学位論文要旨



No 122486
著者(漢字) 李,禎翼
著者(英字) Lee,Jeong Ik
著者(カナ) イー,ジョンイック
標題(和) 軟骨細胞を利用した新たなバイオ人工膵島の開発
標題(洋)
報告番号 122486
報告番号 甲22486
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第3210号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 教授 中山,裕之
 東京大学 教授 西村,亮平
 千葉東病院 臨床研究センター長 剣持,敬
内容要旨 要旨を表示する

 IDDMは自己免疫あるいは特発性の機序により膵β細胞が破壊され、絶対的なインスリン不足により比較的若齢で発症する糖尿病の一つである。膵島移植はIDDM に対する根治療法として注目されつつある。しかし、ドナー不足、確実な術後の拒絶反応の抑制法など未だに解決すべき問題点が多い。その解決法の一つとして、人工材料を用いた免疫隔離バイオ人工膵島の開発が研究されてきた。免疫隔離法に用いられている膜は、酸素、炭素ガス、グルコースなどの栄養成分、およびインスリン等などは自由に通過させ、免疫系細胞や液性免疫に関る分子の侵入は防止しなければならない。従来免疫隔離膜として人工化学物質が試みられてきたが、バイオ人工膵島の生体適合性、耐久性が低下すること、免疫隔離能おいび材料自体が持つ異物反応など様々な問題点があり、臨床応用に至ったものはない。

 著者は膵島をレシピエント由来の生体組織で包む形態のバイオ人工膵島ができれば、レシピエントの免疫システムは、その表面抗原を認識し、バイオ人工膵島を自己と認識(錯覚)するのではないかと考えた。また、軟骨はその産生する細胞外器質のnetworkにより、液性免疫分子の侵入を防ぐ可能性があり、免疫隔離膜となり得るのではないかと考えた。

 このような全く新しいコンセプトに基づき、本研究の最終目標を耳介軟骨細胞を利用した免疫隔離バイオ人工膵島による糖尿病の根治とし、本論文では、その前段階としてイヌとラットから軟骨細胞の初代培養と膵島分離を行い、軟骨細胞によって膵島を封入する新規バイオ人工膵島の作製およびその機能評価を試み、その将来性を検討した。

 第2章では、本研究で用いるイヌとラットからの膵島分離法と耳介軟骨細胞の初代培養法などの材料と方法について検討した。膵島の分離はビーグル犬(12〜24ヵ月齢、体重9〜13kg)と、Lewis ラット(雄、体重300±50g)およびBrown Norway(BN)ラット(雄、体重250±50g)から,コラゲナーゼ消化法を若干変更して行い、濃度勾配法によって純度の高い膵島を得た。その結果、イヌの膵島では外分泌系組織が混在し、純度は85%であった。ラットでは、BNラットから分離した膵島はLewis ラットより数は少なかったが、直径の大きい膵島が比較的に多く回収され、いずれもその純度は99%であった。

 耳介軟骨の初代培養はビーグル犬とBN ラットを対象として行った。耳介を採集し細切してコラゲナーゼとトリプシンの混合消化液によって細胞を分離した。耳介軟骨細胞は増殖培地で継代し、増殖させた。イヌの耳介軟骨は分離が容易で、第3継代目までの増殖率は15,046〜129,377倍であり、増殖は急激であった。凍結保存後の生存率は平均51.01%であった。ラット初代培養は耳介の薄い解剖学的構造から線維芽細胞の混入があり、継代は1回のみとし、凍結保存は行わなかった。ラット軟骨の増殖率は4.2倍であった。

 第3章では、バイオ人工膵島作製のため、軟骨細胞を用いて膵島を封入する5つの作製法を検討した。(1) Pellet culture法では、ラット膵島とイヌの弾性軟骨細胞の懸濁液をmicrocentrifuge tubeに入れて遠心し、pellet形成をさせた。(2)チューブ法では、ラット膵島とイヌの弾性軟骨細胞懸濁液をポリエチレンチューブに入れて遠心し、これを60mmの浮遊細胞用の培養皿に移して培養した。(3)macroaggrate形成法では、12wellの低付着性の浮遊細胞用培養皿を用い、各wellにラット膵島とイヌ弾性軟骨細胞を入れて培養した。(4)軟骨細胞シート法は、軟骨細胞と細胞工学的手法を用い、多数の膵島を封入するマクロカプセル化バイオ人工膵島の作製を目的としたものであり、第3継代目の軟骨細胞を32℃以下で細胞非付着性となる温度応答性の培養皿を用い、3〜6週間培養した。回収した軟骨細胞シートを積層化し、その間に分離された膵島を入れて封入した。(5)は振とう培養法で、一つの膵島を軟骨で封入するマイクロカプセル化バイオ人工膵島の作製を目的としたものであり、これにはイヌおよびラットの耳介軟骨細胞を用いてラット膵島と6日間の振とう培養した。その結果、膵島を軟骨細胞で封入するバイオ人工膵島になり得るものは(4)および(5)であった。

 第4章ではこれらの2つの方式によるバイオ人工膵島に対し、その形態学的観察とin vitroにおける長期間のインスリン分泌機能を評価した。形態観察では、いずれのバイオ人工膵島でも膵島は軟骨細胞内に封入されており、封入された膵島の生存ならびにインスリン分泌活性、および膵島と軟骨細胞間の良好な接着が観察された。また、いずれのバイオ人工膵島においても、72日〜83日間の培養中においてインスリン分泌量は徐々に減少する傾向を示したものの、最後まで確認できた。この成績は、膵島単独での培養ではその機能を2週間以上維持するのが困難とされていることから、画期的な成績であると思われた。

 第5章では、これらの2つのバイオ人工膵島を比較して、その作製にかかる時間、ならびに移植時に腹腔鏡下で門脈内投与できる点を考慮し、(5)の方法で作製したマイクロカプセル化バイオ人工膵島の免疫隔離能を確認することとした。in vitroの条件下ではあるが、このバイオ人工膵島の軟骨層が液性免疫を隔離する機能があるか否かを、膵島に対して自家、同種ならびに異種の血清を添加した培養液中て培養し、膵島の生存ないし活性を、インスリン分泌機能から評価した。

 high responserであるLewisラットおよびBNラットの膵島と耳介軟骨を用いてバイオ人工膵島を作製し、膵島に対して自家、同種および異種(イヌ)の各血清の添加された培地で18日間培養した。その結果、軟骨細胞を用いない、コントロール膵島では、自家血清を含有している培地でも培養に伴ってインスリン分泌量は著しく減少した。自家および同種血清を含有した培地中のインスリン分泌量はほぼ同様の減少パターンを示した。一方、膵島に対して異種であるイヌ血清を添加した培地で培養した群では、培養15日以降は他の群と比べて有意にインスリン分泌量が多く、この群では培養39日目においてもインスリン分泌能がみられ、また、組織学的にも膵島の生存が確認された。この結果をもとに、イヌ軟骨細胞とラット膵島からなるバイオ人工膵島を作製し、50%のイヌ血清を加えた培地で7日間培養した。その結果、イヌ血清を非動化した場合と非動化を行っていない場合に関わらず、膵島は生存し、インスリン分泌は維持された。

 これらの結果から、今回作製したマイクロカプセル化バイオ人工膵島は液性免疫を防止する免疫隔離能を有することが示唆された。また、膵島と軟骨で封入された場合、膵島単独よりも良好なインスリン分泌能を保つことから、軟骨には何らかの膵島保護作用がある可能性も示唆された。このことは、生体材料のみで作製したこのバイオ人工膵島が、有力なIDDMの治療法になり得ることを示すものであり、今後、さらに効果のよいバイオ人工膵島作製法を検討するとともに、in vivoでの免疫隔離と血糖変動に合わせたインスリン分泌能に関しても評価する必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 インスリン依存性糖尿病(IDDM)は、自己免疫あるいは特発性の機序により膵β細胞が破壊され、絶対的なインスリン不足により比較的若齢で発症する糖尿病の一つである。膵島移植はIDDMに対する根治療法として注目されているが、確実な術後拒絶反応の抑制法など未だに解決すべき問題点が多い。その解決法の一つとして、免疫隔離バイオ人工膵島の開発が研究されてきた。免疫隔離膜は、膵島の栄養成分およびインスリンなどは自由に通過させ、免疫系細胞や液性免疫に関る分子の侵入は防止しなければならない。従来免疫隔離膜として人工化学物質が試みられてきたが、その生体適合性、耐久性の低下、免疫隔離能および材料自体が持つ異物反応など様々な問題点があり、臨床応用に至ったものはない。

 申請者は膵島をレシピエント由来の生体組織で包む形態のバイオ人工膵島ができれば、レシピエントの免疫システムは、そのレシピエント由来の表面抗原を認識してバイオ人工膵島を自己と認識(錯覚)するのではないかと考えた。また、軟骨はその産生する細胞外器質のnetworkにより、液性免疫分子の侵入を防ぐ可能性があり、免疫隔離膜となり得るのではないかと考えた。本研究では、このような全く新しいコンセプトに基づき、イヌとラットから軟骨細胞の培養と膵島分離を行い、軟骨細胞によって膵島を封入する新規バイオ人工膵島の作製およびその機能評価を試みた。

 第2章では、本研究で用いるイヌとラットからの膵島分離法と耳介軟骨細胞の初代培養法などの材料と方法について検討した。膵島の分離はビーグル犬、Lewisラットおよびそのhigh responderであるBrown Norway(BN)ラットから行った。その結果、いずれからも効率よく膵島が分離された。また、軟骨細胞の初代培養はビーグル犬とBNラットから行った。その結果、イヌの耳介軟骨は分離が容易で、増殖は急激であった。実験には第3継代目の細胞を用いた。なお、凍結保存後の生存率は平均51.01%であった。ラット初代培養では線維芽細胞の混入があり、初代細胞を実験に用いた。

 第3章では、バイオ人工膵島作製のため、軟骨細胞を用いて膵島を封入する5つの作製法を検討した。軟骨細胞を高密度で膵島と何らかの圧力をかけて培養する3つの方法では、いずれも膵島の封入が不完全であった。一方、第3継代目の軟骨細胞を32℃以下で細胞非付着性となる温度応答性の培養皿を用いて3〜6週間培養し、これを低温下でシート状に回収する細胞工学的手法を用いた方法では、この軟骨細胞シートを積層化し、その間に多くの膵島を封入することができた(マクロカプセル化バイオ人工膵島)。また、比較的高密度のイヌおよびラットの耳介軟骨細胞を用いてラット膵島と6日間の振とう培養する方法でも、一つの膵島を軟骨細胞で封入するバイオ人工膵島(マイクロカプセル化バイオ人工膵島)が作製できた。

 第4章ではこれらのバイオ人工膵島に対し、その形態学的観察とin vitroにおける長期間のインスリン分泌機能を評価した。形態観察では、いずれのバイオ人工膵島でも膵島は軟骨細胞内に封入されており、長期の培養後においても膵島の生存ならびにインスリン分泌活性が観察された。この成績は、膵島単独での培養ではその機能を2週間以上維持するのが困難とされていることから、軟骨細胞による封入が膵島の生存を助ける機能を示唆した。

 第5章では、その作製にかかる時間ならびに門脈内投与で移植できる手技の容易さを考慮し、マイクロカプセル化バイオ人工膵島の免疫隔離能を、in vitroの条件下ではあるが、膵島に対して自家、同種ならびに異種の血清を添加した培養液中て培養し、膵島の生存ないし活性をインスリン分泌機能から評価した。

 high responderであるLewisラットおよびBNラットの膵島と耳介軟骨を用いてバイオ人工膵島を作製し、膵島に対して自家、同種および異種(イヌ)の各血清の添加された培地で18日間培養した。その結果、膵島に対して異種であるイヌ血清を添加した培地で培養した群では、培養15日以降は他の群と比べて有意にインスリン分泌量が多く、この群では培養39日目においてもインスリン分泌能がみられ、組織学的にも膵島の生存が確認された。さらに、イヌ軟骨細胞とラット膵島からなるバイオ人工膵島を作製し、50%のイヌ血清を加えた培地で7日間培養した。その結果、イヌ血清を非動化した場合と非動化を行っていない場合に関わらず、膵島は生存し、インスリン分泌は維持された。これらの結果は、今回作製したマイクロカプセル化バイオ人工膵島が液性免疫を阻止する可能性を示唆した。また、軟骨には何らかの膵島保護作用がある可能性も示唆されたことから、生体材料のみで作製したこのバイオ人工膵島が、有力なIDDMの治療法になり得ることを示すものであり、今後、in vivoでの免疫隔離と血糖変動に合わせたインスリン分泌能に関しても評価する価値があると考えられた。

 以上要するに、本研究は全く新しいコンセプトに基づくバイオ人工膵島の開発を試みたものであり、今後、この分野の研究ならびに臨床応用に大いに貢献するものである。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク