No | 122470 | |
著者(漢字) | 呉,幗英 | |
著者(英字) | Wo,Guo ying | |
著者(カナ) | ウ,ゴイン | |
標題(和) | 神経細胞の生存における異種プリオン蛋白の機能、及びプリオン病種の壁に関する研究 | |
標題(洋) | The studies on the function of PrP from different species in neuronal survival and the species barrier to prion diseases | |
報告番号 | 122470 | |
報告番号 | 甲22470 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第3194号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用動物科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 プリオン病は中枢神経系疾患であり、牛における牛海綿状脳症(BSE),羊でのスクレイピー、人のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などがある。プリオン病において、感染性因子プリオンによる正常プリオン蛋白(PrPC)から異常プリオン蛋白(PrP(Sc))への構造変換と細胞内への蓄積、さらにそれに伴う神経細胞のアポト−シス誘起が病因とされている。PrPCは哺乳類の進化の過程の中で保存された膜タンパク質で、様々な組織、特に脳、脊髄の神経細胞、グリア細胞に高発現であり、脳内での銅の代謝、シグナル伝達、神経細胞保護に関わっていると考えられているが、その生理的機能は不明である。これらのことから、PrPCの機能解析は、神経細胞における生理機能、またプリオン病の感染、病態を考える上でも重要である。 プリオン病は同一種間での感染に比べ、異種の間での伝達は抑制されていることが知られている。この現象は「種の壁」と呼ばれ、近年、BSEが人に伝達したと考えられる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)において報告されている。種の壁が存在する理由として、ドナーとレシピエントのPrPCの一次構造が異なること、PrPSc株の性状差、またPrPCからPrPSc への変換を促す未知のタンパク質の存在の可能性などが考えられている。プリオンの異種間の伝達を解析するために、様々なトランスジェニックマウスが利用されているが、プリオン病発症までの潜伏期間は長期に及ぶため、細胞株を用いた研究が有用であると考えられる。しかし、現在までのところPrPScの感染、複製を維持する細胞株は少数であり、多様なプリオン株に感染可能な細胞株の樹立が必要とされている。 そこで、本研究では、プリオン蛋白(PrP)遺伝子欠損マウスであるRikn型マウスから単離された神経細胞株であるHpL3-4にハムスター、ウシ、およびマウスのPrPC を発現させた細胞株、マウスのPrPCを再発現させた細胞株を樹立し、マウス由来神経細胞における異種 PrPCのアポトーシス抑制作用に関する機能解析、また、異種プリオンの長期感染を維持できる神経細胞モデルの確立を目的として実験を行った。 第一章 異種 PrPC発現不死化神経細胞株の樹立と、 PrPCの細胞死抑制効果についての解析 ハムスター及びウシのPrP遺伝子のOpen Reading Frame (ORF)をレトロウイルス発現システムであるpMSCVpuroベクターに導入し、ウイルスを産生するためにパッケージング細胞として、PT67細胞にトランスフェクションした。PT67細胞から産生された組み換えウイルスベクターをHpL3-4に感染させ、ハムスター及びウシのPrP遺伝子導入細胞、HpL3-4-HaPrP及びHpL3-4-BoPrPを得た。これらの細胞におけるハムスター及びウシPrPCの発現をウエスタンブロッティング、フローサイトメトリーと蛍光抗体法により確認した。さらに、クローン化したHpL3-4-MoPrP, HpL3-4-HaPrP,HpL3-4-BoPrP細胞を用い、異種 PrPC発現による抗アポトーシス作用について検討した。 以前、我々の研究室は、PrP遺伝子欠損細胞は野生型マウスから単離された細胞株と比較して血清除去による酸化ストレスに感受性で、アポトーシスが誘導されることから、PrPCが神経細胞の抗アポトーシス作用をもつことを明らかにした。そこで今回、HpL3-4-MoPrP、HpL3-4-HaPrP、HpL3-4-BoPrP、または空ベクターを導入したHpL3-4-EM細胞を用いて、血清除去後、経時的に細胞を回収し、各細胞株の顕微鏡観察、さらにDNA fragmentation assay、トリパンブルー色素排除試験およびELISAによりアポトーシス検出を行った。形態学的解析からは、マウスPrPCを再発現したHpL3-4-MoPrP細胞においては、血清除去による細胞死は確認されなかったが、HpL3-4-HaPrP、HpL3-4-BoPrP、HpL3-4-EM細胞では円形になり浮遊してくる細胞が多数観察された。さらにこれらの細胞株においては、断片化DNAが検出され、トリパンブルー色素排除試験、ELISAにより死細胞の有意な増加がみられた。以上のことから、マウス由来神経細胞において、マウスPrPCはアポトーシス抑制機能を持つが、ハムスター、ウシPrPCはアポトーシスを抑制しないことが示唆された。抗アポトーシス経路において、種特異的な PrPC結合分子の存在が考えられている。ハムスターとウシのPrPCはそれら結合タンパクと会合できず、PrPCが細胞内で担うべき作用が行われない可能性が考えられる。 第二章 マウス、ハムスター、ウシPrPC 発現神経細胞へのマウス、及びハムスターPrPScの感染実験 細胞に発現しているPrPCと外界からの異なる種由来のPrPScの感染について検討することを目的とした。マウスプリオンChandler株に持続感染しているScN2a細胞の乳剤をHpL3-4-EM, HpL3-4-MoPrP、HpL3-4-HaPrPまたはHpL3-4-BoPrP細胞の培地中に加え、マウスプリオンのそれぞれの細胞に対する感染を試みた。また、ハムスタープリオンSc237株を感染させたハムスターの脳乳剤をHpL3-4-EM, HpL3-4-MoPrPまたはHpL3-4-HaPrP細胞の培地中に加え、ハムスタープリオンのそれぞれの細胞に対する感染についても試みた。 感染後、パッセージをChandler株感染細胞については8回、Sc237株感染細胞については3回繰り返し、それぞれについて細胞を回収後Proteinase K(PK)を用いて細胞抽出液を処理し、それぞれのプリオンに由来するPKに抵抗性のPrP (PrPres)をウエスタンブロッティングとELISAにより検出した。Chandler株感染おいて、PrP遺伝子を発現していないHpL3-4-EM細胞ではパッセージ1(P1)からPrPres は検出されなかったが、HpL3-4-MoPrP とHpL3-4-HaPrP 細胞ではP1からP8に渡ってPrPres が検出された。しかしながら、HpL3-4-BoPrP細胞ではPrPresは検出されなかった。発現しているPrPC の構造(種による違い)に関らず、マウス、ハムスターのPrPC を発現している細胞において、マウスプリオンChandler株の持続感染を確認できたが、ウシのPrPC を発現している細胞では、感染を確認できなかった。一方、Sc237株感染細胞については、P1からP3について検出を試みたが、すべての細胞についてPrPresは検出されなかった。プリオン感染について、マウスプリオンChandler株およびハムスタープリオンSc237株の結果から、種特異的なPrPScとその感染に関与する細胞内因子の存在が考えられる。今回用いたHpL3-4細胞はマウス由来であるため、ハムスタープリオンの感染は成立しなかった可能性がある。Chandler株について、マウス、ハムスターPrPC発現細胞では持続感染が確認されたが、ウシPrPC発現細胞において感染が見られなかったことは、それぞれのPrPCの一次構造だけでなく、細胞内及び細胞表面においてPrPCと種特異的に相互作用する分子が機能していることが考えられ、今後の研究が必要とされる。また、マウス、ハムスターPrPC 発現細胞については、持続感染が確認できたことから、細胞内におけるPrPScの複製の検討について有用な細胞株であると考えられる。 まとめ 今回の研究において、異なる種由来のPrPC を恒常的に発現する細胞株HpL3-4-MoPrP、HpL3-4-HaPrP及びHpL3-4-BoPrP細胞を得た。マウス由来細胞株において、マウスPrPCは、血清除去によるアポトーシスを抑制するが、ハムスター、ウシのPrPCはアポトーシス抑制に働かないことがわかった。それぞれの細胞でのPrPC発現量の検証から、この効果はPrPCの種の違いによることが示唆された。これらの結果からアポトーシス抑制におけるPrPCの機能発現には、種特異的なPrPC結合分子の関与が予想され、さらなる解析が必要である。また、今回、マウスPrPC発現細胞、及びハムスターPrPC発現細胞において、マウスプリオンChandler株の持続感染を確認した。さらにウシPrPC発現細胞では感染が見られなかった。このプリオン株においては、マウス、ハムスターのPrPC とは共通して働く細胞内因子が存在し、ウシのPrPC はその因子と協調することができず、感染が起こらなかったことが考えられる。これらの細胞は、異種のPrPCを発現しているマウス細胞株であるため、プリオン感染の種の壁の分子基礎について研究し、考察するための有効なツールであると言える。 | |
審査要旨 | プリオン病では、正常プリオン蛋白(PrPC)から異常プリオン蛋白(PrPSc)への構造変換と細胞内への蓄積、さらにそれに伴う神経細胞のアポトーシス誘起が病因とされている。PrPCは様々な組織、特に脳、脊髄の神経細胞に高発現であり、脳内でのシグナル伝達、神経細胞保護に関わっていると考えられている。これらのことから、PrPCの機能解析は、神経細胞における生理機能、またプリオン病の感染、病態を考える上でも重要である。 また、プリオン病は同一種間での感染に比べ、異種間での伝達は抑制されていることが知られている。この現象は「種の壁」と呼ばれる。解析には様々なトランスジェニックマウスが利用されているが、プリオン病発症までの潜伏期間は長期に及ぶため、細胞株を用いた研究が有用である。しかし、現在までPrPScの感染、複製を維持する細胞株は少数であり、多様なプリオン株に感染可能な細胞株の樹立が必要とされている。 そこで、本研究では、プリオン蛋白遺伝子欠損マウスであるRikn型マウスから単離された神経細胞株であるHpL3-4にハムスター、ウシのPrPC を発現させた細胞株、マウスのPrPCを再発現させた細胞株を樹立し、マウス由来神経細胞における異種 PrPCのアポトーシス抑制作用に関する機能解析、また、異種プリオンの長期感染を維持できる神経細胞モデルの確立を目的として実験を行った。 第一章 異種 PrPC発現不死化神経細胞株の樹立と、 PrPCの細胞死抑制効果についての解析 ハムスター及びウシのPrP遺伝子のOpen Reading FrameをpMSCVpuroベクターを用い、PT67細胞にトランスフェクションした。PT67細胞から産生された組み換えウイルスベクターをHpL3-4に感染させ、ハムスター及びウシのPrP遺伝子導入細胞、HpL3-4-HaPrP及びHpL3-4-BoPrPを得た。 次に、HpL3-4-MoPrP、HpL3-4-HaPrP、HpL3-4-BoPrP、空ベクターを導入したHpL3-4-EM細胞を用い、血清除去後、経時的に顕微鏡観察、さらにDNA fragmentation assay、トリパンブルー色素排除試験およびELISAによりアポトーシス検出を行った。HpL3-4-HaPrP、HpL3-4-BoPrP、HpL3-4-EM細胞において円形細胞、浮遊細胞が多数観察された。さらに断片化DNAが検出され、トリパンブルー色素排除試験、ELISAにより死細胞の有意な増加がみられた。以上のことから、マウス由来神経細胞において、マウスPrPCはアポトーシス抑制機能を持つが、ハムスター、ウシPrPCはアポトーシスを抑制しないことが示唆された。これらの結果からアポトーシス抑制におけるPrPCの機能発現には、種特異的なPrPC結合分子の関与が予想され、さらなる解析が必要である。 第二章 マウス、ハムスター、ウシPrPC 発現神経細胞へのマウス、及びハムスターPrP(Sc)の感染実験 マウスプリオンChandler株に持続感染しているScN2a細胞の乳剤を用い、それぞれの細胞に対する感染を試みた。また、ハムスタープリオンSc237株を感染させたハムスターの脳乳剤を用い、ハムスタープリオンの感染についても試みた。 感染後、Proteinase K(PK)に抵抗性のPrP (PrP(res))をウエスタンブロッティングとELISAにより検出した。Chandler株感染おいて、HpL3-4-MoPrP とHpL3-4-HaPrP 細胞ではP1からP8に渡ってPrP(res) が検出された。一方、Sc237株感染細胞については、P1からP3について検出を試みたが、すべての細胞についてPrP(res)は検出されなかった。Chandler株について、マウス、ハムスターPrPC発現細胞では持続感染が確認されたが、ウシPrPC発現細胞において感染が見られなかった。このプリオン株においては、マウス、ハムスターのPrPC とは共通して働く細胞内因子が存在し、ウシのPrPC はその因子と協調することができず、感染が起こらなかったことが考えられる。これらの細胞は、異種のPrPCを発現し、内因性のPrPCを持たないマウス細胞株である。内因性のPrPCの存在がなく、持続感染を確認した細胞はこれが初めてであり、これらの細胞はプリオン感染の種の壁の分子基礎について研究し、考察するための有効なツールであると言える。 したがって、審査員一同は、本人が博士(農学)の資格の内容を充分に有するとの結論に達した。 | |
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