管理状況を、それぞれ、行政資料と現地調査により把握した。さらに、アンケート調査により保全をめぐる市民の意識構造を解析し、両地域における地域性を明らかにした。そのような意識構造を踏まえて、異なる地域における類似した制度の効果と課題の相違を考察した。

 我孫子市では、樹林保全型の保全区域は、指定件数が多く、指定の解除も少ないなど、土地の確保においては機能しているものの、新たな管理の担い手の確保という面から評価した場合、十分に機能していないことが分かった。また、住民参画型の保全区域の指定はなく、両タイプの併用による農地・樹林の一体的保全は実現が困難であることが示唆された。アンケート調査の結果、制度の周知が不十分であること、市民の保全活動への参加意欲は比較的高いことが示され、今後、現行制度が活用される可能性が示唆されたが、市民の参加意欲を反映できるシステムが整備されていないなどの制度上の問題点が指摘された。

 市原市の場合、樹林保全型の保全区域の指定件数は極めて多いが、1割程度が解除されており、管理も十分に行われておらず、買取実績もないなど、消極的な抑制策としての制度の特性が示唆された。住民参画型の保全区域への指定は2事例存在したが、両タイプは関連付けられておらず、農地・樹林を一体的に保全する事例は確認されなかった。アンケート調査の結果、我孫子市と同様に制度の周知が不十分であり、保全活動に対する意欲もそれほど高くないが、我孫子市と比較して自治会や町内会による活動を希望する人が相対的に多く存在した。現行の制度で想定されているNGOなどの団体による活動ではなく、自治会などの社会的な地縁組織が、里地の管理体制を支える仕組みとして一定の役割を期待でき、制度の見直しの必要性が示唆された。

 以上を踏まえ、里地を有効に保全するための条例のあり方を整理した。

 広域スケールでの里地の変容把握より、首都圏中心部から25km以遠に里地が残存しており、これらの地域では、自然立地条件に応じて里地の変容傾向が異なることが分かった。自然立地条件を反映し、法制度を補いうるような条例の整備が、今後の里地保全上重要であると考えられた。しかし、条例の規定内容の把握より、条例の制定は都市化の進行した地域に限られ、それらも里地の変容に応じた制度を展開していない、などの問題点が示された。

 また、2市を対象とした事例研究から、現行制度は、管理の担い手の確保や、農地・樹林の一体的な保全には十分に機能していないことが示された。里地が残存する地域では、必ずしも現状の樹林保全・住民参画の方策が最善の策であるとは限らないこと、一方で都市化が進行した市町村においては有効な手法となりえるが、そのためには制度による市民のニーズを反映できるシステムづくりが重要であることが示唆された。今後、このような地域性をふまえた条例制定の促進と改善が求められる。

審査要旨 要旨を表示する

 里山・農地・水辺などの複数の土地利用からなる伝統的な農村景観である里地は,近年急激に変化し,市街化による消失や管理放棄による質の劣化など,その変容が進行している。

 里地を保全するには,土地の確保だけでなく,管理が行われる必要がある。同時に,樹林と農地を別個に扱うのではなく,一体的にとらえ,その保全策を検討する必要がある。しかし,個別規制法など国の法律では,複数の土地利用からなる里地の保全には十分な対応が図れないと指摘されてきた。こうした問題点を克服するため,複数の土地利用の保全を目指す市町村条例が制定され始めており,既存の市町村条例の実効性を評価し,里地保全のための望ましい市町村条例のあり方を検討する必要が生じてきた。

 市町村条例による里地保全の実効性を評価するには,あらかじめ,里地の変容実態を視野に入れた,広域スケールで条例を把握し,そのうえで,既存条例に規定される制度の実効性と問題点の検討を行う必要がある。本研究では,まず,関東平野南部を対象とした広域スケールで,1)里地の変容把握に基づく保全上重要な立地の検討,2)里地保全に関連する条例の規定内容の把握,を行った。つぎに,地域スケールで代表的な2市を事例として,3)運用実態の分析,を行い,条例の制度・運用上の問題点を整理した。以上の結果をふまえ,里地保全に関する既存条例に規定される制度の実効性と問題点を検討した。

 里地の変容把握に基づく保全上重要な立地を検討するため,市町村単位での里地の分布と変容,および自然立地条件・土地利用規制との対応関係を把握した。その結果,1910年および2000年のそれぞれについて,里地型,農地集約型,市街地型の市町村類型がえられた。1910年には里地型の市町村は,首都圏中心部を除き広い範囲に分布し,特に丘陵地・台地域に位置していたことがわかった。また,里地型は2000年には急激に減少し,その減少傾向は,首都圏中心部からの距離や自然立地条件によって説明されること,また,里地が比較的残存している市町村は,首都圏25km以遠の丘陵地に分布し,法制度上,土地利用規制の緩い区域に位置していることがわかった。そこで、首都圏25km以遠の里地が残存する市町村で,里地の保全にむけた条例制度の整備が求められると考えられた。

 里地保全に関連する条例の規定内容については,条例の制定状況と,保全の実現のための手法の特性について,里地の変容との関連性を把握した。分析は1910年に里地型であった市町村について,自然・環境・景観等の保全に関連する条例のうち,保全のための特定区域を単数または複数定めるものについて,各条例に定められる保全区域に着目して分析を行った。その結果,里地保全関連条例は,都市化に応じて制定され,必ずしも里地保全上重要な地域を対象としていないことがわかった。また,里地の変容の相違にかかわらず,各地で類似する手法が展開されてきたことが明らかになった。しかし近年,行政主体型と住民参画型を併用することで,樹林を保全するだけでなく,居住地を含めた地域全体を保全する方向へとシフトする傾向にあることが示唆された。

 そこで,運用実態の分析では,樹林保全型と住民参画型の併用に着目し,里地型の市町村(市原市)における実効性を検討するとともに,市街地型(我孫子市)との比較を行った。まず,運用実態に関し,土地の確保・管理について把握した。さらに,アンケート調査により,保全をめぐる市民意識を把握した上で,今後の保全の実現性を検討した。その結果,里地が残存する地域では,行政主体型・住民参画型ともに,現行条例制度は有効に機能していないことがわかった。それに対して,市街地型の市町村では,土地の確保については,相続税問題などを背景に一定の効果が期待できることが示唆された。すなわち,里地の変容が異なる市町村では,同じ規定内容の条例でも,期待される効果が異なることがわかった。さらに,市民意識調査の結果から,里地型の市町村では,町内会等の地縁組織が,残存する里地の管理体制をサポートするものとして期待できること,実現にむけては,住民からの説明請求の機会の確保や,意見調整を行いうる経験者の派遣が必要であることが示唆された。

 これらの結果より,里地が残存している地域,すなわち法による土地利用規制が緩い地域での条例の制定が不足しており,里地の変容に応じた条例制度が展開されていないことがわかった。また,条例の制定動向は,行政主体型と住民参画型の併用に向かいつつあるが,現行制度では,里地地域においては併用による効果は期待できず,地縁組織の活用や,活用検討段階からの支援システムの制度化により,今後,このような地域性をふまえた条例制定の促進と改善が求められると考えられた。

 以上要するに,本研究は,里地保全の観点から,市町村の地域特性,条例の規定内容の特性をふまえ,条例の有効性および活用の可能性を提示した研究として高く評価できる。よって審査委員一同は,博士(農学)の学位を与えるに十分値する論文であると判断した。

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