No | 122474 | |
著者(漢字) | 大松,勉 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオマツ,ツトム | |
標題(和) | 翼手目由来感染症の疫学に関する基盤研究 | |
標題(洋) | Basic studies on epidemiology of zoonoses from bats | |
報告番号 | 122474 | |
報告番号 | 甲22474 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(獣医学) | |
学位記番号 | 博農第3198号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 獣医学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 翼手目(以下、コウモリ)は、これまでエコーロケーション能力、系統樹、食性、生殖機能などに特徴を持つ動物種として注目され研究が進められてきた。しかし近年、コウモリがヘンドラウイルス、ニパウイルスやコウモリリッサウイルスなど人に対して重篤な症状を示す感染症の自然宿主、もしくは媒介動物であることも明らかになった。さらに、bat-SARS-CoVやエボラ出血熱ウイルスなども分離されており、コウモリを由来とする感染症の報告が増加している。このように注目を集めているコウモリではあるが、その免疫機能を始めとする生体機能に関しては未だ不明な点が多い。コウモリを感染症媒介動物として評価していく上では、その免疫機能だけではなく系統樹、生態系、生活環境、食性、生理的機能などの基礎情報を明らかにし、それらを総合的に解析していく必要がある。しかし近年の感染症研究はウイルスが主体であり、媒介動物に注目した研究は少ない。そこで本研究において、媒介動物としてのコウモリを評価するためにエジプトルーセットオオコウモリとデマレルーセットオオコウモリを対象として、第1章ではその系統樹を中心とした生物学的背景を、第2章ではウイルス制御に関与する因子についての基礎情報を明らかにした。 第1章 ルーセットオオコウモリ属の生物学的背景について コウモリはげっ歯目に次いで哺乳類で2番目に大きな群であり、分布や定位、食性、解剖学的特徴などから大きくオオコウモリ亜目とココウモリ亜目に分類される。オオコウモリ亜目は果食性であり視覚による認知を行い、ココウモリ亜目は主に食虫性でありエコーロケーション機能により認知を行う。今回、研究対象としたルーセット属オオコウモリはココウモリの特徴であるエコーロケーション能を有す唯一のオオコウモリである。まずエジプトルーセットオオコウモリの全長ミトコンドリアDNA塩基配列およびデマレルーセットオオコウモリのミトコンドリアDNAの部分配列を決定し、それらの塩基配列及びアミノ酸配列を用いた系統解析を行った。その結果、オオコウモリとココウモリは単系統であり偶蹄目・奇蹄目・食肉目からなる大きな群と共通の祖先から分岐し、オオコウモリ亜目はココウモリ亜目の中のキクガシラコウモリ上科群から分岐したと考えられた。さらにルーセット属のオオコウモリは東南アジアを起源としてオオコウモリ亜目の中のオオコウモリ属から分岐して現在の分布になった可能性が示唆された。 次に、免疫関連因子であるCD4、IgFcRn、type I IFNsについて蛋白コード領域全長の塩基配列を決定し、系統学的および分子生物学的解析を行った。アミノ酸配列を用いた系統学的解析においては、ミトコンドリアDNAによる解析と同様、ネコやブタ、ウシなどといった動物種との近縁性が示唆された。特に細胞表面分子であるCD4やIgFcRnのアミノ酸配列を比較したところ、近縁な動物種と同様にコウモリには人やマウスなどには見られない挿入配列や欠損配列があり、中には翼手目特異的な配列も確認された。また、CD4 Ig-like C2 domainのアミノ酸配列を比較したところ、コウモリCD4ではネコやブタ、イヌCD4と同様ジスルフィド結合を形成しないことが示唆され、ヒトやマウスなどとは異なる三次元構造を有し、感染病原体のエピトープやMHC classIIとの結合、T細胞の活性等に影響を及ぼす可能性が示唆された。近年、コウモリは人に重篤な症状を示す感染症の媒介動物として注目されているが、これらの結果からイヌやネコ、ウシ、ブタ等の伴侶動物、産業動物への感染症の媒介動物としての可能性も示唆された。 また蛋白レベルで相同性を検索するために抗エジプトルーセットオオコウモリIgG抗体を用いた競合ELISA法により、IgG抗原エピトープの類似性について検索した。ルーセットオオコウモリ血清よりIgGを精製し、それをウサギに免疫することで抗オオコウモリIgGウサギポリクローナル抗体を得た。本抗体を用いて霊長目、食肉目および食虫目とのIgG抗原エピトープの類似性について検索を行った結果、本抗体はココウモリを含めたコウモリ全般にのみ高い特異性を示した。本結果からもコウモリが単系統であることが示唆された。以上の結果より、ルーセットオオコウモリ属に属するエジプトルーセットオオコウモリおよびデマレルーセットオオコウモリがコウモリ全体を対象とした研究に有用であると考え、主に以降の研究に使用した。 第2章 ウイルス制御に関与する因子の検索 ウイルス制御に関与する因子として、自然免疫や獲得免疫、体温などが挙げられる。最初にデマレルーセットオオコウモリ腹腔内にテレメーターを挿入し、体温変動を検索した。これまで、テレメーターを用いた体温変動を検索した報告はオオコウモリの一例を含めいくつかあるが、それらは全て冬眠様変化であるトーパーについて検索したもので、自然環境下での日内変動を検索したものはない。そこで、飼育条件下及び環境温度に日内変動を導入した条件下で検索を行った。飼育条件としては、(1)24℃一定、(2)10時から16時の間を30℃にしたもの、(3)10時から16時を33℃、それ以外を27℃にしたもの、を用いた。(1)において、オオコウモリはラットに比べ日内変動の幅が大きく休眠期である明期で36℃前後を示したが、活動期である暗期では平均38℃近くあり、時に39℃を超える事もあった。(2)、(3)においても暗期での平均体温は38℃を越えていた。明期に関しては(2)において日内変動の幅が最も小さかった。この特徴は他動物種に比べ、翼手目体内における病原体の一定した複製が困難である可能性を示唆している。 獲得免疫に関しては、その主要な抹消免疫器官である脾臓について野生オオコウモリ、野生ココウモリ、飼育オオコウモリ間で組織病理学的に比較検討した。既報のコウモリに関する疫学調査は病原体の分離か中和抗体法を用いた疫学調査のみで、病理組織学的な検索は行われていない。まず、著変のない脾臓において免疫組織学的手法によりT細胞、B細胞、マクロファージの分布を検索したところ、他の哺乳類と同様な分布を示した。また、脾臓における反応性の変化として(1)濾胞増生、(2)白脾髄胚中心の明瞭化、(3)赤脾隋におけるリンパ球の増数、(4)starry-sky像の4項目について評価したところ、野生オオコウモリにおいて(1)(2)(3)の像が有意に見られ、野生オオコウモリの免疫器官の活性化が有意に高く、野生においてはココウモリに比べオオコウモリで高率に病原体にさらされている可能性が示唆された。 また自然免疫ついては、ウイルス感染阻害に働くI型インターフェロン(type I IFNs)に注目した。デマレルーセットオオコウモリ腎由来初代培養細胞(BPKCs)を確立し、type I IFNs誘導因子であるpoly(I:C)処置およびコウモリtype I IFNs処置におけるtype I IFNs mRNA発現について、コウモリ肺由来株化細胞(Tb-1 Lu)と比較検討した。両条件下においてBPKCsではtype I IFNs mRNAの発現が確認されたのに対し、Tb-1 Luでは両条件ともにmRNA発現が確認されなかった。Poly(I:C)はTLR3、RIG-1、MAD5等により認識され、またtype I IFNsはIFNレセプターにより認識されtype I IFNs発現を誘導するが、Tb-1 Luではこのメカニズムが破綻している可能性があり、正常な細胞反応を見るためにBPKCsが有用性であることが示された。また、この2細胞株において様々なウイルスを感染させたところ、共に上清中に感染性ウイルスの増加が見られたが、Tb-1 Luにおいては細胞変性効果(CPE)が見られなかった。一方、BPKCsでは日本脳炎ウイルスを除いてCPEが見られた。これら2株間のCPE発現の差がtype I IFNsに関連している可能性が考えられたことから、subtraction法を用いてコウモリtype I IFN関連因子の同定を試みた。その結果12因子が同定され、そのうちtype I IFN関連因子で作用が明らかになっているOASとUBP43について、CPEの発現する日本脳炎ウイルス感染BPKCsとその近縁なウイルスでCPEを発現しないヨコセウイルス感染BPKCs間でそのmRNA発現を経時的に観察した。その結果、apoptosis調節への関与が示唆されるUBP43の発現に差が見られた。UBP43のウイルスによる調節については今後より詳細な検討が必要である。 上記のように、エジプトルーセットオオコウモリおよびデマレルーセットオオコウモリがコウモリ由来感染症に関する研究を進めていく上で有用な研究対象であると共に、コウモリが病原体媒介動物となり得る特異的な性質を有することを示した。野生動物由来感染症が増加し深刻な問題となっていく中で、野生動物のウイルス制御に関するメカニズムを明らかにすることも今後の動物由来感染症の解明に必要となってくる。本研究成果は有用な基礎情報の一つを提供したものであり、今後コウモリをモデルとして野生動物由来感染症拡大のメカニズムを明らかにすることにより、野生動物由来感染症の制圧につながるものと考える。 | |
審査要旨 | 翼手目(コウモリ)は様々な病原体の媒介動物、もしくは宿主動物として近年注目を集めている。これまでコウモリはエコーロケーション能やトーパーなどについて研究されてきたが、その生体機能に関しては未だ多くの謎に包まれている。病原体媒介動物としての評価を行うには、免疫機能だけでなく生態・系統関係・生理機能・病理学的特徴といった基礎情報を明らかにし、総合的に解析することが重要である。本論文では、コウモリに関する基礎情報としてルーセット属オオコウモリの系統学的背景やウイルス制御因子についての解析を行っている。 第1章ルーセットオオコウモリ属の生物学的背景について コウモリはげっ歯目に次ぐ多様性を持つ哺乳類であり、オオコウモリ亜目とココウモリ亜目に分類される。まず、本論文の研究対象であるエジプトルーセットオオコウモリおよびデマレルーセットオオコウモリのミトコンドリアDNA(mtDNA)の塩基配列を決定し系統遺伝学的位置を明らかにした。その結果、(1)彼らはオオコウモリの中でも比較的最近分岐した、(2)オオコウモリ全体として小コウモリであるキクガシラコウモリ上科群との共通祖先から分岐した、(3)偶蹄目・奇蹄目・食肉目等からなる群と近縁である、可能性が示唆された。 次に、免疫関連因子であるCD4、IgFcRn、type I IFNsについて蛋白コード領域の全塩基配列を決定し系統解析を行ったところ、mtDNAによる解析と同様、偶蹄目や食肉目などとの近縁性が示唆された。さらに細胞表面分子であるCD4やIgFcRnのアミノ酸解析において、ヒトやマウス等にはない挿入配列や欠損配列が見られ、中にはコウモリ特異的な配列も確認されたことから、ヒトやマウスなどとは異なる三次元構造を形成し、感染病原体や細胞間結合に影響を及ぼす可能性が示唆された。コウモリはヒトへの感染症媒介動物として注目されるが、これらの結果から伴侶動物・産業動物への感染症の媒介動物としての可能性も示唆された。 また、抗オオコウモリIgG抗体を用いた競合ELISA法によるIgG抗原エピトープの類似性について検索を行った結果、本抗体はココウモリを含めたコウモリ全般にのみ高い特異性を示し、他の近縁動物に対する類似性は低いという結果が得られた。本結果から、蛋白構造からもコウモリが単系統であることが示唆された。 以上のように、研究対象であるエジプトルーセットオオコウモリおよびデマレルーセットオオコウモリの生物学的背景が明らかになったことは、今後のコウモリ由来感染症を解明する上での重要な足掛かりになると考えられる。 第2章ウイルス制御に関与する因子の検索 生体が持つウイルス制御因子としては、自然免疫や獲得免疫、体温といったものが考えられる。そこで、まず通常飼育条件および擬似的な自然環境条件下におけるデマレルーセットオオコウモリの腹腔内温度変化を検索した。その結果、全ての条件下において暗期(活動期)での平均体温は38℃を越えていたが、明期に関しては通常飼育条件下で変動幅が最も大きくなることが明らかになった。コウモリの体温変動幅は他動物種に比べ大きく、これがコウモリ体内でのウイルス制御に関わる因子の1つになりえるという点は非常に興味深い。 in vivoにおいては、獲得免疫に関わる脾臓を対象として野生オオコウモリ・野生ココウモリ・飼育オオコウモリ間で比較検索を行った。まず、著変のない脾臓における免疫組織学的の結果、各免疫細胞の分布は他の哺乳類と同様であることがわかった。また、各群における脾臓の免疫活性についての病理組織学的評価の結果、野生オオコウモリにおいて有意に免疫機能活性化像が観察され、野生においてはココウモリに比べオオコウモリで高率に病原体の侵入を受けている可能性が示唆された。本結果は、今後の疫学調査におけるオオコウモリの重要性を示唆する有用な知見であると考えられる。 in vitroにおいては、自然免疫関連因子であるtype I IFNに注目した。デマレルーセットオオコウモリ腎由来初代培養細胞とコウモリ肺由来株化細胞間で見られたtype I IFN mRNA発現の差が、ウイルスによる細胞変性効果(CPE)に影響を及ぼしている可能性が示唆されたことから、コウモリtype I IFN下流因子の同定を行い、そのうちUBP43の発現がCPE発現に影響を及ぼしている可能性が示唆された。これらの成果は、今後細胞レベルにおけるウイルス制御機構の解明を行っていく上で、非常に重要な基礎情報になるものと考えられる。 本論文は、野生動物由来感染症が増加している現在において、野生動物からの解明を目指すという獣医学領域としての貢献が非常に大きな研究である。よって、審査委員一同、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク |