学位論文要旨



No 122477
著者(漢字) 小川,洋介
著者(英字)
著者(カナ) オガワ,ヨウスケ
標題(和) アカバネウイルスにおけるリバースジェネティクス法の確立とその応用
標題(洋) Establishment of reverse genetics system on Akabane virus and its application
報告番号 122477
報告番号 甲22477
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3201号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 明石,博臣
 東京大学 教授 白子,幸男
 東京大学 助教授 久和,茂
 東京大学 助教授 遠矢,幸伸
 東京大学 助教授 堀本,泰介
内容要旨 要旨を表示する

 アカバネウイルス(AKAV)は、ブニヤウイルス科オルソブニヤウイルス属に分類される節足動物媒介性ウイルスである。牛、めん羊および山羊に胎子感染の結果、流死産や新生子牛に内水頭症、関節弯曲症などの奇形を主徴とするアカバネ病を引き起こし、畜産業に多大な経済的損失を与える。ブニヤウイルスは、S、MおよびLの3分節のネガティブ鎖RNAをゲノムにもち、S RNA分節は、核蛋白(N)および、フレームシフトによりインターフェロンの拮抗物質である非構造蛋白(NSs)をコードする。M RNA分節は、2つのエンベロープ糖蛋白(Gn、Gc)および非構造蛋白(NSm)をコードし、L RNA分節は、RNA依存性RNAポリメラーゼ(RdRp)をコードする。しかし、AKAVに関する分子生物学的研究は遅れており、3分節ゲノムのうちSおよびM RNA分節の塩基配列のみが報告されている。そのため、研究基盤に必須な全ゲノム配列情報を得る目的で、L RNA分節の塩基配列の決定を試みた。次に、温度感受性変異株および野外分離株の性状解析により病原性発現に関わる遺伝子領域を探索した。さらに、病原性発現機序を詳細に解析するための基盤的方法であるリバースジェネティクス法の確立を行った。

本研究は以下の四章より構成されている。

第1章;アカバネウイルスL RNA分節の塩基配列決定および機能解析

 ワクチン親株であるOBE-1株のL RNA分節の3′、5′末端配列を、それぞれ、ダイレクトRNAシーケンス、5′ RACE(rapid amplification of cDNA ends)法により決定し、それらをもとにプライマーを設計した。RT-PCRを行い、哺乳類発現ベクターにクローニングした。次にクローニングしたL cDNAの機能を確認するレポーターアッセイ系の確立を試みた。ウイルスゲノム複製の最小単位であるリボヌクレオプロテイン複合体形成に必須なN遺伝子領域を、哺乳類発現ベクターにクローニングした。また、RdRpが認識する3′、5′非翻訳領域でレポーター遺伝子を挟んだレポータープラスミドも作製した。N、RdRp発現用およびレポーターの3個のプラスミドを細胞に導入し、オワンクラゲ緑色蛍光蛋白を用いたレポーターアッセイにより機能を有するL cDNAクローンを得た。L RNA分節は6868塩基からなり、同属のウイルスの配列と相同性があった。L RNA分節の塩基配列の決定により、AKAVの全ゲノム配列が明らかとなった。また、今回確立したレポーターアッセイは、他の株においても機能を有するS、L RNA分節をクローニングすることが可能である。特にL RNA分節は約7000塩基もあり、PCRによる変異も起こり得るので、機能的な遺伝子をクローニングできるこの方法は、特に有用である。

第2章;温度感受性変異株を用いたアカバネウイルス病原性関連遺伝子領域の解析

 AKAVにおいて、Gcに主要な中和エピトープが存在することは知られているが、病原性に関わる遺伝子領域およびウイルス蛋白は知られていない。そこで、温度感受性(temperature-sensitive; ts)変異株を作製し、病原性の変化した株の塩基配列を解析することにより、病原性関連遺伝子領域を推測した。5-fluorouracilを用いてOBE-1株のts変異株を作製し、哺乳マウスの脳内接種試験により病原性を評価した。致死率の低下を示した株について全塩基配列を決定し、親株のそれと比較検討した。また、温度変化によるRdRpの活性も比較した。40℃でのウイルス力価が33℃の場合と比較し、103以上低下するts変異株を12株作出したところ、哺乳マウスの脳内接種による致死率が、0%の株1株と10%以下の弱毒株2株が得られた。これら3株の全塩基配列を親株と比較したところ、S RNA分節に変異は存在しなかったが、MおよびL RNA分節には、3株ともアミノ酸置換を伴う変異が認められた。3株のうち1株は、M RNA分節において、Gc以外にアミノ酸置換は認められなかった。しかし、抗Gcモノクローナル抗体との反応性は、親株とほぼ同程度だった。レポーターアッセイによるRdRpの活性を親株と比較したところ、変異株の活性は、33℃で有意に低下し、37℃および40℃では、さらに著しく活性が低下した。温度上昇によりts変異株のRdRpの活性が低下することから、40℃におけるウイルス力価の低下は、L RNA分節の変異が原因であると考えられる。同属のラクロスウイルスでは病原性発現に、M RNA分節単独、あるいは、MおよびL RNA分節が共同で関わっていると2つの説が報告されているが、明確にされていない。AKAVではM RNA分節がコードするGcに変異が認められたが抗原性は変化せず、L RNA分節にコードされるRdRpの活性が減弱したことから、特にL RNA分節が病原性発現に関与していることが示唆された。

第3章;抗原性および病原性の変化したアカバネウイルス野外分離株の性状解析

 AKAVは、牛などに異常産を引き起こすが、近年、子牛に神経症状を伴った非化膿性脳炎を起こす変異株(Iriki株)も分離されている。S RNA分節の系統樹解析では、異常産を主徴とするOBE-1株やJaGAr39株(基準種)を含むグループと、Iriki株を含むグループは異なるクラスターに分類されることが報告されている。2001年、2004年に岡山県でAKAVに対する抗体陽転を示すおとり牛からウイルスが分離され(Okayama2001株およびOkayama2004株)、特に2004年は、岡山県で異常産の流行と共に神経症状を呈する成牛がアカバネ病と診断された。そこで、分離株の性状解析を行った。対照としてOBE-1株およびIriki株を使用した。モルモット抗血清を用いた交差中和試験により抗原性を比較し、RT-PCRにより増幅したSおよびM cDNAをクローニング、塩基配列の解読を行い、それらをもとに系統樹解析をした。また、マウス腹腔内接種試験により神経病原性の評価も行った。この結果、Okayama2001株は、遺伝子型がIriki株に近縁ながら抗原性、病原性はIriki株と差があった。一方、Okayama2004株は、抗原性、遺伝子型はOBE-1株と近縁であったが、病原性はIriki株と類似していた。野外におけるAKAVの抗原性、病原性の変化が示唆された。今回、異常産を主徴とするOBE-1株に近縁な遺伝子型のAKAVが、強力な神経病原性を保持することを初めて示した。今後、抗原性、病原性変異株流行による被害が懸念され、迅速な対応が必要であると考えられる。

第4章;リバースジェネティクス法の確立とその応用

 ブニヤウイルス科では、ブニヤンベラ、ラクロスおよびリフトバレー熱ウイルスにおいてT7 RNA polymeraseを用いたリバースジェネティクス法が確立されている。しかし、T7 RNA polymeraseは、cRNA 5′末端にG塩基の付加が転写の増強のために必要であり、さらに一部の転写産物は修飾を受け、mRNAとして機能しウイルス蛋白を合成してしまう。これらの修飾によるウイルスの性状変化は不明なため、ウイルスゲノムRNAと同様に修飾のない3′、5′末端をもつRNAを供給することができるRNA polymerase Iを用いたリバースジェネティクス法の開発を試みた。第1章で構築したNおよびRdRp発現プラスミドと、murine RNA polymerase Iのプロモーターとターミネーターを持つpRF42ベクターの間にOBE-1株の3分節cDNAをそれぞれ挿入したpRF42/S、M、Lの、あわせて5つのプラスミドをハムスター肺由来のHmLu-1細胞に導入し、5日後上清を回収した。回収した上清を新鮮なHmLu-1細胞に接種することにより、感染性ウイルスを回収することに成功した。組換え体(rAKAV)は、HmLu-1細胞において親株と同等の増殖を示したが、rAKAVのプラークサイズは、親株に比べばらつきが少なく比較的均一で小さかった。また、NSsを欠損させた変異体(rAKAVΔNSs)も作出し、プラックサイズを比較すると、親株やrAKAVに比べ有意に小さかった。さらに哺乳マウスの脳内接種試験により病原性を比較したところ、rAKAV?NSsは親株とrAKAVに比べ弱毒化していた。核内に存在するRNA polymerase Iは、核内で複製するインフルエンザウイルスのリバースジェネティクス法に応用されており、細胞質で複製するブニヤウイルスでは、レポーターアッセイで使われているのみであった。RNA polymerase Iを用いたcDNAからの感染性クローンの回収は、ブニヤウイルス科において本研究が初めてである。本法を用いて変異体の作出も可能なことから、本法は、T7 RNA polymeraseに代わる有用な方法であることが示唆された。

 以上のように、ts変異株や野外分離株の結果と本研究で確立したリバースジェネティクス法を組み合わせ、今後、病原性に関わるウイルス蛋白ならびに遺伝子領域を特定することが可能となった。

審査要旨 要旨を表示する

 アカバネウイルス(AKAV)は、ブニヤウイルス科オルソブニヤウイルス属に分類され、節足動物媒介性である。牛、緬山羊に異常産を引き起こし、畜産業に多大な経済的損失を与える。しかし、AKAVに関する分子生物学的研究は遅れており、3分節ゲノムのうちSおよびM RNA分節の塩基配列のみが報告されている。そこで、AKAVの病原性発現機序を解析するため以下の四章から成る研究を行った。

 第1章では、L RNA分節の塩基配列の決定するため、レポーターアッセイを開発した。ワクチン親株であるOBE-1株のL RNA分節全長の増幅産物を哺乳類発現ベクターにクローニングした。次に、ウイルスゲノム複製の最小単位であるリボヌクレオプロテインの形成に必須な核蛋白(N)遺伝子を、哺乳類発現ベクターに挿入した。また、L蛋白が認識する3'、5'非翻訳領域でレポーター遺伝子を挟んだレポータープラスミドも作製した。N、L蛋白発現用およびレポーターの3個のプラスミドを細胞に導入することで、機能を有するL cDNAを得、塩基配列を決定した。この結果、AKAVの全ゲノム配列が明らかとなった。この方法は、他株のS、L RNA分節の機能確認やウイルスゲノムの転写機構の解析もできるところから有用な手法である。

 第2章では、病原性関連遺伝子領域の解析のため、温度感受性(ts)変異株を作製し、性状解析を行った。ts変異株のうち、哺乳マウスの脳内接種試験による病原性評価で、致死率が10%以下の弱毒株3株を解析した。これら3株の全塩基配列を親株と比較したところ、S RNA分節に変異は存在しなかったが、MおよびL RNA分節に3株ともアミノ酸置換を伴う変異が認められた。しかし、各種モノクローナル抗体との反応性は、親株とほぼ同程度だった。レポーターアッセイによるL蛋白の活性を親株と比較すると、変異株の活性は培養温度の上昇とともに著しく活性が低下した。抗原性は変化せず、L蛋白の活性が著しく減弱していたことから、特にL RNA分節が病原性発現に関与していることが示唆された。

 第3章では、今までの分離株と性状の異なる野外分離株について検討した。2001年、2004年に野外から抗原性状や病原性が異なると考えられるAKAVが分離された(Okayama2001およびOkayama2004株)。そこで、両株を用い交差中和試験、SおよびM RNA分節の系統樹解析、マウス腹腔内接種試験による神経病原性の評価を行った。この結果、Okayama2001株は、遺伝子型が神経病原性株に近縁ながら抗原性、病原性は差があった。一方、Okayama2004株は、抗原性、遺伝子型は流産型株と近縁であったが、神経病原性が強かった。これまで抗原性と遺伝子型は、病原性と関連があると考えられていたが、野外におけるAKAVの抗原性、病原性の変化が示唆された。

 第4章では、ウイルスゲノムRNAと同様、末端に修飾のないRNAを供給するRNA polymerase Iを用いたリバースジェネティクス法の開発を試みた。RNA polymerase Iのターミネーターとプロモーター間にOBE-1株の3分節cDNAをそれぞれ挿入したプラスミドと第1章で構築したNおよびL蛋白発現プラスミドの、あわせて5つのプラスミドをHmLu-1細胞に導入した。これにより、感染性ウイルスを回収することに成功した。また、インターフェロンの拮抗物質であるウイルス非構造蛋白NSsを欠損させた変異株の作出にも成功した。

 以上本論文は、アカバネウイルス全塩基配列を決定し、ts変異株や野外分離株の解析によって、病原性に関わるウイルス蛋白ならびに遺伝子領域について重要な知見を得た。また、本研究で確立したリバースジェネティクス法を用いることで変異体を作出し、ウイルス性状を詳細に解析する道を開いたもので、学術上、応用上貢献することが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)論文として価値あるものと認めた。

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