学位論文要旨



No 122452
著者(漢字) 辻,大和
著者(英字)
著者(カナ) ツジ,ヤマト
標題(和) 結実状態の年次変動が競合を介してニホンザルの個体群パラメータに及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 122452
報告番号 甲22452
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3176号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生圏システム学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高槻,成紀
 東京大学 教授 樋口,広芳
 東京大学 助教授 加藤,和弘
 武蔵大学 教授 丸橋,珠樹
 京都大学 助教授 中川,尚史
内容要旨 要旨を表示する

 「動物の個体群動態はいかなる要因に影響されているのか」という問題は生態学者の古典的な関心のひとつであった。従来の個体群生態学は個体群を構成する個体の属性についての理解が不十分であったため、各種の要因と個体群サイズの関係だけを調べることが多かった。しかし近年、各種の要因から受ける採食成功ならびに死亡率・出産率などの個体群パラメータへの影響が、個体の属するクラス(順位、性など)によって異なることが明らかになってきた。社会性の強い動物では、食物が限られる場合にしばしばそれを巡る競合が生じる。競合の強さは食物の分布状態に大きく影響され、食物パッチが一様に分布したりパッチサイズが大きい場合は穏やかだが、局在していたりサイズが小さいときは熾烈になる。その結果、順位関係は採食成功や個体群パラメータに影響する。食物の分布様式やサイズといった特性は食物となる生物種ごとに異なり、また年次変動がある。そのため、競合の程度は利用可能な食物の特性に応じて年次的に変化すると予想される。

 このような背景から本研究は宮城県金華山島に生息するニホンザル(サル)を対象に、食物供給の年次変動がサルの競合を介して各順位個体の個体群パラメータに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

 まず、結実の年次変化が食性に与える影響を明らかにするために、金華山島のサルの食性と堅果類の結実状況の関係を調べた。まずサルの食性の季節変化を記述した。秋と冬の主要食物である堅果類の供給状態、エネルギー生産量、結実樹種の組み合わせは年ごとに大きく変化した。食性は年次的に変化したが、その程度は夏から冬にかけて大きかった。これまでの研究では、サルの食物環境は夏と冬に悪いと考えられてきたが、金華山島のサルはこれらの時期に堅果類を利用できる年もあった。短期間の調査に基づく一般化は危険であること、食物環境が大きく変動する温帯では食物の供給状態と動物の食性を同時に調べることが重要であることを指摘した。

 次に、食物の消化率を考慮した上でサルのエネルギーバランスおよびタンパク質バランスの季節変化を明らかにした。2004年6月から2005年5月までの1年間、野外での行動観察と並行して採食品目の栄養分析を行った。食物の栄養価、消化率、行動観察のデータから一日当たりのエネルギー摂取量、タンパク質摂取量を求め、同時に一日当たりのエネルギー要求量、タンパク質要求量を推定し、両者の差からエネルギーバランス、タンパク質バランスを評価した。その結果、先行研究とは異なり、ニホンザルのエネルギーバランスは早春と秋に良好で春と冬に悪く、タンパク質バランスは早春のみ良好で、他の季節は悪かった。また、エネルギーバランスには堅果類、キノコ類、花が、そしてタンパク質バランスには花が貢献しており、その貢献の高さはこれらの食物タイプの栄養価の高さだけではなく、摂取効率の良さにも由来することを示した。そして、栄養状態の評価において食物の消化率を考慮することの重要性を指摘した。

 これらの結果に基づき、食物環境の年次変動がもたらすサルの競合の程度が各順位個体の個体群パラメータに与える影響を調べた。交尾期である9月から11月を中心に、2004年から2005年にかけての2年間、1) 食物環境、2) 食物を巡る競合および採食成功、3) 個体群パラメータへの影響を調べた。2004年にはカヤのみが、そして2005年にはすべての樹種が結実した。サルはブナに対する嗜好性がもっとも高かった。カヤは生育本数が少なく、樹冠面積が小さいため潜在的にサル同士の競合が発生しやすい樹種であるのに対し、ブナは生育本数が多く、また樹冠面積が大きいため潜在的にサル同士の競合が発生しにくいと予測した。2004年の交尾期は高順位個体が平均を大幅に上回るエネルギーを獲得したのとは対照的に、低順位個体は交尾期でさえ要求量ぎりぎりのエネルギーしか獲得できなかった。2004年の秋から2005年の春にかけて死亡した3頭のうち2頭は中順位個体、1頭は低順位個体であり、また2005年の春には高順位のみが出産した。これと対照的に、2005年の交尾期には攻撃的な交渉は少なく、順位に関わらず要求量を上回るエネルギーを獲得し、死亡個体はおらず、またほとんどすべての個体が出産した。過去25年分の個体群パラメータと結実状況のデータを解析したところ、今回の結果と同様な結果が得られた。こうして食物環境の年次変動が競合を介して個体群パラメータに違いをもたらすことを示した。

 本研究の結果は、ニホンザルの採食成功が交尾期の堅果の種と量の年次変動に影響される競合の程度に強い影響を受け、それが栄養状態を通じて個体群パラメータに影響する可能性を強く示唆した。そして、このことに基づいてニホンザルの個体群動態は食物環境の年次変動が競合を介して順位に基づく個体群パラメータの違いによってもたらされると結論した。

審査要旨 要旨を表示する

 動物の個体群動態はいかなる要因に影響されているのかという問題は生態学者の古典的な関心のひとつであるが、従来の個体群生態学は要因と個体群サイズの関係だけを論じることが多かった。しかし近年、各種の要因から受ける採食成功や個体群パラメータへの影響が個体の属するステータスによって異なることが明らかになってきた。広義の競合は採食成功や個体群パラメータに影響し、これは利用可能な食物の特性に応じて変化すると予想される。このような背景から、本研究は宮城県金華山島に生息するサル(ニホンザル)を対象に、食物供給の変動がサルの競合を介して各順位個体の個体群パラメータに及ぼす影響を明らかにすることを目的とした。

 結実の年次変化が食性に与える影響を明らかにするために、サルの食性と堅果類の結実状況の関係を調べたところ、その供給状態、エネルギー生産量、結実樹種の組み合わせは年ごとに大きく変化した。食性は年次的に変化したが、その程度は夏から冬にかけて大きく、冬に堅果類を利用できる年もあった。食物の消化率を考慮した上でサルのエネルギーバランスおよびタンパク質バランスの季節変化を調べたところ、のエネルギーバランスは早春と秋に良好で春と冬に悪く、タンパク質バランスは早春のみ良好で、他の季節は悪かった。

 食物環境の年次変動がもたらすサルの競合の程度が各順位個体の個体群パラメータに与える影響を調べたところ、2004年にはカヤのみが、そして2005年にはすべての樹種が結実し、サルはブナに対する嗜好性がもっとも高かった。局在するカヤはサルの競合が発生しやすい樹種であるのに対し、優占種のブナは競合が発生しにくいと予測した。2004年(カヤ年)は順位によるエネルギー獲得の差が大きかったのに対して、2005年(ブナ年)には攻撃的な交渉は少なく、順位に関わらず要求量を上回るエネルギーを獲得し、死亡個体はおらず、またほとんどすべての個体が出産した。このように、食物環境の年次変動が競合を介して個体群パラメータに違いをもたらすことをが示された。

 本研究の結果は、ニホンザルの採食成功が交尾期の堅果の種と量の年次変動に影響される競合の程度に強い影響を受け、それが栄養状態を通じて個体群パラメータに影響する可能性を強く示唆した。

 以上、本論文は、これまでの研究がニホンザルの個体群変動を資源量に対して全体の個体数として把握していたのに対して、動物のステータスの違いのもつ意味を明らかにすることで、より正確に変動が理解できることを示したもので、広くほかの哺乳類やその他の動物の個体群研究にも貢献することが期待される。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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