学位論文要旨



No 122481
著者(漢字) 田島,剛
著者(英字)
著者(カナ) タジマ,ツヨシ
標題(和) LPSによるマクロファージ活性化機構におけるプロスタグランジンの役割
標題(洋)
報告番号 122481
報告番号 甲22481
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3205号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 尾崎,博
 東京大学 教授 西原,眞杉
 東京大学 教授 局,博一
 東京大学 助教授 桑原,正貴
 東京大学 助教授 堀,正敏
内容要旨 要旨を表示する

緒 言

 生体防御機構である免疫は自然免疫系および獲得免疫系の2つのシステムが一体となって機能している。マクロファージ(mΦ)はふだんより組織に常在する常在型mΦと炎症などにより血液中から浸潤してくる単球由来のmΦとに分けられるが、いずれも自然免疫系の中心を担うと同時に、樹状細胞とともに獲得免疫の初期段階である抗原提示を行う重要な役割をもつ。mΦは自然免疫応答として、侵入してきた細菌などの異物を認識して貪食し、酵素や一酸化窒素(NO)をはじめとするスーパーオキシドで消化する。このような細菌構成物質や化学物質、ウイルス遺伝子などを認識する受容体として発見されたのがToll-like receptor(TLR)であり、細菌細胞壁構成成分であるリポ多糖類(LPS)を認識する受容体はTLR4である。敗血症などで体内へ細菌が侵入した際には、TLRを介してmΦが活性化され、炎症性サイトカインやNO、プロスタグランジン(PG)などの炎症メディエーターの産生が亢進する。

 PGはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)および各PG合成酵素を介して産生される生理活性物質で、PGD2、PGE2、PGF(2α)、PGI2およびTXA2の分子種がある。これまでに炎症性疾患の患部において、誘導性COXであるCOX-2発現量がmΦで増加しPGD2およびPGE2の産生が増加することや、PGD2が好酸球やTh2細胞の遊走に関わっていること、PGE2が血管透過性の亢進やT細胞でのサイトカイン分泌を調節することが報告され、PGおよびその産生の律速段階であるCOXが自然免疫の制御因子となる可能性を示唆している。

 これらの背景から、LPS刺激によってmΦから産生されるであろうPGD2やPGE2が、mΦ自身を含む周囲の細胞群の機能に影響することが考えられるが、その詳細は検討されていない。そこで本研究では、mΦがLPSによって活性化する過程において、PGD2やPGE2がmΦの細胞遊走能およびNO産生能におよぼす影響について検討するとともに、その情報伝達機構を解明し、PGが自然免疫系の制御に果たす役割について明らかにすることを目的とした。

結果および考察

1. PGとmΦ遊走能

 本項目ではmΦのLPS刺激に対する遊走にPGD2およびPGE2がおよぼす影響について検討した。実験にはマウス由来株化mΦであるRAW 264.7細胞とマウスから採取した腹腔mΦを供した。

 mΦでのPGD2およびPGE2産生能について検討した。RAW264.7細胞をLPS (1 μg/ml)で0-8時間刺激したところ、COX-2およびPGD2合成酵素 H-PGDS、PGE2合成酵素 mPGES-1のmRNA発現が時間依存的に増加し、培地中に含まれるPGD2ならびにPGE2量が増加していた。次に、mΦにおけるPGD2、PGE2受容体の発現について確認した。PGD2の受容体にはDP1、DP2が、PGE2の受容体にはEP1、EP2、EP3、EP4があるが、RAW264.7細胞ではDP2およびEP2、EP3、EP4受容体が、腹腔mΦではDP1、DP2、EP1、EP2、EP3およびEP4受容体が発現することが確認された。よってmΦにおいてLPS刺激によりPGD2およびPGE2が産生され、autocrine的に作用しうることが示唆された。

 続いてpore insertを用いたmigration assayを行い、mΦのLPS刺激に対する遊走とPGの関与の有無を検討した。RAW264.7細胞をLPS (1 μg/ml)で刺激したところ、3-8時間後に遊走細胞数が時間依存的に増加したことが観察され、COX-2阻害薬CAY10404 1μMの30分間前処置でこの遊走は減少したことから、LPS刺激に対する遊走にはPGが関与することが確認された。

 そこでLPS刺激に対する遊走にどのPGD2、PGE2受容体が関与するかを検討した。RAW264.7細胞ではDK-PGD2 (DP2アゴニスト)およびONO-AE1-329 (EP4アゴニスト)刺激に対する遊走が観察され、H-PGDSあるいはDP2 KOマウスの腹腔mΦではLPS刺激に対する遊走が野生型に比べ低下していた。よってmΦにおけるLPS刺激に対する遊走にはDP2およびEP4受容体が関与することが示唆された。

 RAW264.7細胞のF-actinを観察したところ、DP2およびEP4刺激後30分で、細胞前縁部において細胞遊走時に特異的にみられる構造であるlameripodiaやfillopodiaが既に形成されており、これらの刺激がmΦに直接遊走を誘導することが示唆された。また、DP2およびEP4刺激しておこる遊走はERK、PI3K、PKC、Rho各阻害薬のいずれによっても減少した。一方、EP4刺激によりmΦの遊走に関与する代表的なケモカインであるMCP-1のmRNA発現量が刺激2時間後から時間依存的に増加したが、DP2刺激では変化しなかった。

 これらの結果から、LPS刺激によるmΦの遊走活性化経路にはmΦ自身が産生したPGD2およびPGE2がDP2およびEP4受容体を活性化し、ERK、PI3K、PKCおよびRhoを介したMCP-1非依存性の経路と、EP4受容体を介したMCP-1依存性の経路の両方を動かすことが考えられた。

2. PGとNO産生能

 MΦではLPS刺激により誘導性NO合成酵素であるiNOSの発現が増加してNO産生が促進される。本項目ではPGD2およびPGE2がmΦのNO産生能におよぼす影響についてRAW264.7細胞を用いて検討した。

 はじめにLPS刺激がRAW264.7細胞のNO産生能におよぼす影響を確認したところ、LPS (1 μg/ml) 4-24時間処置によりiNOS mRNA発現量、蛋白質発現量が時間依存的に増加し、蛍光法を用い培養液中へのNO産生量が時間依存的に増加したことが確認された。これらはすべてCAY10404 1 μM 30分間前処置により抑制されたことから、LPS刺激により誘導されるiNOS誘導にはCOX-2由来のPGが関与する可能性が示唆された。PGE2 1 μM、ONO-AE1-259(EP2アゴニスト; 1μM)およびONO-AE1-329(1μM) 4時間処置によりiNOS mRNA発現および蛋白質発現が増加したが、BW245C(DP1アゴニスト; 1μM)およびDK- PGD2処置ではみられなかった。よってLPS刺激により産生されたPGE2がEP2およびEP4受容体を介してiNOS発現の誘導に関与することが示唆された。

 EP2およびEP4受容体はいずれもGs蛋白と共役していることから、iNOS合成誘導経路におけるcAMPならびにPKAの関与について検討した。ELISA法によりLPS 4時間処置により細胞内cAMP量が増加することが確認された。また膜透過性cAMPアナログdb-cAMP(1-10μM)およびcAMP合成促進薬forskolin(1-10μM)処置によって濃度依存的にiNOS mRNA発現が増加し、PKA選択的阻害薬KT-5720 (0.1-10μM)を30分前処置するとLPS刺激でおこるiNOS mRNA発現が濃度依存的に減少した。これらのことからcAMPおよびPKAはLPS刺激により誘導されるiNOS合成に重要であることが示唆された。

3. 消化管筋層常在型mΦとPG

 マウスの回腸には筋層部に常在型mΦが存在し、回腸の運動調節を司る神経細胞やカハールの介在細胞の近傍に位置している。そのため常在型mΦは炎症時にみられる回腸収縮能低下に関与すると考えられている。そこで本項目では回腸常在型mΦにおいてもPGによるmΦ機能調節機構が存在することを、NO産生とそれに引き続いておこる回腸平滑筋収縮力の減弱を指標として明らかにすることを目的とし、マウス回腸遠位部から粘膜層を剥離して作成した筋層標本を用いて以下の実験を行った。

 C57BL/6J(B6)マウスおよびM-CSFを欠損し常在型mΦを欠くop/opマウスの回腸から筋層標本を作成しLPS (100 μg/ml)で4時間刺激したところ、B6マウスではcarbacholに対する収縮力の抑制がみられ、この抑制はNO合成阻害薬L-NMMA前処置によりほぼ完全に回復した。op/opマウスでは、収縮抑制が軽度であり、L-NMMAでの回復はほとんどみられなかった。また、B6マウスの回腸筋層ホールマウント標本を免疫組織化学的に検討したところ、LPS刺激によってCOX-2およびiNOSが常在型mΦでのみ発現していることが観察された。よってLPS刺激による回腸収縮力の低下には回腸常在型mΦが産生するNOが重要であることが確かめられた。

 B6マウス回腸標本においてLPS刺激に対してみられたiNOS mRNA発現の減少とcarbachol収縮の抑制はCAY10404 1 μMの前処置により回復した。また、ONO-AE1-259およびONO-AE1-329処置によりiNOS mRNA発現量の増加とcarbachol収縮の抑制がみられた。またKT-5720前処置により、B6マウス回腸標本でLPS刺激によりみられたcarbacholに対する収縮抑制は回復した。以上のことから、回腸常在型mΦにおいてもLPS刺激によりCOX-2を介してPGE2の産生が増加し、mΦに存在するEP2/EP4受容体介してPKAを活性化しiNOS mRNA合成を促進する機構が存在することが示唆された。

総 括

 本研究により、細菌細胞壁構成要素であるLPSを認識するTLRを介したmΦの活性化により、COX-2を介したPGD2やPGE2の産生が亢進すること、そしてこれらのPGを介してLPSがmΦ自身の細胞遊走活性を増加させることが明らかになった。その分子機構として、PGD2はDP2受容体を介して細胞骨格系を直接的に活性化して細胞遊走をひきおこし、PGE2はEP2/EP4を活性化しMCP-1の産生を誘導し、PGD2の細胞遊走活性化に遅れてMCP-1による細胞遊走をひきおこすことが示唆された。さらに、PGE2はPKA依存性の経路を介してiNOS発現を誘導してNO産生を増加させるが、これは消化管筋層常在型mΦにおいても確認され、消化管筋層常在型mΦでは産生されたNOは異物の侵襲に対する自然免疫機能としてはたらくだけでなく、周囲の消化管平滑筋細胞にも作用して消化管運動機能を低下させることが示唆された。

 感染などの生体侵襲に対する初期反応において、mΦから産生されたPGD2やPGE2は情報伝達物質として機能し、炎症部周辺の細胞に拡散してmΦをはじめとする免疫担当細胞の侵襲部位への集約と細胞内消化機構の活性化を通し自然免疫機構を活性化させる可能性が考えられた。この知見は敗血性ショックなどのLPSに起因する過剰な免疫応答に対し、PGが新たな治療の標的となりうることを示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 マクロファージは侵入してきた細菌などの異物を認識して貪食や消化を行い自然免疫系の中心を担うと同時に、獲得免疫の初期段階である抗原提示を行う重要な役割をもつと考えられている。敗血症などで体内へ細菌が侵入した際には、TLRを介してマクロファージが活性化され、炎症性サイトカインや一酸化窒素(NO)、プロスタグランジン(PG)などの炎症メディエーターの産生が亢進する。このときLPS刺激によってマクロファージから産生されるPGD2やPGE2がマクロファージ自身を含む周囲の細胞群の機能に影響することが考えられるが、その詳細は検討されていない。本研究は、マクロファージがLPSによって活性化する過程において、PGD2やPGE2が細胞遊走能およびNO産生能におよぼす影響について検討するとともに、その情報伝達機構を解明し、PGが自然免疫系の制御に果たす役割について明らかにすることを目的として行われた。

 1.マクロファージのPGD2、PGE2産生能と発現する受容体

 LPS刺激により、RAW264.7細胞でのCOX-2およびPGD2合成酵素H-PGDS、PGE2合成酵素mPGES-1のmRNA発現の増加と、培養上清中のPGD2、PGE2量の増加が観察された。RAW264.7細胞ではDP2およびEP2、EP3、EP4受容体が、C57BL/6Jマウス腹腔マクロファージではDP1、DP2およびEP1、EP2、EP3、EP4受容体のmRNAが発現していた。

 2.PGによるマクロファージの細胞遊走活性化機構

 RAW264.7細胞でMigration assayをおこない、マクロファージのLPS刺激に対する遊走とPGの関与の有無を検討した。LPS刺激後に遊走細胞数が増加し、これがCOX-2阻害薬CAY10404の前処置で減少したことから、LPS刺激に対する遊走にはPGが関与することが示唆された。DP2アゴニストDK-PGD2およびEP4アゴニストONO-AE1-329刺激に対する遊走が観察された。また、H-PGDS KOあるいはDP2 KOマウスの腹腔マクロファージではLPS刺激に対する遊走が野生型に比べ低下していた。よってマクロファージにおけるLPS刺激に対する遊走にはDP2およびEP4受容体が関与することが示唆された。DP2およびEP4刺激により、RAW264.7細胞前縁部でのlameripodiaやfillopodia形成が観察された。また、DP2およびEP4刺激による遊走はERK、PI3K、PKC、Rho各阻害薬のいずれによっても減少した。一方、EP4刺激によりMCP-1のmRNA発現量が時間依存的に増加したが、DP2刺激では変化しなかった。これらの結果から、LPS刺激によるマクロファージの遊走活性化経路にはマクロファージ自身が産生したPGD2およびPGE2が関与しており、DP2受容体およびEP4受容体を介し、ERK、PI3K、PKCおよびRhoを介したMCP-1非依存性の経路と、EP4受容体を介したMCP-1依存性の経路が存在することが示唆された。

 3.PGによるマクロファージのNO産生活性化機構

 LPS刺激により、RAW264.7細胞のiNOS mRNA発現量、蛋白発現量とNO産生量が時間依存的に増加した。iNOS発現はCAY10404前処置により抑制された。PGE2、EP2アゴニストONO-AE1-248およびONO-AE1-329刺激によりiNOS mRNA発現が増加した。DP1アゴニストBW245CおよびDK-PGD2刺激ではiNOS発現の増加はみられず、H-PGDS KO、L-PGDS KOならびにDP1、DP2 KOマウス腹腔マクロファージではLPS刺激に対するiNOS発現が野生型と同程度みられた。このことから、LPS刺激により誘導されるiNOS誘導にはCOX-2由来のPGE2がEP2およびEP4受容体を介してiNOS発現の誘導に関与することが示唆された。膜透過性cAMPアナログdb-cAMPおよびcAMP合成促進薬forskolinによって濃度依存的にiNOS mRNA発現が増加し、PKA選択的阻害薬KT-5720を前処置するとLPS刺激によるiNOS mRNA発現が濃度依存的に減少した。このことからLPS刺激により誘導されるiNos合成にはcAMPおよびPKAが重要であることが示唆された。

 4.PGによるマウス回腸常在型マクロファージのNO産生誘導

 C57BL/6J(B6)マウスおよびM-CSFを欠損し常在型マクロファージを欠くop/opマウスの回腸から筋層標本を作成しLPSで刺激したところ、B6マウスではcalbacholに対する収縮力の抑制がみられ、この抑制はNO合成阻害薬L-NMMA前処置によりほぼ完全に回復したが、op/opマウスでは、収縮抑制が軽度であり、L-NMMAでの回復はほとんどみられなかった。免疫染色により、B6マウス回腸常在型マクロファージがLPS刺激によってCOX-2およびiNosを発現していることが観察された。よってLPS刺激による回腸収縮力の低下には回腸常在型マクロファージが産生するNOが重要であることが示唆された。

 B6マウス回腸標本においてLPS刺激に対してみられたiNOS mRNA発現の減少はCAY10404の前処置により回復した。EP2、EP4刺激によりiNOS mRNA発現量が増加した。またKT-5720前処置により、B6マウス回腸標本でLPS刺激によりみられたcalbacholに対する収縮抑制は回復した。以上のことから、回腸常在型マクロファージにおいてもLPS刺激によりCOX-2を介して産生されたPGE2がEP2/EP4受容体を介してPKA依存性の経路でiNOS mRNA発現を誘導する機構が存在することが示唆された。

 以上のように本研究は、感染などの生体侵襲に対する初期反応において、マクロファージから産生されたPGD2やPGE2が、炎症部周辺の細胞に拡散してマクロファージをはじめとする免疫担当細胞の侵襲部位への集約と細胞内消化機構の活性化を通し自然免疫機構を活性化させる情報伝達物質として機能していることを明らかにしたものであり、学術上寄与するところは少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位に値するものと判断した。

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