学位論文要旨



No 122461
著者(漢字) 赤間,剛
著者(英字)
著者(カナ) アカマ,タケシ
標題(和) 新規PI 3-kinase結合タンパク質の同定とその機能の解析
標題(洋)
報告番号 122461
報告番号 甲22461
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3185号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 教授 森,裕司
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 千田,和広
 東京大学 助教授 田中,智
内容要旨 要旨を表示する

 Phosphatidylinositol (PI)(3,4,5)P3(PIP3)は、膜中に存在するPI(4,5)P2(PIP2) がリン酸化されて生じるセカンドメッセンジャーで、近年、多くの生命現象に関与していることが明らかにされている。このリン酸化反応を触媒するI型PI 3-kinaseは、p85/p55ファミリータンパク質を形成する制御サブユニットと、p110ファミリータンパク質を形成する触媒サブユニットが結合したヘテロ二量体である。一般に、PI 3-kinaseは、チロシンキナーゼを内蔵した受容体が自己リン酸化したもの、あるいはこの受容体キナーゼによってチロシンリン酸化された基質を、制御サブユニットのSH2ドメインが認識して結合し、一過的に触媒サブユニットが活性化、生理活性を発現するものと考えられてきた。しかし最近、PI 3-kinaseの持続的な活性化が報告され、このような活性化が必要な生理作用の例も明らかになってきた。したがって、PI 3-kinaseの持続的活性化の新しい機構の発見が切望されている。

 我々は、ラット甲状腺由来正常細胞FRTL-5を甲状腺刺激ホルモン(TSH)とIGF-Iで処理すると細胞増殖が相乗的に促進されるが、これはTSH長時間処理によって起こるcAMP経路の長期活性化が、IGF-I依存的なDNA合成を増強するためであることを見出した。この相乗作用発現機構を解析する過程で、(1)TSH処理によって起こるcAMP経路の長時間刺激に応答して125kDaの細胞内タンパク質、p125がチロシンリン酸化され、これがPI 3-kinase p85制御サブユニット(p85)と結合、持続的にPI 3-kinase p110触媒サブユニットの活性化を引き起こす、(2)PI 3-kinaseの持続的活性化は、IGF-I受容体基質のひとつp66 Shcの合成を誘導IGF-Iシグナルを増強すると同時に、G1 cyclinの翻訳活性を上昇させG1 cyclin合成量が増加する、(3)他の機構と相まってG1 cyclin-dependent kinaseの活性化が起こり、G1期からS期への進行が可能となる、ことなどを明らかにしてきた。したがって、p125は、cAMP経路の長期活性化によっておこるIGF-I依存性DNA合成の増強に必要なPI 3-kinaseの長期活性化を可能にする、これまでに報告のないタイプのPI 3-kinase結合タンパク質であると推定されたが、その本体は不明であった。

 そこで本研究では、まずp125を同定、発現を調べた。p125が新規シグナル分子であったため、p125によるPI 3-kinaseの活性化機構、p125の細胞内局在制御機構を解析、最後にcAMP刺激とIGF-I刺激によって誘導されるFRTL-5細胞の相乗的増殖におけるp125の役割について検討した。

1. PI 3-kinase p85制御サブユニットと結合する新規シグナル分子p125の同定

 当研究室の福嶋は、dibutyryl cAMP (Bt2cAMP)で24時間処理したFRTL-5細胞から調製した抽出液より抗ホスホチロシン抗体を用いた免疫沈降でp125を部分精製、これをMALDI-TOFMSで解析し、p125がKIAA1914、GENBANK Accession No. XM_217643である可能性を示した。そこで私は、同様に処理したFRTL-5細胞の抽出液を抗p85抗体で免疫沈降しp125を共免疫沈降させた。SDS-PAGE後の銀染色により検出されたp125のバンドを定法どおりMALDI-TOFMSに供し、Peptide Mass Fingerprinting法で解析したところ、KIAA1914由来のシグナルを得ることに成功した。そこで、p125のC末端部分の予想されるアミノ酸配列20残基のペプチドに対するポリクローナル抗体を作製した。TSHをはじめとしたcAMPを生成する薬剤でFRTL-5細胞を24時間処理後、この抗体を用いて免疫沈降を行ったところ、チロシンリン酸化p125およびこれと結合するp85の沈降に成功し、この沈降物中にPI 3-kinase活性も確認された。他の結果も併せ、p125はKIAA1914であると結論した。

 予想されるアミノ酸配列から、p125は、N末端領域にチロシンリン酸化されるとp85と結合するYXXMモチーフを1箇所、中央部分に2つのPHドメインと4つのチロシンリン酸化可能部位、C末端領域にcoiled-coilドメインを有する新規シグナル分子と考えられた。ラットp125の遺伝子をクローニングし塩基配列を解析したところ、既にデータが存在するマウス・ヒトp125と比較して、塩基・アミノ酸配列レベルで90%以上の相同性を示した。BLASTPによりデータベース検索を行うと、脊椎動物でのみp125と相同性を有する分子の存在が確認された。また系統樹解析により、p125は、既に報告のあるActin Filament Associated Protein-110とAccession No. AI173486と合わせてファミリーを形成している可能性が明らかとなった。

 次に、生後3ヶ月のオス成体ラットの各臓器におけるp125発現をRT-PCR法により調べたところ、甲状腺の他に精巣、心臓、脾臓、腎臓、小腸、肺といった広範な組織でmRNAの発現が確認され、この結果より、p125は様々な臓器で普遍的に機能しているシグナル分子と考えられた。

2. p125によるPI 3-kinase 活性化機構とp125の細胞内局在制御機構の解析

 FRTL-5細胞をBt2cAMPで長時間処理する際にsrcファミリーキナーゼ阻害剤であるPP1、PP2を添加すると、p125のチロシンリン酸化、p125とp85の結合量が減少した。また、293T細胞にp125と恒常的活性型srcを共発現させると、はじめてp125のチロシンリン酸化、p125と結合したp85およびPI 3-kinase活性が確認された。これらの結果は、p125をチロシンリン酸化するチロシンキナーゼがsrcファミリーキナーゼであることを示唆している。

 次にp125の様々な機能ドメインを欠失させた変異体を作製し、これらを293T細胞に恒常的活性型srcとともに発現させ、p125とp85との結合を調べた。p125には複数のチロシンリン酸化可能部位が存在するが、N末端側のYXXMモチーフを含む領域を欠失させると、p85との結合が観察されなくなった。

 続いて、内在性p125の細胞内局在を、FRTL-5細胞を用いた抗p125抗体による免疫染色により調べた。その結果、p125は細胞質でF-actinとよく共局在していることを発見した。また、FRTL-5細胞をBt2cAMP処理する際にactin重合阻害剤であるlatrunculinBを添加すると、p125は細胞質に一様に存在するようになり、この際、p125チロシンリン酸化、p125と結合するp85量も減少した。そこで、293T細胞にp125の種々の領域が欠失した変異体を発現させて局在を解析した結果、C末端側のcoiled-coilドメインを含む領域が、F-actinとの共局在に必要であることが明らかとなった。

 以上の結果より、p125は、C末端側の領域を用いてF-actin付近に局在し、src ファミリーキナーゼでN末端側のYXXMモチーフをチロシンリン酸化されることによりp85と結合、PI 3-kinaseの活性化を引き起こすと結論した。

3. cAMP刺激とIGF-I刺激によって誘導される相乗的DNA合成におけるp125の役割の解析

 FRTL-5細胞をTSHあるいはBt2cAMPで種々の時間処理し、p125の動態を解析した。その結果、p125 mRNA量およびタンパク量は、cAMP処理8時間以降、処理時間に応じて増加することが明らかとなった。また、p125のチロシンリン酸化、p125と結合したp85量は、TSHおよびBt2cAMPの処理濃度・時間に依存して増加した。

 続いて、ラットp125 cDNA塩基配列の情報からsiRNAを設計、FRTL-5細胞にsiRNA導入してp125の発現を抑制した。この細胞をBt2cAMP 24時間前処理し、その後IGF-Iで処理したところ、p125発現抑制が、cAMP前処理により誘導されるAktのリン酸化、p66 Shcの増加、IGF-I依存性DNA合成の増強を顕著に抑制した。

 最後に、FRTL-5細胞にp125遺伝子を導入、IGF-Iで処理し、DNA合成を測定した。その結果、p125を強発現した細胞をIGF-Iで処理した際に、対照細胞をIGF-I処理した場合に比較して、有意にDNA合成が亢進することを見出した。

 これらの結果は、cAMP経路を長時間刺激することによってp125の遺伝子発現が誘導、タンパク質が増加するとチロシンリン酸化され、p85が結合、これと結合するPI 3-kinaseが活性化される、このp125を介したPI 3-kinaseの持続的な活性化が、cAMP経路の長期活性化によって起こるIGF-I依存性DNA合成の増強に重要な役割を果たしていることを直接的に示している。

 本研究により、PI 3-kinaseの持続的活性化の新しい機構を発見することに成功した。p125は広範な臓器で発現が認められたことを併せると、種々の臓器でPI 3-kinaseの活性化を介した様々な生理活性の発現に関与しているものと推定される。今後、この観点からPI 3-kinaseの持続的活性化の生理的意義が明らかになるものと期待している。

審査要旨 要旨を表示する

 Phosphatidylinositol(PI)(3,4,5)P3(PIP3)は、膜中に存在するPI(4,5)P2(PIP2)がリン酸化されて生じるセカンドメッセンジャーで、近年、多くの生命現象に関与していることが明らかにされている。このリン酸化反応を触媒するI型PI 3-kinaseは、p85/p55ファミリータンパク質を形成する制御サブユニットと、p110ファミリータンパク質を形成する触媒サブユニットが結合したヘテロ二量体である。一般に、PI 3-kinaseは、チロシンキナーゼを内蔵した受容体が自己リン酸化したもの、あるいはこの受容体キナーゼによってチロシンリン酸化された基質を制御サブユニットのSH2ドメインが認識して結合し、一過的に触媒サブユニットが活性化、生理活性を発現するものと考えられてきた。しかし最近、PI 3-kinaseの持続的な活性化が報告され、このような活性化が必要な生理作用の例も明らかになってきた。したがって、PI 3-kinaseの持続的活性化の新しい機構の発見が切望されている。本研究では、PI 3-kinaseの持続的活性化を引き起こす新規アダプタータンパク質、125kDaの細胞内タンパク質(p125)を同定、この性質を明らかにしたもので、序章、本編が3章、そして総合討論からなる。

 まず、序章では、本研究の背景および意義を概説し、本研究の目的と本論文の構成について述べている。

 第一章では、p125を同定、その発現を調べている。ラット甲状腺由来正常細胞FRTL-5を甲状腺刺激ホルモン(TSH)とIGF-1で処理すると細胞増殖が相乗的に促進されるが、これはTSH長時間処理によって起こるcAMP経路の長期活性化がp125をチロシンリン酸化し、これにPI 3-kinase p85制御サブユニット(p85)が結合、持続的にPI 3-kinase p110触媒サブユニットの活性化を引き起こす、この活性化がIGF-I依存的なDNA合成の増強に必須であることが、これまでに見出されている。そこで、dibutyryl cAMPで24時間処理したFRTL-5細胞の抽出液を抗p85抗体で免疫沈降し、共免疫沈降されるp125をMALDI-TOF/MSに供し、p125をKIAA1914と同定した。予想されるアミノ酸配列から、p125は、N末端領域にチロシンリン酸化されるとp85と結合するYXXMモチーフを1箇所、C末端領域にcoiled-coilドメインを有する新規シグナル分子と考えられた。また、p125は様々な臓器で普遍的に発現していた。

 第二章では、p125によるPI 3-kinase活性化機構とp125の細胞内局在制御機構の解析を行っている。その結果、p125のN末端側のYXXMモチーフがsrcファミリーキナーゼによってチロシンリン酸化され、これを認識してp85が結合、PI 3-kinase活性が上昇することが明らかとなった。更に、p125の細胞内局在を調べたところ、p125は、C末端側の領域を用いてF-actin付近に局在することがわかった。

 第三章では、cAMP経路の長時間刺激に応答したp125の発現調節とcAMP刺激とIGF-I刺激によって誘導される相乗的DNA合成におけるp125の役割の解析を行っている。FRTL-5細胞をTSHあるいはBt2cAMPで種々の時間処理し、p125の動態を解析した結果、p125 mRNA量およびタンパク量は、cAMP処理8時間以降、処理時間に応じて増加することが明らかとなった。これを反映してp125のチロシンリン酸化、p125と結合したp85量、そしてp125と結合するPI 3-kinase活性が上昇した。最後に、FRTL-5細胞のp125の発現を抑制あるいはp125を強発現させ、この細胞をdibutyryl cAMP24時間前処理、その後IGF-1で処理し、DNA合成を測定した。その結果、p125発現抑制が、cAMP前処理により誘導されるIGF-I依存性DNA合成の増強を顕著に抑制したのに対して、p125強発現は、IGF-I依存性DNA合成誘導を有意に亢進することを見出した。

総合討論では、PI 3-kinaseの持続的活性化の生理的意義について、他の活性化機構と比較しながら考察している。

 このように、本研究は、PI 3-kinaseの新しい活性化機構を明らかにしたもので、学術上・応用上貢献するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位として価値あるものと認めた。

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