学位論文要旨



No 122480
著者(漢字) 高野,貴士
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,タカシ
標題(和) C型肝炎ウイルスによる腫瘍原性亢進に関連する宿主因子の解析
標題(洋) Characterization of the host factors concerning with the hepatocarcinogenesis upregulated by hepatitis C virus
報告番号 122480
報告番号 甲22480
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3204号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,知恵子
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 辻本,元
 熊本大学 特任教授 小原,恭子
内容要旨 要旨を表示する

 C型肝炎ウイルス(HCV)感染症は世界で1億7千万人、我が国においても200万人以上の感染者がいると推定されている。HCVに感染するとウイルスが肝細胞に持続感染し、慢性肝炎を起こす。その後、肝硬変へ移行し、20〜30年という長い経過を経て高率に肝癌へと進行することが知られている。日本での肝癌による死亡者数は、男性で3位、女性で4位と男女ともに高位に位置する疾患である。肝癌患者の約70%はHCV陽性と言われており、感染者が多いことから社会的にも大きな問題となっている。

 HCVはin vitro及びin vivoでの感染系が近年まで充分に確立しておらず、感染が成立する実験動物もチンパンジーのみであったため、感染実験が困難であったため、HCV感染による病態は不明な部分が多く残されていた。しかし、近年になりin vitroでの感染系が確立し、さらに、マウス体内の肝臓をヒトの肝臓細胞に置換可能なキメラマウスも開発され、今後HCVの解明は急速に進展することが期待される。

 我々は、HCV感染系が確立していなかったため細胞内でHCV全長遺伝子を発現させる事により擬似的にHCV持続感染状態にした細胞(M6細胞)を樹立して宿主因子の動態を調べてきた。本研究では、HCV感染症及びHCVによる肝癌への治療薬開発への基盤研究として、M6細胞を用いてHCV遺伝子発現により変動する宿主因子を新たに同定し、それら宿主因子を解析して腫瘍化機構の解明及びHCV複製機構の解明を試みた。

第1章:C型肝炎ウイルス関連抗原の探索および抗体の樹立

 任意の時期に細胞内で全長HCV遺伝子を発現可能なスイッチングシステムを組込んだM6細胞は、HCV遺伝子発現後、44日以上継代すると腫瘍原性が亢進することを見いだしている。この44日以上継代して、腫瘍原性が亢進した細胞をマウスに免疫し、複数のモノクローナル抗体を得た。これら複数のクローンのうち、HCV遺伝子発現前後で発現量が変化する分子を認識するクローン243aと433dを得た。これら抗体が認識する分子の発現様式を検討した結果、243a抗体は約70キロダルトン(kDa.)分子(P70)を、433d抗体は約30kDa.の分子(P30)を認識していた。また、これら分子はHCV非発現細胞と比べてHCV遺伝子発現後8日目から発現量が上昇し、腫瘍原性が亢進した48日目でも高い発現量を示した。さらに、HCV陽性患者の癌部組織を用いてこれら分子の発現量を検討した結果、非癌部組織と比較してP70では全体の6割、P30は全体の8割で発現が上昇していた。以上の結果より、HCV発現により発現量が変動する分子P70とP30の存在が明らかになった。また、P30はHCV陽性患者の癌部組織の8割で上昇している事からHCVによる腫瘍化機構により強く関与している可能性が推察された。

第2章:C型肝炎ウイルス関連分子P70の解析

 第1章で樹立したHCVによって発現量が上昇する分子P70を認識する抗体を用いて抗体カラム作成後、細胞のライセートからP70分子を抽出し、MALDI-TOF-MS解析を行い、P70がtranslocase outer mitochondrial membrane 70(TOM70)であると同定した。次に、TOM70過剰発現状態の細胞の増殖特性をアポトーシス感受性、細胞増殖能を指標にして検討した。TOM70過剰発現細胞に対し、TNF-αを処理したところ、TOM70過剰発現細胞ではコントロールと比較してアポトーシス感受性が低下した。次いで、細胞増殖能への効果を検討したところ、p53遺伝子が不活化された細胞に過剰発現しても変化は見られなかったが、p53遺伝子不活化細胞にTOM70発現プラスミドと共にp53発現プラスミドをトランスフェクションしてp53遺伝子を活性化すると細胞増殖能が増加した。以上の知見から、正常な肝細胞ではTOM70過剰発現は細胞の腫瘍原性亢進に寄与する事が示唆された。

 次に、RNAiを用いてTOM70発現低下の細胞増殖への影響を検討した。市販されているsiRNA作成キットを使用して、TOM70遺伝子上に設定した領域に対するsiRNAを作成して実験を行った。siRNAをトランスフェクション後、48時間でTOM70の発現抑制が確認された。また、それと同時に細胞死が観察された。そこで、この細胞死がTOM70siRNAにより特異的に誘導されるか確認するために、前述とは異なる領域を使用して再度siRNAを作成した(前者との相同性は45%)。そして、同様に実験を行った結果、前述のsiRNAを使用した時と同様の結果が得られた。そこで、このアポトーシス実行経路を解明するためにカスパーゼ活性を検討した結果、カスパーゼ3又は7の活性上昇が確認されたが、カスパーゼ8及び9は活性化していなかった。さらに、カスパーゼ12が活性化していることを見いだした。これまでの知見からカスパーゼ12は小胞体ストレスにより誘導されることが知られているが、TOM70発現抑制時はGRP78蛋白の発現上昇が見られないため、小胞体ストレスは起きていないことが示唆された。以上の知見よりTOM70によるカスパーゼ12活性化経路は小胞体ストレスを介さない新たな経路によるカスパーゼ12活性化経路を経ている事が示唆された。

第3章:C型肝炎ウイルス関連分子P30の解析

 第2章と同様の手順で抗体カラム作成後、P30分子を抽出してMALDI-TOF-MS解析を行い、P30がNADH-cytochrome b5 reductase(CYB5R)であることを同定した。CYB5Rに対しても同様な手法で腫瘍細胞の特徴を獲得するか検討した。CYB5R過剰発現細胞はFas誘導性アポトーシスに抵抗性を示した。本結果からCYB5RはTOM70とは異なる経路に影響を及ぼすことが推察された。また、細胞増殖能に対するCYB5R過剰発現の影響も、p53遺伝子活性化時に増殖能が亢進している事を見いだした。

 次にCYB5RとHCVとの関係を検討するために、HCV遺伝子のNS領域とルシフェラーゼ遺伝子を組込んでHCVの複製活性を定量可能なレプリコン細胞を用いて、ルシフェラーゼの発光量によりHCV複製能を検討した。レプリコン細胞をCYB5R過剰発現状態時のウイルス複製能は1.3〜1.6倍に上昇した。しかし、western blotting (WB)ではHCV蛋白発現量の変化を検出出来なかった。一方、siRNAによりCYB5Rを発現抑制し、ウイルス複製能を検討した結果、約10%程度まで減少した。WBでもHCV蛋白発現量の減少していた。

 以上の結果から、CYB5R過剰発現はアポトーシス感受性の低下、細胞増殖能亢進といった腫瘍原性亢進を誘導した。また、過剰発現によりウイルス複製能の上昇、抑制によりウイルス複製能の減少を示した。本知見より、CYB5RがHCVによる腫瘍化及びウイルス複製に関与する分子であることが推察された。

第4章:C型肝炎ウイルス関連分子DHCR24及びDHCR24抗体の検討

 第1章で樹立された複数の抗体の中にDHCR24に対する抗体が存在していた。本分子はHCV陽性患者癌部組織の全症例で非癌部より発現量が亢進している事が確認されている。本知見よりDHCR24と本抗体がHCVと密接な関連があることが推察されたので、様々な細胞株でのDHCR24の発現様式及び、本抗体によるHCVへの影響を検討した。肝細胞由来株(3種)、肝癌由来株(4種)、非肝臓由来株(HEK293、HeLa細胞)を用いて各細胞株でのDHCR24の発現量を比較した結果、肝癌由来細胞株及びHeLa細胞(子宮頸癌由来)の癌由来細胞株で発現量の上昇が見られた。次にフローサイトメトリーにより細胞表面上への出現を検討した。HCV非発現細胞では細胞表面上にDHCR24の発現は認められなかったが、レプリコン細胞では多くのDHCR24が細胞表面上に発現していた。次に、HCV-NS領域の各遺伝子を発現させた細胞を用いて解析を行うと、HCV-NS3/4A又はHCV-NS4B遺伝子発現細胞で細胞表面上にDHCR24が発現していた。本知見からHCVにより細胞表面上にDHCR24が発現している事が明らかになったので、DHCR24抗体を用いて細胞障害性を検討した。レプリコン細胞を用いて検討を行った結果、抗体処理後72時間で細胞死が誘導された。また、ウイルス複製能をルシフェラーゼにより測定したところ、抗体処理後48時間でウイルス複製が抑制された。本結果より、DHCR24は癌細胞で発現量が上昇、さらにHCVにより細胞膜表面上に発現し、本抗体により細胞死が誘導されることが明らかとなった。本結果より、DHCR24は癌の共通マーカーになりうる可能性が示唆された。また、DHCR24抗体は抗HCV薬としての可能性を持ち、HCV陽性患者の肝癌治療に対しても有用なツールになりうる事が示唆された。

 本研究では、HCV複製に関与する新規分子並びに、HCVによる腫瘍化に関連する分子を同定した。本研究では現在まで未知であったHCVによる腫瘍化機構の解明及びHCV複製機構の解明、HCVによる肝癌への治療法開発に寄与する大きな知見与えたと考える。

審査要旨 要旨を表示する

C型肝炎ウイルス(HCV)は肝細胞に持続感染し、慢性肝炎を起こす。その後、肝硬変へ移行し、20〜30年という長い経過を経て高率に肝癌へと進行することが知られている。肝癌患者の約70%はHCV陽性と言われており、感染者が多いことから公衆衛生上大きな問題となっている。近年までHCVの感染系が確立していなかったため、申請者らのグループでは細胞内でHCV全長遺伝子を発現させる事により擬似的にHCV持続感染状態にした細胞(M6細胞)を樹立して宿主因子の動態を調べてきた。本論文では、M6細胞を用いてHCV遺伝子発現により発現量が変動する宿主因子を新たに同定し、それら宿主因子の腫瘍化やHCV複製への関与機構の解明を試みた。

 第1章においてHCV遺伝子発現後に44日以上継代して腫瘍原性が亢進したM6細胞を用いて、HCV発現時及び腫瘍原性亢進時に発現量が変化する約70キロダルトン(kDa)分子(P70)、約30kDa分子(P30)分子を認識する抗体(243a、433d)を樹立した。これら分子はHCV遺伝子発現後8日目から発現量が上昇し、腫瘍原性が亢進した44日目でも高い発現量を示した。HCV陽性患者の癌部組織を用いてこれら分子の発現量を検討した結果、非癌部組織と比較してP70では全体の60%、P30は全体の80%で発現が上昇していた。以上の結果より、HCV発現により発現量が変動する分子P70とP30の存在が明らかになり、P30はHCV陽性患者の癌部組織の80%で上昇している事からHCVによる腫瘍化機構により強く関与している可能性が推察された。

 第2章では、MALDI-TOF-MS解析及び種々の実験からP70がtranslocase outer mitochondrial membrane70(TOM70)と同定し、細胞増殖制御との関連を検討した。まずTOM70は過剰発現により細胞にTNF-α誘導性アポトーシスに対する抵抗性を賦与し、腫瘍化に関与する可能性が示唆された。逆にTOM70発現をRNAiで抑制するとカスパーゼ12の活性化を介したアポトーシスを誘導した。これまでに、カスパーゼ12の活性化は小胞体ストレスが関与するとされていたが、TOM70は本経路を介さずに活性化を誘導した。従って本研究により現在まで報告されていない新たなアポトーシス実行経路の存在が明らかとなった。

 第3章では、MALDI-TOF-MS解析によりP30がNADH-cytochrome b5 reductase(CYB5R)と同定した。CYB5Rの過剰発現では抗Fas抗体誘導性アポトーシスに抵抗性を賦与し、TOM70とは異なる経路で細胞腫瘍原性亢進に関与する可能性が示された。また、HCV複製能への効果は、レプリコン細胞を用いて検討した。CYB5R過剰発現によりHCV複製能が増加し、RNAiによる発現抑制ではウイルス複製能が顕著に減少することが示された。これらの結果より、CYB5RがHCVの複製に関与している事が示唆され、抗HCV薬の標的分子となる可能性が示唆された。

 第4章では、HCV陽性患者癌部組織において高率に発現量が亢進しているDHCR24分子及び抗DHCR24抗体のHCV治療への有用性について検討を行った。非肝臓細胞、正常肝細胞、肝癌細胞と由来の異なる細胞株9種を用いてDHCR24分子の発現量を検討すると、肝癌由来株を含む癌細胞由来株で発現量が亢進していること見いだした。本結果により、癌特異的に発現亢進がおこる分子である可能性が示唆され、肝癌共通のマーカーになる可能性が示唆された。また、DHCR24分子がHCVレプリコン細胞で細胞膜表面上に多く発現している事を明らかにし、抗HCV薬の標的分子となる可能性も示唆され、実際に抗DHCR24抗体を処理によってDHCR24分子発現細胞に細胞死を誘導する事を明らかにした。DHCR24分子はHCV遺伝子発現細胞の膜表面に多く発現しており、HCV感染細胞選択的に細胞死を誘導することが可能と考えられ、HCV感染症に対する治療用ツールとして有用であると考えられた。

 本論文では、HCV複製並びにHCVによる腫瘍化に関与する新規分子を発見、同定した。本知見は現在まで未知であったHCVによる腫瘍化機構の解明及びHCV複製機構の解明だけでなく、HCV感染症及びHCV由来肝癌への治療法開発に寄与する大きな知見与えたと考える。よって審査委員一同は本論文を博士(獣医学)の学位論文として認める。

UTokyo Repositoryリンク